賢人再び。
*
「フィレモン…」
冬空の虚空に舞う、光の鱗粉を放つ金色の蝶にそっと口を開くと、
「よくやった」と、はっきりと脳内へ凛とした思念波が跳ね返ってきた。
間違いない。
「何このチョウチョ…喋って、る?」
双葉だけでなく、堂島と榎本にも聞こえているらしい。
皆、双葉ほどでないが僅かばかり顔元に反応があった。
頭のもやもやに涼しい風が吹き抜けていくような、軽やかな思念の声は続く。
『成瀬陽一、及び榎本聡一郎、堂島尚貴。そして…成瀬双葉。
君たちが私に示した答え、しかと見届けた。
まずは、君たちの勇気と強い意志、
強大な困難にもくじけなかったその強い絆に敬意を示そう…』
「あ、あの…誰、ですか…?」
他の三人と違い、蝶は事情の飲み込めない双葉の不安を察し、双葉の頭上を旋回すると閃光と共に姿を変えた。
蝶をあしらった白磁のマスクに、漆黒のスーツを着こなす物腰柔らかな紳士。
蝶から人型の姿へと変容し、フィレモンは目を丸くして驚く双葉に「久しいな、少年」と優しく声をかける。
「え…?僕、どこかで会った事、ありましたっけ…?」
『覚えていないのも無理からぬ事。
君と私が出会ったのは君がまだ6歳の頃の事だった。
私はフィレモン。精神と仮面の仲介者。
強い意志と志を持つ者にペルソナを授けている。
かつて、君はまだ未熟な自我でありながら私の声を聞き、君はその名を答えた。
…オルフェウス。
深い孤独の中に在った君の友達にと、最初のペルソナを授けた者だ』
「僕に、ペルソナを授けた!?…ペルソナって、もらうもの、だったの…?」
「そういう事になってる。だから、お前もこいつにいっぺんは会ってるはずなんだぜ?」
驚きっぱなしの双葉に陽一がフォローを挟むも、双葉はイマイチピンと来ていない様子で首を傾げる。
「…思い出せないです。ごめんなさい…」
しゅん、となって頭を下げる双葉に、フィレモンはマスクの奥で微笑を浮かべる。
『いや、構わない。それに…君は少々、いや、運命の悪戯で随分とイレギュラーな存在となってしまった。私は君の父君と同様、陰ながら君をずっと見守っていた』
「イレギュラー…死神か」
凶相を表面にありありと浮かべたまま、堂島が口を挟む。
フィレモンも彼の心情を察したらしく、口元から笑みが消えた。
『そうなる…のであろうな。今までこの世界に顕在化し、数多の人間と仮面を見守ってきたが、今回の例は極めて稀…そして、初めてのケース。私も、ずっと機を見て君らに話さなければならないと思っていた。
…成瀬双葉。
我等精神の仲介者に依りし仮面と、死の女神ニュクスの「絶対的なる死」に抗う、もう一つの仮面をその身に宿す者…』
「…?」
フィレモンの発言に皆が一様に顔をしかめる。
フィレモンの仮面と、死の女神の仮面。女神の仮面というのはよく分からない。死神を差しているのが推して知れるくらいだ。
しかし、彼の区別するような発言に陽一が「どういう事だ」と尋ねると、フィレモンは言葉を探るように口元を薄く開き、細く深く、影時間の鉄臭い空気を吸い込んだ。
『…そうだな。まず、簡単にペルソナと我等精神の仲介者の成り立ちについても話さねばならまいな…。
そもそも、ペルソナとは何故に出来たか?君たちは知っているか』
「え~…、悪い化け物と戦うため、じゃないんですか?」
「這い寄る混沌。ニャルラトホテプの悪ふざけを止めるためだろ?桐条のヒヒ爺のような馬鹿をな」
自信なさげな榎本と吐き捨てるような堂島の言葉に、フィレモンは「それもある」と短く答えた。
『…だが、それは我々仲介者の存在が、君たち人間によって望まれ、誕生して後の事。
本来は、死に抗うため。
絶対的な死と、精神の魔をこの世界に産み落としたシャドウの母、ニュクスに対抗するため。
遠い過去、気の遠くなるような古代に、宇宙から超次元の生命体としてこの星に彼女が降り注いだ。彼女は「星を喰らう者」と形容される、超巨大サイズの宇宙生命体。
その身には全てを滅ぼす死の波動を宿し、肉体もまた我々の想像を遙かに超える、異質な生命エネルギーの塊であった。ただ世界に存在しているだけに過ぎなかった原初の生命体は初めて「破壊」及びニュクスの放つ波動によって「死」を知り、戦慄した。…ニュクスはこの星に多大なダメージを与え、その欠片は月を創造し、彼女の肉体は今も月の内側に同化し眠りについている』
「い、いきなりグローバルな話になったな…」
「トンデモ過ぎないか?」
「ニュクスは宇宙人だったんすか…」
陽一は冷や汗をかき、堂島はあからさまに眉をひそめ、榎本は口をポカンと開いて天を仰ぎ見る。
「…あれが…宇宙人の…身体…?」
話についていくので精一杯な双葉は、榎本と同じく天を見上げ、空に浮かぶ巨大な月を仰ぐ。
『正確には、あの内側に。
地球の欠片が卵の外殻のようにニュクスをくるみ、彼女を包んで封印していると思い給え。
しかし、衝突の際にニュクスの精神と肉体は分離し、肉体と切り離された精神体は地球の奥深くにとどまりなおも地球上の生命を脅かした。
ニュクスの精神体が放つ死の波動…これらに対抗するべく原初の生命体は最初の精神と心、意志を獲得した。そして、生命の奥に根付く精神のネットワーク…集合的無意識を形成し、生の願いと強い意志を持ってニュクスをその奥深くへと封印した。…その過程を経て、生と死の狭間で反発しあう意志の元、生命は爆発的な進化を遂げたのだ』
「進化における劇的なショック…それが、ニュクスであったと」
『左様。…しかし、ニュクスも黙っていた訳ではない。自分の精神の一部…シャドウを世に放ち、隙あらば集合的無意識の壁を食い破り、人の精神の内外に作用し世界へと立ち現れる。シャドウという明確な形でないにしろ、世に満ちる悪意という形を持って、今なお世界へ死をもたらそうとしている。…彼女は幾千幾万の「生」を望み、生きようとする人々の無意識によって封じられている。しかし、死を望み破滅を呼び込む者が大勢現れたらどうなる?彼女の封印となっている集合的無意識は徐々に彼女に力を与える死の精神ネットワークと化し、彼女の復活を速める元にもなりかねん。
…そのために、ペルソナが産まれたのだ。
「死の誘惑」に抗う、「原初」のペルソナが』
「原初の…ペルソナ?」
陽一だけでなく、皆が一様に驚きを隠せずにいるとフィレモンは硬い表情のまま語り続ける。
「フィレモン…」
冬空の虚空に舞う、光の鱗粉を放つ金色の蝶にそっと口を開くと、
「よくやった」と、はっきりと脳内へ凛とした思念波が跳ね返ってきた。
間違いない。
「何このチョウチョ…喋って、る?」
双葉だけでなく、堂島と榎本にも聞こえているらしい。
皆、双葉ほどでないが僅かばかり顔元に反応があった。
頭のもやもやに涼しい風が吹き抜けていくような、軽やかな思念の声は続く。
『成瀬陽一、及び榎本聡一郎、堂島尚貴。そして…成瀬双葉。
君たちが私に示した答え、しかと見届けた。
まずは、君たちの勇気と強い意志、
強大な困難にもくじけなかったその強い絆に敬意を示そう…』
「あ、あの…誰、ですか…?」
他の三人と違い、蝶は事情の飲み込めない双葉の不安を察し、双葉の頭上を旋回すると閃光と共に姿を変えた。
蝶をあしらった白磁のマスクに、漆黒のスーツを着こなす物腰柔らかな紳士。
蝶から人型の姿へと変容し、フィレモンは目を丸くして驚く双葉に「久しいな、少年」と優しく声をかける。
「え…?僕、どこかで会った事、ありましたっけ…?」
『覚えていないのも無理からぬ事。
君と私が出会ったのは君がまだ6歳の頃の事だった。
私はフィレモン。精神と仮面の仲介者。
強い意志と志を持つ者にペルソナを授けている。
かつて、君はまだ未熟な自我でありながら私の声を聞き、君はその名を答えた。
…オルフェウス。
深い孤独の中に在った君の友達にと、最初のペルソナを授けた者だ』
「僕に、ペルソナを授けた!?…ペルソナって、もらうもの、だったの…?」
「そういう事になってる。だから、お前もこいつにいっぺんは会ってるはずなんだぜ?」
驚きっぱなしの双葉に陽一がフォローを挟むも、双葉はイマイチピンと来ていない様子で首を傾げる。
「…思い出せないです。ごめんなさい…」
しゅん、となって頭を下げる双葉に、フィレモンはマスクの奥で微笑を浮かべる。
『いや、構わない。それに…君は少々、いや、運命の悪戯で随分とイレギュラーな存在となってしまった。私は君の父君と同様、陰ながら君をずっと見守っていた』
「イレギュラー…死神か」
凶相を表面にありありと浮かべたまま、堂島が口を挟む。
フィレモンも彼の心情を察したらしく、口元から笑みが消えた。
『そうなる…のであろうな。今までこの世界に顕在化し、数多の人間と仮面を見守ってきたが、今回の例は極めて稀…そして、初めてのケース。私も、ずっと機を見て君らに話さなければならないと思っていた。
…成瀬双葉。
我等精神の仲介者に依りし仮面と、死の女神ニュクスの「絶対的なる死」に抗う、もう一つの仮面をその身に宿す者…』
「…?」
フィレモンの発言に皆が一様に顔をしかめる。
フィレモンの仮面と、死の女神の仮面。女神の仮面というのはよく分からない。死神を差しているのが推して知れるくらいだ。
しかし、彼の区別するような発言に陽一が「どういう事だ」と尋ねると、フィレモンは言葉を探るように口元を薄く開き、細く深く、影時間の鉄臭い空気を吸い込んだ。
『…そうだな。まず、簡単にペルソナと我等精神の仲介者の成り立ちについても話さねばならまいな…。
そもそも、ペルソナとは何故に出来たか?君たちは知っているか』
「え~…、悪い化け物と戦うため、じゃないんですか?」
「這い寄る混沌。ニャルラトホテプの悪ふざけを止めるためだろ?桐条のヒヒ爺のような馬鹿をな」
自信なさげな榎本と吐き捨てるような堂島の言葉に、フィレモンは「それもある」と短く答えた。
『…だが、それは我々仲介者の存在が、君たち人間によって望まれ、誕生して後の事。
本来は、死に抗うため。
絶対的な死と、精神の魔をこの世界に産み落としたシャドウの母、ニュクスに対抗するため。
遠い過去、気の遠くなるような古代に、宇宙から超次元の生命体としてこの星に彼女が降り注いだ。彼女は「星を喰らう者」と形容される、超巨大サイズの宇宙生命体。
その身には全てを滅ぼす死の波動を宿し、肉体もまた我々の想像を遙かに超える、異質な生命エネルギーの塊であった。ただ世界に存在しているだけに過ぎなかった原初の生命体は初めて「破壊」及びニュクスの放つ波動によって「死」を知り、戦慄した。…ニュクスはこの星に多大なダメージを与え、その欠片は月を創造し、彼女の肉体は今も月の内側に同化し眠りについている』
「い、いきなりグローバルな話になったな…」
「トンデモ過ぎないか?」
「ニュクスは宇宙人だったんすか…」
陽一は冷や汗をかき、堂島はあからさまに眉をひそめ、榎本は口をポカンと開いて天を仰ぎ見る。
「…あれが…宇宙人の…身体…?」
話についていくので精一杯な双葉は、榎本と同じく天を見上げ、空に浮かぶ巨大な月を仰ぐ。
『正確には、あの内側に。
地球の欠片が卵の外殻のようにニュクスをくるみ、彼女を包んで封印していると思い給え。
しかし、衝突の際にニュクスの精神と肉体は分離し、肉体と切り離された精神体は地球の奥深くにとどまりなおも地球上の生命を脅かした。
ニュクスの精神体が放つ死の波動…これらに対抗するべく原初の生命体は最初の精神と心、意志を獲得した。そして、生命の奥に根付く精神のネットワーク…集合的無意識を形成し、生の願いと強い意志を持ってニュクスをその奥深くへと封印した。…その過程を経て、生と死の狭間で反発しあう意志の元、生命は爆発的な進化を遂げたのだ』
「進化における劇的なショック…それが、ニュクスであったと」
『左様。…しかし、ニュクスも黙っていた訳ではない。自分の精神の一部…シャドウを世に放ち、隙あらば集合的無意識の壁を食い破り、人の精神の内外に作用し世界へと立ち現れる。シャドウという明確な形でないにしろ、世に満ちる悪意という形を持って、今なお世界へ死をもたらそうとしている。…彼女は幾千幾万の「生」を望み、生きようとする人々の無意識によって封じられている。しかし、死を望み破滅を呼び込む者が大勢現れたらどうなる?彼女の封印となっている集合的無意識は徐々に彼女に力を与える死の精神ネットワークと化し、彼女の復活を速める元にもなりかねん。
…そのために、ペルソナが産まれたのだ。
「死の誘惑」に抗う、「原初」のペルソナが』
「原初の…ペルソナ?」
陽一だけでなく、皆が一様に驚きを隠せずにいるとフィレモンは硬い表情のまま語り続ける。
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