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ゲーム二次創作中心ブログ。 更新まったり。作品ぼちぼち。

言えなかった言葉を。

*
足掻くように、『愚者』の頭部が猛スピードで再生されていく。
目が、鼻が、耳が、頭髪が、人間さながらの克明な容姿で高速にモデリングされていく。

それは、先程とは比べものにならないほどに良くできた偽物だった。
青白い頬。短く整えた頭髪。
黒目がちな目。潤んだ口元。
卵形の輪郭の中央に、綺麗に揃えられた葛木葉子の容貌。
その顔に表情は無い。まるで死者のデスマスクをかぶせたような、青白い無表情の能面。
アシュヴィンの破魔の閃光が炸裂し、『愚者』の胸元を深く抉りとると、その奥に隠れていた「何か」が露わとなる。

最初に見えたのは、その透けるような首筋に腫れ物の如くこびりついた丸っこい土気色の肉の塊だった。
かと思うと、それはぶくぶくと膨張し、丸く盛り上がった表皮に黄緑色の血管が浮き上がる。
いびつに膨れあがった人間の頭部が、女の胸元に人面瘡として顔を覗かせこちらを見下ろす。
胎児の額には、煌々と妖しく輝く金色の欠片が肉に埋もれて食い込んでいた。
人面瘡は陽一の全てを呪うかの如く憤怒の相でこめかみにシワを畳み凝視すると、「くはぁ」と凍えた息を吐き出し女の身体からずるずると這い出てきた。ぼこり、と胸から肩にかけて溶けた穴が開いた愚者の母胎は短く苦しげに喘ぎながら、それでもなお頭ばかりが膨れあがった醜い巨大な胎児を抱き抱える。

青白い女の口元には、慈愛も嫌悪の相もやはり浮かんではいなかったが。

「き、きもい…」
上空から殺気満々に見下ろしてくる巨象以上もある土気色の胎児に、榎本は顔をしかめる。
陽一は微動だにしないものの目の前に広がる生々しい死人のオブジェに、自然と表情も厳しくなっていた。

『ぶおお ぶおおお 何故 なぜだああ 何故 お前は いつも いつも いつもおおおお』
土気色の胎児は、シワだらけの顔面をぐちゃぐちゃにして叫び、目を見開き黄金色の眼孔をらんらんと光らせる。

「…日向、なんだな」

『おお おおおおおお 成瀬ええええ きさまが きさまがああああ』
この世の全てを呪うかのように、胎児=日向は叫ぶ。
大人の身体と勝手が違うためか、ぶるぶると声が震え、背筋の凍りそうなエコーが聞く者の腹に響く。

震える指先に握りしめた、確かな思いをなぞって、陽一はトリガーを構えた。

「終わりに、しようや」

儚い閃光が弾け、光の粒子が弧を描き、それは姿形を形成しながら藍色の冬空を駆けて飛ぶ。
陽一のペルソナ=アシュヴィンが『愚者』の頭部に到達した際には、既に九割型形状の復帰が為されていた。
血の気の無い、死人のハリを無くした青白い皮膚にペルソナが手を伸ばす。

やはり、彼女じゃない。
何故かその瞬間、イヤホンに触れていた指先へと幻の触れた現実の手触りが感じられて、腹にすとんと落ちるように、寂しさと決別が胸を一瞬よぎって消えた。

彼女の、感情が抜け落ちたキョトンとした顔面に掌を広げ、大好きだった健康的な広い額にしっかり固定し、肩に足を乗せ見据える。
涙は浮かんでこなかった。代わりに、胸の奥が熱くて仕方なかった。

さよなら。

言えなかった、言葉。
それは彼女だけでなく、彼女とよく似ていた、「娘」に対しての言葉でもあった。
そして、彼女たちだけでなく、背中に居る、「息子」に、陽一はそっと心で呟いた。

ごめんな。

アシュヴィンの四本の腕、『愚者』の頭部を固定した上腕に聖なる波動、印を組んだ下腕に万魔の光明を収束させる。
心に浮かぶ術式を、浮かんだままに並べていく。
全ての呪いを、憎悪を、因果の糸を解き放つように、心のままに力を解放し続ける。
全身を、今までに無い程の力の脈動が駆け抜けていく。

良くも悪くも、これで、最後の一発になる。
薄々そんなけだるい予兆を肌で感じ取り、熱っぽく痺れたうなじに手を伸ばす。
心臓よりもはっきりと、鼓動が産まれ消えていくのが分かった。

俺は、生きてる。

術式が、全身を抜けきり、髪の毛から爪先に至るまで力が満たされた。
陽一は召喚機の引き金を、引いた。

汚れ無き威光。
アシュヴィンの手中で、無垢な閃光が炸裂し、周囲一体を白光で満たす。

白一色の中で黒々と立ち尽くしていた『愚者』は頭部から思念の欠片へと変換され、パズルのピースが外されていくように音もなく崩壊していった。
泥人形を逆回しで崩すような、モノクロームのサイレントムービー。

最後の刹那、羊水が消失し陰すら消え失せようとしていたその時、
事の成り行きを眺めていた陽一や榎本、双葉だけでなく、
彼らを追ってすぐ側の公園まで接近していた堂島の耳にも、
焼け付くような女の叫び声を微かに耳が捉え、
それを最後に白光は収縮し、後には巨大シャドウの残骸すら、残らなかった。












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