おぼろげに見える過去の残滓は。
*
榎本が帰宅すると、玄関先にゴーグル装着レトリバーがお座りして待機していた。
「ただいま、シーサー」
シーサー、と呼ばれた犬の頭をぐりぐり撫で回すと、不思議と榎本も笑顔がこぼれた。
我の汝に癒される、というのも変な気分だ。
よく実家の母から結婚をせっつかれるが、一生奥さんは必要が無い気がする。
自炊もレトルトと生野菜で間に合ってるし、何よりこいつ=ペルソナの相棒がいれば、心の充足は事足りていた。何より、あの苛烈で激情家な自分勝手を地でいく母の姿を見て育った自分には、結婚など不可能に思える訳で。
「さてシーサー、双葉君はどうだった?」
鳴く代わりに、額を榎本に擦り寄せる。
榎本は手をゴーグルと額の中央に合わせると二言三言呟いて意識を集中させた。
かいま見えるのは、シーサーの触れた「成瀬双葉」の深層意識のビジョン。
遠隔操作だけでは、せいぜい癒しの波動を出すのが精一杯で、心理状態を詳しく見通す事が出来ない。
まずはシーサーに十分慣れてもらい、触れてもらいやすくしておく。
そうする事で、シーサーの「アナライズ」能力を応用して、精神不安の原因を調査するつもりでいる。
ビジョン閲覧開始。意識を静かに、深く潜らせる。
笑っている陽一の横顔。
家庭での食事の風景。
学校で勉強中の退屈そうなα波とウトウト霞む黒板。
友人らしい少年達との語らい。緊張しているらしく、β波が感じられる。
さらに奥に、暗い思念の画像が覗く。
四角い、殺風景な全面鏡張りの部屋。
中央に白い椅子。
正面の鏡に映る、後ろ手に縛られて、椅子の上でがっくりとうなだれた小さな少年。
画像が乱れる。
「忘れちゃダメよ。やくそく…」髪を二つに束ねた、白い服の少女。
「今日は次のペルソナの素養を得る実験だ。…さあ、生け贄を」声がくぐもっていて聞き取り辛い。周囲には、白衣の研究員。
血まみれの部屋。誰かさんの亡骸の残骸。ちぎれた脚。血管が張り付いた目玉が転がる。
骸骨の仮面。黒衣の大男。背中には棺桶。右手には、緋色を帯びた大剣。
ビジョンの閲覧を中断し、シーザーの頭をなぜて具象化を解除すると、榎本は深々と肩を落とし、ため息を漏らした。
「…9年前より鮮明だ。ひどいな、こりゃ…」
やはり、以前の自分の力では、陽一と力を合わせてもこれが限度だったか。しかも、今回は一人で死神の記憶と戦わねばならないのか。
頭痛い。誰に言うでもなく、ぽつりと愚痴がこぼれる。
「…大丈夫、ですか」
必要以上にびくりっ、と身を震わせてしまった榎本を見て、双葉もつられて身をこわばらせる。
寝ているものだと思っていたのに、起きていたのか。
「あ、ああゴメン。もう起きても大丈夫?気分とか、悪くない?」
「はい、平気です。…多分」
最初の頃より顔元は悪くない。相変わらず、生気を感じさせない元気のなさではあるが。
「そう、なら少しでも何か食べない?レトルトで申し訳ないけど、美味しい野菜スープがあるんだ」
あまり意識的にならぬよう自然に微笑むと、少年も、ほんの少し、バツが悪そうに笑った気がした。
榎本が帰宅すると、玄関先にゴーグル装着レトリバーがお座りして待機していた。
「ただいま、シーサー」
シーサー、と呼ばれた犬の頭をぐりぐり撫で回すと、不思議と榎本も笑顔がこぼれた。
我の汝に癒される、というのも変な気分だ。
よく実家の母から結婚をせっつかれるが、一生奥さんは必要が無い気がする。
自炊もレトルトと生野菜で間に合ってるし、何よりこいつ=ペルソナの相棒がいれば、心の充足は事足りていた。何より、あの苛烈で激情家な自分勝手を地でいく母の姿を見て育った自分には、結婚など不可能に思える訳で。
「さてシーサー、双葉君はどうだった?」
鳴く代わりに、額を榎本に擦り寄せる。
榎本は手をゴーグルと額の中央に合わせると二言三言呟いて意識を集中させた。
かいま見えるのは、シーサーの触れた「成瀬双葉」の深層意識のビジョン。
遠隔操作だけでは、せいぜい癒しの波動を出すのが精一杯で、心理状態を詳しく見通す事が出来ない。
まずはシーサーに十分慣れてもらい、触れてもらいやすくしておく。
そうする事で、シーサーの「アナライズ」能力を応用して、精神不安の原因を調査するつもりでいる。
ビジョン閲覧開始。意識を静かに、深く潜らせる。
笑っている陽一の横顔。
家庭での食事の風景。
学校で勉強中の退屈そうなα波とウトウト霞む黒板。
友人らしい少年達との語らい。緊張しているらしく、β波が感じられる。
さらに奥に、暗い思念の画像が覗く。
四角い、殺風景な全面鏡張りの部屋。
中央に白い椅子。
正面の鏡に映る、後ろ手に縛られて、椅子の上でがっくりとうなだれた小さな少年。
画像が乱れる。
「忘れちゃダメよ。やくそく…」髪を二つに束ねた、白い服の少女。
「今日は次のペルソナの素養を得る実験だ。…さあ、生け贄を」声がくぐもっていて聞き取り辛い。周囲には、白衣の研究員。
血まみれの部屋。誰かさんの亡骸の残骸。ちぎれた脚。血管が張り付いた目玉が転がる。
骸骨の仮面。黒衣の大男。背中には棺桶。右手には、緋色を帯びた大剣。
ビジョンの閲覧を中断し、シーザーの頭をなぜて具象化を解除すると、榎本は深々と肩を落とし、ため息を漏らした。
「…9年前より鮮明だ。ひどいな、こりゃ…」
やはり、以前の自分の力では、陽一と力を合わせてもこれが限度だったか。しかも、今回は一人で死神の記憶と戦わねばならないのか。
頭痛い。誰に言うでもなく、ぽつりと愚痴がこぼれる。
「…大丈夫、ですか」
必要以上にびくりっ、と身を震わせてしまった榎本を見て、双葉もつられて身をこわばらせる。
寝ているものだと思っていたのに、起きていたのか。
「あ、ああゴメン。もう起きても大丈夫?気分とか、悪くない?」
「はい、平気です。…多分」
最初の頃より顔元は悪くない。相変わらず、生気を感じさせない元気のなさではあるが。
「そう、なら少しでも何か食べない?レトルトで申し訳ないけど、美味しい野菜スープがあるんだ」
あまり意識的にならぬよう自然に微笑むと、少年も、ほんの少し、バツが悪そうに笑った気がした。
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