決心と覚悟と。
*
「榎本、テトラジャを敷け!済んだらすぐにアナライズ開始しろ!
シーサーは後方待機でいい、済んだらサポートと防御に専念しろ!」
「ラ、ラジャーっす!」
今にも駆け出しそうな双葉の二の腕を握ったまま、榎本は片膝を付く。と、同じくシーサーも彼の傍らに伏せ、足下から乳白色の淡い光が沸きたち、同心円のリングを形成する。
榎本がもう一度、口の中で一言二言呟くと、彼の足下に溜まった白い光=退魔の結界が半壊した教会の敷地内一帯に拡散する。
「……テトラジャ完了しました!アナライズを開始します、少し時間を下さい!」
「了解、なるべくちょっぱやで頼んだ!」
背後で反射的に敬礼する榎本を振り返らず、そのまま陽一は『愚者』に突っ込んでいく。
思わずびくり、と立ち上がりかけた双葉の腕を、榎本が強く引っ張り制す。
「駄目だよ、双葉君。ここにいて」
榎本自身、驚くほど落ち着いた心持ちで双葉を諭す。
双葉は諦めた様子でその場に腰をゆるゆると落とすと、眼前の戦況を怖々と見つめてぽつりと呟いた。
「分かってます、分かってますだけど、僕も…」
右手に鉄パイプを握ったままの姿を見て、榎本は静かに首を横に振る。
「今の君には何も出来ない。ペルソナ、自力で出せないんでしょう?」
「………」
俯いた横顔に悔しさがありありと滲む。無力さを感じる苦しみが痛いほど分かる榎本は、いたたまれない思いでいた。
「…だったら、何で成瀬先輩は…君の、おとうさんは戦おうとしてると思う?」
「……え?」
「…多分ね、君に見せておきたいんだと、思う。
さっき、君に確認してたでしょ?記憶、戻ったのかって。
きっと、何も知らないままだったなら、君を気絶させるなりなんなりして戦いから少しでも遠ざけたと思うんだ。だけど、そうしなかった。…何故なら、君が君自身の過去を知ったから。全てではなくても、過去の重要な自分の記憶を、取り戻した」
「………」
「…それは、ペルソナの力を取り戻したのと同意義だと僕は思う。尋常ならざる力が存在する、そして、一度でもその力を扱い、手足のように行使できた、その記憶を取り戻した…」
「…だから?だからなんだって言うんですか!
あれは…あれは…僕が、僕と僕の父のせいで産まれた存在なのに!!」
必死に握った腕を振り払おうとする双葉を、榎本は動じる事もなく静かに見つめる。
「本当にそれだけだと思う?」
「え……?」
一瞬、力を緩めた隙に双葉を力任せに地面へ引き倒すと、榎本はひっくり返ってこちらを睨む双葉を無言で見下ろし、ふっ、と小さな溜息をもらした。
「…嫌なもんだね、知りたくもないのに人の秘密まで勝手に見える力なんて…」
「え、それ、何です…どういう事…ですか…」
顔をしかめながら身体を起こし、腰を下ろした双葉に榎本は静かに語り出す。
「…先輩はね、きっと君に見せておきたかったんだ。自分の覚悟を。そして力の使い方を、ね」
「力………ペルソナ、ですか…」
「うん、そう。
…双葉君、君はこの能力をどう思ってたか知らないけど、僕にとっては君と同じように慰めでもあり友達でもあったけど、同時に厄介な代物でもあった…。
ペルソナは常に自分の存在を問いかけてくる精神の雛形。
自分に負けた瞬間、ペルソナは本体である存在に牙を剥く。
そうならなくても、精神の魔物に触れた以上、一生そうした不可思議な存在から逃れられなくなる…僕はそれが怖かった。
ずっとずっと怖かった。
それでなくても、僕は他人の心の仮面が見えてしまう。
他人にも、そしてもう一人の自分にも神経を磨り減らす日々がずっと続いた時期があった。
ろくに眠れなくて、人生でいっとう苦しい日々だった。
…ハハハ、なのに、何で一番楽しくはっきり思い出せるんだろう…」
声が震える。
双葉がそっと榎本のしょぼくれた顔を覗き込む。それを隠すように、榎本は顔を拭った。
「…双葉君、君が力を望み、それをもう一度得たいと思うなら、それはきっと叶うだろう。
いや、遠くない未来、必要だからこそ、きっと君は今ここにいる。
そんな気がする。
それならなおさらだ。きちんと、ここで見ておくんだ。おとうさんの戦いぶりを。
ペルソナがどんなものなのかを。
たとえ、今晩その力を使えないにしても、それには、きっと意味がある」
「意味…おとうさんの戦いを、見ておく意味…」
ぴんと来ず、きょとんとしている双葉に、榎本は確信を持って頷く。
「そうだよ。………それに君は成瀬先輩にとって、生きた証、そのものだから…」
「!?」
困惑の色を隠せない双葉をよそに、榎本の傍らでシーサーが主人の膝を二度三度叩いた。
「…とっと、アナライズ完了したね。いいかい、じっとしておくんだ。僕と一緒にちゃんと、見ておくんだよ…」
「………」
訳もなく、熱い思いが込み上げてくる。眼前に浮かぶ巨大な黒蛇に立ち向かう小さな陰に、視線が釘付けになる。
「…おとーさん、頑張って!………負けないで!」
声が届いたかどうかは分からない。でもきっと通じてる。
双葉は涙を堪えてもう一度大きな声で叫んでいた。
「榎本、テトラジャを敷け!済んだらすぐにアナライズ開始しろ!
シーサーは後方待機でいい、済んだらサポートと防御に専念しろ!」
「ラ、ラジャーっす!」
今にも駆け出しそうな双葉の二の腕を握ったまま、榎本は片膝を付く。と、同じくシーサーも彼の傍らに伏せ、足下から乳白色の淡い光が沸きたち、同心円のリングを形成する。
榎本がもう一度、口の中で一言二言呟くと、彼の足下に溜まった白い光=退魔の結界が半壊した教会の敷地内一帯に拡散する。
「……テトラジャ完了しました!アナライズを開始します、少し時間を下さい!」
「了解、なるべくちょっぱやで頼んだ!」
背後で反射的に敬礼する榎本を振り返らず、そのまま陽一は『愚者』に突っ込んでいく。
思わずびくり、と立ち上がりかけた双葉の腕を、榎本が強く引っ張り制す。
「駄目だよ、双葉君。ここにいて」
榎本自身、驚くほど落ち着いた心持ちで双葉を諭す。
双葉は諦めた様子でその場に腰をゆるゆると落とすと、眼前の戦況を怖々と見つめてぽつりと呟いた。
「分かってます、分かってますだけど、僕も…」
右手に鉄パイプを握ったままの姿を見て、榎本は静かに首を横に振る。
「今の君には何も出来ない。ペルソナ、自力で出せないんでしょう?」
「………」
俯いた横顔に悔しさがありありと滲む。無力さを感じる苦しみが痛いほど分かる榎本は、いたたまれない思いでいた。
「…だったら、何で成瀬先輩は…君の、おとうさんは戦おうとしてると思う?」
「……え?」
「…多分ね、君に見せておきたいんだと、思う。
さっき、君に確認してたでしょ?記憶、戻ったのかって。
きっと、何も知らないままだったなら、君を気絶させるなりなんなりして戦いから少しでも遠ざけたと思うんだ。だけど、そうしなかった。…何故なら、君が君自身の過去を知ったから。全てではなくても、過去の重要な自分の記憶を、取り戻した」
「………」
「…それは、ペルソナの力を取り戻したのと同意義だと僕は思う。尋常ならざる力が存在する、そして、一度でもその力を扱い、手足のように行使できた、その記憶を取り戻した…」
「…だから?だからなんだって言うんですか!
あれは…あれは…僕が、僕と僕の父のせいで産まれた存在なのに!!」
必死に握った腕を振り払おうとする双葉を、榎本は動じる事もなく静かに見つめる。
「本当にそれだけだと思う?」
「え……?」
一瞬、力を緩めた隙に双葉を力任せに地面へ引き倒すと、榎本はひっくり返ってこちらを睨む双葉を無言で見下ろし、ふっ、と小さな溜息をもらした。
「…嫌なもんだね、知りたくもないのに人の秘密まで勝手に見える力なんて…」
「え、それ、何です…どういう事…ですか…」
顔をしかめながら身体を起こし、腰を下ろした双葉に榎本は静かに語り出す。
「…先輩はね、きっと君に見せておきたかったんだ。自分の覚悟を。そして力の使い方を、ね」
「力………ペルソナ、ですか…」
「うん、そう。
…双葉君、君はこの能力をどう思ってたか知らないけど、僕にとっては君と同じように慰めでもあり友達でもあったけど、同時に厄介な代物でもあった…。
ペルソナは常に自分の存在を問いかけてくる精神の雛形。
自分に負けた瞬間、ペルソナは本体である存在に牙を剥く。
そうならなくても、精神の魔物に触れた以上、一生そうした不可思議な存在から逃れられなくなる…僕はそれが怖かった。
ずっとずっと怖かった。
それでなくても、僕は他人の心の仮面が見えてしまう。
他人にも、そしてもう一人の自分にも神経を磨り減らす日々がずっと続いた時期があった。
ろくに眠れなくて、人生でいっとう苦しい日々だった。
…ハハハ、なのに、何で一番楽しくはっきり思い出せるんだろう…」
声が震える。
双葉がそっと榎本のしょぼくれた顔を覗き込む。それを隠すように、榎本は顔を拭った。
「…双葉君、君が力を望み、それをもう一度得たいと思うなら、それはきっと叶うだろう。
いや、遠くない未来、必要だからこそ、きっと君は今ここにいる。
そんな気がする。
それならなおさらだ。きちんと、ここで見ておくんだ。おとうさんの戦いぶりを。
ペルソナがどんなものなのかを。
たとえ、今晩その力を使えないにしても、それには、きっと意味がある」
「意味…おとうさんの戦いを、見ておく意味…」
ぴんと来ず、きょとんとしている双葉に、榎本は確信を持って頷く。
「そうだよ。………それに君は成瀬先輩にとって、生きた証、そのものだから…」
「!?」
困惑の色を隠せない双葉をよそに、榎本の傍らでシーサーが主人の膝を二度三度叩いた。
「…とっと、アナライズ完了したね。いいかい、じっとしておくんだ。僕と一緒にちゃんと、見ておくんだよ…」
「………」
訳もなく、熱い思いが込み上げてくる。眼前に浮かぶ巨大な黒蛇に立ち向かう小さな陰に、視線が釘付けになる。
「…おとーさん、頑張って!………負けないで!」
声が届いたかどうかは分からない。でもきっと通じてる。
双葉は涙を堪えてもう一度大きな声で叫んでいた。
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