告白。
*
榎本は、まず目覚めたばかりの双葉に現状を短く説明した。
『愚者』というシャドウに追われて逃げ続けていた事。
双葉が氷のように冷たくなり、死にかけていたこと。
(本当はそれどころではなくシャドウに精神を喰われそうにもなっていたが)
それを防ぐため、「彼」が双葉の精神に潜り込んだ事。
同時に、周囲を囲んでいただけだったシャドウの群れが、一斉に襲いかかってきて慌てて逃げた事…。
「彼」とは、人間ではない、一種の精神体のような存在だよ、と榎本はしどろもどろになりながらたどたどしく説明した。
「…どうしようかと思ったけど、彼は上手くやったみたいだね」
「彼…あの、しましまのパジャマの坊やの事、でしょうか…?」
顔元の優れない榎本と共に、双葉は月影に身を潜めながら噴水の石縁にもたれかかる。
さっきまで、この噴水があるチャペルの庭から見える公園にいたらしい。チャペルがある小高い丘から真下に見えるジャングルジムの根元部分と飛び散っている破片が恐怖を感じさせる。あそこからずっと、榎本は双葉を抱えて逃げてくれたのだ。手元に杖代わりに使ったジャングルジムの一部とおぼしき鉄パイプを転がして、双葉と並んでぐったりと噴水の縁に伸びている。
「えっと…ああうん、そうそう。彼、今君の中で休んでる…みたい、だね。僕は、もう、駄目」
「そんな…僕、榎本さんがいなかったら今頃シャドウの餌食になっていました。
本当、今助かってるのは榎本さんのお陰です」
励ます双葉の言葉に、榎本は力無く首を振りうなだれる。
「ああ、そんな持ち上げないで…だって、今は気付かれてないけど、見つかったらもう一巻の終わりだもの」
最後の気力でステルスを使って周囲のシャドウから逃亡する事には成功したが、それで精神力を底まで使い果たし、ピルケースもどこかに落とし、影時間はやっぱり明けない。
四方六方八方、全て見事に塞がってしまった。
もはや打つ手も無い。
無力な自分と、大切な少年だけが、いずれ来る滅びを認めず戦々恐々とするのみなのだ。
元々ネガティブな思考の榎本は、ペルソナの連発と消耗から来る全身疲労と筋肉が鉛に変じたような猛烈なけだるさも相まって、どんどん思考は沈下していく。
「…駄目だなあ、僕。頭痛いくて全然妙案も思いつかないし、せめて先輩達みたいに強い意志や度胸があればな…戦う事を畏れない勇気とか。そうしたら、君を守って、なおかつ影時間からも脱出出来ただろうに」
「そんな…元はと言えば、僕がいたから…」
「まさか。君は悪くないよ。これはきっと偶発的な…」
「いいんです、もう。僕、思い出しましたから」
榎本の生気無い緩みきっていた顔元が、緊張で硬くなるのがはっきり見てとれた。
「僕には分かる。『愚者』という名前のシャドウが、僕を呼んでいる事。
あの坊やが警告してくれたんです。もしも力が必要なら、僕を呼んで、と。こんな感じに」
さっき悪夢で見た通り、指鉄砲をこめかみに当てて打つ仕草を見せると、あからさまに榎本は顔をしかめた。
「なっ、あいつ何で召喚機の事まで……!!」
「ショウカン、キ?」
「あっ…!ああいやそのゲフンゲフン…ああもう頭痛いのに…」
「榎本さん、これ何かやっぱり意味があるんですね?教えてください」
双葉の表情が真剣な面持ちに変わるのを見て、榎本は気まずげに顔を背ける。
「 ペ ル ソ ナ 」
耳元に、そっと小声で囁く。
ぎくり、と擬音を付けたくなるほど、榎本の肩が飛び跳ねるのが分かった。
「…やっぱり。榎本さんのシーサーもそうなんでしょう?でなきゃ人の言葉を喋るなんてあり得ない」
「…ええと、ノーコメントで…」
「ここまで、僕を守ってくれたのも、榎本さんのペルソナ能力なんでしょう?さっきのポーズの意味も知ってるみたいだし。
教えてください。どうやったら、僕、またペルソナ使えるようになれますか?」
「双葉君!」
榎本は意を決して振り向くと、双葉の肩を掴み、一旦ぐっ、と言葉を飲み込む。
再度顔を起こすと、ゆっくりと、噛み締めるように言葉を選んで口に運ぶ。
「…双葉君。どこまで、君は、思い出したの?」
「大体、全部、だと思います…父と母のケンカも、施設での生活も…『おともだち』の事も。
ずっと鏡の部屋に閉じこめられて、ずっと頭が痛くて、いつの間にか一人で取り残されてて…それから気がついたら病院で、成瀬のお義父さんがいて…そこらへんだけ曖昧なのを除けば、大体は、多分…」
「………」
口調に自信が無いのを見てとって、榎本は双葉の復元された記憶がまだ完全でないことを悟った。
ほっとしたと同時に、時間が経過した後、無意識でぼかしているであろう、最深部の苦痛や耐え難い苦しみをフラッシュバックで思い起こし苦しむ事が今後は気がかりではあるが…。
「榎本さん、僕…もう逃げたくない。
ずっと、何も思い出せなかった間、僕は僕が怖かった。
自分を直視したくなかった。
ただ、自分自身を嫌悪し、どうでもいい人間なんだと思って安心しているような…そんな弱い人間でした。だけど、もうそんな事したくない。そんな僕を愛して、受け入れてくれた人がいるのに、いつまでも自己完結して自分を自ら貶めて殻に引きこもっているだけじゃちっとも強くなんかなれない!
…ましてや、相手は僕を呼んでいる。
分かるんです。
…あのシャドウは僕が産んだも同じ。
死んだ皆が、僕を呼び、たった一人生き残った僕を食べれば何か別の生き物になれると思ってる。シャドウはシャドウ、ずっと変わる事なんてありえないのに。
だから…僕、もし戦う事で皆を解放出来るなら…僕の持つペルソナで、皆を解放出来るなら、そうしたい。そのための、力だったんだろうから…」
うっすらと涙を両目に浮かべ、訴えかける双葉を見て、榎本は正直非常に迷っていた。
榎本は、まず目覚めたばかりの双葉に現状を短く説明した。
『愚者』というシャドウに追われて逃げ続けていた事。
双葉が氷のように冷たくなり、死にかけていたこと。
(本当はそれどころではなくシャドウに精神を喰われそうにもなっていたが)
それを防ぐため、「彼」が双葉の精神に潜り込んだ事。
同時に、周囲を囲んでいただけだったシャドウの群れが、一斉に襲いかかってきて慌てて逃げた事…。
「彼」とは、人間ではない、一種の精神体のような存在だよ、と榎本はしどろもどろになりながらたどたどしく説明した。
「…どうしようかと思ったけど、彼は上手くやったみたいだね」
「彼…あの、しましまのパジャマの坊やの事、でしょうか…?」
顔元の優れない榎本と共に、双葉は月影に身を潜めながら噴水の石縁にもたれかかる。
さっきまで、この噴水があるチャペルの庭から見える公園にいたらしい。チャペルがある小高い丘から真下に見えるジャングルジムの根元部分と飛び散っている破片が恐怖を感じさせる。あそこからずっと、榎本は双葉を抱えて逃げてくれたのだ。手元に杖代わりに使ったジャングルジムの一部とおぼしき鉄パイプを転がして、双葉と並んでぐったりと噴水の縁に伸びている。
「えっと…ああうん、そうそう。彼、今君の中で休んでる…みたい、だね。僕は、もう、駄目」
「そんな…僕、榎本さんがいなかったら今頃シャドウの餌食になっていました。
本当、今助かってるのは榎本さんのお陰です」
励ます双葉の言葉に、榎本は力無く首を振りうなだれる。
「ああ、そんな持ち上げないで…だって、今は気付かれてないけど、見つかったらもう一巻の終わりだもの」
最後の気力でステルスを使って周囲のシャドウから逃亡する事には成功したが、それで精神力を底まで使い果たし、ピルケースもどこかに落とし、影時間はやっぱり明けない。
四方六方八方、全て見事に塞がってしまった。
もはや打つ手も無い。
無力な自分と、大切な少年だけが、いずれ来る滅びを認めず戦々恐々とするのみなのだ。
元々ネガティブな思考の榎本は、ペルソナの連発と消耗から来る全身疲労と筋肉が鉛に変じたような猛烈なけだるさも相まって、どんどん思考は沈下していく。
「…駄目だなあ、僕。頭痛いくて全然妙案も思いつかないし、せめて先輩達みたいに強い意志や度胸があればな…戦う事を畏れない勇気とか。そうしたら、君を守って、なおかつ影時間からも脱出出来ただろうに」
「そんな…元はと言えば、僕がいたから…」
「まさか。君は悪くないよ。これはきっと偶発的な…」
「いいんです、もう。僕、思い出しましたから」
榎本の生気無い緩みきっていた顔元が、緊張で硬くなるのがはっきり見てとれた。
「僕には分かる。『愚者』という名前のシャドウが、僕を呼んでいる事。
あの坊やが警告してくれたんです。もしも力が必要なら、僕を呼んで、と。こんな感じに」
さっき悪夢で見た通り、指鉄砲をこめかみに当てて打つ仕草を見せると、あからさまに榎本は顔をしかめた。
「なっ、あいつ何で召喚機の事まで……!!」
「ショウカン、キ?」
「あっ…!ああいやそのゲフンゲフン…ああもう頭痛いのに…」
「榎本さん、これ何かやっぱり意味があるんですね?教えてください」
双葉の表情が真剣な面持ちに変わるのを見て、榎本は気まずげに顔を背ける。
「 ペ ル ソ ナ 」
耳元に、そっと小声で囁く。
ぎくり、と擬音を付けたくなるほど、榎本の肩が飛び跳ねるのが分かった。
「…やっぱり。榎本さんのシーサーもそうなんでしょう?でなきゃ人の言葉を喋るなんてあり得ない」
「…ええと、ノーコメントで…」
「ここまで、僕を守ってくれたのも、榎本さんのペルソナ能力なんでしょう?さっきのポーズの意味も知ってるみたいだし。
教えてください。どうやったら、僕、またペルソナ使えるようになれますか?」
「双葉君!」
榎本は意を決して振り向くと、双葉の肩を掴み、一旦ぐっ、と言葉を飲み込む。
再度顔を起こすと、ゆっくりと、噛み締めるように言葉を選んで口に運ぶ。
「…双葉君。どこまで、君は、思い出したの?」
「大体、全部、だと思います…父と母のケンカも、施設での生活も…『おともだち』の事も。
ずっと鏡の部屋に閉じこめられて、ずっと頭が痛くて、いつの間にか一人で取り残されてて…それから気がついたら病院で、成瀬のお義父さんがいて…そこらへんだけ曖昧なのを除けば、大体は、多分…」
「………」
口調に自信が無いのを見てとって、榎本は双葉の復元された記憶がまだ完全でないことを悟った。
ほっとしたと同時に、時間が経過した後、無意識でぼかしているであろう、最深部の苦痛や耐え難い苦しみをフラッシュバックで思い起こし苦しむ事が今後は気がかりではあるが…。
「榎本さん、僕…もう逃げたくない。
ずっと、何も思い出せなかった間、僕は僕が怖かった。
自分を直視したくなかった。
ただ、自分自身を嫌悪し、どうでもいい人間なんだと思って安心しているような…そんな弱い人間でした。だけど、もうそんな事したくない。そんな僕を愛して、受け入れてくれた人がいるのに、いつまでも自己完結して自分を自ら貶めて殻に引きこもっているだけじゃちっとも強くなんかなれない!
…ましてや、相手は僕を呼んでいる。
分かるんです。
…あのシャドウは僕が産んだも同じ。
死んだ皆が、僕を呼び、たった一人生き残った僕を食べれば何か別の生き物になれると思ってる。シャドウはシャドウ、ずっと変わる事なんてありえないのに。
だから…僕、もし戦う事で皆を解放出来るなら…僕の持つペルソナで、皆を解放出来るなら、そうしたい。そのための、力だったんだろうから…」
うっすらと涙を両目に浮かべ、訴えかける双葉を見て、榎本は正直非常に迷っていた。
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