さよならの前に。
*
未だ目元がぼんやりしている榎本を、陽一は彼の顎元を軽く指先で掴んで左右に振り、心配そうに顔色を見つめる。
「ディアラハンで目が覚めなかったんでサマリカームを使った。頭ふらつくか?」
「あ、いえ、平気です…」
額の右上、髪の付け根と右瞼の上に出来た薄いカサブタと瘤をさすりながら、おどおどと榎本は頷く。
「愚者が何者なのかも、双葉から手短に聞いた。お前にも、長いこと迷惑をかけるな」
「そ、そんな、僕は…」
「済まないが、バックアップとアナライズ、後双葉を頼む。出来る範囲で良い。頼めるか?」
「あ、はい、勿論です…」
まるで十年前に戻ったような厳しい口調に、榎本も自然と身体が引き締まる気がした。背筋が伸び、緩んだ口元が閉まる。
気がつけば、既に傍らでいつもの相棒が礼儀正しくお座りをして待機している。幾分、頭痛も和らいだようだ。
「さて双葉」
「…はい」
ステージの錆びた支柱にもたれていた双葉は、そっと身体を起こす。
「さっき、言った通りだ。俺は、もう保たん。影時間が済んだら、お別れだ」
「なっ………」
「さっき聞いたんです。裏技だから、一日も保たないんだ…って」
言葉に詰まる榎本を無視し、陽一は双葉に向かって話を続ける。
双葉は自分が起きあがる前に何か聞いていたらしい、蒼白な顔を背ける事なく、涙をこらえて陽一を見据えている。
「…そんなの、信じられない。信じたくないよ…。
聞きたいこと、話したい事もたくさんあるのに…」
「…だろうな。俺だってそうさ。でも分かる。もうお前に嘘を吐きたくない」
「…僕が行く。お義父さんは休んでて。だから…」
「くどい。どうあがいても、もう駄目なもんは駄目だ。
じっとしてようが戦ってようが、だ。
…ペルソナは万能じゃない。治せないものだって、わんさかある。
それとも、俺等を助けるためにわざわざ喰われに行くってか?
それこそ最悪の親不孝ってもんだ。
自力でペルソナ出せないんだから、お前は後方待機だ…ほれもう泣くなって」
せめて男の子らしく必死に泣くのを堪えている双葉の頭を撫で、不意打ちのようにくしゃくしゃと髪を掻き回す。
ほんの少し嫌がって、でもやはり双葉は瞳に涙を湛えていた。
「お前はまだひよっこだ。残念ながらな。獲物は没収。見習いは隊長の命令厳守。
これが現場の掟。
…懐かしいもんだ。昔はいつもそんな事言ってたっけな」
「隊長って…お義父さんはお義父さんだ」
いいや、隊長で合ってるさ、と陽一は誰に言うでもなく、一人ごちる。
「双葉、俺はお前には言えない、お前には知られたくない事がわんさかある。これもその一つ。この拳銃も、ペルソナも、全部そうだ。だが、お前はそれに対して動揺した風でない。…どこまで知っている?どこまで思い出した?」
「………」
双葉は答えられなかった。とても、一言で答えられるような内容ではなかったからだ。
しかし、陽一は納得したらしい。
「そうか」と一言答えて、時折見せていたような悲しげな微笑みを浮かべた。
「思い出したんだな」
「…ごめんなさい」
「謝る事かよ。それは俺の言葉だ。…すまなかった」
え?と不思議そうに目を丸くする双葉にもう一度歯を見せて笑ってみせた。
未だ目元がぼんやりしている榎本を、陽一は彼の顎元を軽く指先で掴んで左右に振り、心配そうに顔色を見つめる。
「ディアラハンで目が覚めなかったんでサマリカームを使った。頭ふらつくか?」
「あ、いえ、平気です…」
額の右上、髪の付け根と右瞼の上に出来た薄いカサブタと瘤をさすりながら、おどおどと榎本は頷く。
「愚者が何者なのかも、双葉から手短に聞いた。お前にも、長いこと迷惑をかけるな」
「そ、そんな、僕は…」
「済まないが、バックアップとアナライズ、後双葉を頼む。出来る範囲で良い。頼めるか?」
「あ、はい、勿論です…」
まるで十年前に戻ったような厳しい口調に、榎本も自然と身体が引き締まる気がした。背筋が伸び、緩んだ口元が閉まる。
気がつけば、既に傍らでいつもの相棒が礼儀正しくお座りをして待機している。幾分、頭痛も和らいだようだ。
「さて双葉」
「…はい」
ステージの錆びた支柱にもたれていた双葉は、そっと身体を起こす。
「さっき、言った通りだ。俺は、もう保たん。影時間が済んだら、お別れだ」
「なっ………」
「さっき聞いたんです。裏技だから、一日も保たないんだ…って」
言葉に詰まる榎本を無視し、陽一は双葉に向かって話を続ける。
双葉は自分が起きあがる前に何か聞いていたらしい、蒼白な顔を背ける事なく、涙をこらえて陽一を見据えている。
「…そんなの、信じられない。信じたくないよ…。
聞きたいこと、話したい事もたくさんあるのに…」
「…だろうな。俺だってそうさ。でも分かる。もうお前に嘘を吐きたくない」
「…僕が行く。お義父さんは休んでて。だから…」
「くどい。どうあがいても、もう駄目なもんは駄目だ。
じっとしてようが戦ってようが、だ。
…ペルソナは万能じゃない。治せないものだって、わんさかある。
それとも、俺等を助けるためにわざわざ喰われに行くってか?
それこそ最悪の親不孝ってもんだ。
自力でペルソナ出せないんだから、お前は後方待機だ…ほれもう泣くなって」
せめて男の子らしく必死に泣くのを堪えている双葉の頭を撫で、不意打ちのようにくしゃくしゃと髪を掻き回す。
ほんの少し嫌がって、でもやはり双葉は瞳に涙を湛えていた。
「お前はまだひよっこだ。残念ながらな。獲物は没収。見習いは隊長の命令厳守。
これが現場の掟。
…懐かしいもんだ。昔はいつもそんな事言ってたっけな」
「隊長って…お義父さんはお義父さんだ」
いいや、隊長で合ってるさ、と陽一は誰に言うでもなく、一人ごちる。
「双葉、俺はお前には言えない、お前には知られたくない事がわんさかある。これもその一つ。この拳銃も、ペルソナも、全部そうだ。だが、お前はそれに対して動揺した風でない。…どこまで知っている?どこまで思い出した?」
「………」
双葉は答えられなかった。とても、一言で答えられるような内容ではなかったからだ。
しかし、陽一は納得したらしい。
「そうか」と一言答えて、時折見せていたような悲しげな微笑みを浮かべた。
「思い出したんだな」
「…ごめんなさい」
「謝る事かよ。それは俺の言葉だ。…すまなかった」
え?と不思議そうに目を丸くする双葉にもう一度歯を見せて笑ってみせた。
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