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ゲーム二次創作中心ブログ。 更新まったり。作品ぼちぼち。

影時間の片隅で。
*

緑色にもやがかった満月の月明かりを頼りに、ピンクの看板と棺桶が立ち並ぶコンクリートの古いビル街を駆ける。
近い。
この近辺に間違いない。
ペルソナを視認されると面倒なので、ほぼ人力で捜索しなければならないのが面倒である。
双葉は他の人間と違って何故か気配が薄い。時々、何の気無しに振り返った際に背後に立たれていて素で驚く事もある。
黒づくめのがまだ探しいいよと、つくづく陽一は思い一息付く。
「ここか?」
雑居ビルの狭い路地裏。人一人入れるか否か程度の、狭い道の奥。
そっと、足音を立てぬよう、近づく。

古びた「Bar パピヨン」のけばけばしい電光看板の向こうに、見慣れた革靴が見えた。

「双葉?」
呼びかけに、気配が過剰に反応したのがすぐに感じ取れた。
「探したぞ」
ゆっくり、さらに近づく。
そっと、看板の裏を覗く。
黒くて細い猫っ毛が、ぼさぼさに乱れている。
身を小さくし、屈むように地面にしゃがみ込んでいる。胸元には、大事そうにハンバーガーの紙袋を抱き抱えて。双葉は、ゆっくり顔を上げ、泣きはらしたような真っ赤な目を見開いて、無言のまま陽一を見上げていた。

「さ、帰るぞ」
陽一は苦笑いを浮かべ、手を差し出す。
双葉は陽一の腕を掴むと、そのまま彼に抱きつき、声を出さずただただガタガタと震えて泣きじゃくった。
「悪かったな、怖い思いさせて」
小さく首を横に振って、双葉は彼の胸の中でしばらく泣き続けた。
「おとー…さん……おとーさーん……う…うぅ…ひっ……」
「心配するな。俺はお前の父ちゃんだよ。これからも、この先も、ずっとだ」
そう言って、陽一は双葉を抱き寄せる。冷え切った身体を抱きしめると、胸が締め付けられるような罪悪感が陽一の心をチクリと刺した。
そうだ、こいつには俺しかいなかったんだ。何でも頼って、甘えていられるのは…。
「ごめ…な、さい……ごめ、な、さい……」
涙でぐじゃぐじゃになった顔を、ポケットに入っていたクシャクシャのハンカチでぬぐってやる。
「寒かったろう?また灯が付いたら、どっかで温かいものでもおごってやるよ」
無言で双葉は何度も頷いた。その頭をそっとなでると、やっとほっとしたように、双葉は弱々しく微笑んだ。

*

街に灯りが再び灯ると、陽一と双葉は繁華街を抜けて駅前まで戻り、近くのコンビニで缶コーヒーを二つ買って、家にほど近い公園のベンチで並んで座った。別に店に入っても良いと言ったのに、双葉が「もったいない」と言い張ったためである。空いた小腹に二人して冷めたハンバーガーを詰め込み、温くなった缶コーヒーを片手に、双葉はぽつぽつと影時間での事を陽一に語った。

巨大シャドウに遭遇した事。
驚いて、ただひたすら逃げ回った事。
陽一が来るまで、ずっとあの場所で隠れていた事。
巨大シャドウの「おいでおいで」合唱は相当恐ろしかったらしく、しばらく身震いが止まらなかった事。
それが落ち着いた頃に、陽一が迎えに来た、と言う。

「もう、変な空間に紛れ込んで帰れないかと思った…」
「そりゃ、そう思うわな。初めて影時間を体験したんだし」
「影時間、って言うの?お義父さん、いつから知ってたの?」
「あー…随分前からだな。ま、下手に出歩かなけりゃ問題ねえよ。人より少し時間が増えるだけだ。お化けがもれなく付いてくるがな」
本当は初めてでもないし、問題は色々あるのだが、下手に口にするべきではないと思い陽一は適当に返答を濁す。
「うわ、最悪…来年は受験生なのに徹夜出来ないよ」
「しなけりゃいいじゃん。お前なら風邪さえ気をつければ大丈夫だって」
「そんなのわかんないよ。…お義父さんみたいに優秀じゃないんだから」
「ばーか。俺が優秀だったら、東大なんざ合格率が跳ね上がるぜ」
「嘘。会社じゃ社長からも一目置かれてるって。お給料も、段違いだって」
コーヒーを傾けた手が、ぴたりと止まる。
「…誰から聞いた」
「…あの女の人から」
ちら、と双葉の方を見やる。双葉は俯いたまま、両手で握ったコーヒーの缶に目を落としている。
「…ずっと貧乏だったけど、お義父さん、いつも外に出るのに恥ずかしくないようにって、僕の服や鞄や靴ばかり先に買って、自分はくたびれた使い古しばかり着てた。お給料だって、本当はもっともらってるのに僕の学費のためにずっと前からこっそり貯金してたって聞いた。ボーナスも、たまった返済に使った残りは全部僕の学費用に貯金して、全然自分のために使ってないって。タバコもお酒の付き合いも少ない、まっすぐ家に帰る勤勉な人だって…」
「考え過ぎだって。親なら普通そうするぞ?」
「全然血の繋がりなんかないのに」
双葉の声がかすれる。見ると、缶コーヒーを握った手の甲に大粒の涙が滴っている。
「…どうして?どうして、そこまでしてくれるのかわからないよ…僕…おかあさん、いら、ない…部活とか…友達とか…本当にどうでもいいし…僕…おとうさんが一緒に居てくれて、家に帰って、僕の側で話してくれるだけでいい…僕…だから、だから…」
「双葉…」
涙で濡れた手の甲にそっと陽一は自分の手を重ねる。冷え切った手。まだ細く幼さの残るきゃしゃな手が、震えている。
「家事も、なんでも、僕、おとうさんが好きだから、何か出来る事でもらったもの、返したいからしてるだけだし…嫌なんかじゃない。むしろ、取り上げないでほしい…本当は…ぼく……怖い。大事な人が、いなくなるの、こわい…自分の努力が足りなくて…大事な人がこっちを振り向かなくなるのが…いちばんやだよ…」
「馬鹿言うなよ…俺のために生きる気か?自分の人生だろうが」
「うん…だけど…だけど…」
「だけど?」
「お義父さんが、いる場所が、僕のいる場所だもの…お義父さんは、ぼくの、ひだまり…」
顔を上げて、まっすぐにこちらを見据えて、双葉はそう言った。
その目の奥には、あの施設で横たわっていた傷ついた少年の昏い光が、未だ最奥で鈍く息づいていた。
「………大げさだよ。お前の居場所は、これからもっと増えるさ。とりあえず友達作れよ。な?」
「友達…できるかな…僕、いつも話しかけても、変な顔される…」
「そりゃお前、陰気な面して構えてるからだよ。もっと気楽に行けよ。友達はたくさんいるに越した事ねえさ。俺が保証してやるから」
「ん…努力、して、みる…」
「ただ、まあ…しばらくこっちにいるつもりだったが、さっきみたいなばけモンがいるんじゃ落ち着かないよな…実はさ、今度別の支店に主任として赴任しないかって言われてるんだ。そこでそろそろ足下固めようかと思ってる。これで最後の引っ越しと思って、お前も次の引っ越し先とか気にせず、友達作れるように頑張るからさ。どうだ?親子二人で」
「…あれ、あの人は?」
「ああ、別れるよ。さっき決めた。やっぱ人生は打算じゃねえよな。そうだろ?」
自分に言い聞かせるように、陽一ははっきりと自分の意志を口にした。堂島の陰気な横顔と忠告が脳裏をかすめたが、やはり自分は感情が先に立つようだ。というより、自分に嘘は吐けないとはっきり分かった。
双葉は喜ぶかと思いきや、目に涙を浮かべてまた俯いている。
「…ごめんなさい」
「何で謝るんだ?普通喜ぶか、信じられないって面するだろ?」
「いや、だって、僕のせいで…」
「だあーーー!!違う!!何度言やあ分かるんだよお前は!俺が!そうしたいから!お前を養ってるし!俺の転勤に引きずり回してるし!飯炊いてもらってるし!!大体だな、もう何年俺はお前の炊いた飯を食ってると思ってるんだ?…な?もう、俺達血とかそんなの関係なしに、『家族』なんじゃないのか?」
「か、ぞく…」
「そう、家族。俺が親でお前が息子。簡単だろ?」
双葉は一瞬ぽかん、とした後、やけに大きな声で笑い出した。
「な、何がおかしいんだよ」
「あ、ゴメン…違うよ。僕、すごく嬉しい。そんな風に言ってもらえるなんて、思わなかった。…お義父さんって本当に不思議。職場の人にも皆に好かれてるって聞いたし、何だろう、言い方きついのに、優しい」
「あの姉ちゃんの言う事真に受けるなよ。話半分に聞いとけ」
「でも、友達多いのは本当だよね。いつも職場探す時も、車もらったのも、家探すのも、皆お義父さんの友達のつてばっかりだった」
「おお、まあな。だからさ、お前も頑張って友達作れ。俺にいつまでも甘えてちゃ、いい男になれんよ」
「うーん…そうかな?でも、確かにそろそろ独り立ちしないとね…よし、決めた。僕、お義父さんみたいに友達作るよ。それで、お義父さんや友達を支えられるような、強い男になる。しんどいかも知れないけど、努力する。本当はずっといじめられてばっかりだったから、学校で人と話すのどうでも良くなってて…」
「やっぱりな。お前、我慢しすぎ」
「だって、男の子だし。おとうさんの子だし!」
一瞬の沈黙の後、二人して吹き出して笑った。

帰り道、数年ぶりに手を繋いで帰った。
「…お義父さん」
「何だ?」
「僕、将来お義父さんみたいになりたい。いや、なれるように頑張る。ちゃんと自立して、自分の脚で立って、誰かの力になれる、いつでも誰かと一緒に笑えるような…僕、なるべく甘えないようにするけど、時々でいいから、話、聞いてね」
「嬉しいこと言うねえ。時々と言わず、毎日でも構わんよ」
「ありがと」
握った手のぬくもりが、愛おしい。
この手に拳銃を、握らせたくはない。
汚れるのは、俺の掌だけで、十分じゃないか。
陽一はそう思い、もう一度、その手を強く握りしめた。

後日。
風呂場に放置され、ご立腹しきりだった彼女に三行半を突きつけられた後、俺達二人はその街を後にした。












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