桜香二相。
登場人物
安佐 庵:デフォ男。大学二年生。
安住 晶:ロン毛。大学二年生。
安西 和(のどか):デフォ子。大学二年生。
登場人物
安佐 庵:デフォ男。大学二年生。
安住 晶:ロン毛。大学二年生。
安西 和(のどか):デフォ子。大学二年生。
*
【14時半:アーサー大第二学生寮333号室・安佐庵自室】
「お花見、お花見、らららんらんららんらん…」
「浜村淳のラジオみたいな鼻歌してないで、さっさと掃除済ませようよ…」
自室のベランダで上機嫌に干した布団を叩く庵に、室内で衣替えの手伝いに来ていた晶が呆れ気味に顔をしかめる。
「だって、ののちゃんが来るよ」
「杏奈さんも来るんだよ。楽しみだね…」
一瞬、甘酸っぱい桃色のイメージやら何やらが、二人の脳内を駆けめぐって走り去る。
「しかも、ののちゃん達の先輩がお弁当作って持ってきてくれるっていうし、何か朝から俺落ち着かなくって」
「それは分かったけど、まさかそれを今まで洗濯物を溜め込んでた理由にする気かな?」
「むっ………」
「あのねえ、ウチの学生寮の1階にコインランドリーあるんだから、今度からマメに通うようにしてよ!ったく、何で毎回毎回僕に言われないとやんないのかなあ庵は…言わなかったら延々ストックなくなるまで溜め続けるし…ものぐさってレベルじゃないよ絶対に…」
あんまりにも目に余るような量だったため、あえて外干しせずに乾燥機で乾かした洗濯物を一つ一つ畳んでは積み、畳んでは積みを繰り返しながら、放っておけばよいのについついまた友人の家の片付けをしてしまう自分に、晶は悲哀を感じずにはおれなかった。
その気配を察してか、ベランダで先程まで豪快に響いていた布団叩きの音が小さく控えめな「パン、パン」にボリュームダウンする。
「…よし、畳むの終わり。クローゼットに放り込んでおいたらいい?」
「うん、頼んだ。いっつもありがとな」
「はいはい、今日の飲み物代でチャラにしておいてあげる」
「えーーーー!!?俺今月もう金ない…」
「うん僕も無いよ?なんでだろうね庵君、特にエンゲル係数が酷くて目も当てられない感じ?」
「謹んで全額負担させていただきます」
「分かればよろしい」
風が吹いて、部屋に春特有のぬるんだ風が吹き込む。
微かに鼻をくすぐる、若芽の匂い。高校時代、田舎の田園にほど近かった校舎の登下校ではむせかえるほどの匂いに鬱陶しさすら感じていたが、今はその思い出も遠い。
花びらが散る。
桃色の香気が視線の先で風に揺れて彼方の川下へと消え去るのを、庵はしばし静かに見つめていた。
「春だね」
「そうだな」
窓の下には、もう場所取りの青いビニールシートが点々と敷かれているのが見て取れる。
布団越しにベランダの手すりにもたれかかると、晶も手を休めてベランダへ顔を出す。
こんなに春が待ち遠しかったのは、いつ以来だろう。
「いい顔」
晶の掌が、頭に伸びてくしゃくしゃっと髪をいじくる。
「やめろって」
口ではそう言いながら、顔からは笑みがこぼれる。
今日は良い日になるといいな。
何度でも思い出しては噛み締めたくなるような。
瞼を閉じて、思い浮かべる。
数年前の彼女。
数日前の彼女。
今日会う彼女を思う。描く。
「さ、庵。後台所の電球替えるって言ってなかったっけ?台支えておいてあげるから、済ませてしまおうよ」
「ん、分かった」
待ち侘びる時間が幸せなら、きっと今の俺は、幸せだ。
庵は川下へ下る土手沿いの道をちらと見下ろして、今晩の宴をそっと思い描いた。
*
【15時:瀬賀町三丁目・セガハイツ二〇五号室・安西のどか自室】
「これ…これ…ううんこれか?!…ああ~ピンと来ない…」
インナー姿でかれこれ一時間ほど、のどかは気に入りの上下をあれやこれやと三面鏡の前で合わせてはああだのこうだのと一人芝居を打っていた。
鏡に映るのは頭を抱えた自分、背面のベッドにはうずたかく積み上げられたジャケットやらカットソーやらワンピースやらが無造作に皺を寄せて放り出されたまま。
今日は、昔からの憧れであった人と花見に行く。
そう、他に友達も先輩も他の男の子たちも来るし相手とは年齢も同じなのだから、もっと楽に考えればいいのだろうが、それが出来たらこんなに四苦八苦はしない。
やっぱり、意識してしまう。
考えただけで、顔が紅潮してくる。
『忘れる訳ないよ。だってあれから俺、ずっと…』
こないだ別れた後もしばらく、あの言葉が耳に焼き付いて離れなかった。
どう解釈したらいいのだろう。とびきり自分に都合良く解釈してもいいのかな。
いや、無い。それは無い。そんな自問自答を繰り返すのに疲れて、結局今日まで花見の事を考えるのを止めていたのもまずかったように思う。
張り切る先輩たちのご厚意に甘え、何一つ手伝い出来ていないし。
絶対先輩達は分かってて、極力余計な負担をかけぬよう自分に自由時間を与えてくれているのだ。それなのに、ああそれなのに。
ダメダメ過ぎじゃないか、自分。
「どうしよう、今までろくに男の子と付き合ったことないからわかんないよ…ああっもう~…!」
うー、と膝を抱えて座り込むと、二つ折りのケータイを二・三度開ける→閉じるを繰り返し、ダイヤルボタンを押す。
「………あ、杏奈ちゃん?今時間大丈夫?…良かった、実はかくかくしかじかで…うん、うん、…ごめんね、呼び出したりして…杏奈ちゃん大丈夫?…良かった~…ありがと~、すっごいホッとした…」
ケータイを切ると、適当なシャツとスパッツをはおり、積み上げられた衣類を無視してベッドの端にぐったりと倒れ込む。
普段から衣服でも小物でも何でもセンスの良い杏奈に聞けば、田舎臭さの抜けない自分でも、それなりな格好が出来るだろう。
そう思う事にして、しばし休憩。
彼女は「私だって、田舎モノですよ~」なんて答えて絶対に謙遜するけど、黄金律のようなプロポーションバランスはもとより、立ち居振る舞いからそこはかとなく滲み出る気品は、自分には絶対に出せない。断言できる。…こんなときだけ、非常に羨ましく感じてしまう自分が嫌だ。
今日の宴席の花は、絶対杏奈ちゃんだろうな。
彼は少しだけでも自分の方を見てくれるだろうか。
あの日のように、側で笑ってくれるだろうか。
形を為さない不安だけが、もやもやと胸を覆う。
こんな時だけネガティブな自分が、嫌でたまらない。
いつものように、脳天気でいられたらいいのに…。
あんなに会いたかったのに。
いざその日が来ると、何一つ準備をしてこなかった事に気付かされる。
ずっとああしたいこうしたいって、思ってたのにな…。
「…あ、そうだ!あれ、忘れないようにもっていかないと…」
やおら起きあがると、のどかはベッド脇に置いておいた鞄を手に寝室の小物入れを開いた。
【続く】
【14時半:アーサー大第二学生寮333号室・安佐庵自室】
「お花見、お花見、らららんらんららんらん…」
「浜村淳のラジオみたいな鼻歌してないで、さっさと掃除済ませようよ…」
自室のベランダで上機嫌に干した布団を叩く庵に、室内で衣替えの手伝いに来ていた晶が呆れ気味に顔をしかめる。
「だって、ののちゃんが来るよ」
「杏奈さんも来るんだよ。楽しみだね…」
一瞬、甘酸っぱい桃色のイメージやら何やらが、二人の脳内を駆けめぐって走り去る。
「しかも、ののちゃん達の先輩がお弁当作って持ってきてくれるっていうし、何か朝から俺落ち着かなくって」
「それは分かったけど、まさかそれを今まで洗濯物を溜め込んでた理由にする気かな?」
「むっ………」
「あのねえ、ウチの学生寮の1階にコインランドリーあるんだから、今度からマメに通うようにしてよ!ったく、何で毎回毎回僕に言われないとやんないのかなあ庵は…言わなかったら延々ストックなくなるまで溜め続けるし…ものぐさってレベルじゃないよ絶対に…」
あんまりにも目に余るような量だったため、あえて外干しせずに乾燥機で乾かした洗濯物を一つ一つ畳んでは積み、畳んでは積みを繰り返しながら、放っておけばよいのについついまた友人の家の片付けをしてしまう自分に、晶は悲哀を感じずにはおれなかった。
その気配を察してか、ベランダで先程まで豪快に響いていた布団叩きの音が小さく控えめな「パン、パン」にボリュームダウンする。
「…よし、畳むの終わり。クローゼットに放り込んでおいたらいい?」
「うん、頼んだ。いっつもありがとな」
「はいはい、今日の飲み物代でチャラにしておいてあげる」
「えーーーー!!?俺今月もう金ない…」
「うん僕も無いよ?なんでだろうね庵君、特にエンゲル係数が酷くて目も当てられない感じ?」
「謹んで全額負担させていただきます」
「分かればよろしい」
風が吹いて、部屋に春特有のぬるんだ風が吹き込む。
微かに鼻をくすぐる、若芽の匂い。高校時代、田舎の田園にほど近かった校舎の登下校ではむせかえるほどの匂いに鬱陶しさすら感じていたが、今はその思い出も遠い。
花びらが散る。
桃色の香気が視線の先で風に揺れて彼方の川下へと消え去るのを、庵はしばし静かに見つめていた。
「春だね」
「そうだな」
窓の下には、もう場所取りの青いビニールシートが点々と敷かれているのが見て取れる。
布団越しにベランダの手すりにもたれかかると、晶も手を休めてベランダへ顔を出す。
こんなに春が待ち遠しかったのは、いつ以来だろう。
「いい顔」
晶の掌が、頭に伸びてくしゃくしゃっと髪をいじくる。
「やめろって」
口ではそう言いながら、顔からは笑みがこぼれる。
今日は良い日になるといいな。
何度でも思い出しては噛み締めたくなるような。
瞼を閉じて、思い浮かべる。
数年前の彼女。
数日前の彼女。
今日会う彼女を思う。描く。
「さ、庵。後台所の電球替えるって言ってなかったっけ?台支えておいてあげるから、済ませてしまおうよ」
「ん、分かった」
待ち侘びる時間が幸せなら、きっと今の俺は、幸せだ。
庵は川下へ下る土手沿いの道をちらと見下ろして、今晩の宴をそっと思い描いた。
*
【15時:瀬賀町三丁目・セガハイツ二〇五号室・安西のどか自室】
「これ…これ…ううんこれか?!…ああ~ピンと来ない…」
インナー姿でかれこれ一時間ほど、のどかは気に入りの上下をあれやこれやと三面鏡の前で合わせてはああだのこうだのと一人芝居を打っていた。
鏡に映るのは頭を抱えた自分、背面のベッドにはうずたかく積み上げられたジャケットやらカットソーやらワンピースやらが無造作に皺を寄せて放り出されたまま。
今日は、昔からの憧れであった人と花見に行く。
そう、他に友達も先輩も他の男の子たちも来るし相手とは年齢も同じなのだから、もっと楽に考えればいいのだろうが、それが出来たらこんなに四苦八苦はしない。
やっぱり、意識してしまう。
考えただけで、顔が紅潮してくる。
『忘れる訳ないよ。だってあれから俺、ずっと…』
こないだ別れた後もしばらく、あの言葉が耳に焼き付いて離れなかった。
どう解釈したらいいのだろう。とびきり自分に都合良く解釈してもいいのかな。
いや、無い。それは無い。そんな自問自答を繰り返すのに疲れて、結局今日まで花見の事を考えるのを止めていたのもまずかったように思う。
張り切る先輩たちのご厚意に甘え、何一つ手伝い出来ていないし。
絶対先輩達は分かってて、極力余計な負担をかけぬよう自分に自由時間を与えてくれているのだ。それなのに、ああそれなのに。
ダメダメ過ぎじゃないか、自分。
「どうしよう、今までろくに男の子と付き合ったことないからわかんないよ…ああっもう~…!」
うー、と膝を抱えて座り込むと、二つ折りのケータイを二・三度開ける→閉じるを繰り返し、ダイヤルボタンを押す。
「………あ、杏奈ちゃん?今時間大丈夫?…良かった、実はかくかくしかじかで…うん、うん、…ごめんね、呼び出したりして…杏奈ちゃん大丈夫?…良かった~…ありがと~、すっごいホッとした…」
ケータイを切ると、適当なシャツとスパッツをはおり、積み上げられた衣類を無視してベッドの端にぐったりと倒れ込む。
普段から衣服でも小物でも何でもセンスの良い杏奈に聞けば、田舎臭さの抜けない自分でも、それなりな格好が出来るだろう。
そう思う事にして、しばし休憩。
彼女は「私だって、田舎モノですよ~」なんて答えて絶対に謙遜するけど、黄金律のようなプロポーションバランスはもとより、立ち居振る舞いからそこはかとなく滲み出る気品は、自分には絶対に出せない。断言できる。…こんなときだけ、非常に羨ましく感じてしまう自分が嫌だ。
今日の宴席の花は、絶対杏奈ちゃんだろうな。
彼は少しだけでも自分の方を見てくれるだろうか。
あの日のように、側で笑ってくれるだろうか。
形を為さない不安だけが、もやもやと胸を覆う。
こんな時だけネガティブな自分が、嫌でたまらない。
いつものように、脳天気でいられたらいいのに…。
あんなに会いたかったのに。
いざその日が来ると、何一つ準備をしてこなかった事に気付かされる。
ずっとああしたいこうしたいって、思ってたのにな…。
「…あ、そうだ!あれ、忘れないようにもっていかないと…」
やおら起きあがると、のどかはベッド脇に置いておいた鞄を手に寝室の小物入れを開いた。
【続く】
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