「集合中です」その01。
*
時は巡る。
否応無しに、様々な思いを綯い交ぜにしながら。
「晶、ちゃんと台持ってる?支えてる?離すなよ、絶対離すなよ」
「持ってるから!(…たく、高い所苦手なのに無理して…代わりにやるって言ったのに…)」
「よっよっ、よしよし、頑張るぞー…(グラッ…)ひいい!」
「見てられない…」
大樹にもまた若芽の時があるように。一滴の雫がいつしか大河となるように。
人と人の触れ合う間にもまた、小さな種がこぼれ、それはいつしか小さな芽を結び、枝葉を空に向かって伸ばすだろう。
「杏奈ちゃーん、これどう思う?」
「うん、いいんじゃないかな?これでいってみようよ」
「よし、決まり!」
喜びが悲しみを呼ぶように、嘆きは癒しを引き寄せる。
怒りが悲劇を呼ぶならば、とめどなく流れる時間を慈しむ思いは、何をここに呼ぶのだろう。
「すみません、結局お昼ごちそうになってしまって」
「いーのよ敦君、遅くなっちゃったし、お弁当の余りでごめんなさいね。それに夏彦さん、何でも「美味い!」としかコメントしないから味見役が欲しかったし」
「本当の事じゃないですか麻美さん!」
「ふふふ…(先輩たち、仲良いなあ…)」
思いが枝葉になる。絡み合い、互いに寄り添い、縛りつける。
いつしか、それは大きな大樹に変わる。
その日が来た時、今日の瞬きのような瞬間を振り返り思う時、僕らはどんな場所に立っているだろう…。
*
【18時30分・アーサー国際大学正門前】
「早く来すぎたかな…」
週末の夕暮れ。川沿いの桜並木が近い事もあり、アン大前はコンビニ袋やジュースを手にした人のさざ波で込み入り始めていた。
親子連れ、会社帰りの既に出来上がっているリーマンの団体、到着前から大声を挙げてハイテンションなどこかの大学生サークルの集団…。
待ち合わせ指定場所で、不安げに行き交う人を横目に見ながら、のどかと杏奈はおちつかなさげに周囲を窺う。
ふとアン大正門を見上げると、分厚い門の上、外灯に絡むようにして、口の裂けた鉄製の黒獅子が威嚇するかのように牙と細い舌を剥き出しにしてこちらを見下ろしていた。背中には悪魔のようなこうもりの羽までご丁寧についている。
西洋風なのは聞いていたが、時間帯が時間帯なだけに、思わずぎょっとしてしまう。
「うわー、何だろうあれ…ねえ杏奈ちゃん、門の上、木陰で見にくいけど、なんか変な像が飾ってあるよ」
「ああ、あれ?…何でしょうねぇ、西洋の狛犬みたいなのかと思ってたけど、何だか悪魔みたい…」
「あー…幸先悪いなあ…考えすぎって分かってても、何だか見つけるタイミング悪いし…」
「ほらほら落ち込まないの。今日は待ちに待った日なんでしょう?」
「そうだけど…」
「お待ち」
背面から声をかけられ、振り返ると笑顔の庵と晶が。
気が逸れていたせいで不用意にびくっと身をこわばらせたのどかに、反射的に「あ、ごめん」と庵は頭を下げる。
「驚かせた?」
「え?あ、ゴメン!こっちこそ」
のどかが紅潮した顔を隠すように両手を振ると、庵は苦笑い気味に顔を掻いた。
「ごめんな遅くなって」
「庵がやけにぐずぐずしてたからねぇ」
どことなく含んだ言い方の晶の脇腹に、庵の幻の右肘がクリーンヒットする。
「ぶごっ!…ちょ、せっかく色々指南してあげたのにそれなの?ねえそれなに?」
「うるさいよ晶君。うるさいよ」
「うっわー…むかつく~付き合い長くなかったら絶対縁切りしてるよ!」
「うるさいよ!大事な事だから三回言っといたから」
腹を抱えてまだ何か言いたげに顔をしかめる晶を、杏奈が「まあまあ」となだめると途端に彼の表情が爽やかにほころぶ。
「杏奈さん今晩和。今日もお綺麗ですね」
「まあ、有り難うございます…」
上品なワンピース姿の杏奈の横にそれとなく並ぶ晶を横目に、庵の視線がのどかに向けられる。
アンサンブルニットにスカート姿の彼女を見て、「可愛いね」と庵がにっこり微笑むと、のどかはうつむいてより一層頬を真っ赤に染めた。
「あ、ああ、ありがと…」
「どしたの?…俺なんか変な事言ったかな…」
「ん、ううん!全然!…その、嬉しいなと思って」
「あ…そ、そっか。良かった」
「(…ふーん、良さそうじゃないの…)」
「(…良かったですね、ののちゃん。頑張って…)」
雑談に興じ始めていた晶と杏奈は、互いにもじもじする庵とのどかを互いに我知らず、温かくみつめていた。
*
「さっき、あれなんだろうって言ってたの」
正門上の怪物像を指差すと、庵は「ああ、ケルベロスかあ」と即答した。
「ケルベロス?」
「冥界の番犬ですか?」
「杏奈さん、お詳しいですね。その通りです」
庵が「そうだよ」と言う前に、すかさず晶の合いの手が入る。
「ケルベロス知らない?ののちゃん」
「あ、うん…ごめん庵君」
「いやいや、いいのいいの。だってこんな彫像、普通の大学には置かれてないし」
「せいぜい二宮尊徳のあれくらいだよね」
「だな晶。…ケルベロスはギリシア神話に出てくる冥界の神ハーデスの番犬だよ。名前の意味は【底無し穴の霊】で地母神ガイアの息子テュポンと怪物の母神エキドナの息子さん。一杯頭のある化け物って話だけど、普通は頭が三つで竜の尾に蛇のたてがみを持った犬だか獅子だかの格好で描かれる事が多いって。番犬だから冥界に来る魂には優しいけど、脱走しようとする魂は喰っちゃうんだってさ。おっかないね」
「庵君すっご…」
つるっとそこまで描写出来ますか、とのどか感心している横で、杏奈も「そうなんですか~」と相槌を打つ。
「私、ヘラクレスのお話くらいでしか名前を聞いた事なかったんで、そこまでは知りませんでした」
「いや、庵は普段からこんなんですから。マニアックと常識の区別がまだあんまりついてないよね」
「ありゃ、またやっちゃったかな?すまんこってす(; ´ω`)」
ちくりと釘を刺されて、庵は苦笑いで冷や汗をかく。
「あ、いえいえ勉強になりますから。お気になさらず」
「杏奈さん、神話とか読まれるんですか?」
「ええ晶さん、私は国文科ですけど西洋の文学も好きな著書が多いんです。古代神話もそうですけど、歴史小説も大好きですよ」
「へー…」
でれっと鼻の下を伸ばす晶に、「自分だって顔ゆるみっぱなしじゃん…」と、口には出さないが顔をしかめる庵であった。
【続く】
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