夜明けと共にさよならを。
*
「おとーさん!!」
叫びながら白い地平を駆ける。
駆ける先の先、大きなアールデコ調の白く輝く扉。
その前に、義父が、白いコートを着て立っていた。
「おお、間に合ったのか」
これから出勤でもするぐらいの軽い口調で、義父は息切れしている僕に手を振る。
直前で立ち止まり、喉がヒリヒリしているのを堪えて、そっと、義父に歩み寄ろうとすると、義父の手が「来るな」と無言で僕を制す。
義父のもう片方の手は、既にドアに付いた大きなノブにかけられていた。
「見ての通りだ。俺はあっちに行くよ」
「お、とーさん…」
「ちゃんと、雪ちゃんと話してきたか?」
「あ、うん…」
「よしよし。彼女、随分お前に迷惑かけたと気に病んでたからな。それなら、何より。…俺も、最後にもっぺん会えて良かった」
普段と全く変わらない、重苦しくも何ともない、明るい義父の語りかける声が、今日はずんと心に重く響く。
「じゃあな、いってくる。…負けるなよ」
ドアが開き、目の眩むような閃光が周囲の白を光で染めていく。
光一色となった視界の向こうで、義父はドアを抜け、その向こうへと去っていこうとしていた。
おとーさん…おとーさん!!
叫びそうになり、口を開いた所で、僕は目を覚ました。
その日は今年の冬で一番寒く、霜で冷え切った快晴の早朝だった。
*
その日、榎本がリビングのソファから起きあがると、既に起きていた双葉がカシミアセーターにジーンズの出で立ちで窓辺に佇み、快晴の空が白々と明けていくのをぼんやり眺めていた。覇気は無く、代わりに全身から疲労感を漂わせて立ち尽くしたままの双葉に何と声をかけたものかと榎本が思案していると、身体を起こした榎本に気付いて、双葉が「おはようございます」と力無い挨拶をしてきた。
「ああ、おはよう双葉君…体調は、その、どう?」
探りを入れる榎本の心情は知らず、双葉はそっと微笑む。
「何でか、全身痛いとこだらけで…昨日張り切りすぎたのかも知れません。多分、ですけど…」
「ああ、そう…」
それとなくシーサーを足下に呼び出し、双葉の横顔から表面上の精神を透かす。
…嘘は言っていないようだ。記憶も、昨日の午後から曖昧になっているらしく、適当に自分で補完したようで榎本は胸をなで下ろす。
双葉は大きな閉じたサッシ窓の向こう、朝日の満ちるベランダ越しに街の様子をぼんやりと見つめているようだ。
「良い天気、ですね」
「そうだね。何か、随分寒いけど」
「暖房、いれておきました。榎本さん、毛布一枚じゃ風邪引くかなって思って」
「あ、有難う。昨日は、その、ちょっと飲み過ぎて…」
上手い言い訳も思いつかず、榎本は適当にお茶を濁し、毛布からずるずると出てきて伸びをする。
全身がバキバキポキポキきしんで筋肉痛だが、こうやって筋肉の緊張をほぐすのは気持ちいい。
無理もない。あんなに長時間ペルソナを使い続けたのは久しぶりだ。下手をすると新記録だったかも知れない。だらけた欠伸をこぼしてトイレにでも行こうかなと思い立ち上がると、「あの」と双葉に呼び止められる。
「いつ、行きますか…病院」
「!!」
一番触れられたくなかった話題に触れられ、榎本は硬直してしまう。
そうだ、すっかり忘れていた。今日は、双葉君を義父の元へお見舞いに連れて行く約束をしてた…。
「あ、あー…それは、また、後で」
「そうですか。また準備出来たら教えてください。…僕、もう覚悟出来てますから」
「え?」
「…さっき、夢の中で義父さんとお別れをしました。
…笑ってました。凄く、いい顔で。
それと、さっき病院から電話がありました。…お義父さん、亡くなったそうです。
昨日の、正午から午後一時頃に」
双葉は、精一杯の笑顔を作って榎本に微笑む。
その目に、もう暗い影も迷いもなかった。
言葉を失い、立ち尽くす榎本に、双葉は一言「どうか一緒に、来てください」と、深々と頭を下げた。
「おとーさん!!」
叫びながら白い地平を駆ける。
駆ける先の先、大きなアールデコ調の白く輝く扉。
その前に、義父が、白いコートを着て立っていた。
「おお、間に合ったのか」
これから出勤でもするぐらいの軽い口調で、義父は息切れしている僕に手を振る。
直前で立ち止まり、喉がヒリヒリしているのを堪えて、そっと、義父に歩み寄ろうとすると、義父の手が「来るな」と無言で僕を制す。
義父のもう片方の手は、既にドアに付いた大きなノブにかけられていた。
「見ての通りだ。俺はあっちに行くよ」
「お、とーさん…」
「ちゃんと、雪ちゃんと話してきたか?」
「あ、うん…」
「よしよし。彼女、随分お前に迷惑かけたと気に病んでたからな。それなら、何より。…俺も、最後にもっぺん会えて良かった」
普段と全く変わらない、重苦しくも何ともない、明るい義父の語りかける声が、今日はずんと心に重く響く。
「じゃあな、いってくる。…負けるなよ」
ドアが開き、目の眩むような閃光が周囲の白を光で染めていく。
光一色となった視界の向こうで、義父はドアを抜け、その向こうへと去っていこうとしていた。
おとーさん…おとーさん!!
叫びそうになり、口を開いた所で、僕は目を覚ました。
その日は今年の冬で一番寒く、霜で冷え切った快晴の早朝だった。
*
その日、榎本がリビングのソファから起きあがると、既に起きていた双葉がカシミアセーターにジーンズの出で立ちで窓辺に佇み、快晴の空が白々と明けていくのをぼんやり眺めていた。覇気は無く、代わりに全身から疲労感を漂わせて立ち尽くしたままの双葉に何と声をかけたものかと榎本が思案していると、身体を起こした榎本に気付いて、双葉が「おはようございます」と力無い挨拶をしてきた。
「ああ、おはよう双葉君…体調は、その、どう?」
探りを入れる榎本の心情は知らず、双葉はそっと微笑む。
「何でか、全身痛いとこだらけで…昨日張り切りすぎたのかも知れません。多分、ですけど…」
「ああ、そう…」
それとなくシーサーを足下に呼び出し、双葉の横顔から表面上の精神を透かす。
…嘘は言っていないようだ。記憶も、昨日の午後から曖昧になっているらしく、適当に自分で補完したようで榎本は胸をなで下ろす。
双葉は大きな閉じたサッシ窓の向こう、朝日の満ちるベランダ越しに街の様子をぼんやりと見つめているようだ。
「良い天気、ですね」
「そうだね。何か、随分寒いけど」
「暖房、いれておきました。榎本さん、毛布一枚じゃ風邪引くかなって思って」
「あ、有難う。昨日は、その、ちょっと飲み過ぎて…」
上手い言い訳も思いつかず、榎本は適当にお茶を濁し、毛布からずるずると出てきて伸びをする。
全身がバキバキポキポキきしんで筋肉痛だが、こうやって筋肉の緊張をほぐすのは気持ちいい。
無理もない。あんなに長時間ペルソナを使い続けたのは久しぶりだ。下手をすると新記録だったかも知れない。だらけた欠伸をこぼしてトイレにでも行こうかなと思い立ち上がると、「あの」と双葉に呼び止められる。
「いつ、行きますか…病院」
「!!」
一番触れられたくなかった話題に触れられ、榎本は硬直してしまう。
そうだ、すっかり忘れていた。今日は、双葉君を義父の元へお見舞いに連れて行く約束をしてた…。
「あ、あー…それは、また、後で」
「そうですか。また準備出来たら教えてください。…僕、もう覚悟出来てますから」
「え?」
「…さっき、夢の中で義父さんとお別れをしました。
…笑ってました。凄く、いい顔で。
それと、さっき病院から電話がありました。…お義父さん、亡くなったそうです。
昨日の、正午から午後一時頃に」
双葉は、精一杯の笑顔を作って榎本に微笑む。
その目に、もう暗い影も迷いもなかった。
言葉を失い、立ち尽くす榎本に、双葉は一言「どうか一緒に、来てください」と、深々と頭を下げた。
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