「あ」。
*
記念にもなっただろうし、残念だったねと答える晶の視線が、隣席ののどかと杏奈に向けられる。
「のどかさんは、僕らが一年の時にアカデミッククイズ本戦で一緒になってたらしいね」
「うんうんそうそう。でもって杏奈さんとは二年の記念大会の時に一緒だったし」
「え?」
庵の何気ない指摘に、晶だけでなく、敦と夏彦もキョトンとしている。
「ん?あれ、違ったかな?俺、最初見たときからそう思ってたんだけど…ほら、長崎代表だったピンクのチャイナでお団子ヘアの」
「そ、そうなんですか杏奈さん?」
全員の視線に頬を赤らめながら、杏奈は恥ずかしそうに「その通りです」と微笑んだ。
「…と言っても私、あの時ほとんどクイズに貢献出来なかったので、自慢にはならないですけど。でも何で分かったんですか?サークルのお友達にしか話してないし、自分から言わないと皆気がつかないくらいなのに」
「何でと言われても… 見たら分かるとしか」
庵先輩流石ですねえ、と敦は周囲の感情を熱っぽく代弁する。
「私は一緒に出たお友達が凄かったんですよ。大したことありませんし…」
「何をおっしゃいますか!…三年前の記念大会でしょう?長崎代表って言ったら三位だったはずです!そこまでコマを進めるのに三人全員が協力していないはずがないですよ!」
「敦、お前いちいちそんな事覚えてんのか?」
半分あきれ顔の夏彦に、興奮気味の敦は「勿論ですよ!」と熱っぽく返す。
「だって、あの時は確か大日本テレビの開局五十周年記念大会だったはずですよ。宣伝もセットも派手だったし、二週に分けて前後編でやった年で、京都と東京でクイズやってて、僕すっごい羨ましかったんですよぅ!ああ、こんな大規模なクイズ参加してみたいなー、って!」
あの年が一番楽しかったぜ、と庵も同調する。
「あん時は全体的にレベル高かったって司会の福盛アナも言ってたぜ。杏奈さん謙遜してるけど、途中のペーパーテストで個人成績三位なんて、まぐれじゃ無理だよ」
おお~っ、と皆がどよめく中で杏奈は顔を真っ赤にして「恥ずかしい…」と苦笑いで俯く。
「ペーパーテストのレベルも厳しかったけど、早押し形式のクイズは全然気が抜けなかったし。決勝の時は何回『もうダメかも知れない』って思ったか」
「あの年の決勝って言うと…」
敦が答える前に、晶が口を挟む。
「ラムサール高校だったと思うよ。
鹿児島の名門私立で、クイズ研究部もある常連高だよね」
「うんそうそう。でもって男子校。確かあの時の相手に…」
突然、庵の唇が不自然に止まった。
「どうしたの?庵」
うっすら口を半開きにしたまま、庵の表情が固まっている。
晶が心配そうに顔を覗き込むと、おそるおそる庵は口を開いた。
「…お、思い出した…」
「何を?」
「今日のソフトモヒカン、誰だったのか…」
「ああ、あの瀬賀大生?」
うんうん、とこっくりこっくり頷く。何故か、表情が険しい。
予定をすっぽかしたのに気付いて真っ青になっているような、バツの悪い面持ちである。
「あー…そっか。そうだったのか。そりゃ怒って当然か。まずい事したな俺」
「一人で納得しないで、ちゃんと説明してよ庵」
「つーか、晶は思い出してないのか?」
「え、僕?………いや、前に会ってたっけ?覚えがないけど」
「だよな。だよなー…あんな髪型変わってたら一瞬でピンと来るわけないよなー…ああ~もおーやっちゃった~」
一人くねくねと悶絶する庵に、他のメンバー全員が「?」と首を傾げる。
「い、庵さん、どなただったんですか?あの瀬賀大のおっかない人…」
「テレビ見てた敦も気付いてない、か…なら仕方ないな、今度あいつと会ったら直に確認してみる。多分合ってるけど、ちょっと自信ないな」
ふうーっ、と長い溜息をついて、庵はグラスの水を一気に飲み干した。
「まあ、俺のライブラリもこんなもんだよ。ガタがきまくりで意外と大した事ないだろ?」
「またまた、庵さんはそんな事言ってぇ!僕、今日実際に見てすっごい感激したんですよぉ~…」
クイズの話題からとりとめのない雑談で周囲が笑い声に包まれる中、和やかな内輪の中で一人のどかは庵の呑気な笑顔を見ていた。
誰に対してもこうなのであろう、人懐っこい子供のような笑顔。
そう、誰の、どんな記憶に対しても、どんな思い出に対しても。
「(庵君、私の事覚えてくれてたけど…)」
そう。
それは、彼にとってはあまり大した事ではないのかも知れない。
杏奈とのやり取り一つ見て取っても思う。
ありとあらゆる情報を脳内に収め、好きなときに引き出せる。
そんな人物にとって、たった数十分一緒にいただけの自分は「単なる顔見知り」程度でしかないか。
やっぱりと言うか、ナンというか。
でも、少し寂しかったり。
運命なんて信じてはないはずだったのに、今日に限っては神様ですら信じられそうな気さえしていた。
調子がいいなあ自分、と心の中でそっと自嘲するのどかの口元に、かすかな苦笑いが浮かんで消えた。
【続く】
記念にもなっただろうし、残念だったねと答える晶の視線が、隣席ののどかと杏奈に向けられる。
「のどかさんは、僕らが一年の時にアカデミッククイズ本戦で一緒になってたらしいね」
「うんうんそうそう。でもって杏奈さんとは二年の記念大会の時に一緒だったし」
「え?」
庵の何気ない指摘に、晶だけでなく、敦と夏彦もキョトンとしている。
「ん?あれ、違ったかな?俺、最初見たときからそう思ってたんだけど…ほら、長崎代表だったピンクのチャイナでお団子ヘアの」
「そ、そうなんですか杏奈さん?」
全員の視線に頬を赤らめながら、杏奈は恥ずかしそうに「その通りです」と微笑んだ。
「…と言っても私、あの時ほとんどクイズに貢献出来なかったので、自慢にはならないですけど。でも何で分かったんですか?サークルのお友達にしか話してないし、自分から言わないと皆気がつかないくらいなのに」
「何でと言われても… 見たら分かるとしか」
庵先輩流石ですねえ、と敦は周囲の感情を熱っぽく代弁する。
「私は一緒に出たお友達が凄かったんですよ。大したことありませんし…」
「何をおっしゃいますか!…三年前の記念大会でしょう?長崎代表って言ったら三位だったはずです!そこまでコマを進めるのに三人全員が協力していないはずがないですよ!」
「敦、お前いちいちそんな事覚えてんのか?」
半分あきれ顔の夏彦に、興奮気味の敦は「勿論ですよ!」と熱っぽく返す。
「だって、あの時は確か大日本テレビの開局五十周年記念大会だったはずですよ。宣伝もセットも派手だったし、二週に分けて前後編でやった年で、京都と東京でクイズやってて、僕すっごい羨ましかったんですよぅ!ああ、こんな大規模なクイズ参加してみたいなー、って!」
あの年が一番楽しかったぜ、と庵も同調する。
「あん時は全体的にレベル高かったって司会の福盛アナも言ってたぜ。杏奈さん謙遜してるけど、途中のペーパーテストで個人成績三位なんて、まぐれじゃ無理だよ」
おお~っ、と皆がどよめく中で杏奈は顔を真っ赤にして「恥ずかしい…」と苦笑いで俯く。
「ペーパーテストのレベルも厳しかったけど、早押し形式のクイズは全然気が抜けなかったし。決勝の時は何回『もうダメかも知れない』って思ったか」
「あの年の決勝って言うと…」
敦が答える前に、晶が口を挟む。
「ラムサール高校だったと思うよ。
鹿児島の名門私立で、クイズ研究部もある常連高だよね」
「うんそうそう。でもって男子校。確かあの時の相手に…」
突然、庵の唇が不自然に止まった。
「どうしたの?庵」
うっすら口を半開きにしたまま、庵の表情が固まっている。
晶が心配そうに顔を覗き込むと、おそるおそる庵は口を開いた。
「…お、思い出した…」
「何を?」
「今日のソフトモヒカン、誰だったのか…」
「ああ、あの瀬賀大生?」
うんうん、とこっくりこっくり頷く。何故か、表情が険しい。
予定をすっぽかしたのに気付いて真っ青になっているような、バツの悪い面持ちである。
「あー…そっか。そうだったのか。そりゃ怒って当然か。まずい事したな俺」
「一人で納得しないで、ちゃんと説明してよ庵」
「つーか、晶は思い出してないのか?」
「え、僕?………いや、前に会ってたっけ?覚えがないけど」
「だよな。だよなー…あんな髪型変わってたら一瞬でピンと来るわけないよなー…ああ~もおーやっちゃった~」
一人くねくねと悶絶する庵に、他のメンバー全員が「?」と首を傾げる。
「い、庵さん、どなただったんですか?あの瀬賀大のおっかない人…」
「テレビ見てた敦も気付いてない、か…なら仕方ないな、今度あいつと会ったら直に確認してみる。多分合ってるけど、ちょっと自信ないな」
ふうーっ、と長い溜息をついて、庵はグラスの水を一気に飲み干した。
「まあ、俺のライブラリもこんなもんだよ。ガタがきまくりで意外と大した事ないだろ?」
「またまた、庵さんはそんな事言ってぇ!僕、今日実際に見てすっごい感激したんですよぉ~…」
クイズの話題からとりとめのない雑談で周囲が笑い声に包まれる中、和やかな内輪の中で一人のどかは庵の呑気な笑顔を見ていた。
誰に対してもこうなのであろう、人懐っこい子供のような笑顔。
そう、誰の、どんな記憶に対しても、どんな思い出に対しても。
「(庵君、私の事覚えてくれてたけど…)」
そう。
それは、彼にとってはあまり大した事ではないのかも知れない。
杏奈とのやり取り一つ見て取っても思う。
ありとあらゆる情報を脳内に収め、好きなときに引き出せる。
そんな人物にとって、たった数十分一緒にいただけの自分は「単なる顔見知り」程度でしかないか。
やっぱりと言うか、ナンというか。
でも、少し寂しかったり。
運命なんて信じてはないはずだったのに、今日に限っては神様ですら信じられそうな気さえしていた。
調子がいいなあ自分、と心の中でそっと自嘲するのどかの口元に、かすかな苦笑いが浮かんで消えた。
【続く】
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