焦燥。
*
右手に叩かれたような痛みと衝撃が走り、拳銃が宙を舞って背後に転がり落ちる。身を翻して、背後から襲い来た薄っぺらい黒い手の第二波、三波を横っ飛びに避ける。
アスファルトにひび割れが生じ、タイルが抉られ地面が揺れる。
着地でバランスを崩して尻餅をついた双葉が驚きと動揺の声を上げる前に、全身に動揺を走らせたのは『愚者』の方であった。
『 だれ だれ だれ よ 』
『 だれが こうげき していいって いった ?! 』
『 だめだろー しにがみ ださせて いっしょに たべる はずだったじゃん !』
長く伸びた胴体部分に新たな孔が二つ三つと増殖し、ホクロか腫れ物のようにぼこぼこと赤黒く浮き出ては泥人形の顔が声を上げ、予定外の行動に出たらしい仲間を糾弾する。
ぎろりと、眼球の無い孔だけの瞳孔を開いて、『愚者』の頭部は予定を狂わせた犯人を視界に求めて上下左右を舐めるように眺める。
腹部のほうで、孔から声がした。
『 やだー やっぱりやだー しにがみ こわいー 』
『 お お おれも こ こ このまま くっちま おうぜ 』
『 ふたば くって はやく おわろうよー ぼく もう やだー 』
悲しげに、孔が歪み、ひずみ、キーキーと金切り声を上げると、頭部が『だまれ!』と一喝する。
声が一斉に止んだ。
『 さからうな いうことを きけ ! あと もうすこし なんだから ね !』
双葉は、『愚者』が仲間割れを起こしている隙に榎本を抱えると、鉄パイプを握り杖代わりにして教会玄関の太い大理石の石柱にもたれさせる。
足場が壊れたり屋根が破損しているため、パッと見て一番天井の造りがしっかりしているのがここだったからである。
まだ脈が残っているのを確認し、双葉は弾き飛ばされた拳銃の落下地点を探す。
無い、無い、無い…。
どこだ、どこに飛ばされた…。
急いで拳銃を探す双葉の姿を見つけ、先程『愚者』の仲間割れ組にけしかけられたのであろう、迫ってきたスライム=マーヤを鉄パイプで殴り、抉るように横払いを浴びせ公園の方向へと叩き飛ばす。
続けて同型の泣き顔をした仮面のマーヤをパイプで殴っては追い払い、榎本に近づけぬように力任せにパイプで殴り飛ばした。
早くも息が上がっている。
普段の状態なら、もっときびきび動けるのに…などと舌打ちをこぼすと、ふいに頭上の月光が大きく翳った。
「しまっ……!」
言い終わる前に、『愚者』の両手が双葉を包み、しっかりと握り込む。
抵抗出来ない、だが潰されない程度の絶妙な力加減で空中に掴み上げられ、双葉は直立不動の状態で圧迫される全身を使ってもがいた。
『 むだ むだ むだ むだーー 』
確かにその通りなのだが、双葉はそれでも必死に『愚者』の手中でもがき抵抗する。『愚者』は右側親指に力を込め、二の腕をきしませる激痛で双葉は鉄パイプを手放し、顔をしかめ短く叫んだ。
カラーン、と、数秒のタイムラグを置いて、パイプが地面に転がる音がした。
ほんのわずか融通の利く首をねじって下を見下ろす。
学校の校舎二階と半くらいはある高さに、宙吊り…もとい宙握りされている。
顔を上げると、間近に、目鼻口の代わりに孔が四つ開いた泥人形の仮面が、双葉の鼻先まで顔をにじりよらせていた。
『 ふたば ちゃん こうさーん ? 』
「降参しない。僕は、皆とは一緒に行けない」
『 だめよー つれていくからー 』
「行かない。僕は行かない。もしこうして死ぬならもう生への未練は断つ。地獄に堕ちるよ」
強がる双葉の顔を覗き込み、『愚者』は人の女性を模した顔にあり得ないほどのシワを口元や額、鼻筋、頬に寄せ双葉を睨み、口を右上がりの三日月型に曲げた。
『 あ っそ 』
全身を包む圧力が急速に上昇し、双葉の全身が骨と筋肉の上げる痛みに締め上げられる。
「あ……ぐ……うっ……あああ!」
抵抗を試みても、もはや型に填め込まれた鋳型のように抜け出せなくなった全身のきしみに耐えるのが精一杯で、喉からは無意識にうめき声が零れた。
全身にかかる負荷がじわりと上がり、背骨や肋骨に複数箇所の潰される一歩手前の激痛を覚え叫ぶ。
それを眺めてうっとりとチェシャスマイルを浮かべる『愚者』の表情が、酸欠と涙目で段々とぼやけて霞む。
あっけない。
こんなに。
こんなに無力だったっけ。
僕はまだやれる。
そのはずなのに…!
悔しい、悔しい、悔しい…。
頭の中が、不完全燃焼の悔恨とやりきれなさで一杯になる。
悲しくもないのに、大粒の涙がこぼれた。
右手に叩かれたような痛みと衝撃が走り、拳銃が宙を舞って背後に転がり落ちる。身を翻して、背後から襲い来た薄っぺらい黒い手の第二波、三波を横っ飛びに避ける。
アスファルトにひび割れが生じ、タイルが抉られ地面が揺れる。
着地でバランスを崩して尻餅をついた双葉が驚きと動揺の声を上げる前に、全身に動揺を走らせたのは『愚者』の方であった。
『 だれ だれ だれ よ 』
『 だれが こうげき していいって いった ?! 』
『 だめだろー しにがみ ださせて いっしょに たべる はずだったじゃん !』
長く伸びた胴体部分に新たな孔が二つ三つと増殖し、ホクロか腫れ物のようにぼこぼこと赤黒く浮き出ては泥人形の顔が声を上げ、予定外の行動に出たらしい仲間を糾弾する。
ぎろりと、眼球の無い孔だけの瞳孔を開いて、『愚者』の頭部は予定を狂わせた犯人を視界に求めて上下左右を舐めるように眺める。
腹部のほうで、孔から声がした。
『 やだー やっぱりやだー しにがみ こわいー 』
『 お お おれも こ こ このまま くっちま おうぜ 』
『 ふたば くって はやく おわろうよー ぼく もう やだー 』
悲しげに、孔が歪み、ひずみ、キーキーと金切り声を上げると、頭部が『だまれ!』と一喝する。
声が一斉に止んだ。
『 さからうな いうことを きけ ! あと もうすこし なんだから ね !』
双葉は、『愚者』が仲間割れを起こしている隙に榎本を抱えると、鉄パイプを握り杖代わりにして教会玄関の太い大理石の石柱にもたれさせる。
足場が壊れたり屋根が破損しているため、パッと見て一番天井の造りがしっかりしているのがここだったからである。
まだ脈が残っているのを確認し、双葉は弾き飛ばされた拳銃の落下地点を探す。
無い、無い、無い…。
どこだ、どこに飛ばされた…。
急いで拳銃を探す双葉の姿を見つけ、先程『愚者』の仲間割れ組にけしかけられたのであろう、迫ってきたスライム=マーヤを鉄パイプで殴り、抉るように横払いを浴びせ公園の方向へと叩き飛ばす。
続けて同型の泣き顔をした仮面のマーヤをパイプで殴っては追い払い、榎本に近づけぬように力任せにパイプで殴り飛ばした。
早くも息が上がっている。
普段の状態なら、もっときびきび動けるのに…などと舌打ちをこぼすと、ふいに頭上の月光が大きく翳った。
「しまっ……!」
言い終わる前に、『愚者』の両手が双葉を包み、しっかりと握り込む。
抵抗出来ない、だが潰されない程度の絶妙な力加減で空中に掴み上げられ、双葉は直立不動の状態で圧迫される全身を使ってもがいた。
『 むだ むだ むだ むだーー 』
確かにその通りなのだが、双葉はそれでも必死に『愚者』の手中でもがき抵抗する。『愚者』は右側親指に力を込め、二の腕をきしませる激痛で双葉は鉄パイプを手放し、顔をしかめ短く叫んだ。
カラーン、と、数秒のタイムラグを置いて、パイプが地面に転がる音がした。
ほんのわずか融通の利く首をねじって下を見下ろす。
学校の校舎二階と半くらいはある高さに、宙吊り…もとい宙握りされている。
顔を上げると、間近に、目鼻口の代わりに孔が四つ開いた泥人形の仮面が、双葉の鼻先まで顔をにじりよらせていた。
『 ふたば ちゃん こうさーん ? 』
「降参しない。僕は、皆とは一緒に行けない」
『 だめよー つれていくからー 』
「行かない。僕は行かない。もしこうして死ぬならもう生への未練は断つ。地獄に堕ちるよ」
強がる双葉の顔を覗き込み、『愚者』は人の女性を模した顔にあり得ないほどのシワを口元や額、鼻筋、頬に寄せ双葉を睨み、口を右上がりの三日月型に曲げた。
『 あ っそ 』
全身を包む圧力が急速に上昇し、双葉の全身が骨と筋肉の上げる痛みに締め上げられる。
「あ……ぐ……うっ……あああ!」
抵抗を試みても、もはや型に填め込まれた鋳型のように抜け出せなくなった全身のきしみに耐えるのが精一杯で、喉からは無意識にうめき声が零れた。
全身にかかる負荷がじわりと上がり、背骨や肋骨に複数箇所の潰される一歩手前の激痛を覚え叫ぶ。
それを眺めてうっとりとチェシャスマイルを浮かべる『愚者』の表情が、酸欠と涙目で段々とぼやけて霞む。
あっけない。
こんなに。
こんなに無力だったっけ。
僕はまだやれる。
そのはずなのに…!
悔しい、悔しい、悔しい…。
頭の中が、不完全燃焼の悔恨とやりきれなさで一杯になる。
悲しくもないのに、大粒の涙がこぼれた。
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