馴れ初めときっかけと。
*
大学への進学を期に、生活の腐りかけた親元を離れて上京し、バイトと勉学にひたすら励んだ。
ただただ、親のようになりたくない。その一心で。
ずっとやさぐれていた俺に出会いが訪れたのは、そんな頃だった。
葛木葉子。
大学のゼミの先輩で、容姿端麗な知性溢れる女性だった。
決して派手ではなく、むしろいつも控えめで地味なセーターやワイシャツばかり着ていたが、それでもその存在感は他の同期生達とはくらべものにならなかった。三姉妹の長女だったせいなのか、1つでも年下だとその冷静さと落ち着きぶりに姉と話しているような錯覚を覚え、大抵は高嶺の花と皆口を揃えて遠巻きに眺めるのみだった。もちろん、俺もその一人だった。
ただ不思議な事に、俺と彼女とは何かにつけて馬があった。
好きなランチメニューとかこれから行く方向とか、ささいな事から始まり、そのうちに話す話題にも事欠かない気楽な間柄となり、センパイの卒業間近には、毎日同じカフェで過ごしながら男女の関係も薄々意識していたように思う。
だが、俺は思いを告白しなかった。年上のそつのない完璧な才女と、自分のような泥臭い男とは、正直釣り合わないと思ったからだ。
数年後。卒業まで後半年という所で、親父が新たな借金を抱え込み行方をくらました。二百万だったが、当時の俺には重たすぎる額だった。
その連絡を聞いた時には、俺の宿舎のアパートは荒らされ、金品や将来の起業用にと貯め込んでいたなけなしの貯金すらもう無かった。
取り立てでなく、実の父親に金を持ち逃げされようとは思わなかった。
ずっと自分のバイトで貯めた金で大学に通っていたため、卒業はおろか留年もままならなくなった自分を救ったのは、彼女だった。
金の無心を頼んでいた貧乏人ばかりのダチ伝手に聞いたらしく、ふらっと俺の前に現れて、そのまま取り立て屋に出向き、俺の借金を返済してしまった。全てを知ったのは、取り立て屋のご機嫌な電話口からだった。慌てて頭を下げに行き、「いつか必ず返す」と言った俺に、彼女は微笑みながらこう答えた。
「いつかじゃなくて、お金が少しでも出来たら私に会いに来て。ね、約束」
その言葉は、彼女から離れて以来ずっと俺が待ち望んでいた、最高の約束だった。
彼女が桐条で働いていると聞き、俺も迷わず桐条の機械工学部門へと飛び込んだ。
ただがむしゃらに働き、金が出来たら彼女に借金返済という口実の電話を入れる。
その後は、普通の恋人同士と同じ。人生で最高の時だった。
借金が全て返済し終わったら、彼女にプロポーズでもしようか。真剣に、その時を探り、眠れぬ夜を数えていた。
彼女のためにこっそり指輪を買った翌日ぐらいだっただろうか。
今度は父親の失踪後、母親の始めた店が倒産し、別の形で借金を背負う事となった。友人にそそのかされて、出来もしない化粧品店など開業するからだ。額は父の比ではなかった。まるでタイミングでも計ったような、親による二度目の裏切りだった。
今度ばかりは彼女にも迷惑をかけられない。俺は事実を彼女に打ち明けると、一時的に付き合いを解消することにした。
彼女は予想通り、自分も手伝うと言ってくれたがそういう訳にはいかない。それでは、あの親にこの子、と言われんばかりである。
それから数ヶ月後、呼び出されたスタバで、彼女は上司の持ってきたお見合いに行き、その相手と交際する事にしたと、俺に告げた。
当たり前だ。年上の彼女はもう結婚しても良いような年だったし、何より彼女の親が随分乗り気だったそうだ。もうこんな良縁は二度と来ないと、彼女を焚きつけていたらしい。親と上司の目もあって、彼女は見合いの相手と結婚を前提に付き合う事にしたのだ。
別れたその日、俺は指輪を近所のドブ川に捨てた。あんなに金金とがっついてたのだから質にでも入れれば良かったのだろうが、自分の純粋な思いまで売り払ってしまうようで、踏ん切りが付かなかった。
心が寒々しくて仕方なかった。
だから、借金の肩代わりに提示された桐条の極秘プロジェクトへの誘いには、何の迷いも無かった。
俺は二つ返事で桐条エルゴ研の一員となり、当時まだ開発途中だった港区に移住した。
肩書きは「対シャドウ兵器開発部門第二チーム主任」。
シャドウとかいう化け物を利用した技術開発を支える、いわば「いざという時の備え」を開発する研究チームの一人として、俺はあの忌まわしい研究に関わる事になった…。
大学への進学を期に、生活の腐りかけた親元を離れて上京し、バイトと勉学にひたすら励んだ。
ただただ、親のようになりたくない。その一心で。
ずっとやさぐれていた俺に出会いが訪れたのは、そんな頃だった。
葛木葉子。
大学のゼミの先輩で、容姿端麗な知性溢れる女性だった。
決して派手ではなく、むしろいつも控えめで地味なセーターやワイシャツばかり着ていたが、それでもその存在感は他の同期生達とはくらべものにならなかった。三姉妹の長女だったせいなのか、1つでも年下だとその冷静さと落ち着きぶりに姉と話しているような錯覚を覚え、大抵は高嶺の花と皆口を揃えて遠巻きに眺めるのみだった。もちろん、俺もその一人だった。
ただ不思議な事に、俺と彼女とは何かにつけて馬があった。
好きなランチメニューとかこれから行く方向とか、ささいな事から始まり、そのうちに話す話題にも事欠かない気楽な間柄となり、センパイの卒業間近には、毎日同じカフェで過ごしながら男女の関係も薄々意識していたように思う。
だが、俺は思いを告白しなかった。年上のそつのない完璧な才女と、自分のような泥臭い男とは、正直釣り合わないと思ったからだ。
数年後。卒業まで後半年という所で、親父が新たな借金を抱え込み行方をくらました。二百万だったが、当時の俺には重たすぎる額だった。
その連絡を聞いた時には、俺の宿舎のアパートは荒らされ、金品や将来の起業用にと貯め込んでいたなけなしの貯金すらもう無かった。
取り立てでなく、実の父親に金を持ち逃げされようとは思わなかった。
ずっと自分のバイトで貯めた金で大学に通っていたため、卒業はおろか留年もままならなくなった自分を救ったのは、彼女だった。
金の無心を頼んでいた貧乏人ばかりのダチ伝手に聞いたらしく、ふらっと俺の前に現れて、そのまま取り立て屋に出向き、俺の借金を返済してしまった。全てを知ったのは、取り立て屋のご機嫌な電話口からだった。慌てて頭を下げに行き、「いつか必ず返す」と言った俺に、彼女は微笑みながらこう答えた。
「いつかじゃなくて、お金が少しでも出来たら私に会いに来て。ね、約束」
その言葉は、彼女から離れて以来ずっと俺が待ち望んでいた、最高の約束だった。
彼女が桐条で働いていると聞き、俺も迷わず桐条の機械工学部門へと飛び込んだ。
ただがむしゃらに働き、金が出来たら彼女に借金返済という口実の電話を入れる。
その後は、普通の恋人同士と同じ。人生で最高の時だった。
借金が全て返済し終わったら、彼女にプロポーズでもしようか。真剣に、その時を探り、眠れぬ夜を数えていた。
彼女のためにこっそり指輪を買った翌日ぐらいだっただろうか。
今度は父親の失踪後、母親の始めた店が倒産し、別の形で借金を背負う事となった。友人にそそのかされて、出来もしない化粧品店など開業するからだ。額は父の比ではなかった。まるでタイミングでも計ったような、親による二度目の裏切りだった。
今度ばかりは彼女にも迷惑をかけられない。俺は事実を彼女に打ち明けると、一時的に付き合いを解消することにした。
彼女は予想通り、自分も手伝うと言ってくれたがそういう訳にはいかない。それでは、あの親にこの子、と言われんばかりである。
それから数ヶ月後、呼び出されたスタバで、彼女は上司の持ってきたお見合いに行き、その相手と交際する事にしたと、俺に告げた。
当たり前だ。年上の彼女はもう結婚しても良いような年だったし、何より彼女の親が随分乗り気だったそうだ。もうこんな良縁は二度と来ないと、彼女を焚きつけていたらしい。親と上司の目もあって、彼女は見合いの相手と結婚を前提に付き合う事にしたのだ。
別れたその日、俺は指輪を近所のドブ川に捨てた。あんなに金金とがっついてたのだから質にでも入れれば良かったのだろうが、自分の純粋な思いまで売り払ってしまうようで、踏ん切りが付かなかった。
心が寒々しくて仕方なかった。
だから、借金の肩代わりに提示された桐条の極秘プロジェクトへの誘いには、何の迷いも無かった。
俺は二つ返事で桐条エルゴ研の一員となり、当時まだ開発途中だった港区に移住した。
肩書きは「対シャドウ兵器開発部門第二チーム主任」。
シャドウとかいう化け物を利用した技術開発を支える、いわば「いざという時の備え」を開発する研究チームの一人として、俺はあの忌まわしい研究に関わる事になった…。
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