決意をその手に。
*
『…憎いか?成瀬陽一。全てを知りながら、伏せたまま君を導いた私を』
「…ああ。弁解はいい、やっぱ一発殴らせろ!俺は双葉にじいさんになるまで生きて欲しくてここまでやったんだ!!
てっめえには心底呆れたよ!!」
『ならば代わりに問おう、堂島尚貴。成瀬双葉にこの残酷な運命を与えた、ムーンライトブリッジでの当事者は誰であったか』
「…アイギス。俺達の作った、7番目の娘…間違いない。記録資料の映像で確認した」
『そしてもう一つ。堂島尚貴…君は成瀬双葉をどう思う』
陽一の怒りに燃える視線と、フィレモンの静かな視線が、堂島に注がれる。
その背後で、榎本はおろおろとするばかりで目が泳いでいる。
堂島は、溜息混じりの冷たい視線で脱力しきった双葉を冷淡に見下ろす。
「…滅亡とか、選択とかは知ったことではない。だが、そいつの存在云々よりも、そいつが腹で育てている死神…そいつだけは、ぶち殺しておきたいのだがな。でなくば、そのガキもシャドウと同じだ。世界よりも何よりも、滅びの欠片を抱いたまま、生かすには危険過ぎる」
「堂島………お、まえぇえ!!」
力任せに殴りかかった陽一を、堂島は軽く交わし正確なストレートを顔面にお見舞いする。
「お、おとーさん!」
呆然としていた双葉はにわかに我に帰ると、陽一を慌てて抱き抱える。
もう一度顔を真っ赤にして起きあがろうとする陽一を、フィレモンは「相手が違うのではないか?」と涼しげに見下ろす。
「うるせえ!!こいつが、双葉がお前等に何をしたって言うんだ…そんな話持ち出すくらいなら、俺は…」
「…頭を冷やせ、成瀬。フィレモンが何を言いたいのかくらい察しろ」
「何だってんだよ!!…俺達の娘が、こいつに不幸を呼んだっていうなら俺に罰を与えればいいじゃねえかよ…。
アイギスは俺が中心になって作った娘だった。あいつは、精神プログラムが未熟で、まだ実機戦闘に対応出来るような段階じゃなかった…。
因果応報だって言いたいならフィレモン!こんなやり方は酷すぎやしねえのかよ!!
それとも、これも俺が招いた結果だってのか!?答えろよ!!」
泣きながら吠えかかる陽一に、フィレモンは黙って首を振る。
『…成瀬陽一。君の嘆きも、怒りも全て私は嬉しく思う。
その感情は、まさしく子を思う親の心情だからだ。
だが、その反面で双葉少年に危機感を抱く君の親友の気持ちも察する事は出来るはず。君も彼と同様の思いを、長年抱えて居たはずなのだから』
「………」
『なればこそ、私はここに来た。私に出来る最大限の助力を君らに与えるために。
…今晩を境に、私は今後君らの元に進んで訪れる事は出来なくなる。
仲間達との総意で、彼に最低限の助力以外干渉してはならないと釘を刺されている。
でなくば、あまりに助言を与えれば世界の選択に揺らぎが出かねない、との事でな…。残念だが、今後仲間達との取り決めで決まった事以外では君らに何も出来ぬ。
もう時間も残り少ない。説明させていただこう。
…成瀬陽一。君は義理の息子、双葉少年を救いたいかね』
「無論。…どうせお前の事だ、何か代償が要るんだろう?なんだ、俺の命か?」
言葉を無造作に吐き捨てフィレモンを睨む陽一に、蝶の化身は硬い表情のまま答える。
『否。………君のペルソナ、アシュヴィン。
そして、君自身のペルソナ能力の素養、全てだ。
力の全てを失い、普通の無力な人間として暮らす覚悟があるなら、君の存命も出来る。…力を手放す覚悟は出来るか?』
ペルソナを失う。
その言葉に最初に反応したのは堂島だった。
「なっ……馬鹿を言うな!!ペルソナを失ってみろ、たとえ生き延びても幾月のような輩に襲われかねんぞ!!」
「ど、堂島さん落ち着いて…」
「フィレモン、この馬鹿を生かすのは賛成だが、他に手は無いのか?おい!
そうでなくてもシャドウはこのガキを狙ってくるというのにどうしろって言うんだ!!」
慌てて殴りかかりそうな剣幕の堂島を後ろ手に押さえる榎本に、フィレモンは黙したまま首を振る。
「そうか。別に構わんぜ。
…フィレモン、お前もそこまで鬼じゃなかったか。安心したよ」
あっさりとタバコでも吹かすくらいの陽一の軽い返答に、堂島は拳を振り上げかけたが寸でのところでビクビクしっぱなしの榎本が割って入る。
「どっどどど堂島さん止めてください!止めて下さいってば!こんなになってまでケンカなんかしないで下さいよ!!最後まで話を聞きましょうよ…!」
「ぐっ…」
「で?俺はどうすりゃいいのさフィレモン」
『召喚機をこちらに』
鈍い鉛色の拳銃をフィレモンに手渡す。
すると、そこから白銀の光が二つ蛍火のように立ち上り、陽一の頭上を二度三度旋回すると銃口から静かに吸い込まれていった。
全身から、スッ、と何か潮のようなものが引いていく感触がして、陽一は思わず右手の掌を見つめる。
何も変わりは無い。
だが、確かに今何かが身体から滑り抜けていく感触があった。
これが、喪失感なのか。
わりとあっさり消えるものなんだなと感傷に浸る暇も無く、フィレモンは陽一の眺めていた右手にそっと拳銃を手渡す。
『今、この中に聖なる魔力の弾丸が二つ入っている。
アシュヴィンというペルソナは本来双神…双子の神なのだよ。弾の数はそれ故だ。
弾には一つづつ、君の持っていた力を二つに分け注ぎ込んである。
一つは「癒し」。これを撃てば精神と肉体は再生され、魂そのものも力を取り戻す。
もう一つは「封印」。
これを撃てば悪しき力は封じられ、存在そのものが眠りにつく。
…これは、どちらを自分自身に撃っても、一発で病気そのものは快癒するだろう。
二発撃てば、効果は倍増する。健康体に戻れるだろう。しかし、ペルソナ能力は戻る事は無い』
「………まさか、これ、俺だけのために渡したんじゃねえよな?」
『無論。もう一つの選択肢もある。
これを君の息子に撃てば、別の効果も現れる。
「癒し」の弾丸を撃てば、彼の心を傷つけていた過去の記憶は再び封じられ、ペルソナ能力も眠りにつく。
刺客やシャドウの陰に怯えつつも、再び親子として慎ましい暮らしを続けていけるだろう。
「封印」の弾丸を撃てば、死神のペルソナのみ封印される。彼はオルフェウスのペルソナを使ってシャドウと戦う事が出来る。
そうなれば、今度からは君ではなく彼自身がシャドウと戦う事になるが、君が手ほどきをしてあげればさしたる苦労もあるまい。
ベルベッドルームも解禁しよう。従者には既に、連絡済みだ。
…使用方法は、説明せずとも良いな?さっき、君がしていた通りにしたまえ。
彼には、君の手で撃ちなさい。そうしなければ、正常に発動しない可能性がある』
「つまり、逃げ回って暮らすか、双葉を戦わせるか、どちらかしかないって事なのか…」
『すまない…これが私の最大限だ。君たちどちらも救うためには、こうする他なかった…』
陽一は、召喚機に目を落とす。
この中に。
この中に、俺が今まで育ててきた精神の結晶が詰まってるのか。
この力で、俺は、双葉は…。
「おとーさん」
自分を抱き抱える双葉の声に、我に帰る。
双葉は傍らで、うっすら涙を浮かべて「よかった」と呟き、本当に心の底から嬉しそうに、微笑んだ。
『…憎いか?成瀬陽一。全てを知りながら、伏せたまま君を導いた私を』
「…ああ。弁解はいい、やっぱ一発殴らせろ!俺は双葉にじいさんになるまで生きて欲しくてここまでやったんだ!!
てっめえには心底呆れたよ!!」
『ならば代わりに問おう、堂島尚貴。成瀬双葉にこの残酷な運命を与えた、ムーンライトブリッジでの当事者は誰であったか』
「…アイギス。俺達の作った、7番目の娘…間違いない。記録資料の映像で確認した」
『そしてもう一つ。堂島尚貴…君は成瀬双葉をどう思う』
陽一の怒りに燃える視線と、フィレモンの静かな視線が、堂島に注がれる。
その背後で、榎本はおろおろとするばかりで目が泳いでいる。
堂島は、溜息混じりの冷たい視線で脱力しきった双葉を冷淡に見下ろす。
「…滅亡とか、選択とかは知ったことではない。だが、そいつの存在云々よりも、そいつが腹で育てている死神…そいつだけは、ぶち殺しておきたいのだがな。でなくば、そのガキもシャドウと同じだ。世界よりも何よりも、滅びの欠片を抱いたまま、生かすには危険過ぎる」
「堂島………お、まえぇえ!!」
力任せに殴りかかった陽一を、堂島は軽く交わし正確なストレートを顔面にお見舞いする。
「お、おとーさん!」
呆然としていた双葉はにわかに我に帰ると、陽一を慌てて抱き抱える。
もう一度顔を真っ赤にして起きあがろうとする陽一を、フィレモンは「相手が違うのではないか?」と涼しげに見下ろす。
「うるせえ!!こいつが、双葉がお前等に何をしたって言うんだ…そんな話持ち出すくらいなら、俺は…」
「…頭を冷やせ、成瀬。フィレモンが何を言いたいのかくらい察しろ」
「何だってんだよ!!…俺達の娘が、こいつに不幸を呼んだっていうなら俺に罰を与えればいいじゃねえかよ…。
アイギスは俺が中心になって作った娘だった。あいつは、精神プログラムが未熟で、まだ実機戦闘に対応出来るような段階じゃなかった…。
因果応報だって言いたいならフィレモン!こんなやり方は酷すぎやしねえのかよ!!
それとも、これも俺が招いた結果だってのか!?答えろよ!!」
泣きながら吠えかかる陽一に、フィレモンは黙って首を振る。
『…成瀬陽一。君の嘆きも、怒りも全て私は嬉しく思う。
その感情は、まさしく子を思う親の心情だからだ。
だが、その反面で双葉少年に危機感を抱く君の親友の気持ちも察する事は出来るはず。君も彼と同様の思いを、長年抱えて居たはずなのだから』
「………」
『なればこそ、私はここに来た。私に出来る最大限の助力を君らに与えるために。
…今晩を境に、私は今後君らの元に進んで訪れる事は出来なくなる。
仲間達との総意で、彼に最低限の助力以外干渉してはならないと釘を刺されている。
でなくば、あまりに助言を与えれば世界の選択に揺らぎが出かねない、との事でな…。残念だが、今後仲間達との取り決めで決まった事以外では君らに何も出来ぬ。
もう時間も残り少ない。説明させていただこう。
…成瀬陽一。君は義理の息子、双葉少年を救いたいかね』
「無論。…どうせお前の事だ、何か代償が要るんだろう?なんだ、俺の命か?」
言葉を無造作に吐き捨てフィレモンを睨む陽一に、蝶の化身は硬い表情のまま答える。
『否。………君のペルソナ、アシュヴィン。
そして、君自身のペルソナ能力の素養、全てだ。
力の全てを失い、普通の無力な人間として暮らす覚悟があるなら、君の存命も出来る。…力を手放す覚悟は出来るか?』
ペルソナを失う。
その言葉に最初に反応したのは堂島だった。
「なっ……馬鹿を言うな!!ペルソナを失ってみろ、たとえ生き延びても幾月のような輩に襲われかねんぞ!!」
「ど、堂島さん落ち着いて…」
「フィレモン、この馬鹿を生かすのは賛成だが、他に手は無いのか?おい!
そうでなくてもシャドウはこのガキを狙ってくるというのにどうしろって言うんだ!!」
慌てて殴りかかりそうな剣幕の堂島を後ろ手に押さえる榎本に、フィレモンは黙したまま首を振る。
「そうか。別に構わんぜ。
…フィレモン、お前もそこまで鬼じゃなかったか。安心したよ」
あっさりとタバコでも吹かすくらいの陽一の軽い返答に、堂島は拳を振り上げかけたが寸でのところでビクビクしっぱなしの榎本が割って入る。
「どっどどど堂島さん止めてください!止めて下さいってば!こんなになってまでケンカなんかしないで下さいよ!!最後まで話を聞きましょうよ…!」
「ぐっ…」
「で?俺はどうすりゃいいのさフィレモン」
『召喚機をこちらに』
鈍い鉛色の拳銃をフィレモンに手渡す。
すると、そこから白銀の光が二つ蛍火のように立ち上り、陽一の頭上を二度三度旋回すると銃口から静かに吸い込まれていった。
全身から、スッ、と何か潮のようなものが引いていく感触がして、陽一は思わず右手の掌を見つめる。
何も変わりは無い。
だが、確かに今何かが身体から滑り抜けていく感触があった。
これが、喪失感なのか。
わりとあっさり消えるものなんだなと感傷に浸る暇も無く、フィレモンは陽一の眺めていた右手にそっと拳銃を手渡す。
『今、この中に聖なる魔力の弾丸が二つ入っている。
アシュヴィンというペルソナは本来双神…双子の神なのだよ。弾の数はそれ故だ。
弾には一つづつ、君の持っていた力を二つに分け注ぎ込んである。
一つは「癒し」。これを撃てば精神と肉体は再生され、魂そのものも力を取り戻す。
もう一つは「封印」。
これを撃てば悪しき力は封じられ、存在そのものが眠りにつく。
…これは、どちらを自分自身に撃っても、一発で病気そのものは快癒するだろう。
二発撃てば、効果は倍増する。健康体に戻れるだろう。しかし、ペルソナ能力は戻る事は無い』
「………まさか、これ、俺だけのために渡したんじゃねえよな?」
『無論。もう一つの選択肢もある。
これを君の息子に撃てば、別の効果も現れる。
「癒し」の弾丸を撃てば、彼の心を傷つけていた過去の記憶は再び封じられ、ペルソナ能力も眠りにつく。
刺客やシャドウの陰に怯えつつも、再び親子として慎ましい暮らしを続けていけるだろう。
「封印」の弾丸を撃てば、死神のペルソナのみ封印される。彼はオルフェウスのペルソナを使ってシャドウと戦う事が出来る。
そうなれば、今度からは君ではなく彼自身がシャドウと戦う事になるが、君が手ほどきをしてあげればさしたる苦労もあるまい。
ベルベッドルームも解禁しよう。従者には既に、連絡済みだ。
…使用方法は、説明せずとも良いな?さっき、君がしていた通りにしたまえ。
彼には、君の手で撃ちなさい。そうしなければ、正常に発動しない可能性がある』
「つまり、逃げ回って暮らすか、双葉を戦わせるか、どちらかしかないって事なのか…」
『すまない…これが私の最大限だ。君たちどちらも救うためには、こうする他なかった…』
陽一は、召喚機に目を落とす。
この中に。
この中に、俺が今まで育ててきた精神の結晶が詰まってるのか。
この力で、俺は、双葉は…。
「おとーさん」
自分を抱き抱える双葉の声に、我に帰る。
双葉は傍らで、うっすら涙を浮かべて「よかった」と呟き、本当に心の底から嬉しそうに、微笑んだ。
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