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ゲーム二次創作中心ブログ。 更新まったり。作品ぼちぼち。

黒い来訪者。
その日夜遅く。
時刻は既に十一時を回り、周囲は水の音と月明かりでしんしんと静まり返った田舎の夜更け。

出歩く者もなく、人気もない、街灯がまばらにぽつんぽつんと立つ町の車道を、とろとろと白いワゴンが家路を戻っていた。
ワゴンの後部扉左右には「阿南酒造」の文字。
彼らは酒造組合の集会で隣県から帰宅の途に付いていた跡取りの従兄弟夫婦であった。

「遅くなったね~」
「そうねえあなた~。何だか、帰る前に電話したら家に有名人が来てるって。明日自慢のビデオ見せて話するんだって。おじさん張り切ってたわあ」
「おやまあ、とするとあっちゃんの言ってた大学の先輩かねえ」
「じゃないかなあ。ねえあなた、サインもらっちゃおうかしらねえ。拝んでたら賢くならないかしら」
「んだんだ」
他の親戚にも教えてやった方がいいかね、などと呑気に話していたそのとき。

見慣れた自宅の白壁と太い柱の門構えの前、通用門の表札下あたりに見なれぬ黒い影が。
人物なのはシルエットで見て取れるが、全身黒レザーのライダースジャケットに黒革のブーツ。
表情はヘルメット着用の上に手に持ったケータイに視線を落としているため窺い知る事は出来ないが、見るからに酒屋には縁の無さそうなスタイルである。

しかし、その肢体は遠目から見ても均整が美しい。

夫がおおっ、と見とれている隣で、妻もおやまあ、と息を飲む。
肉付きは薄いが、ジャケットの下でも分かる引き締まった肉体。
形の良いバストに滑らかな腰のくびれ。
若干胸元が寂しい事を差し引いても、全身から漂わせている精悍さと若さが放つ色香が一瞬夫婦の目を釘付けにする。
脇に停車している大型バイクも流線型のラインが美しいカワサキ製の新車。
まだボディの光沢が艶やかだ。
牧歌的な田舎の風情にはなんともミスマッチな都会風情の女性が一人、門の前で何をしているものか。
まさか、こんな夜更けに全身ぴっちりと黒レザーを着込んだ若い女性が日本酒くれとバイクを走らせ、酒屋の門を叩きはすまい。

「あのう」
車に乗ったまま、窓を開け助手席の妻が女性に声をかける。
女性はびくっ、と身をこわばらせたが、「はい」と一応の返事を返す。

「何かウチに御用ですか?」
「あー…えっと、その……どうしよっかなあ…」
何か言いたげなようだが、ヘルメットのせいで声がくぐもる上に、車のアイドリング音で相手のためらいがちな声は聞き取りづらい。
「もし宜しければ、ヘルメット取っていただけませんか?声が良く聞こえないんですが…」
「え?あ、はい…すみません」
慣れた手付きで、女性はヘルメットを脱ぎバイクのハンドルに引っ掛ける。

中から出てきた、やや目尻の上がったベリーショートの美女に夫妻は二度驚いておおっ、と目を丸くした。

「おやまあ」「えらいべっぴんさんが」
「そ、そんな事ないっすよ」
女性は困惑しながらも、頬を染めて微笑む。
「それで、こんなとこでどうしたんです?」
「あの、実は友人の家に行こうとしたんですが都合が悪くなってしまって…それで、その友人の紹介でこちらに来たんですが…」
「ほうほう」「それはまた」
「ここ、阿南酒造さんでよろしいんですよね?夜分遅くに申し訳ないのですが、御主人に取次いでいただけないでしょうか?出来れば、御子息の敦さんにも。…ぼk…、いえ私は」
「おかえりなさーい、お兄さん、お姉さん」
女性が何ごとか言いかけたそのとき、敦が通用門をかたり、と開けて顔を覗かせた。

「もう裏手の駐車場、鎖外しておいたんで入れま…って、あれ?あなたは…?」
敦と女性は互いの顔を見合わせたとたん、互いに指差して「あっ」と目を見開いた。

「おおっ、いたっ!悪ぃ、久しぶりでいきなり押し掛けて」
「茜さん!?茜さんじゃないですか!なんでここに?!」
「麻美とお前んとこのヒゲに聞いてここまで来たんだ!頼む、一生のお願いだ、少しの間だけでいいからかくまってくれ!」
「ええっ?え、ええええ!?どういう事ですか?!」
困惑する敦に、女性=茜はいつにない真剣な面持ちで「頼む!」と頭を下げた。

*

午前様まであと数分に差し迫った二十日深夜。
普段なら既に電気を落として寝入っている時間のはずが、昨日今日と阿南家では夜遅くまで明かりがともっていた。昨日は突然訪れた東京からの大学生三人の部屋が、そして今日は客間が。

客間には、床の間を背にこの家の主人がでん、と座布団に座して構え、向かい合う形で、茜がライダー姿のままそれなりに身なりをただし、背筋を伸ばし正座で対峙していた。
主人の繁の傍には、先程の従兄弟夫婦が困惑顔で控え、茜の背後には困り顔の敦と寝入っていたのを叩き起こされた庵たち三人の姿が。
大輔が目尻に普段の三割り増し以上皺を寄せて目を細めているのは、急ぎ呼ばれたためにコンタクトをつけられなかったためである。ここに来る迄に、三度壁やら柱やらに顔を打ち付け、若干鼻が赤くなっている。
当初、敦には庵が呼んだのかと思われたが、庵も他二人も茜に声をかけた覚えがない。
三人にとっても、突然の来訪に変わりなかったのだ。
「一体何が」
「起こってるんだか」
寝ろ寝ろと言われた小学生の末っ子たちまでも、こっそりと布団から抜け出し、隣の部屋で耳をそばだてていた。

「お茶持ってきましたよ」
障子を開けて、敦の姉が客間に茶を運ぶ。冷たく冷えた麦茶のグラスを前に、皆家主の言葉を待った。

「それじゃお前さんも、敦の知り合いかね」
「はい、阿南さん。大学のサークルで、こちらの息子さんである敦さんや、そちらのご友人の方たちと知り合いまして…紹介遅れまして申し訳有りません。
私は、茜坂杏子と申します。
抜き差しならない事情で、こちらの敦さんを頼って参りました次第です」
そこまで一息に言い、茜は畳の目に手を揃え、深々と繁に一礼する。

「ああ、いい、いい。気を遣わんでよろしい。ところで短刀直入に尋ねるが…一体、その抜き差しならない用事とはなんだね?」
「実は…その…」
繁を前に、何故かもじもじと言い淀む茜の姿に背後で控える三人も「どしたのかな」と囁きあう。
すると、腹をくくったのか、茜は繁に向き直り再び背筋をぴん、と伸ばした。

「大学辞めて、結婚しろと迫られています」

「ほえええええぇええ!?」
「ショート先輩が!?」
「つか、なる相手がいたのかよ!?」

「うっせえぞコラア!特にそこの九州人黙れコラッ!…っとっと、こほん」
一瞬お下品な言葉使いをした自分を即座に恥じ、茜はコホン、と可愛く咳払いをすると言葉を続ける。

「実は…うちの実家も酒造を営んでいまして」
「ほお、ふむふむ」
「私の父は気が弱くてお人好しなもんだから、知人や古い友人の誘いやお願いを断れないような人で、その上、どれだけ不満を感じても、ちょっと怒鳴られると何も言い返せない、蚤の心臓持ち…そんな気の弱さが祟っていつもいつも胃が痛い、胃が痛い、と連呼してたのですが…」
「ふむ…」
「去年の秋に、胃に出来た良性ポリープの除去手術で入院してからずっと、本当は自分はガンなんだ、不治の病だと思い込んで、退院してからずっと私に早く結婚してくれ、孫の顔見せてくれと…」
「それはお前さん、嫌なのかい?」

「私は、まだ大学でやり残した事がありますから。まだ後一年、結果が出せていませんので」

繁の問いに、茜は迷いなくきっぱりと答える。

「日本酒の造り酒屋はどこでもだと思いますが、最近の発泡酒や焼酎のブームでどんどん劣勢に立たされています。ウチも例外でなく、このままだと何百年と続いた看板を私の代で降ろさなければいけないかも知れません。でも、私はそうしたくないんです。だから、次世代の可能性を求めて、今東京で勉強してるというのに…」
「…ほほう。失礼ながらお嬢さん、あんたさんの家はなんという蔵で?」
一瞬言い淀んで、茜は重く口を開く。

「…秋田の、男女鹿酒造(おめがしゅぞう)、です」
「…なるほど。そりゃまた大物だ」

「…知ってるのか?敦」
「…春に茜さんが持ち込んだ大吟醸のラベルにあったじゃないですか庵先輩。
…秋田では一番歴史のある、江戸から続く造り酒屋です。僕の家よりも古いんですよ。聞いた事ないです?清酒なまはげ殺し。地酒ブームの中ではかなりの有名ブランドですが…」
「何だその無駄におっかない酒名は…」
顔をしかめる大輔に、気付けば茜のそれとない殺気立った視線が向けられている…。
大輔が首をすくめて目を逸らすと、再び話は先程の結婚話に戻る。

「しかしまた何でそう、お前様の親父さんは事を急いているのかね」
「…それは」
「金の問題、かな」
茜が目を見開いたのを見て、「やっぱりなあ」と繁は呟く。

「相手はどちらさんかね」
「…隣町の荒巻酒造の三男、です。年も近くて、幼馴染みなもので…」
「なるほどねえ。あそこは本業の日本酒だけでなくて、色々手広くやってドンドン言わせてるって聞いたかな。ここ十年で随分急成長したらしいが…先月潰れかけてた地ビール工房買収したってんで、来年には早速どこぞのビール会社と技術提携してブルワリー開設するとかしないとか」

「敦、知ってる?」
晶がそれとなく小声で問うも、敦も反応が鈍い。
「んー…いえ、ピンと来ないです」
首を傾げる息子に、父は「荒巻さんだよ、カタカナでアラマキ。クマが新巻鮭加えたアレだ」とにこりともせず答える。
「あー…」
「どしたの敦」
「いえ、その…」

「分かってる。…こんな事いっちゃ悪いが、あそこは評判良くないんだ」
茜は暗い顔で、少し俯く。繁も黙って、ふむ、と難しい表情になる。

「…東北やここいら甲信越あたりで盛んにテレビCM打ってる、ローカル企業だあな。安くて旨いが心情だそうだが、正直日本酒だけ言えば安酒の典型だわ。…何で消費者はあんなので満足出来るんか、俺にはとんと分からんがね」
「そうなんです!それだけじゃない、あいつの家は地元の大企業になったのをいいことに、先々代が起業の世話してやった恩も忘れてウチの親父へ頭ごなしに…!」

「まあまあ落ち着きなさい。大体それで分かった。
…要は、結婚を建て前にした買収、ってとこか」

「は、はい…でも、ぼ…私はそうしたくないんです。母が死ぬまでずっと愛した蔵を、私の代で潰す訳には…」
「ふーん、色々まだ込み入った事情がありそうだが、今晩はこれくらいにしておこうか。…おい実咲、床のお支度して差し上げなさい。敦は風呂に湯入れてきな」
「…そ、それじゃあ!」
茜の疲れ切った面持ちがぱあ、と明るくなったのを見て、繁は歯を見せて笑った。
「ここんとこ千客万来で、有難いこったね。…茜坂さん、クイズは好きかね?」
「は、はい!大好きです!」
「なら結構!明日はビデオでも見て、そこの兄さん方と一緒にまったりしようや。な?」
「有難うございます!」
主人の鶴の一声で茜の滞在が決定すると、その晩はお開きとなった。

…と思いきや。
「あー…頭重てえー…」
「日本酒と米焼酎チャンポンすっからだよ大輔さん」
「茜さんも、色々ありますね…」
奥座敷に敦と連れ立って三人が戻ると、「あれ?」と大輔が妙な声を出す。
「どしたの大輔さん」
「…おかしいな、俺のコンタクトケースがねえ…」
急ぎで呼ばれたから付けなかったんだが…と、大輔が枕を裏返したりしてると、庵が「酔っぱらってどっかに置いて来たんじゃないすか」と茶化す。
「うっせえなお前と一緒にすんなよ。俺はあれないと全然見えないから、ないとすっげえ困るんだよ…折角ハードに切り替えたばっかだったのに…」
「もう今日はいいじゃないですか。酒が抜けてから探した方がいいかも知れませんよ」
「それもそうか…あーやばい、天井回ってきてら…寝よ、寝よ寝よ…」
…その様子を障子の隙間から覗く視線があったことを、その晩は誰も気付くことはなかった…。

【7月20日~21日深夜・茜と合流・大輔コンタクトケース紛失・障子から視線】












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