白い部屋。
_ねえ。この子どうするの。誰が引き取るのよ。
壁の向こうで声がする。白い壁。白いベッド。白い枕。白い部屋。
真っ黒いぼくが眠る部屋のとなり。
_誰って、やっぱり父方の方が引き取るんじゃないの?うちは無理よ。女の子が二人いるもん。
_うちだって嫌よお。姉さんの子供なんて。小さい頃から天才肌のそつがない姉さんと比べられてうんざりしてたのに。
結婚はあたしのが早かったから自慢できたのに、桐条のトップエンジニアと職場結婚。こっちはうだつのあがらないリーマン…。親の見る目がたった数年で逆戻りよ。ああ、むかつく。別居して離婚間際だったつったって、男の子産んだ姉さんの方があたしよりしっかりしてるってさ。むかつくよね。
_ま、親は二人とも老人ホームで、頼りにしてた長女が死んだって聞いて泡食ってたらしいよお?いい気味。絶対尻ぬぐいしないから。
_同かーん。あはははは…。
別の声がする。今度は男の人の声…。
_ええ?じゃあ母方の親戚筋に引き取り手がいないの?
_らしいぜ。どうするのさ?アイツの子供…。
_おいおい。何こっち見てるんだよ。ウチは受験生がいるんだぜ。来年名門の小学校受けさせるんだ。
_また自慢かよ。兄貴は相変わらずだな。長男のくせして。
_じゃあお前が引き取ってやれよ。あいつの子供。
_マジ勘弁してくれよ。俺が?ソウジ兄貴の子供を?…冗談。いっつもいっつも陰気な面して兄貴や親父の顔色伺いばっかりだった兄貴の子供なんか絶対嫌だぜ。同じ兄弟だってのも勘弁なのに、息子の世話しろって?お断り。絶対、俺はやだ。あんな性格まがった野郎の子供なんか絶対まともに育ちやしねえよ。あいつと同じ上目遣いで見上げられたら、俺、絶対ぶん殴っちまう。
_桐条から補償金が幾らか出るって話だぞ。お前には美味しいんじゃないか?
_却下。パス1。幾ら積まれても、兄貴の子供なんか、顔も見たくない。
_あ、じゃあ俺もパス。四男が拒否するなら三男の俺もダメね。兄貴、知らないだろうけどさ、ソウジ兄さんいっつも俺らの事、陰でこそこそいじめてたんだぜ。親父には何にも言えない根性無しのくせしてさ。「筋肉馬鹿は気楽でいいなあ」とかってにやにやしくさって、あいつ死んでホントにせいせいしたね。がりがりのもやしっこで、オツムの方しか取り柄がない人だったけど、どうやってあんな美人を落としたのか、未だに理解できない。マジ訳分からんよ。人生は不公平だよな…。
_…馬鹿だな、だから天誅が下っただろ?だが、それなら葉子さんを生かして親子共々死んでくれてりゃあなあ…。
_全くだ。…仕方ない、世間体が悪くなさそうな施設でも探しておくさ…。
頭の奥がジーン…とする。
目元が熱い。
何か熱い、液体がこぼれて、枕にシミを作る。
僕のお父さんとお母さんは死んじゃったんだ。
僕、誰にも歓迎されてない。
いなければよかった、死んじゃえ、って思われてる…。
手が動かない。足も動かない。包帯だらけの身体。
左手に、点滴がぶらさがってる。
僕、どうしたらいいんだろう。
どこへ行けば、いいんだろう。
僕は、誰にも愛されてない。
僕は、ずっとひとり。
ひとり。
いままでも、これからも、ずっと、ずっと、ずっと………。
ひ と り … 。
「フタバ」
誰かの声。…どこかで聞いた、おじさんの声。
「フタバ、迎えにきたよ…」
おじさんが枕元に立ってる。
顔を包帯でぐるぐる巻きにしてる。コートにくたびれたカーキ色の帽子。まるで透明人間みたいないでたち。
「さあ、行こうか…」
動けない僕を抱き抱えて、おじさんは部屋の外に歩いていく。
「(イヤダ)」
僕の中で声がする。
「(イキタクナイ)」
「(コワイ コワイ コワイ)」
「(イヤダ イヤダ イヤダ)」
身体が寒い。なのに、汗で背中がびっしょり濡れてるのが分かる。
怖い。嫌だ。…ここから出ていっちゃいけない気がする。
ああ。これは…悪夢。
小さい頃から繰り返し、何度も何度も反芻するように体験してきた…悪夢の結晶…。
結末が分かるのに、「あの日の」僕は、何度でも繰り返す。
同じ過ちを、悲しみを、痛みを、…孤独を。
おとうさん。
ささやくと、透明人間はほくそ笑んだ。
それは優しい微笑みじゃなくて、実験台のカエルを眺めるような、ぞっとする笑み。
おとうさん、おとうさん…。
繰り返し、泣きそうな声で、僕は透明人間の腕の中で呟く。
きつく目を閉じて、もう一度目を開いて、その時、成瀬のお義父さんがいてくれたら…。
耳元で、ドアを開く音がした。
目を開く。
そこは、血と肉と脳髄と子供のバラバラの破片と肉片と白衣の死体と肉片とちぎれた腕とくさった脚とめちゃめちゃに壊れたガラスの破片とそれに引っかかった誰かの目玉と鉄っぽい匂いと酸っぱい匂いとユキちゃんのペルソナの歌声とからからにひからびたお父さんと血でべとべとに汚れて気持ち悪い掌とガイコツの友達が剣を振り回してああああああああああああああああああああああああううううううううううううおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさん
悪夢が極彩色をまとって歪む。僕をねじる。かじる。引き裂く。イヤダ、イヤダ、タスケテ、オトウサン…。
壁の向こうで声がする。白い壁。白いベッド。白い枕。白い部屋。
真っ黒いぼくが眠る部屋のとなり。
_誰って、やっぱり父方の方が引き取るんじゃないの?うちは無理よ。女の子が二人いるもん。
_うちだって嫌よお。姉さんの子供なんて。小さい頃から天才肌のそつがない姉さんと比べられてうんざりしてたのに。
結婚はあたしのが早かったから自慢できたのに、桐条のトップエンジニアと職場結婚。こっちはうだつのあがらないリーマン…。親の見る目がたった数年で逆戻りよ。ああ、むかつく。別居して離婚間際だったつったって、男の子産んだ姉さんの方があたしよりしっかりしてるってさ。むかつくよね。
_ま、親は二人とも老人ホームで、頼りにしてた長女が死んだって聞いて泡食ってたらしいよお?いい気味。絶対尻ぬぐいしないから。
_同かーん。あはははは…。
別の声がする。今度は男の人の声…。
_ええ?じゃあ母方の親戚筋に引き取り手がいないの?
_らしいぜ。どうするのさ?アイツの子供…。
_おいおい。何こっち見てるんだよ。ウチは受験生がいるんだぜ。来年名門の小学校受けさせるんだ。
_また自慢かよ。兄貴は相変わらずだな。長男のくせして。
_じゃあお前が引き取ってやれよ。あいつの子供。
_マジ勘弁してくれよ。俺が?ソウジ兄貴の子供を?…冗談。いっつもいっつも陰気な面して兄貴や親父の顔色伺いばっかりだった兄貴の子供なんか絶対嫌だぜ。同じ兄弟だってのも勘弁なのに、息子の世話しろって?お断り。絶対、俺はやだ。あんな性格まがった野郎の子供なんか絶対まともに育ちやしねえよ。あいつと同じ上目遣いで見上げられたら、俺、絶対ぶん殴っちまう。
_桐条から補償金が幾らか出るって話だぞ。お前には美味しいんじゃないか?
_却下。パス1。幾ら積まれても、兄貴の子供なんか、顔も見たくない。
_あ、じゃあ俺もパス。四男が拒否するなら三男の俺もダメね。兄貴、知らないだろうけどさ、ソウジ兄さんいっつも俺らの事、陰でこそこそいじめてたんだぜ。親父には何にも言えない根性無しのくせしてさ。「筋肉馬鹿は気楽でいいなあ」とかってにやにやしくさって、あいつ死んでホントにせいせいしたね。がりがりのもやしっこで、オツムの方しか取り柄がない人だったけど、どうやってあんな美人を落としたのか、未だに理解できない。マジ訳分からんよ。人生は不公平だよな…。
_…馬鹿だな、だから天誅が下っただろ?だが、それなら葉子さんを生かして親子共々死んでくれてりゃあなあ…。
_全くだ。…仕方ない、世間体が悪くなさそうな施設でも探しておくさ…。
頭の奥がジーン…とする。
目元が熱い。
何か熱い、液体がこぼれて、枕にシミを作る。
僕のお父さんとお母さんは死んじゃったんだ。
僕、誰にも歓迎されてない。
いなければよかった、死んじゃえ、って思われてる…。
手が動かない。足も動かない。包帯だらけの身体。
左手に、点滴がぶらさがってる。
僕、どうしたらいいんだろう。
どこへ行けば、いいんだろう。
僕は、誰にも愛されてない。
僕は、ずっとひとり。
ひとり。
いままでも、これからも、ずっと、ずっと、ずっと………。
ひ と り … 。
「フタバ」
誰かの声。…どこかで聞いた、おじさんの声。
「フタバ、迎えにきたよ…」
おじさんが枕元に立ってる。
顔を包帯でぐるぐる巻きにしてる。コートにくたびれたカーキ色の帽子。まるで透明人間みたいないでたち。
「さあ、行こうか…」
動けない僕を抱き抱えて、おじさんは部屋の外に歩いていく。
「(イヤダ)」
僕の中で声がする。
「(イキタクナイ)」
「(コワイ コワイ コワイ)」
「(イヤダ イヤダ イヤダ)」
身体が寒い。なのに、汗で背中がびっしょり濡れてるのが分かる。
怖い。嫌だ。…ここから出ていっちゃいけない気がする。
ああ。これは…悪夢。
小さい頃から繰り返し、何度も何度も反芻するように体験してきた…悪夢の結晶…。
結末が分かるのに、「あの日の」僕は、何度でも繰り返す。
同じ過ちを、悲しみを、痛みを、…孤独を。
おとうさん。
ささやくと、透明人間はほくそ笑んだ。
それは優しい微笑みじゃなくて、実験台のカエルを眺めるような、ぞっとする笑み。
おとうさん、おとうさん…。
繰り返し、泣きそうな声で、僕は透明人間の腕の中で呟く。
きつく目を閉じて、もう一度目を開いて、その時、成瀬のお義父さんがいてくれたら…。
耳元で、ドアを開く音がした。
目を開く。
そこは、血と肉と脳髄と子供のバラバラの破片と肉片と白衣の死体と肉片とちぎれた腕とくさった脚とめちゃめちゃに壊れたガラスの破片とそれに引っかかった誰かの目玉と鉄っぽい匂いと酸っぱい匂いとユキちゃんのペルソナの歌声とからからにひからびたお父さんと血でべとべとに汚れて気持ち悪い掌とガイコツの友達が剣を振り回してああああああああああああああああああああああああううううううううううううおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさん
悪夢が極彩色をまとって歪む。僕をねじる。かじる。引き裂く。イヤダ、イヤダ、タスケテ、オトウサン…。
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