幾百の詫びと、幾千の有難うを。
*
「おとーさん…?」
立ち上がり、自分に向けられた銃口を見据えたまま、双葉は悲しげに首を振る。
「駄目。駄目だよ…僕は平気だから、だから、おとーさんに…」
銃口を真っ直ぐ構えたまま、引き金を引こうとした陽一を、目眩と共に全身に立ち上がれないような気怠さが襲いかかり、思わずその場に膝を折る。
「おとーさん!!しっかり、しっかりして!どうしたの?」
双葉は血相を変えて、同じく膝をつき自分の肩を揺さぶる。
『ペルソナを外したためだ。もう長く保たないだろう。早く、決断を』
フィレモンの声色に、微かに感情が滲んでいるのを察して陽一は苦笑いが浮かんだ。
珍しい、心配してくれてんのか。
あいつも、心底悪い奴じゃないって分かってはいるんだけどな。
でもさ。
掌で転がされるのは、やっぱり好きじゃないんだよな…。
「おとーさん…何迷ってるの?早く自分に使って!死んじゃうよ!」
「成瀬、ためらうな!早くしろ!」
泣きそうな双葉の声が、焦る堂島の声がする。
耳の奥にハエが飛ぶような唸る雑音がし始めた。
本格的にまずい。痛み止めが切れる前兆と、同じ症状だ。
「…ちっ、分かったよ。双葉、すまんが先に一発、自分に使わせてもらうぞ」
空元気でおどけてそう答えると、途端に双葉の顔には苛立ちと不安が交錯し意地悪い父親を責めるようにキッと睨み付けた。
「一発と言わず、全部使って。見てられないよ…」
すぐに泣き顔に戻り、不安で押しつぶされそうになっている双葉を見て、陽一は込み上げてくる愛おしさを押さえられなくなる。
何で、こんなに悲しいのだろう。
何で、こいつが悲しんでいると、俺も悲しいのだろう。
「双葉、分かったよ。でもその前に」
心の求めるまま、目の前の子供を抱きしめる。
きつくきつく、ぬくもりを確かめるように。
この子が、まだ生きているのを確かめるように。
「ちょっと、こうさせてくれよ」
「お、おとーさん…」
戸惑う双葉の頭をそっと、何度も撫でる。
鼻をくすぐる、微かなシャツに混じる匂い。
気配も感触も愛おしく感じるのは、きっとあの人に似ていたからだけじゃなかった。
この子自身が、俺の愛した、俺を愛してくれた存在、その何よりの証だったから…。
双葉もそっと、俺の身体に手を回す。
深い愛情で慈しまれているのが、衣服の上から体温と共に、身体に染みていく。
「…悪い。ちょっと緊張してるみたいだ。さっきみたくパンパン撃ちゃいいのにな」
「分かるよ。特別だもの…」
「そうだな。そうだよな…」
天を仰ぐ。
大きな満月。
様々な事が、ぼんやりとした脳裏を駆けめぐっていく。
緑に煙っていたモヤは、半分以上晴れてきていた。
「双葉、帰ったら何がしたい」
「一緒にご飯食べたい。買い物にも行こう。冬服買わないと」
「他は?」
「海、一緒に見たい。ドライブ行こう。もう文句言わないから」
「嘘つけよ。まあ、禁煙するけどさ」
「そうだね。野菜も一杯食べてもらうから。
他は…後で考えよう。一緒に考えよう。もっと…もっと一杯…」
肩が震えている。喜びで、震えている。
コートの内側、着込んでいたセーターに双葉の涙が滲んでいるのを感じる。
真心とは、こんなに胸を突くものなのか。
…双葉。
…ごめんな。
「双葉、良いこと教えておいてやろうな」
「…うん、なあに?」
「いつもニコニコしてる奴は注意しろ。
そいつは馬鹿か…でなきゃ、大嘘つきだろうからな」
「え?」
「俺みたいにな」
双葉が問い返す前に、銃声が一発、響き渡った。
陽一に抱きしめられたまま、双葉は彼の腕の中で崩れ落ちた。
目を見開いたまま、双眸は灰色に染まり光を失い、少年の後頭部からは青白い光がさらさらと立ち上っていく。
それは親子の頭上を覆う黒衣の人影となり、憤怒も露わに彼らを見下ろした。
「おとーさん…?」
立ち上がり、自分に向けられた銃口を見据えたまま、双葉は悲しげに首を振る。
「駄目。駄目だよ…僕は平気だから、だから、おとーさんに…」
銃口を真っ直ぐ構えたまま、引き金を引こうとした陽一を、目眩と共に全身に立ち上がれないような気怠さが襲いかかり、思わずその場に膝を折る。
「おとーさん!!しっかり、しっかりして!どうしたの?」
双葉は血相を変えて、同じく膝をつき自分の肩を揺さぶる。
『ペルソナを外したためだ。もう長く保たないだろう。早く、決断を』
フィレモンの声色に、微かに感情が滲んでいるのを察して陽一は苦笑いが浮かんだ。
珍しい、心配してくれてんのか。
あいつも、心底悪い奴じゃないって分かってはいるんだけどな。
でもさ。
掌で転がされるのは、やっぱり好きじゃないんだよな…。
「おとーさん…何迷ってるの?早く自分に使って!死んじゃうよ!」
「成瀬、ためらうな!早くしろ!」
泣きそうな双葉の声が、焦る堂島の声がする。
耳の奥にハエが飛ぶような唸る雑音がし始めた。
本格的にまずい。痛み止めが切れる前兆と、同じ症状だ。
「…ちっ、分かったよ。双葉、すまんが先に一発、自分に使わせてもらうぞ」
空元気でおどけてそう答えると、途端に双葉の顔には苛立ちと不安が交錯し意地悪い父親を責めるようにキッと睨み付けた。
「一発と言わず、全部使って。見てられないよ…」
すぐに泣き顔に戻り、不安で押しつぶされそうになっている双葉を見て、陽一は込み上げてくる愛おしさを押さえられなくなる。
何で、こんなに悲しいのだろう。
何で、こいつが悲しんでいると、俺も悲しいのだろう。
「双葉、分かったよ。でもその前に」
心の求めるまま、目の前の子供を抱きしめる。
きつくきつく、ぬくもりを確かめるように。
この子が、まだ生きているのを確かめるように。
「ちょっと、こうさせてくれよ」
「お、おとーさん…」
戸惑う双葉の頭をそっと、何度も撫でる。
鼻をくすぐる、微かなシャツに混じる匂い。
気配も感触も愛おしく感じるのは、きっとあの人に似ていたからだけじゃなかった。
この子自身が、俺の愛した、俺を愛してくれた存在、その何よりの証だったから…。
双葉もそっと、俺の身体に手を回す。
深い愛情で慈しまれているのが、衣服の上から体温と共に、身体に染みていく。
「…悪い。ちょっと緊張してるみたいだ。さっきみたくパンパン撃ちゃいいのにな」
「分かるよ。特別だもの…」
「そうだな。そうだよな…」
天を仰ぐ。
大きな満月。
様々な事が、ぼんやりとした脳裏を駆けめぐっていく。
緑に煙っていたモヤは、半分以上晴れてきていた。
「双葉、帰ったら何がしたい」
「一緒にご飯食べたい。買い物にも行こう。冬服買わないと」
「他は?」
「海、一緒に見たい。ドライブ行こう。もう文句言わないから」
「嘘つけよ。まあ、禁煙するけどさ」
「そうだね。野菜も一杯食べてもらうから。
他は…後で考えよう。一緒に考えよう。もっと…もっと一杯…」
肩が震えている。喜びで、震えている。
コートの内側、着込んでいたセーターに双葉の涙が滲んでいるのを感じる。
真心とは、こんなに胸を突くものなのか。
…双葉。
…ごめんな。
「双葉、良いこと教えておいてやろうな」
「…うん、なあに?」
「いつもニコニコしてる奴は注意しろ。
そいつは馬鹿か…でなきゃ、大嘘つきだろうからな」
「え?」
「俺みたいにな」
双葉が問い返す前に、銃声が一発、響き渡った。
陽一に抱きしめられたまま、双葉は彼の腕の中で崩れ落ちた。
目を見開いたまま、双眸は灰色に染まり光を失い、少年の後頭部からは青白い光がさらさらと立ち上っていく。
それは親子の頭上を覆う黒衣の人影となり、憤怒も露わに彼らを見下ろした。
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