一筋のヒカリ。
*
走馬燈のように、脳裏を流れゆく過去の情景。
忘れがたい、あの日の思い出…。
お義父さんと引っ越しの荷造りをした。トラックの荷台に二人で乗って、隣の県まで春風を肩に受けて田舎道を走った。
古い木造アパートで、川向こうの花火大会を眺めた。そうめんを食べながら、一緒に空を見ていた。
運動会に来てくれた。一緒にお昼ご飯を食べた。美味しかった。あんなに美味しかったメロンパンは、きっとない。
冬になったら、いつも新しい手袋とコートを買ってくれた。風邪を引きやすかったから。毎年、いつも一緒に買いに行った。
たくさんありすぎて、でも、全ていつの、どこの思い出だったのか、手に取るように分かる。
大好きだったから。お義父さんが大好きだったから。
溢れるような思い。
言えなかった言葉。
心を閉じていく、重たい鍵。
「 デモ タニンハ 」
「 ボクガ オモッテル ホド ボクヲ アイシテハ クレナイ 」
「 ボクハ オモタイ 」
「 オカアサン ハ ソウイッテ ボクヲ ミステタ 」
「 ダカラ ダカラ ドウデモ イイ 」
「 ボクノ キモチナンカ ドウデモ イイ 」
「 ナルセノ オトウサンニ キラワレタクナイ ダカラ ドウデモイイ 」
「 ジブンニ ウソヲ ツイテモ ボクハ オトウサンノ ヨイコ デ アリタイ 」
「聞こえたか?」
はっ、となり、意識が瞬く間に輪郭を帯びて「僕」という存在を呼び覚ます。
どこかで、声の主が微笑んだ気がした。
「逃げるな。目を開き、耳を研ぎ澄ますのだ。自分の真の願いから、目を逸らすな」
声は囁く。今気がついた。
その声は、あの人の声と、よく似ていた。
「いたずらに力を恐れてはならない。それは天恵であり、君の持つべき力。
言うなれば、君にのみ許された、全ての可能性の鍵。そして、希望の欠片。
さあ、私に聞かせてくれ。…君の、真なる望みを」
僕は答える。
恐怖は、もう無かった。
自分を包む闇も、無数の視線も、恐ろしくはなかった。
僕、お義父さんが大好きだった。
お母さんへの御礼だけでなく、本当はもっと別に、僕を引き取った理由もあったのかも知れない。
もしかしたら、僕の実の父さんと関わりがあるのかも知れないけど…。
それでも、僕はあの人の優しさが、暖かい心が嬉しかった。
だから、あの人のために、ずっと生きていたかった。
けれど、どこかで分かってた。
それは、お義父さんの人生に寄りかかってるだけの、寄生し続ける楽な生き方。
お義父さんが、僕が自立して幸せを掴むのを望んでいるのも、なんとなく気がついてた。
でも、一度離れてしまったら、もう二度と会えなくなるような。
そんな風に思って、あなたの側を離れるのが、僕は何より怖かったんだ。
だけど。
もう運命が迫ってきてる。
あなたと、お別れしなきゃならない。
それならば、僕はあなたに何を与えてあげられたのだろう…。
せめて、思いの全てをお義父さんに伝えたかった。
ありがとう。ごめんなさい。そして、だいすき。
時折、僕を悲しそうな目で見るあなたの、その苦痛を取り去ってあげたかった。
あなたにとって、僕がいかなる存在であったとしても。
僕にとって、あなたがいかなる存在であったとしても。
僕の一番畏れていた思い…「愛情」を教えてくれた人。
僕にとって、愛する家族は、かけがえのない父親は、あなた一人だけだから。
いつか、僕が父親になったら、僕は全身全霊を尽くして、その子供を守ります。
かつて、あなたが僕にしてくれたように、僕は、そのかけがえのない子供を、守り、慈しみます。
だから。だからもう一度、会いたい。
あなたに、会いたい。
ここから………出たいよ。
「生きたい」
「幸福になりたい」
「でも 自分から目を背けたくない」
「全ての過去を背負って」
「全ての罪を背負って」
「もう 逃げない」
目の前の淀んだヘドロに、幼い「僕」の顔が浮き上がる。
その顔は、感情の揺れ幅に追いつけず、泣きながら笑っているように見えた。
僕は一寸先も見えない闇の中に、自分の手を伸ばすイメージを思い浮かべる。
闇に、いつも見慣れている僕の白く細い腕が、掌が浮き出て、黒い涙を流す幼い僕の頬を優しく包む。
僕は全身を思い浮かべる。
頭。顔。目鼻口耳頬。首。うなじ。肩。鎖骨。二の腕。胸元。おへそ。腰。太股。ふくらはぎ。くるぶし。つま先。
髪の毛の先から、足の先に至るまで、空気の如く当然だと昨日まで思っていた自分の身体が、隅々まで「存在」しているのが分かる。
嬉しい。
訳もなく、笑みがこぼれる。
僕は、彼に微笑んでみた。
僕は、居る。ここに居るよ。
許されない罪も、これから来るだろう罰も、全部一緒に受け止めよう。
幼い「僕」はにっこりと笑った。その顔が、闇から光となりこぼれだし、僕の胸元めがけて入ってくる。
胸の奥を塞ぐ痛みと傷が、帰ってくる。
僕の中に、「僕」の声が聞こえる。
「僕」らは、闇の中でひそやかに、でも高らかに宣言した。
「僕は 成瀬 双葉 そして 日向 二葉 」
「 我は 汝 汝は 我 」
暗闇の向こうで、金色の蝶が羽ばたいて虚空の闇に差した光に向かって上昇していくイメージが見えた。
あの蝶になる。
僕は光を、手放さない。
あの人のくれた、大切な光だから。
暗闇の底で、何かが弾けた…。
走馬燈のように、脳裏を流れゆく過去の情景。
忘れがたい、あの日の思い出…。
お義父さんと引っ越しの荷造りをした。トラックの荷台に二人で乗って、隣の県まで春風を肩に受けて田舎道を走った。
古い木造アパートで、川向こうの花火大会を眺めた。そうめんを食べながら、一緒に空を見ていた。
運動会に来てくれた。一緒にお昼ご飯を食べた。美味しかった。あんなに美味しかったメロンパンは、きっとない。
冬になったら、いつも新しい手袋とコートを買ってくれた。風邪を引きやすかったから。毎年、いつも一緒に買いに行った。
たくさんありすぎて、でも、全ていつの、どこの思い出だったのか、手に取るように分かる。
大好きだったから。お義父さんが大好きだったから。
溢れるような思い。
言えなかった言葉。
心を閉じていく、重たい鍵。
「 デモ タニンハ 」
「 ボクガ オモッテル ホド ボクヲ アイシテハ クレナイ 」
「 ボクハ オモタイ 」
「 オカアサン ハ ソウイッテ ボクヲ ミステタ 」
「 ダカラ ダカラ ドウデモ イイ 」
「 ボクノ キモチナンカ ドウデモ イイ 」
「 ナルセノ オトウサンニ キラワレタクナイ ダカラ ドウデモイイ 」
「 ジブンニ ウソヲ ツイテモ ボクハ オトウサンノ ヨイコ デ アリタイ 」
「聞こえたか?」
はっ、となり、意識が瞬く間に輪郭を帯びて「僕」という存在を呼び覚ます。
どこかで、声の主が微笑んだ気がした。
「逃げるな。目を開き、耳を研ぎ澄ますのだ。自分の真の願いから、目を逸らすな」
声は囁く。今気がついた。
その声は、あの人の声と、よく似ていた。
「いたずらに力を恐れてはならない。それは天恵であり、君の持つべき力。
言うなれば、君にのみ許された、全ての可能性の鍵。そして、希望の欠片。
さあ、私に聞かせてくれ。…君の、真なる望みを」
僕は答える。
恐怖は、もう無かった。
自分を包む闇も、無数の視線も、恐ろしくはなかった。
僕、お義父さんが大好きだった。
お母さんへの御礼だけでなく、本当はもっと別に、僕を引き取った理由もあったのかも知れない。
もしかしたら、僕の実の父さんと関わりがあるのかも知れないけど…。
それでも、僕はあの人の優しさが、暖かい心が嬉しかった。
だから、あの人のために、ずっと生きていたかった。
けれど、どこかで分かってた。
それは、お義父さんの人生に寄りかかってるだけの、寄生し続ける楽な生き方。
お義父さんが、僕が自立して幸せを掴むのを望んでいるのも、なんとなく気がついてた。
でも、一度離れてしまったら、もう二度と会えなくなるような。
そんな風に思って、あなたの側を離れるのが、僕は何より怖かったんだ。
だけど。
もう運命が迫ってきてる。
あなたと、お別れしなきゃならない。
それならば、僕はあなたに何を与えてあげられたのだろう…。
せめて、思いの全てをお義父さんに伝えたかった。
ありがとう。ごめんなさい。そして、だいすき。
時折、僕を悲しそうな目で見るあなたの、その苦痛を取り去ってあげたかった。
あなたにとって、僕がいかなる存在であったとしても。
僕にとって、あなたがいかなる存在であったとしても。
僕の一番畏れていた思い…「愛情」を教えてくれた人。
僕にとって、愛する家族は、かけがえのない父親は、あなた一人だけだから。
いつか、僕が父親になったら、僕は全身全霊を尽くして、その子供を守ります。
かつて、あなたが僕にしてくれたように、僕は、そのかけがえのない子供を、守り、慈しみます。
だから。だからもう一度、会いたい。
あなたに、会いたい。
ここから………出たいよ。
「生きたい」
「幸福になりたい」
「でも 自分から目を背けたくない」
「全ての過去を背負って」
「全ての罪を背負って」
「もう 逃げない」
目の前の淀んだヘドロに、幼い「僕」の顔が浮き上がる。
その顔は、感情の揺れ幅に追いつけず、泣きながら笑っているように見えた。
僕は一寸先も見えない闇の中に、自分の手を伸ばすイメージを思い浮かべる。
闇に、いつも見慣れている僕の白く細い腕が、掌が浮き出て、黒い涙を流す幼い僕の頬を優しく包む。
僕は全身を思い浮かべる。
頭。顔。目鼻口耳頬。首。うなじ。肩。鎖骨。二の腕。胸元。おへそ。腰。太股。ふくらはぎ。くるぶし。つま先。
髪の毛の先から、足の先に至るまで、空気の如く当然だと昨日まで思っていた自分の身体が、隅々まで「存在」しているのが分かる。
嬉しい。
訳もなく、笑みがこぼれる。
僕は、彼に微笑んでみた。
僕は、居る。ここに居るよ。
許されない罪も、これから来るだろう罰も、全部一緒に受け止めよう。
幼い「僕」はにっこりと笑った。その顔が、闇から光となりこぼれだし、僕の胸元めがけて入ってくる。
胸の奥を塞ぐ痛みと傷が、帰ってくる。
僕の中に、「僕」の声が聞こえる。
「僕」らは、闇の中でひそやかに、でも高らかに宣言した。
「僕は 成瀬 双葉 そして 日向 二葉 」
「 我は 汝 汝は 我 」
暗闇の向こうで、金色の蝶が羽ばたいて虚空の闇に差した光に向かって上昇していくイメージが見えた。
あの蝶になる。
僕は光を、手放さない。
あの人のくれた、大切な光だから。
暗闇の底で、何かが弾けた…。
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