成瀬、トンデモ計画を語る。
*
永遠の命。時の器。
完成すれば世紀の大発見として歴史に名を残せるかも知れないのに、と榎本が首を傾げると、馬鹿言うなよと、成瀬は一喝した。
「…出来る訳ねえじゃん。大体な、一分一秒大事に生きているから、人生は素晴らしいんだよ。ジジイの今際の足掻きなんて、見苦しくていけねえよ」
「同感だ」
対シャドウ兵器第二チーム研究室に回診で出向いた榎本は、研究室内のツートップに釘を刺されて首をすくめる。
研究機材とパソコンと資料の束で埋もれたヤニ臭い室内の片隅で、第二チームのナンバー2である堂島尚貴(どうじま なおき)は片耳イヤホンで二人の会話を聞き流しながらもキーボード上の手を動かし続けている。時代遅れのワンレンにバンダナで白衣、細く吊り上がった三白眼の下は黒々とクマが張り付いている。しかも長身で異様に痩せていたため、他部門の社員からは骸骨と呼ばれていた。かたや、成瀬はデスクに足を乗せてタバコ片手に一服している。いい気なものだと、榎本は思った。
「それよりもさ、もっと将来性のあるものを開発しようや、なあおい堂島」
「なら手を動かせ」
「ごもっともで」
「あの、成瀬さん…具体的に案は無いんですか?最近ずっと開発が滞ってるって聞きましたが」
しかめっ面をしていた成瀬の顔もとがパアァ、と明るくなるのを見て、榎本はまるで子供のようだなと思い、苦笑いが自然と浮かんだ。
「実はさ、最近上の連中がとある異能の能力に目を付けたようでな。その能力を発動させる原動力は確保できたから、それを人為的に発動させ、最大限生かせる兵器を作れとさ」
「へえ、異能の能力って何です?」
「ペルソナ」
聞いた瞬間、榎本は自分の顔が強ばるのがはっきり分かった。知ってか知らずか、成瀬と堂島はどこかいたずらが成功した子供のようににやけているように見えた。
「…佐伯コーポレーションが起こした御影町障壁閉鎖事件があっただろう。あれに関連して発見された超能力の一種だ。己の精神を、神や悪魔の名を借りて具象化させる。能力はシャドウと同じく様々で、火炎や冷気といった超能力の他に、様々な特殊能力の報告がある。使用者はとある精神体と会い、儀式を通過することで能力を得るそうだ」
「へ、へえ…」
珍しく、寡黙な堂島が饒舌に解説している。榎本はそれとなく二人から目を逸らし、埃だらけの床に視線を落とした。
「それでだな、上の報告によればシャドウの親玉の身体の一部を用いる事で、機械にも疑似人格を植え付けられるそうだ。だからって、そう簡単にペルソナ使える訳がねえじゃんて感じだがよ。なあ榎本」
「そうですよね~僕もそう思います~」
適当に相づちを打っていると、背後にチームの紅一点である研究助手の金森女史が含んだ笑みをたたえてこちらを見ている。
「だよなぁ。だがよ、それが実際出来たら凄くねえか?…第一チームの連中には内緒にしとけ。俺はな、それをやってみようと思ってる」
「え?!…でも、成瀬さん、その…」
「簡単だ。自分の氏名が答えられればいいんだから。後はあのきまぐれなチョウチョが来てくれれば万事解決だし。そうだろ」
「そりゃまあ、そうですけど」
「ほう。よく知ってるな」
あ、と間抜けな声を出して榎本は誘導尋問に引っかかったと気付いた。堂島の凶悪な視線が彼の方を向く。本人曰く、ケンカを売っている気がないのにそう見えるだけだそうだが、十分威圧感を感じる。
「…どうせ気付いてるんだろうが。お前、そっちの方が得意なようだし」
「ええと、何でしょうか、堂島さ…」
気配は完全に消していたはずなのに。どうして気付かれた。今にも泣き出さんばかりに震える榎本の肩を、成瀬が叩く。
「心配するな。ここのチームにいるのは全員お仲間か、もしくは適性がありそうな連中ばかりだ。別にお前さんを研究の足しにばらそうってんじゃない。…むしろ逆だ」
「え?」
成瀬がタバコを吸い込んでいる間に、堂島が話を続ける。
「…成瀬に頼まれて、ここに来てからずっと能力者を探していた。俺のペルソナは陰性でな、隠そう隠そうとするものほど目に付きやすい。つまり、そういう事だ」
なるほど、自分はずっとマークされていたのか。榎本は俯いてがっくりと肩を落とす。
「別に大事を頼む訳じゃねえさ。ただ、万一何かあった時にシャドウと戦えるような奴をスタッフに欲しかったんだ。…どうだ榎本、俺の話に一口乗らないか?こんなしけた研究所の中でしか出来ないような、ちょっとした悪戯なんだがな」
「…どうせ嫌って言っても引きずりこむつもりだったんでしょう成瀬さん?僕、荒事は苦手なのに…」
「あはは、荒事なんかじゃねえさ。むしろ世のため人のためになる計画をひっそり始めようかと思ってな。…お前、あの桐条のじいさんがいつまでも生き続けると思うか?これだけ永遠の命に執着してるのを見るに、あと数年でぽっくり逝きやしねえかと俺はみてる。そこでだな、今回渡された研究材料を使ってペルソナを発動できるアンドロイドを開発し、じいさんがぽっくりあの世に逝った後にでも色違いを五体製作して、対シャドウ兵器ではなく街の安全と平和を守る正義の味方にしてしまおうという計画だ!題して『イージスレンジャー計画』!…どうよこれ、面白くないか?」
………榎本は、あまりのくだらなさに、全身の力が抜けて笑いが込み上げてくるのを感じた。
見れば堂島も、少し向こうの席でくつろいでいる金森も笑いをこらえている。だが、不思議と馬鹿にした様子ではない。
「…なんだお前、本気にしてないだろう?でも俺は本気だぜ。もう実はその予定で計画を立ててる。まずは最初の一体、戦隊モノの基本たる『レッド』の製作に取りかかっているんだ。お前もアイツの姿を見たら、きっと本気になるさ」
「本気で…もう作ってるんですか?!」
「おうともよ。後はフェイスモデルと疑似人格の精神パターンを複雑化させて人間の思考に近づければ、きっと彼女はお目覚めする」
そう言って、成瀬は作業に戻った堂島の背中を無言で親指を差す。どうやら、彼がさっきからにらめっこを続けていたのは『レッド』の開発用データだったようだ。
「ただ、問題はそこにペルソナ能力が宿るかどうか、だな」
「つうわけで、ペルソナ能力者同士が雁首揃えりゃ、あのきまぐれチョウチョ男も来やしないかと思ってさ」
「…いきあたりばったりですね」
榎本のごく自然な感想に、堂島も成瀬も苦笑いを浮かべる。
「言うな。つーか、こんなろくでもない上におっかない生命体に関わるような仕事、このくらい茶化さないとやってられないだろ?…いざとなったら俺が守ってやるから、たまには顔、見せるようにしな」
それから、榎本は医務室と第二チームの間を往復する毎日を過ごすようになる。強制でも何でもない。会社の意向そっちのけで馬鹿馬鹿しくも楽しみを創り出そうとしている彼らのそばが、彼にとって、居心地の良い空間に変わるのに、たいして時間はかからなかった。
永遠の命。時の器。
完成すれば世紀の大発見として歴史に名を残せるかも知れないのに、と榎本が首を傾げると、馬鹿言うなよと、成瀬は一喝した。
「…出来る訳ねえじゃん。大体な、一分一秒大事に生きているから、人生は素晴らしいんだよ。ジジイの今際の足掻きなんて、見苦しくていけねえよ」
「同感だ」
対シャドウ兵器第二チーム研究室に回診で出向いた榎本は、研究室内のツートップに釘を刺されて首をすくめる。
研究機材とパソコンと資料の束で埋もれたヤニ臭い室内の片隅で、第二チームのナンバー2である堂島尚貴(どうじま なおき)は片耳イヤホンで二人の会話を聞き流しながらもキーボード上の手を動かし続けている。時代遅れのワンレンにバンダナで白衣、細く吊り上がった三白眼の下は黒々とクマが張り付いている。しかも長身で異様に痩せていたため、他部門の社員からは骸骨と呼ばれていた。かたや、成瀬はデスクに足を乗せてタバコ片手に一服している。いい気なものだと、榎本は思った。
「それよりもさ、もっと将来性のあるものを開発しようや、なあおい堂島」
「なら手を動かせ」
「ごもっともで」
「あの、成瀬さん…具体的に案は無いんですか?最近ずっと開発が滞ってるって聞きましたが」
しかめっ面をしていた成瀬の顔もとがパアァ、と明るくなるのを見て、榎本はまるで子供のようだなと思い、苦笑いが自然と浮かんだ。
「実はさ、最近上の連中がとある異能の能力に目を付けたようでな。その能力を発動させる原動力は確保できたから、それを人為的に発動させ、最大限生かせる兵器を作れとさ」
「へえ、異能の能力って何です?」
「ペルソナ」
聞いた瞬間、榎本は自分の顔が強ばるのがはっきり分かった。知ってか知らずか、成瀬と堂島はどこかいたずらが成功した子供のようににやけているように見えた。
「…佐伯コーポレーションが起こした御影町障壁閉鎖事件があっただろう。あれに関連して発見された超能力の一種だ。己の精神を、神や悪魔の名を借りて具象化させる。能力はシャドウと同じく様々で、火炎や冷気といった超能力の他に、様々な特殊能力の報告がある。使用者はとある精神体と会い、儀式を通過することで能力を得るそうだ」
「へ、へえ…」
珍しく、寡黙な堂島が饒舌に解説している。榎本はそれとなく二人から目を逸らし、埃だらけの床に視線を落とした。
「それでだな、上の報告によればシャドウの親玉の身体の一部を用いる事で、機械にも疑似人格を植え付けられるそうだ。だからって、そう簡単にペルソナ使える訳がねえじゃんて感じだがよ。なあ榎本」
「そうですよね~僕もそう思います~」
適当に相づちを打っていると、背後にチームの紅一点である研究助手の金森女史が含んだ笑みをたたえてこちらを見ている。
「だよなぁ。だがよ、それが実際出来たら凄くねえか?…第一チームの連中には内緒にしとけ。俺はな、それをやってみようと思ってる」
「え?!…でも、成瀬さん、その…」
「簡単だ。自分の氏名が答えられればいいんだから。後はあのきまぐれなチョウチョが来てくれれば万事解決だし。そうだろ」
「そりゃまあ、そうですけど」
「ほう。よく知ってるな」
あ、と間抜けな声を出して榎本は誘導尋問に引っかかったと気付いた。堂島の凶悪な視線が彼の方を向く。本人曰く、ケンカを売っている気がないのにそう見えるだけだそうだが、十分威圧感を感じる。
「…どうせ気付いてるんだろうが。お前、そっちの方が得意なようだし」
「ええと、何でしょうか、堂島さ…」
気配は完全に消していたはずなのに。どうして気付かれた。今にも泣き出さんばかりに震える榎本の肩を、成瀬が叩く。
「心配するな。ここのチームにいるのは全員お仲間か、もしくは適性がありそうな連中ばかりだ。別にお前さんを研究の足しにばらそうってんじゃない。…むしろ逆だ」
「え?」
成瀬がタバコを吸い込んでいる間に、堂島が話を続ける。
「…成瀬に頼まれて、ここに来てからずっと能力者を探していた。俺のペルソナは陰性でな、隠そう隠そうとするものほど目に付きやすい。つまり、そういう事だ」
なるほど、自分はずっとマークされていたのか。榎本は俯いてがっくりと肩を落とす。
「別に大事を頼む訳じゃねえさ。ただ、万一何かあった時にシャドウと戦えるような奴をスタッフに欲しかったんだ。…どうだ榎本、俺の話に一口乗らないか?こんなしけた研究所の中でしか出来ないような、ちょっとした悪戯なんだがな」
「…どうせ嫌って言っても引きずりこむつもりだったんでしょう成瀬さん?僕、荒事は苦手なのに…」
「あはは、荒事なんかじゃねえさ。むしろ世のため人のためになる計画をひっそり始めようかと思ってな。…お前、あの桐条のじいさんがいつまでも生き続けると思うか?これだけ永遠の命に執着してるのを見るに、あと数年でぽっくり逝きやしねえかと俺はみてる。そこでだな、今回渡された研究材料を使ってペルソナを発動できるアンドロイドを開発し、じいさんがぽっくりあの世に逝った後にでも色違いを五体製作して、対シャドウ兵器ではなく街の安全と平和を守る正義の味方にしてしまおうという計画だ!題して『イージスレンジャー計画』!…どうよこれ、面白くないか?」
………榎本は、あまりのくだらなさに、全身の力が抜けて笑いが込み上げてくるのを感じた。
見れば堂島も、少し向こうの席でくつろいでいる金森も笑いをこらえている。だが、不思議と馬鹿にした様子ではない。
「…なんだお前、本気にしてないだろう?でも俺は本気だぜ。もう実はその予定で計画を立ててる。まずは最初の一体、戦隊モノの基本たる『レッド』の製作に取りかかっているんだ。お前もアイツの姿を見たら、きっと本気になるさ」
「本気で…もう作ってるんですか?!」
「おうともよ。後はフェイスモデルと疑似人格の精神パターンを複雑化させて人間の思考に近づければ、きっと彼女はお目覚めする」
そう言って、成瀬は作業に戻った堂島の背中を無言で親指を差す。どうやら、彼がさっきからにらめっこを続けていたのは『レッド』の開発用データだったようだ。
「ただ、問題はそこにペルソナ能力が宿るかどうか、だな」
「つうわけで、ペルソナ能力者同士が雁首揃えりゃ、あのきまぐれチョウチョ男も来やしないかと思ってさ」
「…いきあたりばったりですね」
榎本のごく自然な感想に、堂島も成瀬も苦笑いを浮かべる。
「言うな。つーか、こんなろくでもない上におっかない生命体に関わるような仕事、このくらい茶化さないとやってられないだろ?…いざとなったら俺が守ってやるから、たまには顔、見せるようにしな」
それから、榎本は医務室と第二チームの間を往復する毎日を過ごすようになる。強制でも何でもない。会社の意向そっちのけで馬鹿馬鹿しくも楽しみを創り出そうとしている彼らのそばが、彼にとって、居心地の良い空間に変わるのに、たいして時間はかからなかった。
トラックバックURL↓
http://3373plugin.blog45.fc2.com/tb.php/22-c818fbcf
| ホーム |