ソフモヒ一人語り。
登場人物
穴輪大輔:ソフモヒ。大学三年生。
*
【17時45分:瀬賀町五丁目五番地・『博多ラーメン伯楽』瀬賀大前店】
「…じゃあおじさん、俺上がりますんで」
「あい、お疲れさん」
今日は早うあがるっていうとったな、とカウンターの中で小太りな店長が福々と笑う。
キャップと店名入りの藍染めエプロンを外すと、大輔は慣れた手つきで無造作に畳んで店奥の粗末なロッカーへ放り込む。
博多にある実家のラーメン屋からのれん分けされた関東第一号店の店長と、大輔は小さい頃からの顔なじみである。
仕事でも何でも厳しい事で有名だった母に弟子入りし、直々に仕込まれ、初めて免許皆伝されたこの実直な店長は温厚で人柄も良く、上京して以降大輔は彼の店でバイトをしながら何かと世話になりっぱなしでいた。
「すんません、忙しいのに無理言って」
「ええって、気にせんね大輔。それより折角だし遊んでこい、な?そこのそれ、持ってけ」
ビールのコンテナ横にあった「それ」を見つけて、大輔は「これ?」と目を丸くする。
「いいんですか?これ高いのに…」
掴み挙げてラベルをしげしげと見つめている大輔に、店長はにこにこと「よかよか」と呟く。
「ボーナス代わりみたいなもんよ。ええか、若いうちに遊んどかんとええ大人になれんぞ」
「…ありがとなおじさん、今度倍働くから」
「気ぃ使わんでええ。博多のおかみさんに怒られるわい。さ、行った行った」
つられて、思わずにっこり笑い返すと駆け足で店を後にする。
集合は六時半。まだ時間に余裕はある。
「さてと」
手にした「それ」=一升瓶を使い古したメッセンジャーバッグに放り込むと、大輔は待ち合わせのアン大前へと向かうため大学町駅前へと小走りに駆け出した。
本当なら自転車を使いたかったが、河川敷の沿道には自転車の置き場がない。石垣や近場の公園には地元の消防団が張り付いていて駐輪規制をしているのも知っているし、瀬賀大生がアン大にチャリを置くのも何となく尻の座りが悪い。まあ、足腰には自信があるからそう苦にはならないが、帰り道が少し気にかかった。
「…ちょっとアパートから遠いんだよな、あそこの桜並木…まあ、いいけどさ」
そう、今日のラッキーに比べれば、そう大したものではない。
昨日、我が身に起こった事をありのままに語るとこうだ。
「クイズ勝負に負けて罰ゲームを覚悟していたら、何故かアン女との合コン花見大会に誘われた」
…何を言っているか分からないと思われるので、簡単に説明する。
先日のクイズ勝負の後、アン大の夏彦というヒゲ白衣の元にアナマリア女学院大のクイズ研究部メンバー(=麻美)から緊急の連絡が舞い込んでいたらしい。
『メンバーが急遽もう一人増えるので、誰かいい人いたらもう一人連れてきて欲しい』という申し出だったそうだ。
何でも、アン大のクイズ研とアン女のクイズ研が同時に発足されるそうで、明日の土曜日はクイズ研合同のささやかな花見大会を催すらしい。
庵「でさ、大輔さんクイズ詳しそうだし、一緒にどうかなと」
大輔「だから「さん」はいいって。かゆいから…。えーと、…俺だけか?」
庵「あー、はい。お連れの方々はお気の毒ですが」
…という訳で、食事は先方の女性陣がお弁当を作って持ってきてくれるとのことなので、何か飲むもの持ってきてくれ、とだけ言われて今に至る。
アン大のクイズ研部長(就任予定)のヒゲ白衣がねぐらにしているという研究室に連行され、おおまかな明日の予定に向けてのミーティング後解放され、深夜安否を尋ねてきた友人にありのままのメールを一斉送信すると、案の定全員が独り身特有の嫉妬とやっかみを交えた応援エールを返信してきた。
『玉砕報告待ってます』『お前まで裏切るとは思わなかった』『ツボ販売に連行へ一万ペリカ』…OK、皆良い奴だ。だが譲らん。
瀬賀大というだけで、実はモテ度が随分下がるご時世である。
硬派というより芋ださいイメージがあるそうで、在学生には大いに不満な所である。…アーサー大の存在も少なからず遠因ではあるのだろうが、今回それには言及すまい。ここ数日の出来事で、自分の中にある「アーサー大=私立のボンボン」という軽薄なイメージが多少揺らいでいるせいでもあるが。
自分は意図的にモテたいとは思わないし、逆にチャラチャラしたナンパな連中は大嫌いだ。
しかし、今回ばかりは勝手が違う。
あの、安城杏奈が来るという。
思えば高校生アカデミッククイズに出場した最後の夏、同じ九州の出身だった長崎代表の中で一番輝いて見えた彼女。
今やアナマリア女学院大の最有力マドンナ(←死語)と再び話す機会が来るとは。
これはちょっと、期待するなと言う方が酷だろう。
俺だって男だ。…いくらゲスト扱いとはいえ、少しくらい夢見たってバチは当たらないはず。そうだろう?
上京して三年目。硬派一辺倒九州男児・穴輪大輔は初めてとも言える甘酸っぱい予感に柄にも無く緊張していた。
【続く】
穴輪大輔:ソフモヒ。大学三年生。
*
【17時45分:瀬賀町五丁目五番地・『博多ラーメン伯楽』瀬賀大前店】
「…じゃあおじさん、俺上がりますんで」
「あい、お疲れさん」
今日は早うあがるっていうとったな、とカウンターの中で小太りな店長が福々と笑う。
キャップと店名入りの藍染めエプロンを外すと、大輔は慣れた手つきで無造作に畳んで店奥の粗末なロッカーへ放り込む。
博多にある実家のラーメン屋からのれん分けされた関東第一号店の店長と、大輔は小さい頃からの顔なじみである。
仕事でも何でも厳しい事で有名だった母に弟子入りし、直々に仕込まれ、初めて免許皆伝されたこの実直な店長は温厚で人柄も良く、上京して以降大輔は彼の店でバイトをしながら何かと世話になりっぱなしでいた。
「すんません、忙しいのに無理言って」
「ええって、気にせんね大輔。それより折角だし遊んでこい、な?そこのそれ、持ってけ」
ビールのコンテナ横にあった「それ」を見つけて、大輔は「これ?」と目を丸くする。
「いいんですか?これ高いのに…」
掴み挙げてラベルをしげしげと見つめている大輔に、店長はにこにこと「よかよか」と呟く。
「ボーナス代わりみたいなもんよ。ええか、若いうちに遊んどかんとええ大人になれんぞ」
「…ありがとなおじさん、今度倍働くから」
「気ぃ使わんでええ。博多のおかみさんに怒られるわい。さ、行った行った」
つられて、思わずにっこり笑い返すと駆け足で店を後にする。
集合は六時半。まだ時間に余裕はある。
「さてと」
手にした「それ」=一升瓶を使い古したメッセンジャーバッグに放り込むと、大輔は待ち合わせのアン大前へと向かうため大学町駅前へと小走りに駆け出した。
本当なら自転車を使いたかったが、河川敷の沿道には自転車の置き場がない。石垣や近場の公園には地元の消防団が張り付いていて駐輪規制をしているのも知っているし、瀬賀大生がアン大にチャリを置くのも何となく尻の座りが悪い。まあ、足腰には自信があるからそう苦にはならないが、帰り道が少し気にかかった。
「…ちょっとアパートから遠いんだよな、あそこの桜並木…まあ、いいけどさ」
そう、今日のラッキーに比べれば、そう大したものではない。
昨日、我が身に起こった事をありのままに語るとこうだ。
「クイズ勝負に負けて罰ゲームを覚悟していたら、何故かアン女との合コン花見大会に誘われた」
…何を言っているか分からないと思われるので、簡単に説明する。
先日のクイズ勝負の後、アン大の夏彦というヒゲ白衣の元にアナマリア女学院大のクイズ研究部メンバー(=麻美)から緊急の連絡が舞い込んでいたらしい。
『メンバーが急遽もう一人増えるので、誰かいい人いたらもう一人連れてきて欲しい』という申し出だったそうだ。
何でも、アン大のクイズ研とアン女のクイズ研が同時に発足されるそうで、明日の土曜日はクイズ研合同のささやかな花見大会を催すらしい。
庵「でさ、大輔さんクイズ詳しそうだし、一緒にどうかなと」
大輔「だから「さん」はいいって。かゆいから…。えーと、…俺だけか?」
庵「あー、はい。お連れの方々はお気の毒ですが」
…という訳で、食事は先方の女性陣がお弁当を作って持ってきてくれるとのことなので、何か飲むもの持ってきてくれ、とだけ言われて今に至る。
アン大のクイズ研部長(就任予定)のヒゲ白衣がねぐらにしているという研究室に連行され、おおまかな明日の予定に向けてのミーティング後解放され、深夜安否を尋ねてきた友人にありのままのメールを一斉送信すると、案の定全員が独り身特有の嫉妬とやっかみを交えた応援エールを返信してきた。
『玉砕報告待ってます』『お前まで裏切るとは思わなかった』『ツボ販売に連行へ一万ペリカ』…OK、皆良い奴だ。だが譲らん。
瀬賀大というだけで、実はモテ度が随分下がるご時世である。
硬派というより芋ださいイメージがあるそうで、在学生には大いに不満な所である。…アーサー大の存在も少なからず遠因ではあるのだろうが、今回それには言及すまい。ここ数日の出来事で、自分の中にある「アーサー大=私立のボンボン」という軽薄なイメージが多少揺らいでいるせいでもあるが。
自分は意図的にモテたいとは思わないし、逆にチャラチャラしたナンパな連中は大嫌いだ。
しかし、今回ばかりは勝手が違う。
あの、安城杏奈が来るという。
思えば高校生アカデミッククイズに出場した最後の夏、同じ九州の出身だった長崎代表の中で一番輝いて見えた彼女。
今やアナマリア女学院大の最有力マドンナ(←死語)と再び話す機会が来るとは。
これはちょっと、期待するなと言う方が酷だろう。
俺だって男だ。…いくらゲスト扱いとはいえ、少しくらい夢見たってバチは当たらないはず。そうだろう?
上京して三年目。硬派一辺倒九州男児・穴輪大輔は初めてとも言える甘酸っぱい予感に柄にも無く緊張していた。
【続く】
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