小春日和の二月中旬。
*
冬は駆け足のように去っていき、もうすぐ春が忍び寄ってくる。
そんな温かな春になったら、僕はこの町を出ていく。
榎本さんが勧めてくれた、寮付きの高校に編入するため引っ越すからだ。
1月いっぱいは榎本さんのお家でお世話になり、帰宅した2月からはずっと義父の遺品と家の整理で忙殺されていたような気がする。
いや。
あまり広くない家の片付けに、そんなに時間がかかっているわけじゃない。
段ボールにはあらかた荷造りが出来てるし、後々トラブルにならないよう室内の片付けや掃除も念入りに何度もしておいた。
それでもここを出辛いのは、義父との最後の家だから。
荷造りを少しづつ進める度、思い出の品をより分けて片付ける度に、胸によぎる記憶。
義父の遺品や着ていた服を畳んで整頓する度、ぎゅっと抱きしめては泣きそうになっている。
僕は、まだ当分の間泣きみそになっていそうです、とーさん。
朝は正午前までゆっくり眠って、夕方まで家の片付けや義父の死後整理を少しづつ進め、少し早めに就寝する毎日。
朝ご飯の前、夜寝る前に小さな位牌へ手を合わせて、代わり映えの無い毎日を天国の義父に報告する日々。
心の奥をえぐった痛みもやっと何とか塞がって、外出も苦で無くなった。
片付けが一段落し、自分の部屋に戻り、義父の位牌の側に座って何をするでもなくぼんやりして、ふと窓の外を見上げる。
今、義父の位牌は僕の部屋に置いている。
引越先で相部屋になるかもしれないとの事だったので、名残惜しいけど数日後にはお寺に預けにいくつもりだ。
位牌が無いからって、縁が切れるわけじゃない。
悼む気持ちさえあれば、きっといつでも天国のとーさんと、思いは繋がってる。
柔らかな午後の日差しを浴びながら、ふとそんな事を思う。
思えば、何度も何度も転校や引越を繰り返したけど、いつも住む家やアパートには共通点があった。
眩しいくらいに射し込む日の光。
義父は、どれだけ貧乏でも北向きの部屋だけは選ばず、また僕には一番日差しの柔らかな温かい部屋を選んで与えてくれた。
日当たりのいい、日だまりの部屋。
温かいあの人と同じ、優しいぬくもりで満たされた部屋。
そこが僕の居場所だった。
おとーさん。
僕もそんな風になれるかな。
誰かの日だまりに。
やさしい光に。
目頭がまた熱くなってきたので無理繰り思考を切り替えて顔を上げる。
泣き顔ばかりだったら、きっと天国でも心配するだろうから、今は無理にでも笑っていよう。
いつか、心からまた笑えるように。
ぴんぽーん。
珍しく、玄関の呼び鈴が鳴った。
「はーい」
「すみません、こちらに成瀬双葉さんおられますか?」
応対に出ると、郵便配達の男性は古びた茶封筒を片手に軽い会釈と愛想笑いを浮かべた。
「はい、僕ですが」
「そうですか。こちら、貴方の義理のお父様宛に届けられるはずだった郵便物なんですが…」
「義父宛の?」
こんな遅くになって、誰だろう。もう義父の死は友人の人たちを介して知れ渡っていると思っていたのに。
「ええ、十年前くらいですかね、どこだったか…ほら、よくテレビに出てる港区のムーンライトブリッジって知ってますかね?そこの開通記念式典で十年後の誰かに手紙、みたいな企画があったそうでして」
「へえ」
十年前。僕がまだ港区に住んでいた頃の、タイムカプセルって事か。変な気分だ。
「それで、これはその時に貴方のお義父さんに送られたものです。身内の方から、貴方へと」
「そう、ですか」
一瞬、義祖母の顔が浮かんで消えた。金目のものじゃないと判断してこちらに回してきたのだろう。
あざといというか、わかりやすいというか…不愉快ではあったが、義父宛の手紙があの人に渡らなくて良かったとも切実に思った。
「それではこれ、どうぞ」
「あ、はい。有難うございました」
やる気の無い郵便配達員を見送り、溜息混じりに部屋に戻る。
受け取った手紙は、きちんと保管されてあったのだろう。多少古めかしいデザインだったが湿気もせず、きちんと折り目正しい字で、見覚えの無い住所と「成瀬陽一様へ」と書いてあった。
裏返して、送り主の名前を確認する。
そこには表と同じく折り目正しい筆跡で「葛木葉子」と書いてあった。
冬は駆け足のように去っていき、もうすぐ春が忍び寄ってくる。
そんな温かな春になったら、僕はこの町を出ていく。
榎本さんが勧めてくれた、寮付きの高校に編入するため引っ越すからだ。
1月いっぱいは榎本さんのお家でお世話になり、帰宅した2月からはずっと義父の遺品と家の整理で忙殺されていたような気がする。
いや。
あまり広くない家の片付けに、そんなに時間がかかっているわけじゃない。
段ボールにはあらかた荷造りが出来てるし、後々トラブルにならないよう室内の片付けや掃除も念入りに何度もしておいた。
それでもここを出辛いのは、義父との最後の家だから。
荷造りを少しづつ進める度、思い出の品をより分けて片付ける度に、胸によぎる記憶。
義父の遺品や着ていた服を畳んで整頓する度、ぎゅっと抱きしめては泣きそうになっている。
僕は、まだ当分の間泣きみそになっていそうです、とーさん。
朝は正午前までゆっくり眠って、夕方まで家の片付けや義父の死後整理を少しづつ進め、少し早めに就寝する毎日。
朝ご飯の前、夜寝る前に小さな位牌へ手を合わせて、代わり映えの無い毎日を天国の義父に報告する日々。
心の奥をえぐった痛みもやっと何とか塞がって、外出も苦で無くなった。
片付けが一段落し、自分の部屋に戻り、義父の位牌の側に座って何をするでもなくぼんやりして、ふと窓の外を見上げる。
今、義父の位牌は僕の部屋に置いている。
引越先で相部屋になるかもしれないとの事だったので、名残惜しいけど数日後にはお寺に預けにいくつもりだ。
位牌が無いからって、縁が切れるわけじゃない。
悼む気持ちさえあれば、きっといつでも天国のとーさんと、思いは繋がってる。
柔らかな午後の日差しを浴びながら、ふとそんな事を思う。
思えば、何度も何度も転校や引越を繰り返したけど、いつも住む家やアパートには共通点があった。
眩しいくらいに射し込む日の光。
義父は、どれだけ貧乏でも北向きの部屋だけは選ばず、また僕には一番日差しの柔らかな温かい部屋を選んで与えてくれた。
日当たりのいい、日だまりの部屋。
温かいあの人と同じ、優しいぬくもりで満たされた部屋。
そこが僕の居場所だった。
おとーさん。
僕もそんな風になれるかな。
誰かの日だまりに。
やさしい光に。
目頭がまた熱くなってきたので無理繰り思考を切り替えて顔を上げる。
泣き顔ばかりだったら、きっと天国でも心配するだろうから、今は無理にでも笑っていよう。
いつか、心からまた笑えるように。
ぴんぽーん。
珍しく、玄関の呼び鈴が鳴った。
「はーい」
「すみません、こちらに成瀬双葉さんおられますか?」
応対に出ると、郵便配達の男性は古びた茶封筒を片手に軽い会釈と愛想笑いを浮かべた。
「はい、僕ですが」
「そうですか。こちら、貴方の義理のお父様宛に届けられるはずだった郵便物なんですが…」
「義父宛の?」
こんな遅くになって、誰だろう。もう義父の死は友人の人たちを介して知れ渡っていると思っていたのに。
「ええ、十年前くらいですかね、どこだったか…ほら、よくテレビに出てる港区のムーンライトブリッジって知ってますかね?そこの開通記念式典で十年後の誰かに手紙、みたいな企画があったそうでして」
「へえ」
十年前。僕がまだ港区に住んでいた頃の、タイムカプセルって事か。変な気分だ。
「それで、これはその時に貴方のお義父さんに送られたものです。身内の方から、貴方へと」
「そう、ですか」
一瞬、義祖母の顔が浮かんで消えた。金目のものじゃないと判断してこちらに回してきたのだろう。
あざといというか、わかりやすいというか…不愉快ではあったが、義父宛の手紙があの人に渡らなくて良かったとも切実に思った。
「それではこれ、どうぞ」
「あ、はい。有難うございました」
やる気の無い郵便配達員を見送り、溜息混じりに部屋に戻る。
受け取った手紙は、きちんと保管されてあったのだろう。多少古めかしいデザインだったが湿気もせず、きちんと折り目正しい字で、見覚えの無い住所と「成瀬陽一様へ」と書いてあった。
裏返して、送り主の名前を確認する。
そこには表と同じく折り目正しい筆跡で「葛木葉子」と書いてあった。
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