屋上で共に仰ぐ空は。
*
地下の研究室から出て、研究所の屋上で一服していると珍しく堂島が現れた。
ひょろりと長い猫背気味の痩身に白衣と伸ばしっぱなしの黒髪をなびかせ、無言で金網に寄りかかる俺の隣に立つ。
「…どうした?堂島」
「それは俺の台詞だ」
既に俺の内に在る迷いを嗅ぎつけていたようだ。ちらり、と横に目をやると奴の切れ長の三白眼だけがぎろりとこちらを見やる。
「何か迷いでもあるか?」
「…俺な、ここをいつか出ようかと思ってる。女が出来た。昔の彼女だ。もう子供がいるが、離婚寸前だ。成立したら、俺が面倒見てやりたい…ダメ元で他の関係ない支社に転属届を出そうと思う」
沈黙が俺達の間をすり抜けていく。
「研究はどうする?」
「正直、兵器研究なんて手を引きたくてたまらない。だが、ガラティア達を他の誰かに預けたくない。…いや、あいつらを他の誰かにいじくりまわされたくない。だが、このままシャドウに関わり続ければ、いつか岳羽主任みたく家族を人質にされかねん」
シャドウ研究は、もう既に末期に突入しようとしていた。
その当時、内部の研究員は外出制限はおろか、他の研究と関わりない部門への転属すら厳しくなってきていた。噂では、つい先日シャドウ研究の中枢から身を引き退社した女性研究員は四六時中桐条に監視されているだの、研究の中心人物である岳羽氏は家族の命を盾に取られてやむなくシャドウの実験を強いられているだのと…だが、もっとも耳にするのは「総帥が終末思想に取り憑かれ、シャドウを別の目的に利用しようとしている」との話だった。
その話を聞いて、皆一様に不安を感じていた。何に利用しようとしているのかは中枢の人間以外与り知らぬところだったが、最近の総帥は持病のシャクが思わしくなく、研究視察の際にも早期の完成品催促より「滅び」だの「浄化」だのと言う言葉を織り交ぜ訳の分からない持論を繰り返す事が増えた。その場にいた多くの研究員が、不穏な空気を感じ取っていたはずだ。
「ならば、どうする?」
「姉妹機の完成を見届けて…誰か確かな人物に彼女たちの研究を預けたい」
再び、沈黙が風となり俺達の間をすり抜けていく。
顔を向けると、堂島も俺と向き合った。
「いいか、堂島…お前に、全てを、託しても」
「もとより、そのつもりだ。お前の口からその言葉を聞くために、ここへ来た」
「すまん」
「何故謝る」
「お前だって、ここから出たいだろうに」
「母親には、いつかまた会いにいける。女は要らん。俺は、あいつらの側にいてやりたい。それだけだ」
何故だろう。俺は泣いていた。堂島は、何も言わなかった。ただ、泣いている俺の側に立っていた。
俺は分かっていたのだ。自分のために、親しい誰かを犠牲にいようとしていると。
かつて、自分の親にされた事を、親友にしようとしている事を。
気持ちが落ち着いた頃、重くたれ込めていた梅雨の曇り空が少し開け、夕方の濃い茜色が街に広がっていくのが見えた。
「…いつか俺に言ったあの計画、どうする」
「あれは、何かの形でケリをつける気でいる。堂島、付き合ってくれるか?」
「勿論。その答えが聞けたら、俺は満足だ。そのために、ここまで付き合ったんだからな」
「ありがとよ。…もう時間は無さそうだな。情報は集まりそうか?」
「既に九割終了している。後は、正確な日時が知りたい。それさえ分かれば、後はお前の号令一つで皆動く。榎本には直前まで伏せておくが」
「俺もそれで相違はない。では、やるか」
「ああ」
俺は乾いた涙を拭うと、顔を上げた。夕日の茜を全身に浴びて、二人して、声を上げて、訳もなく、笑っていた。
地下の研究室から出て、研究所の屋上で一服していると珍しく堂島が現れた。
ひょろりと長い猫背気味の痩身に白衣と伸ばしっぱなしの黒髪をなびかせ、無言で金網に寄りかかる俺の隣に立つ。
「…どうした?堂島」
「それは俺の台詞だ」
既に俺の内に在る迷いを嗅ぎつけていたようだ。ちらり、と横に目をやると奴の切れ長の三白眼だけがぎろりとこちらを見やる。
「何か迷いでもあるか?」
「…俺な、ここをいつか出ようかと思ってる。女が出来た。昔の彼女だ。もう子供がいるが、離婚寸前だ。成立したら、俺が面倒見てやりたい…ダメ元で他の関係ない支社に転属届を出そうと思う」
沈黙が俺達の間をすり抜けていく。
「研究はどうする?」
「正直、兵器研究なんて手を引きたくてたまらない。だが、ガラティア達を他の誰かに預けたくない。…いや、あいつらを他の誰かにいじくりまわされたくない。だが、このままシャドウに関わり続ければ、いつか岳羽主任みたく家族を人質にされかねん」
シャドウ研究は、もう既に末期に突入しようとしていた。
その当時、内部の研究員は外出制限はおろか、他の研究と関わりない部門への転属すら厳しくなってきていた。噂では、つい先日シャドウ研究の中枢から身を引き退社した女性研究員は四六時中桐条に監視されているだの、研究の中心人物である岳羽氏は家族の命を盾に取られてやむなくシャドウの実験を強いられているだのと…だが、もっとも耳にするのは「総帥が終末思想に取り憑かれ、シャドウを別の目的に利用しようとしている」との話だった。
その話を聞いて、皆一様に不安を感じていた。何に利用しようとしているのかは中枢の人間以外与り知らぬところだったが、最近の総帥は持病のシャクが思わしくなく、研究視察の際にも早期の完成品催促より「滅び」だの「浄化」だのと言う言葉を織り交ぜ訳の分からない持論を繰り返す事が増えた。その場にいた多くの研究員が、不穏な空気を感じ取っていたはずだ。
「ならば、どうする?」
「姉妹機の完成を見届けて…誰か確かな人物に彼女たちの研究を預けたい」
再び、沈黙が風となり俺達の間をすり抜けていく。
顔を向けると、堂島も俺と向き合った。
「いいか、堂島…お前に、全てを、託しても」
「もとより、そのつもりだ。お前の口からその言葉を聞くために、ここへ来た」
「すまん」
「何故謝る」
「お前だって、ここから出たいだろうに」
「母親には、いつかまた会いにいける。女は要らん。俺は、あいつらの側にいてやりたい。それだけだ」
何故だろう。俺は泣いていた。堂島は、何も言わなかった。ただ、泣いている俺の側に立っていた。
俺は分かっていたのだ。自分のために、親しい誰かを犠牲にいようとしていると。
かつて、自分の親にされた事を、親友にしようとしている事を。
気持ちが落ち着いた頃、重くたれ込めていた梅雨の曇り空が少し開け、夕方の濃い茜色が街に広がっていくのが見えた。
「…いつか俺に言ったあの計画、どうする」
「あれは、何かの形でケリをつける気でいる。堂島、付き合ってくれるか?」
「勿論。その答えが聞けたら、俺は満足だ。そのために、ここまで付き合ったんだからな」
「ありがとよ。…もう時間は無さそうだな。情報は集まりそうか?」
「既に九割終了している。後は、正確な日時が知りたい。それさえ分かれば、後はお前の号令一つで皆動く。榎本には直前まで伏せておくが」
「俺もそれで相違はない。では、やるか」
「ああ」
俺は乾いた涙を拭うと、顔を上げた。夕日の茜を全身に浴びて、二人して、声を上げて、訳もなく、笑っていた。
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