あの日からずっと。
*
夜もとっぷり暮れて。
精算を済ませてファミレスから出ると、都会のくすんだ夜空にもうっすらと星の瞬きが見えた。
大学通り前の交差点は丘の上にあるせいか、周辺一帯は都心部近郊にもかかわらず緑が多い。
ゆるく長く丘上へと続く坂道の下から大学を仰ぎ見ると、大学を囲む山の丘陵が宵闇の中で点在する街灯に照らし出されて、淡く萌え立つ緑と薄桃色の山裾模様が静かに春を告げている。肌寒い夜風に混じる、甘みを含んだ香気が花をくすぐる。もう今週末には桜も満開だろう。
「それじゃ、ここいらでいいぜ。二人は僕が責任持って送っていくから」
「えっ、でも良ければ…」
「いいっつってんだろうが(…下心見え見えなんだっつの!)」
晶に二の句を言わせぬ凄みで黙らせると、茜はジャケットを羽織り他の二人にもそれとなく促す。
「大丈夫ですよ晶さん。茜先輩、空手の有段者ですから」
「あ、そうですか杏奈さん…。
(僕も合気道有段者なんだけど…
言い出せない…背後の視線が怖すぎて言い出せない…)」
晶が作り笑いの裏で茜の迫力に気圧されていた横で、庵はのどかと視線がぶつかる。
「あの、庵君。今日は本当に、会えて嬉しかった。…ありがとね」
「いや、俺も楽しかったぜ!…一応、サークル参加の件はちゃんと学長に説明してみるけど、多分大丈夫だと思う。お花見、絶対行こうな」
「うん、楽しみにしてる!…で、あの」
「?」
少し俯いて押し黙った後、のどかは「あのね」ともじもじと口を開く。
「尋ねて良い?」
「うん、いいけど?」
「…『私と会った時の事、どのくらい覚えてる?』
…あ、いや、ちょっと聞きたかっただけなんだけど…」
「ああ」と庵はにっこり微笑む。
「ハンカチの女の子。…だろ?一年生の時に大会会場のロビーで泣いてた」
「あ、うん」
大会チーム三位だった杏奈に比べると、内容は大した事ないのは分かっている。
それでもやっぱり覚えててくれた。のどかの胸に嬉しさが込み上げてくる。
あの大会初優勝後に、庵にすぐ彼女が出来たと噂で聞いて随分泣いた事を思い出す。
「…良かった。てっきり顔だけ覚えてて、会った時の事とか忘れられてると思ってた」
少し涙ぐむのどかに、庵は「まっさかぁ」と笑いながら手を振ってみせる。
「忘れる訳ないよ。だってあれから俺、ずっと…」
「え?」
言いかけて、庵が何故かバツが悪そうに口ごもったのを見て、何故かのどかも頬が熱くなるのを感じた。
「い、いいや。また今度にする。そんじゃな、風邪引くなよ!」
「あ、こら庵!カードキーまた忘れてる!…ああ、済みません皆さん、ではまた週末に!」
慌てた様子で青信号の交差点向こうへと駆け出ていった庵を追って、晶もその場を走り去っていった。
交差点の向こうで二人がじゃれるように肩を抱き合っているのを、のどかはぽかんと見つめていた。
「どうしたの?ののちゃん顔が真っ赤」
「や、やだ杏奈ちゃん何にもないよっ!!…何にもないったら!!」
「へえー、よくわかんないけど、良かったなぁのどか。さ、帰るぞ!
…じゃあヒゲ、お前がリーダーだな?また連絡すっから」
「安藤だ!!」
「それじゃあ、僕も失礼しますね~」
女性三人と男性二人で反対方向に解散し、女性陣の陰が通りの向こうへ消えていくと夏彦は意味もなく「しゃーこらー!」と路上で雄叫びを上げた。
「どっ、どどどどうしたんですか先輩!びっくりするじゃないですかっ!」
不意打ちの大声に身体を強張らせた敦に、夏彦は満面笑顔でばっしんばしっん丸くなった敦の背を叩く。
「い、いた、いた、あいったたた」
「今年に入って随分と調子が良いぞ!研究は進むし、サークル設立のめどはつくし、最近良いことずくめだな!こりゃお前さんのおかげかもな敦」
「え、僕の?」
「そうそう、お前さんと会ってからトントン拍子に話が進んでいやがる。お前さん福相してるし、良い奴だし、まるで仙台四郎みたいだなぁ。…いよっし、やるぞ!やってやる!」
「ああっ先輩、待って下さいよお!!」
大量の紙袋と手提げエコバック、そこに詰まった大量のビスコを手に踊るように走り出した夏彦の背を、同量の荷物を抱えたまま敦は慌てて追いかけた。
【続く】
夜もとっぷり暮れて。
精算を済ませてファミレスから出ると、都会のくすんだ夜空にもうっすらと星の瞬きが見えた。
大学通り前の交差点は丘の上にあるせいか、周辺一帯は都心部近郊にもかかわらず緑が多い。
ゆるく長く丘上へと続く坂道の下から大学を仰ぎ見ると、大学を囲む山の丘陵が宵闇の中で点在する街灯に照らし出されて、淡く萌え立つ緑と薄桃色の山裾模様が静かに春を告げている。肌寒い夜風に混じる、甘みを含んだ香気が花をくすぐる。もう今週末には桜も満開だろう。
「それじゃ、ここいらでいいぜ。二人は僕が責任持って送っていくから」
「えっ、でも良ければ…」
「いいっつってんだろうが(…下心見え見えなんだっつの!)」
晶に二の句を言わせぬ凄みで黙らせると、茜はジャケットを羽織り他の二人にもそれとなく促す。
「大丈夫ですよ晶さん。茜先輩、空手の有段者ですから」
「あ、そうですか杏奈さん…。
(僕も合気道有段者なんだけど…
言い出せない…背後の視線が怖すぎて言い出せない…)」
晶が作り笑いの裏で茜の迫力に気圧されていた横で、庵はのどかと視線がぶつかる。
「あの、庵君。今日は本当に、会えて嬉しかった。…ありがとね」
「いや、俺も楽しかったぜ!…一応、サークル参加の件はちゃんと学長に説明してみるけど、多分大丈夫だと思う。お花見、絶対行こうな」
「うん、楽しみにしてる!…で、あの」
「?」
少し俯いて押し黙った後、のどかは「あのね」ともじもじと口を開く。
「尋ねて良い?」
「うん、いいけど?」
「…『私と会った時の事、どのくらい覚えてる?』
…あ、いや、ちょっと聞きたかっただけなんだけど…」
「ああ」と庵はにっこり微笑む。
「ハンカチの女の子。…だろ?一年生の時に大会会場のロビーで泣いてた」
「あ、うん」
大会チーム三位だった杏奈に比べると、内容は大した事ないのは分かっている。
それでもやっぱり覚えててくれた。のどかの胸に嬉しさが込み上げてくる。
あの大会初優勝後に、庵にすぐ彼女が出来たと噂で聞いて随分泣いた事を思い出す。
「…良かった。てっきり顔だけ覚えてて、会った時の事とか忘れられてると思ってた」
少し涙ぐむのどかに、庵は「まっさかぁ」と笑いながら手を振ってみせる。
「忘れる訳ないよ。だってあれから俺、ずっと…」
「え?」
言いかけて、庵が何故かバツが悪そうに口ごもったのを見て、何故かのどかも頬が熱くなるのを感じた。
「い、いいや。また今度にする。そんじゃな、風邪引くなよ!」
「あ、こら庵!カードキーまた忘れてる!…ああ、済みません皆さん、ではまた週末に!」
慌てた様子で青信号の交差点向こうへと駆け出ていった庵を追って、晶もその場を走り去っていった。
交差点の向こうで二人がじゃれるように肩を抱き合っているのを、のどかはぽかんと見つめていた。
「どうしたの?ののちゃん顔が真っ赤」
「や、やだ杏奈ちゃん何にもないよっ!!…何にもないったら!!」
「へえー、よくわかんないけど、良かったなぁのどか。さ、帰るぞ!
…じゃあヒゲ、お前がリーダーだな?また連絡すっから」
「安藤だ!!」
「それじゃあ、僕も失礼しますね~」
女性三人と男性二人で反対方向に解散し、女性陣の陰が通りの向こうへ消えていくと夏彦は意味もなく「しゃーこらー!」と路上で雄叫びを上げた。
「どっ、どどどどうしたんですか先輩!びっくりするじゃないですかっ!」
不意打ちの大声に身体を強張らせた敦に、夏彦は満面笑顔でばっしんばしっん丸くなった敦の背を叩く。
「い、いた、いた、あいったたた」
「今年に入って随分と調子が良いぞ!研究は進むし、サークル設立のめどはつくし、最近良いことずくめだな!こりゃお前さんのおかげかもな敦」
「え、僕の?」
「そうそう、お前さんと会ってからトントン拍子に話が進んでいやがる。お前さん福相してるし、良い奴だし、まるで仙台四郎みたいだなぁ。…いよっし、やるぞ!やってやる!」
「ああっ先輩、待って下さいよお!!」
大量の紙袋と手提げエコバック、そこに詰まった大量のビスコを手に踊るように走り出した夏彦の背を、同量の荷物を抱えたまま敦は慌てて追いかけた。
【続く】
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