過去との決別。
*
鼓動が聞こえる。
まだ少し傷む胸の傷跡から。
耳たぶの裏から。
足底の土踏まずから。
銃口の向こう、こめかみの中からも。
それは純粋に、今自分が行おうとしている行為が怖いからなのか。
それとも、再び力を手に入れる儀式めいた己の行為に気が昂ぶっているからなのか。
分からない。
けれども僕は知っている。
この冴えた高揚感を。
乾いた心が満たされる一瞬手前、祈りが形を得る喜びを。
僕は、拳銃を己に向かって構える。
他人が一瞥すれば、バカな事はするなと制止するか、文字通りの自殺行為と鼻で笑う姿。
だけど、これでいいんだ。
確証の無い確信だけが、胸の中ではっきりと主張していた。
「打て」と。
*
『愚者』は、ただ突っ立って銃口を自分に向ける双葉を見下ろし、声を殺してせせら笑っていた。
『 できないよー 』
『 ふたばちゃん おくびょう だもん 』
『 しかも おちこぼれ 』『 だもんね ー 』
腹部の孔たちが、キャッキャッと無邪気に嘲笑うのが聞こえた。
双葉も、にっこりと彼らに微笑み返す。
余裕すら感じる双葉の姿に、愚者は母の顔を模した泥人形の仮面を力無く歪め、薄っぺらい腕を畳んで肩をすくめるジェスチャーを見せる。
『 ふたばちゃん やっぱりばかね かなうと おもってるの ?
おろかで おばかな オルフェウス ?』
見下す幾千の視線と嘲笑にも、双葉はひるまなかった。
双葉も自身に驚くほど、恐怖は無く、不思議なほど冷静だった。
そうさ。僕は文字通り愚か者、だ。
だけど、そんな僕だって分かる事がある。
今、お前に背を向ける事は、今までの十六年を全て無視し否定する事。
それは、成瀬のお義父さんが与えてくれた、強さと癒しの時間をも否定し再び己の殻に引きこもるだけの、無益な選択。
それならば、僕はこの手を血に染める。
かつて、結果的に止められなかった友達の死を、もう一度、今度は自分自身の意志で、化け物になった皆に「死」を与える。
そして、「死」を背負い直し、「生」を生きてやる。
汚れ、罪にまみれて、それでも生きていた己の「生」の意味を知るために…。
もしかして、ここで力及ばず踏み潰されても、僕の魂はいずれ死に至る義父の元へ真っ直ぐ向かって行くだろう。
そして、父が天国へ行く様を見届けて真っ直ぐに地獄へ堕ちよう。
もはや行き先も運命も決まっているなら、せめて恩を受けた人へ義理を通しておきたい。
このまま、榎本さんを見捨てて逃げれば、過去の自分と同じだ。
誰かに尻ぬぐいをさせ、ぬくぬくと安全な所でもの申す平坦な人生など、必要ない。
そんなもの、どうでもいい。
どれだけ短くても、僕は己を貫いて、生きる。
鼻の奥まで凍りそうな、冷たい空気を吸い込む。
グリップを握り直し、双葉は『愚者』を見上げた。
見上げた表情からは、初めて笑みが消えていた。
『 ふたばちゃん ほんき ? しぬ よ ? 』
「いいよ。僕、一度死んだから」
『 なにが でてくるか わからないよ? ペルソナに たべられちゃうかもよ?』
「かもね。でも君に食べられるよりは、ずっといい」
念を押すように問いかける『愚者』の声がやけにか細くて、双葉は何故だか悲しくて、涙がほんの少し滲んだ。
引き金に指を通す。
その指先に、そっと、力を込める。
何も見えない暗闇に、像を思い描く。
かつて見えていた、もう一人の自分。
欠片すら思い出せぬ姿を、己の心の闇に問う。
どうか出てきて。力を、貸して。
一瞬、目を閉じた。
その刹那、背後の気配に気がつくのに一瞬だけ遅れた。
鼓動が聞こえる。
まだ少し傷む胸の傷跡から。
耳たぶの裏から。
足底の土踏まずから。
銃口の向こう、こめかみの中からも。
それは純粋に、今自分が行おうとしている行為が怖いからなのか。
それとも、再び力を手に入れる儀式めいた己の行為に気が昂ぶっているからなのか。
分からない。
けれども僕は知っている。
この冴えた高揚感を。
乾いた心が満たされる一瞬手前、祈りが形を得る喜びを。
僕は、拳銃を己に向かって構える。
他人が一瞥すれば、バカな事はするなと制止するか、文字通りの自殺行為と鼻で笑う姿。
だけど、これでいいんだ。
確証の無い確信だけが、胸の中ではっきりと主張していた。
「打て」と。
*
『愚者』は、ただ突っ立って銃口を自分に向ける双葉を見下ろし、声を殺してせせら笑っていた。
『 できないよー 』
『 ふたばちゃん おくびょう だもん 』
『 しかも おちこぼれ 』『 だもんね ー 』
腹部の孔たちが、キャッキャッと無邪気に嘲笑うのが聞こえた。
双葉も、にっこりと彼らに微笑み返す。
余裕すら感じる双葉の姿に、愚者は母の顔を模した泥人形の仮面を力無く歪め、薄っぺらい腕を畳んで肩をすくめるジェスチャーを見せる。
『 ふたばちゃん やっぱりばかね かなうと おもってるの ?
おろかで おばかな オルフェウス ?』
見下す幾千の視線と嘲笑にも、双葉はひるまなかった。
双葉も自身に驚くほど、恐怖は無く、不思議なほど冷静だった。
そうさ。僕は文字通り愚か者、だ。
だけど、そんな僕だって分かる事がある。
今、お前に背を向ける事は、今までの十六年を全て無視し否定する事。
それは、成瀬のお義父さんが与えてくれた、強さと癒しの時間をも否定し再び己の殻に引きこもるだけの、無益な選択。
それならば、僕はこの手を血に染める。
かつて、結果的に止められなかった友達の死を、もう一度、今度は自分自身の意志で、化け物になった皆に「死」を与える。
そして、「死」を背負い直し、「生」を生きてやる。
汚れ、罪にまみれて、それでも生きていた己の「生」の意味を知るために…。
もしかして、ここで力及ばず踏み潰されても、僕の魂はいずれ死に至る義父の元へ真っ直ぐ向かって行くだろう。
そして、父が天国へ行く様を見届けて真っ直ぐに地獄へ堕ちよう。
もはや行き先も運命も決まっているなら、せめて恩を受けた人へ義理を通しておきたい。
このまま、榎本さんを見捨てて逃げれば、過去の自分と同じだ。
誰かに尻ぬぐいをさせ、ぬくぬくと安全な所でもの申す平坦な人生など、必要ない。
そんなもの、どうでもいい。
どれだけ短くても、僕は己を貫いて、生きる。
鼻の奥まで凍りそうな、冷たい空気を吸い込む。
グリップを握り直し、双葉は『愚者』を見上げた。
見上げた表情からは、初めて笑みが消えていた。
『 ふたばちゃん ほんき ? しぬ よ ? 』
「いいよ。僕、一度死んだから」
『 なにが でてくるか わからないよ? ペルソナに たべられちゃうかもよ?』
「かもね。でも君に食べられるよりは、ずっといい」
念を押すように問いかける『愚者』の声がやけにか細くて、双葉は何故だか悲しくて、涙がほんの少し滲んだ。
引き金に指を通す。
その指先に、そっと、力を込める。
何も見えない暗闇に、像を思い描く。
かつて見えていた、もう一人の自分。
欠片すら思い出せぬ姿を、己の心の闇に問う。
どうか出てきて。力を、貸して。
一瞬、目を閉じた。
その刹那、背後の気配に気がつくのに一瞬だけ遅れた。
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