「集合中です」その02。
*
「でもなんで、門の上にその…ケルベロス?がいるの?」
不思議そうに見上げるのどかに、庵は「それなら」と口を開く。
「…前に学長に尋ねたら、真面目な生徒の守り神代わりだよ~、みたいなこと言ってたな。後は中退避けの気休めなんじゃない?ガッコ辞めようとすると喰われちゃうんだぜ、きっと」
「ウチの学校、他にも至る所に神像が建ってるよね」
「うんうん、でもって全部学長の好きなギリシャ神話関連の像ばっかだって。オリュンポスの十二神以外にもここのケルベロスとか噴水のプロメテウスとか、後は別棟と本館の連絡通路のど真ん中に立ってるテミス像とかね。学長こういうスピリチュアルなものが大好きだから」
「ふ~ん…たしか、アン大の学長先生って脳科学の権威でしょう?何か意味が…」
「ない。ぶっちゃけないんだって(笑)!単なる趣味だよ~って笑ってたし」
「門の上ならともかく、往来に像があると正直邪魔なんだよね、実は…」
「おう」
「お待たせ~」
野太い声と涼やかな淑女の声音に四人が振り返ると、全員その場でぎょっと目を剥く。
「ありゃ?」
「先輩その、隣の」
「朝宮先輩のお連れって…」
「アン大のリーダーさんだったんですか?!」
男性陣は主に麻美の美貌と珍しくポロシャツスラックスとカジュアルな装いの夏彦への違和感に、女性陣は麻美が言っていた「知り合い」の正体に目を丸くしていた。
「えええ?!ヒゲ先輩、じゃあ昨日言ってた頭の上がらないアン女の知り合いって…」
「おい安佐!」
「あ…やっべ」
庵の失言に顔をしかめる夏彦に、麻美は口元に余裕の微笑を浮かべて「あらやだご挨拶だこと~」と夏彦を見上げる。
「夏彦さん、仮にも妹なんだからもっとうち解けてくださったらいいのに♪」
「いもうとぉぉぉおお!!!?」
「義理の、だ!!」
麻美以外の全員から即座に同様の反応を返され、酒席前から一瞬で耳まで真っ赤になって叫ぶ夏彦の傍らで、麻美はクスクスと笑いを堪える。
「な、何が可笑しいですか」
「ウフフ…いいえ、ごめんなさいね。あんまり皆が予想通りの反応してくれるものだから。こんばんわ、私は朝宮麻美よ。今日はよろしくね」
「麻美先輩、いつから安藤さんとお知り合いに…」
「それは…そうねぇののちゃん、お花見の時にでも話してあげるわ。これと一緒に、後のお楽しみにね」
麻美が手に抱えていた風呂敷包みのお重を掲げて見せると、全員おおっ、と色めき立った。
「すっごーい、五段くらいありますよ?麻美先輩本格的ですね~」
「和風と見せかけて中身は和洋折衷だからね。期待していただいて結構よ~」
「楽しみ~(* ´ω`)」
満面笑顔な庵に、両手一杯にエコバックを提げた夏彦がそっと「持ってやんな」とあごをしゃくる。
「お前背中のリュックくらいじゃないか。手が空いてるなら、代わりに」
「大丈夫よ夏彦さん、私慣れてるから」
「構わんですよ。俺が持てたら良かったんですが、注文してたモノだけで両手が塞がるとは思わなかったもんでして…」
「お待たせしました~」
「おっ、敦思ったより早かったな」
「あ、はい!スーツから私服に着替えるだけでしたから」
スプリングジャケットとロングTシャツ、ジーパン姿の敦は、駆け寄るとすかさず「僕持ちますね」と麻美のお重に手を差し出し、自然に受け取る。
「まあ、ありがと~」
「いえ、僕手ぶらになっちゃったんで」
「優しいんですね~…」「あ、いえ杏奈さんそれほどでも…」
「でも重たくない?だいじょぶ?」「あ、はい。実家じゃあこのくらいの荷物いつも上げ下げに配達してましたから」
「実家、酒屋さんなんだっけ?偉いわね。こちらも身軽になったし、ありがとね敦君」
「い、いえ、こちらこそ…」
美女三人に代わるがわる褒められて、俯いて頬を染める敦に、うんうんと、無言で頷く夏彦。その傍らに立ち尽くす男二人。
「(き、気配り名人…)」「(敦は天然で人がいいから…)」
敦の人徳が前面に出ただけとは分かっていながら、何となく女性陣の好感触な視線を集める敦に羨ましさを感じてしまう庵と晶であった。
「で、手ぶらになったたぁどうしたんだ?敦」
夏彦に問われて、敦は「それはですね」と口を開く。
「途中で茜さんに会いまして、知り合いに場所取りしてもらってて、そこへ実家から取り寄せた『とっておき』を持って行く所だからって、バイクでついでに運んでいただいたんです。丁度敷物が欲しかったそうなんで、お言葉に甘えさせていただきました」
「バイク置くところなんかあるのかね?あそこの河川敷、いつも駐輪規制してるが…」
「それが、茜さんの実家は僕と同じで酒屋さんだそうで、しかも日本全国の飲酒店組合に顔の利くような方なんだそうです。それで、ここの自治会の会長をしてらっしゃる知り合いの酒屋の店長さんにお願いして、駐輪の許可もいただいてるとか」
「ほおー、流石ボーイッシュと言ってもアン女だな…ああ見えて、結構なお嬢さんだったのか」
「あら、茜ちゃんはウチのサークル内では、多分一番のお嬢様よ。江戸から続く東北一の老舗の一人娘ですもの」
「(あれで!)」「(伝統的な酒造りの家でボクっ子…)」
イメージのギャップに苦しむ庵と晶の背後に、「遅くなった」と不機嫌そうな低い声が響く。
「おっ、大輔さん来た来た」
「大丈夫ですよ、丁度集まったとこ…」
と、何気なく振り返って、まず異様なほどに不機嫌な大輔の強面に庵は「ヒッ」と仰け反った。
「ど、どしたんですか大輔さん…」
おそるおそる問いかける晶に、大輔は無言のまま自分の背後を親指で指し示す。
「こ~んば~んわ~~~!!!キャー!生アンアンとアッキーだよぉ~!!サインサイン~♪代わりにアイアイのサインあげるね~は~い」
…初対面で即名指し・即握手・即サイン攻めというのは庵・晶共に高校生時代に体験済みではあるが、即サイン交換、というのは初めてである。
とりあえず、有無を言わさぬ雰囲気なので色紙にサラサラと互いの名前を書き連ねてお返しすると、代わりに何と書いてあるのか全く分からない丸っこい筆跡を中心に、☆と♪とハートマークがこれでもかと言うほどにちりばめられたカオスかつ目に痛い蛍光ピンクとイエローでみっしりと敷き詰められたサイン色紙を一人一枚ずつ受け取る。
今まで、有名人のサイン色紙は何度かもらった事がある庵ですら、顔をしかめるほどに派手派手で目に優しくないサイン色紙に絶句している。
「わ~いありがと~だよ~!コレで有名人の色紙十枚目だよぉ~」
はちきれんばかりの笑顔で二人のサイン色紙を喜ぶツインテールの少女に、思わず庵と晶は互いの顔を見合わせ、大輔の渋面を見つめる。
「あの」「この子は、まさか大輔さんのいもう…」
「宇宙人だ」
それだけ答えると、後は不機嫌を絵に描いたような面持ちで俯いて黙りこくってしまった。
「う、うちゅうじんって…」
「そうだよ失礼だよ~?アイアイはアイドルだよ~って、さっきから教えてあげてるのに~」
苦笑混じりに問い返した庵は、口を挟んできたツインテール少女・アイアイの顔と容姿を見て「アイドル?!」と思わず奇声をあげてしまう。
「………ウチの、サークルの藍子ちゃんです」
「………ご、ごめんなさいね、なんだか、早速そちらの方にご迷惑おかけしてしまったようで…」
「え、じゃあ…」
何だか非常にバツが悪そうにしているのどかと杏奈に続けて、麻美も冷や汗混じりに口を開く。
「最初は仕事があるからダメだろうと思ってたんだけど、昨日いきなり都合ついたみたいで。そのせいでバタバタさせてしまってごめんなさいね。…ああ、彼女は相田藍子。聞いた事あるかしら?駆け出しの現役女子大生アイドルなのよ」
「…本当にアイドルだったのか…」
「なぁんか言った?」
口を尖らせる藍子から顔を背けると、大輔は「別に」と吐き捨てる。
「(険悪だ…)」
「(というか、てっきり小学生かと…)」
微妙な表情で険悪な大輔と藍子を見つめていた庵と晶の心中を察したのか、麻美は「これで全員集まったかな?」と手を二回、パンパンを叩いてことさら大きな声で呼びかける。
「それじゃあ、会場で茜ちゃんがお待ちかねよ。さ、行きましょ」
麻美の鶴の一声で、全員ひとまず並んでその場を後にした。
【宴席に続く】
「でもなんで、門の上にその…ケルベロス?がいるの?」
不思議そうに見上げるのどかに、庵は「それなら」と口を開く。
「…前に学長に尋ねたら、真面目な生徒の守り神代わりだよ~、みたいなこと言ってたな。後は中退避けの気休めなんじゃない?ガッコ辞めようとすると喰われちゃうんだぜ、きっと」
「ウチの学校、他にも至る所に神像が建ってるよね」
「うんうん、でもって全部学長の好きなギリシャ神話関連の像ばっかだって。オリュンポスの十二神以外にもここのケルベロスとか噴水のプロメテウスとか、後は別棟と本館の連絡通路のど真ん中に立ってるテミス像とかね。学長こういうスピリチュアルなものが大好きだから」
「ふ~ん…たしか、アン大の学長先生って脳科学の権威でしょう?何か意味が…」
「ない。ぶっちゃけないんだって(笑)!単なる趣味だよ~って笑ってたし」
「門の上ならともかく、往来に像があると正直邪魔なんだよね、実は…」
「おう」
「お待たせ~」
野太い声と涼やかな淑女の声音に四人が振り返ると、全員その場でぎょっと目を剥く。
「ありゃ?」
「先輩その、隣の」
「朝宮先輩のお連れって…」
「アン大のリーダーさんだったんですか?!」
男性陣は主に麻美の美貌と珍しくポロシャツスラックスとカジュアルな装いの夏彦への違和感に、女性陣は麻美が言っていた「知り合い」の正体に目を丸くしていた。
「えええ?!ヒゲ先輩、じゃあ昨日言ってた頭の上がらないアン女の知り合いって…」
「おい安佐!」
「あ…やっべ」
庵の失言に顔をしかめる夏彦に、麻美は口元に余裕の微笑を浮かべて「あらやだご挨拶だこと~」と夏彦を見上げる。
「夏彦さん、仮にも妹なんだからもっとうち解けてくださったらいいのに♪」
「いもうとぉぉぉおお!!!?」
「義理の、だ!!」
麻美以外の全員から即座に同様の反応を返され、酒席前から一瞬で耳まで真っ赤になって叫ぶ夏彦の傍らで、麻美はクスクスと笑いを堪える。
「な、何が可笑しいですか」
「ウフフ…いいえ、ごめんなさいね。あんまり皆が予想通りの反応してくれるものだから。こんばんわ、私は朝宮麻美よ。今日はよろしくね」
「麻美先輩、いつから安藤さんとお知り合いに…」
「それは…そうねぇののちゃん、お花見の時にでも話してあげるわ。これと一緒に、後のお楽しみにね」
麻美が手に抱えていた風呂敷包みのお重を掲げて見せると、全員おおっ、と色めき立った。
「すっごーい、五段くらいありますよ?麻美先輩本格的ですね~」
「和風と見せかけて中身は和洋折衷だからね。期待していただいて結構よ~」
「楽しみ~(* ´ω`)」
満面笑顔な庵に、両手一杯にエコバックを提げた夏彦がそっと「持ってやんな」とあごをしゃくる。
「お前背中のリュックくらいじゃないか。手が空いてるなら、代わりに」
「大丈夫よ夏彦さん、私慣れてるから」
「構わんですよ。俺が持てたら良かったんですが、注文してたモノだけで両手が塞がるとは思わなかったもんでして…」
「お待たせしました~」
「おっ、敦思ったより早かったな」
「あ、はい!スーツから私服に着替えるだけでしたから」
スプリングジャケットとロングTシャツ、ジーパン姿の敦は、駆け寄るとすかさず「僕持ちますね」と麻美のお重に手を差し出し、自然に受け取る。
「まあ、ありがと~」
「いえ、僕手ぶらになっちゃったんで」
「優しいんですね~…」「あ、いえ杏奈さんそれほどでも…」
「でも重たくない?だいじょぶ?」「あ、はい。実家じゃあこのくらいの荷物いつも上げ下げに配達してましたから」
「実家、酒屋さんなんだっけ?偉いわね。こちらも身軽になったし、ありがとね敦君」
「い、いえ、こちらこそ…」
美女三人に代わるがわる褒められて、俯いて頬を染める敦に、うんうんと、無言で頷く夏彦。その傍らに立ち尽くす男二人。
「(き、気配り名人…)」「(敦は天然で人がいいから…)」
敦の人徳が前面に出ただけとは分かっていながら、何となく女性陣の好感触な視線を集める敦に羨ましさを感じてしまう庵と晶であった。
「で、手ぶらになったたぁどうしたんだ?敦」
夏彦に問われて、敦は「それはですね」と口を開く。
「途中で茜さんに会いまして、知り合いに場所取りしてもらってて、そこへ実家から取り寄せた『とっておき』を持って行く所だからって、バイクでついでに運んでいただいたんです。丁度敷物が欲しかったそうなんで、お言葉に甘えさせていただきました」
「バイク置くところなんかあるのかね?あそこの河川敷、いつも駐輪規制してるが…」
「それが、茜さんの実家は僕と同じで酒屋さんだそうで、しかも日本全国の飲酒店組合に顔の利くような方なんだそうです。それで、ここの自治会の会長をしてらっしゃる知り合いの酒屋の店長さんにお願いして、駐輪の許可もいただいてるとか」
「ほおー、流石ボーイッシュと言ってもアン女だな…ああ見えて、結構なお嬢さんだったのか」
「あら、茜ちゃんはウチのサークル内では、多分一番のお嬢様よ。江戸から続く東北一の老舗の一人娘ですもの」
「(あれで!)」「(伝統的な酒造りの家でボクっ子…)」
イメージのギャップに苦しむ庵と晶の背後に、「遅くなった」と不機嫌そうな低い声が響く。
「おっ、大輔さん来た来た」
「大丈夫ですよ、丁度集まったとこ…」
と、何気なく振り返って、まず異様なほどに不機嫌な大輔の強面に庵は「ヒッ」と仰け反った。
「ど、どしたんですか大輔さん…」
おそるおそる問いかける晶に、大輔は無言のまま自分の背後を親指で指し示す。
「こ~んば~んわ~~~!!!キャー!生アンアンとアッキーだよぉ~!!サインサイン~♪代わりにアイアイのサインあげるね~は~い」
…初対面で即名指し・即握手・即サイン攻めというのは庵・晶共に高校生時代に体験済みではあるが、即サイン交換、というのは初めてである。
とりあえず、有無を言わさぬ雰囲気なので色紙にサラサラと互いの名前を書き連ねてお返しすると、代わりに何と書いてあるのか全く分からない丸っこい筆跡を中心に、☆と♪とハートマークがこれでもかと言うほどにちりばめられたカオスかつ目に痛い蛍光ピンクとイエローでみっしりと敷き詰められたサイン色紙を一人一枚ずつ受け取る。
今まで、有名人のサイン色紙は何度かもらった事がある庵ですら、顔をしかめるほどに派手派手で目に優しくないサイン色紙に絶句している。
「わ~いありがと~だよ~!コレで有名人の色紙十枚目だよぉ~」
はちきれんばかりの笑顔で二人のサイン色紙を喜ぶツインテールの少女に、思わず庵と晶は互いの顔を見合わせ、大輔の渋面を見つめる。
「あの」「この子は、まさか大輔さんのいもう…」
「宇宙人だ」
それだけ答えると、後は不機嫌を絵に描いたような面持ちで俯いて黙りこくってしまった。
「う、うちゅうじんって…」
「そうだよ失礼だよ~?アイアイはアイドルだよ~って、さっきから教えてあげてるのに~」
苦笑混じりに問い返した庵は、口を挟んできたツインテール少女・アイアイの顔と容姿を見て「アイドル?!」と思わず奇声をあげてしまう。
「………ウチの、サークルの藍子ちゃんです」
「………ご、ごめんなさいね、なんだか、早速そちらの方にご迷惑おかけしてしまったようで…」
「え、じゃあ…」
何だか非常にバツが悪そうにしているのどかと杏奈に続けて、麻美も冷や汗混じりに口を開く。
「最初は仕事があるからダメだろうと思ってたんだけど、昨日いきなり都合ついたみたいで。そのせいでバタバタさせてしまってごめんなさいね。…ああ、彼女は相田藍子。聞いた事あるかしら?駆け出しの現役女子大生アイドルなのよ」
「…本当にアイドルだったのか…」
「なぁんか言った?」
口を尖らせる藍子から顔を背けると、大輔は「別に」と吐き捨てる。
「(険悪だ…)」
「(というか、てっきり小学生かと…)」
微妙な表情で険悪な大輔と藍子を見つめていた庵と晶の心中を察したのか、麻美は「これで全員集まったかな?」と手を二回、パンパンを叩いてことさら大きな声で呼びかける。
「それじゃあ、会場で茜ちゃんがお待ちかねよ。さ、行きましょ」
麻美の鶴の一声で、全員ひとまず並んでその場を後にした。
【宴席に続く】
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