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ゲーム二次創作中心ブログ。 更新まったり。作品ぼちぼち。

白衣ヒゲ in 神戸。
*

翌日。
この日は海の日で国民の休日なのだが、既に夏休みに入った現状では、ハッピーマンデーを喜ぶのはちびっこよりも定休を持つ社会人だろう。とはいえ、普段から月曜定休の阿南酒造では特に変わりのない、来客のやたらと多い初夏の朝となった。

予想通り二日酔いでダウンした大輔を一人部屋に残し、朝食後庵と晶は敦を伴って茜の部屋に行こうとするも、途中廊下で繁に制止される。
「随分長い事眠ってるぞ、あのお嬢さん。顔色も悪い。少しそっとしといてやりな」
「そうなんですか?珍しい…」
肉体派美女の茜が体力的にダウンしている事に、三人とも驚きを隠せない。
ひとまず奥座敷よりも近い敦の部屋に行き、そこで何をするでもなくまごまごと畳の上で額を突き合わせる。

「どうしましょう、昨日おおまかな事情は把握しましたけど…」
「なーんか、気になるよな」
はい、と力強く答える敦に合わせて晶も頷く。
「そうなんだよね。何か引っ掛かると言うか…」
「つーか、ショート先輩ならどんな相手でもパンチで沈めてヤキ入れてそうなのに」
「そ、それは庵先輩言い過ぎじゃあ…」
「でも庵、今のままじゃ何にも手がかりないし推測だけっていうのも…。敦、他に茜さん何か言ってなかった?」
「えーとぉ…」
あ、と敦はぽん、と手を叩く。
「安藤先輩!」

*

神戸市郊外のとある一画。響灘の潮風がかすかに吹き寄せる、海沿いの住宅街からなだらかな坂道を登った高台の寺の境内。

「で?俺に電話してきたと」
再三の着信履歴に閉口しつつ、夏彦が庵にリダイヤルをし直したのは既に正午も近い昼前であった。
現在の自宅から少し離れた小高い丘の中腹にある真言宗の寺の中で、夏彦は額に玉の汗を浮かべてゲンナリしていた。
この真夏の炎天下に黒スーツというバツゲームのようなくそ暑い格好させられているのも苛立ちの原因ではあるが、実の両親の法事中、静まりかえった寺の親戚縁者がいる中で何度も懐のケータイが震えたことで式の間中ヒンシュクを買ったのも、彼を渋面にさせている遠因であった。

こっちは法事中なんだからちったあ自重しろよ、と電話の向こうにいる三人の後輩にちくりともの申すと、通話口の向こう側で聞き慣れた人懐っこい声が「サーセンw」とおどけるのが聞こえた。
休暇前に見た顔を思い出して、夏彦は自然と頬が緩むのが分かった。
涼しい風の抜ける寺の縁側に腰掛け、スーツの上着を脱ぐと傍に放り出す。

『んで、何か知らないですか先輩』
「いや、昨日麻美さんから聞いて事情は把握してる。どうも、あの茜さんの相手は性急に事を進めようとしているらしい。地元では彼女の蔵のブランド力は相当なもので、名前だけでホテルや旅館から発注が来るような超有名老舗ブランドだそうだ」
『新潟でいうところの、八海山や久保田みたいな』
「そういうこったな。で、件の相手先は本業の日本酒がおもわしくなくて、このままだと赤字になりそうなんだと。そこで、テコ入れに茜さんの実家を買収してブランド力にあやかろうと。そういう魂胆だな」
『どうして、そんな急ぎ足に』
「来年の開設を目指してる地ビール工場の件が絡んでる。提携予定先は日本有数の有名メーカーだそうで、荒巻はこれを足掛かりに全国進出を目指していると聞いた。ただ、そこが随分査定が厳しいらしいんだ。
花巻酒造は、どうも安価な酒造を中心に経営拡大の一途を辿っているそうだが悪評が多い。資金力を立てに地元商工会の実力者になったやいなや、中小企業へ圧力をかけてるだの、汚い買収工作をやるだのとな。
様子を聞くに、あのお嬢ちゃんの実家、相当参ってるんじゃないのか?」

昨日から随分麻美さんが心配してたぞ、と何気なく口走ると、ケータイの向こう側で三人が一斉に「あー…」と納得した様子で溜め息をつくのが聞こえた。

『しっかし、日本酒だけにしとけばいいのに、何でビールなんか…』
「そこの社長、流行りもの好きなんだとよ。家の伝統は守るが、金もあるから売れそうなもんも作れば良くね?みたいな」
『単純だ…』
「だから、あの茜嬢も嫌がってるんだろうさ。アナマリアの女学生ともなれば、下手な四大卒よりずっと賢い。どうかは知らんが、親が親なら子も子らしい。あのお嬢さん曰く、親の威を借ってるくせに、図体ばかりでかくて威張り散らすような単純バカだそうだ。しかもあの格闘系なお嬢さんにまさかの岡惚れしてるってさ」
『マジっすか』
「おう。で、最初は顔見知りってのもあってそれなりに仲良くしてたそうだが、次第に増長して勘違いしちまったようでな。遂には会社の力まで使って圧力かけてきたそうだ。
んで、このままじゃ志半ばで強制的に好きでもない男と結婚させられるってんで麻美さんに助けを求めたものの、いち早くこちらの住所を調べられてしまってな。先回りされそうになっちまって、やむなく近県で一番近場だったそっちの住所を教えた。
悪いとは思うが、人助けと思って力になってやってくれ。
これは、俺だけじゃなくて麻美さんの伝言でもあるが」
『分かりました。敦にも、その旨伝えておきます』
「うむ、頼んだ。…しかし、そこ、大輔もいるんだろ?何俺を差し置いて四人で企んでやが…」

「ナツおじちゃーん」
電話の向こうで愛らしい声が聞こえたためか、ケータイ越しに誰かが「?」と鼻の抜けるような声を出したのが聞こえた。

「ん?どした紀香ちゃん」
兄の一人娘・姪の紀香(のりか)は自分を見つけると満面の笑みを浮かべてひょいと飛ぶようにして隣に腰掛ける。
まだ保育園に入ったばかりだ。母親がしつらえた喪服のワンピースも襟ぐりや裾の清楚なフリルがドレスみたいでお姫様風だなあ、と柄にもないことを思う。

「タクシー来たってパパが」
「ん。そかそか分かった、お電話済んだらすぐ行くってパパに言っておいてくれるか?」
ケータイを左手に握ったまま、横目に見つつ頭を撫でると、御機嫌な黒ワンピースの姪っ子はにこにこと真直ぐ手を差し出す。
「何だいこの手は?」
「おだちーん」
「あーはいはい。じゃあこれ食べな」

脱いだスーツのポケットを探ると、袋詰めの小さなラムネ菓子を握らせる。

「うふふ、おじちゃんありがとー」
『せんぱーい、側に誰かいるの?』
「ああ、姪が呼びに来た。タクシー来たみたいだから、もう切るぞ。また落ち着いたら、麻美さんに晩にでも電話入れてもらうようにすると伝えておいてくれ」
『分かりました。ありがとしたー』
「あいよ。じゃあまた、暇なときにでも電話しろよな」
『はーい』
ぴ、と力強く着信を切ると、ケータイをシャツの胸ポケットに捩じ込んで上着を掴み立ち上がる。
ラムネを握ったまま、もう片方の手を差し出す姪の手を握って、共に並んで歩く。

「ねーナツおじちゃん」
「んー?」
「おじいちゃん、どんな人だった?やさしかったー?」

今日の法事が、自分の父親の両親=自分の祖父母を祀るものだと聞いたのだろう。
無邪気な幼子の問いかけが、どこか薄ら寂しく感じるのは、きっと親…特に父親に対して、死んだ今でも許すことが出来ず、また尊敬出来ずにいるからかもしれない。母は、のんだくれだった父親と自分達二人の息子を抱えて、ただただしんどかっただろうとしか思えない。
共に共有した思い出が少なすぎたから。
昔も今も、胸を張って血の繋がった家族と呼べる存在は、自分にとって五歳違いの兄だけだ。

「いんや全然。紀香ちゃんのパパに比べたら、雲泥の差…もとい、ひどいじいさんだったぜ」
「そうなのー?さっきパパに聞いてもパパ答えてくれなかったの。どうしてー?」
「それは、きっと紀香ちゃんが大きくなれば分かるさ」

まだ何か言いたげだった姪の頭を撫でてごまかす。
まだ傷みの少ない、艶やかな黒髪の触り心地が優しい。
境内の表側が何だか騒がしい。
きっと親戚が一ケ所に集まっているせいだろう。どこの大人も噂好きだ。

遠くで兄が手招きしている。さっさと行くか。
見上げれば、夏空が空一杯に広がっている。
兄と共に過ごした幼い日の思い出も、恐ろしかった父の赤ら顔も、今は既に、遠い。

「どうしたナツ?早く来い、待ってるぞ」
「ああ、今行くさ」
くだらない食事会が済んだら、帰ってさっさと研究に戻ろう。
いつか、この場にいる親戚中が目を剥くような大きな夢のために。
それがきっと、苦労を掛け通しな兄への一番の孝行だろう。
夏彦は握った小さな手をほんの少し強く握って、ほんの少しだけ足どりを速めた。

【7月21日午前~昼・阿南酒造は千客万来・セミロン麻美は親戚のお世話で大忙し中】












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