凶相二面。
*
数日後。
堂島は桐条本社にいた。
急な呼び出しと総帥自らの謁見を済ませ、1階エントランスへと降りると、黒のスプリングコートをなびかせ正門から外へ出た。
春の匂いがする。
温かな湿った空気を含んだ風が鼻をくすぐる。
やっと一仕事を終え、身体も肩も軽く感じられた。
広々とした、青葉をそよがせる木立が並ぶ玄関前でにこやかな笑顔の男と目が合う。
「おや、奇遇ですねえ」
相変わらず、空気の読めない脳天気な声が響く。
「幾月、生きてたか」
「相変わらず冷たい方ですね。折角良い報告があるというのに」
しょげた犬のように悲しげに眉をひそめ肩をすくめてみせると、幾月は軽い足取りで堂島に近寄ってきた。
「真冬にどこぞの港湾地区でヤクザの抗争に巻き込まれたと聞いていたからな」
「ええ、ちょっと荷下ろしの手伝いに行ってましてね。散々でしたよ」
勿論、ヤクザの抗争など真っ赤な嘘である。
真夜中の内に廃墟の雑居ビルが半壊したのも、近くで取り壊し中だったチャペルがモノの見事にボロボロになったのも、大規模なヤクザ同士の抗争のせいらしい。日本の警察もマスコミも、立派な権力の犬である。
しかし、あれだけの騒ぎをどう言いくるめたのか、幾月の舌が何枚あるのか確認したいものである。それとも、幾月の背後にいる反総帥派…桐条家に未だ根付く、総帥・武治氏を廃し我こそが正統な血筋だと主張する親戚縁者の手回しが良いのか。どっちにしろ、要領のいい男だ。
「ご機嫌だな」
「ええ。是非とも貴方にはお伝えせねば…と、こう思っていたので丁度良いですよ」
自信満面の笑みを浮かべて、幾月は手にしていた紙袋を堂島に掲げて見せる。
「これ、先日私の元へ送られてきた新たな影時間適性者の個人情報です。どうぞ」
紙袋を受け取り、中身の一番上、とある人物のプロフィールを記した記録に目を通す。
別段ぴくりともせずにいると、我慢できずに幾月が口を開いた。
「どうやら、桐条の捜査網が適性者を見つけたようでして、美鶴君の方に報告があったそうです。
…成瀬双葉。貴方の親友が大切に守ったご子息です」
「………」
「おおっと!もう何をしても無駄、ですよ。既に先日、本人に桐条の手の者が面会し、急ではありましたが月光館学院に転校する運びと相成りましたから。あなた方が何をしようと、もう彼は逃れられない。既に私の手中に収まったも同然なのですよ!」
「………」
「残念、でしたね?折角、助け出したつもりでしょうがあの騒ぎでは桐条の目まではごまかせなかった。ご安心下さい、彼は私共がきちんと保護・教育し、立派なペルソナ使いにして差し上げますから…」
勝ち誇った幾月の顔が、嘲笑と高慢に歪んだ笑みで醜く下品な彩りを浮かべる。
その顔が可笑しくて、堂島は、思わず吹き出した。
「ふっ………くくく………あっはははははは!!」
大声で柄にもなく大笑する堂島に、幾月は気でも触れたかと数歩後ずさる。
「ど、どうしたのですか?…らしくないですな」
「あはははは…ああ、可笑しい。これほど面白い気分だったのはついぞないな」
「??…」
「阿呆が」
呵々大笑をぴたりと鎮めると、堂島の顔には凍り付くような冷笑が張り付いていた。
「なっ……」
思わず更に数歩退きそうになるのを堪え、幾月は表情に平静を取り繕う。
「また嵌った事に気付きもしねえで…手中に収まったのは、お前だよ幾月」
「何っ…何ですか、強がりは…」
「強がりじゃないさ。…あいつは、俺が知らせた。
俺が、桐条のお嬢ちゃんにこっそり教えたのさ」
「!!?」
意図が読めず、幾月の顔に動揺が露呈したのを見つけて堂島は「はっ」と鼻を鳴らす。
「幾月。…お前はあいつのカタキだ。
そしてあいつは腹に死神を飼っている…これが、どういう事か、分かるな?」
「………」
「あの小僧は見かけによらず気性が激しいぞ。もし、俺が口を滑らせて本当の事をぺろりと喋ったら…どうなるだろうな?影時間に誰も知らない場所へ引きずり込まれて、八つ裂き…なんてな」
「なっ……そんな、あの寮には他にも適性者が……!!」
「あいつら如きであの死神に勝てるとでも?
お前も見ただろう?
それとも、その眼鏡の奥にあるのは単なる飾りか?節穴か?
…あいつは、成瀬のためなら何でも出来る。
それほどあいつを愛していたし、慕ってもいた。
皮肉だな。あのままそっとしておいてやれば、お前の首に死神の鎌がかかる事もなかっただろうに…」
「ぐぐ……!!」
「おお怖い怖い。嬢ちゃんみたいにいつ「処刑だ!」なんて、俺だったら幾つ命があっても足りんな」
動揺し、苦渋を滲ませる幾月のネクタイをひっつかみ、思い切り顔を寄せると堂島は凶相で幾月を睨みつける。
「…お前の命は俺が握っている。
お前だけじゃない、お前の背後にいる者も、面倒ごとが起きればタダでは済むまい?」
「き…貴様、私を脅す気か…」
「手柄をくれてやると言ってるんだ。
…あいつを大事に扱え。壊れ物のように丁重にな。
もうエウリュディケはこの世に無い。表の顔だけ使って、まっとうに生きるのだな」
腹に据えかねていた思いを一気に吐き出すと、堂島はさっと手を離し幾月をその場に放り出す。
よろけて膝を付いた幾月の苦々しい殺意の籠もった視線を背中に浴びながら、堂島はその場を静かに離れた。
「私に預けて、不安ではないのですか?」
ひきつった幾月の叫び声が、背中に刺さる。
「あれだけ露骨に桐条内部へ手回ししておいたくせに、よく言えたものだな?
まだ目が覚めないか?幾月。
日向の夢幻から自由にしてやったのに、まだ秘密裏にあいつを狙っているのに気付かなかったとでも?
成瀬の息子の周辺に、あいつの死後から急速に不穏な気配が増えたと榎本も随分心配していたぞ。
あれに感づかれるようでは、貴様も相当焦っていたのかもしれんが…。
だが、そんなお前以上に俺は桐条が恐ろしい。
お前のパトロン共は、いまだに永遠の命やら若さに拘りがあるらしいな。学習しない連中だ。
…それに鴻悦の血を引く者の冷酷さと強欲さは、一番お前がよく知っているのではないか?」
幾月は答えない。だが、その沈黙こそが確かな答えでもあった。
「更にもう一つ。お前にあの小僧を預けた気は無い。
俺は、桐条のお嬢ちゃんにお友達をプレゼントしたまでだ。
彼女の事だ、高校生活最後の一年、海外留学前にぐらいお父様に手柄の一つでも差し上げたいだろう?そんな健気なお嬢ちゃんのお友達を、お前といえど無下に殺せまい?実験台に出来まい?
…どうだ幾月よ」
背中に答えは返ってこなかった。
幾月の短い呻きを聞いて、堂島は無言で本社を離れタクシーをに手を挙げた。
数日後。
堂島は桐条本社にいた。
急な呼び出しと総帥自らの謁見を済ませ、1階エントランスへと降りると、黒のスプリングコートをなびかせ正門から外へ出た。
春の匂いがする。
温かな湿った空気を含んだ風が鼻をくすぐる。
やっと一仕事を終え、身体も肩も軽く感じられた。
広々とした、青葉をそよがせる木立が並ぶ玄関前でにこやかな笑顔の男と目が合う。
「おや、奇遇ですねえ」
相変わらず、空気の読めない脳天気な声が響く。
「幾月、生きてたか」
「相変わらず冷たい方ですね。折角良い報告があるというのに」
しょげた犬のように悲しげに眉をひそめ肩をすくめてみせると、幾月は軽い足取りで堂島に近寄ってきた。
「真冬にどこぞの港湾地区でヤクザの抗争に巻き込まれたと聞いていたからな」
「ええ、ちょっと荷下ろしの手伝いに行ってましてね。散々でしたよ」
勿論、ヤクザの抗争など真っ赤な嘘である。
真夜中の内に廃墟の雑居ビルが半壊したのも、近くで取り壊し中だったチャペルがモノの見事にボロボロになったのも、大規模なヤクザ同士の抗争のせいらしい。日本の警察もマスコミも、立派な権力の犬である。
しかし、あれだけの騒ぎをどう言いくるめたのか、幾月の舌が何枚あるのか確認したいものである。それとも、幾月の背後にいる反総帥派…桐条家に未だ根付く、総帥・武治氏を廃し我こそが正統な血筋だと主張する親戚縁者の手回しが良いのか。どっちにしろ、要領のいい男だ。
「ご機嫌だな」
「ええ。是非とも貴方にはお伝えせねば…と、こう思っていたので丁度良いですよ」
自信満面の笑みを浮かべて、幾月は手にしていた紙袋を堂島に掲げて見せる。
「これ、先日私の元へ送られてきた新たな影時間適性者の個人情報です。どうぞ」
紙袋を受け取り、中身の一番上、とある人物のプロフィールを記した記録に目を通す。
別段ぴくりともせずにいると、我慢できずに幾月が口を開いた。
「どうやら、桐条の捜査網が適性者を見つけたようでして、美鶴君の方に報告があったそうです。
…成瀬双葉。貴方の親友が大切に守ったご子息です」
「………」
「おおっと!もう何をしても無駄、ですよ。既に先日、本人に桐条の手の者が面会し、急ではありましたが月光館学院に転校する運びと相成りましたから。あなた方が何をしようと、もう彼は逃れられない。既に私の手中に収まったも同然なのですよ!」
「………」
「残念、でしたね?折角、助け出したつもりでしょうがあの騒ぎでは桐条の目まではごまかせなかった。ご安心下さい、彼は私共がきちんと保護・教育し、立派なペルソナ使いにして差し上げますから…」
勝ち誇った幾月の顔が、嘲笑と高慢に歪んだ笑みで醜く下品な彩りを浮かべる。
その顔が可笑しくて、堂島は、思わず吹き出した。
「ふっ………くくく………あっはははははは!!」
大声で柄にもなく大笑する堂島に、幾月は気でも触れたかと数歩後ずさる。
「ど、どうしたのですか?…らしくないですな」
「あはははは…ああ、可笑しい。これほど面白い気分だったのはついぞないな」
「??…」
「阿呆が」
呵々大笑をぴたりと鎮めると、堂島の顔には凍り付くような冷笑が張り付いていた。
「なっ……」
思わず更に数歩退きそうになるのを堪え、幾月は表情に平静を取り繕う。
「また嵌った事に気付きもしねえで…手中に収まったのは、お前だよ幾月」
「何っ…何ですか、強がりは…」
「強がりじゃないさ。…あいつは、俺が知らせた。
俺が、桐条のお嬢ちゃんにこっそり教えたのさ」
「!!?」
意図が読めず、幾月の顔に動揺が露呈したのを見つけて堂島は「はっ」と鼻を鳴らす。
「幾月。…お前はあいつのカタキだ。
そしてあいつは腹に死神を飼っている…これが、どういう事か、分かるな?」
「………」
「あの小僧は見かけによらず気性が激しいぞ。もし、俺が口を滑らせて本当の事をぺろりと喋ったら…どうなるだろうな?影時間に誰も知らない場所へ引きずり込まれて、八つ裂き…なんてな」
「なっ……そんな、あの寮には他にも適性者が……!!」
「あいつら如きであの死神に勝てるとでも?
お前も見ただろう?
それとも、その眼鏡の奥にあるのは単なる飾りか?節穴か?
…あいつは、成瀬のためなら何でも出来る。
それほどあいつを愛していたし、慕ってもいた。
皮肉だな。あのままそっとしておいてやれば、お前の首に死神の鎌がかかる事もなかっただろうに…」
「ぐぐ……!!」
「おお怖い怖い。嬢ちゃんみたいにいつ「処刑だ!」なんて、俺だったら幾つ命があっても足りんな」
動揺し、苦渋を滲ませる幾月のネクタイをひっつかみ、思い切り顔を寄せると堂島は凶相で幾月を睨みつける。
「…お前の命は俺が握っている。
お前だけじゃない、お前の背後にいる者も、面倒ごとが起きればタダでは済むまい?」
「き…貴様、私を脅す気か…」
「手柄をくれてやると言ってるんだ。
…あいつを大事に扱え。壊れ物のように丁重にな。
もうエウリュディケはこの世に無い。表の顔だけ使って、まっとうに生きるのだな」
腹に据えかねていた思いを一気に吐き出すと、堂島はさっと手を離し幾月をその場に放り出す。
よろけて膝を付いた幾月の苦々しい殺意の籠もった視線を背中に浴びながら、堂島はその場を静かに離れた。
「私に預けて、不安ではないのですか?」
ひきつった幾月の叫び声が、背中に刺さる。
「あれだけ露骨に桐条内部へ手回ししておいたくせに、よく言えたものだな?
まだ目が覚めないか?幾月。
日向の夢幻から自由にしてやったのに、まだ秘密裏にあいつを狙っているのに気付かなかったとでも?
成瀬の息子の周辺に、あいつの死後から急速に不穏な気配が増えたと榎本も随分心配していたぞ。
あれに感づかれるようでは、貴様も相当焦っていたのかもしれんが…。
だが、そんなお前以上に俺は桐条が恐ろしい。
お前のパトロン共は、いまだに永遠の命やら若さに拘りがあるらしいな。学習しない連中だ。
…それに鴻悦の血を引く者の冷酷さと強欲さは、一番お前がよく知っているのではないか?」
幾月は答えない。だが、その沈黙こそが確かな答えでもあった。
「更にもう一つ。お前にあの小僧を預けた気は無い。
俺は、桐条のお嬢ちゃんにお友達をプレゼントしたまでだ。
彼女の事だ、高校生活最後の一年、海外留学前にぐらいお父様に手柄の一つでも差し上げたいだろう?そんな健気なお嬢ちゃんのお友達を、お前といえど無下に殺せまい?実験台に出来まい?
…どうだ幾月よ」
背中に答えは返ってこなかった。
幾月の短い呻きを聞いて、堂島は無言で本社を離れタクシーをに手を挙げた。
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