縁側のへりのモヒ。
*
他の三人が電話をかけていたその頃。
九州男児・穴輪大輔は奥座敷の縁側寄りに寝そべって、小さくも立派な夏のお庭を眺めながら「おぇぇぇぇ…」とぐらぐらする頭の鈍痛に悩まされていた。
前日、敦の父・繁と酒を飲み交わし、日本酒と「ご近所からのもらいもん」だと言っていた米焼酎もガバガバ飲んだせいで不覚にも酔い潰れ、一人他のメンバーに苦笑いされた後、部屋でタオルケットをかけてもらい横になっていた。
一応、春の飲み会で二日酔いになりかけたため、ウコンも服用していたが思うように効かなかったようである。
クーラー要らずの涼しい山風を受けながら、大輔はアルコールが抜けきるのをじっと待っていた…。
「気持ち悪ぃ…うえっぷ」
いや、正直なところ、結構やばかったりする。
しかし、匂いからして畳を代えたばかりっぽい人様の家の座敷にナニする訳にもいかないし、かといって朝飯も食えなくなるほどに米の酒がパンチがあると思っていなかったのだ。
今は立ち上がるのもきつい。
…ああ、飲んべえを自覚していたはずなのに…不覚過ぎる。
「…」
気晴らしにケータイのゲームでもするかと、普段腰につけているウエストポーチ(今は枕元に置いている)から、ごそごそとケータイを取り出すと、丁度良く誰からか着信が入った。
「…あい」
『おお、悪いな大輔。俺だ。…起き抜けか?眠そうな声だが』
聞き覚えのある、耳に馴染む声。先輩の小野田のようだ。
「あ、いや…大丈夫れす」
『なんだ、酔ってるだけか。新潟って事はポン酒だな。どーだ?美味いか』
「美味すぎて潰されますた。…何だかんだ言って、芋焼酎が一番ですけど、酒蔵の直出しは結構いけますねー…」
『情けねーなおい(笑)!そんなんじゃ、こっち戻ってきたらヤバイぞお前』
「サーセン」
電話の向こうで、先輩が豪快に笑う声が聞こえる。
人の良い、先輩の無精ヒゲな面構えが思い浮かんで、ちょっとだけ気分が良くなった。
『でだ、お前…ブログ読んだぞ。ケータイから打ってるから改行変なのはまあいい。理由も把握した』
「あい。…大会すんませんした」
『いや、まあそれはいいさ。しかしやっぱ、気にしてたんだな…無理もないが。で、“あいつ”とは連絡取れたか?』
「………いや、まだ…」
何やってんだよっ、と二日酔いの最中には厳しいくらいのでかい地声が鼓膜に突き刺さる。
「せ、先輩声でっかい…」
『大きくもなるっつーの。
おま、こっちの大会キャンセルしたのは“インゼント”に会って、一月の事件で詫び入れて筋通しておくためだったんじゃなかったのか?
…それが、電話してみりゃ飲んだくれて潰れてるし、何やってんだって思うに決まってるだろうがよ』
「…サーセン」
横になっていたままの身体を起こすと、ふう、と浅く息を吐く。
「…いや、あいつブログまだ見てるみたいだし、何か連絡来ないかなとか思って…どうも、ケンカした訳じゃないんですけど、何となく連絡しづらくて」
『何イジイジしてんだよ。小学生の連れションじゃあるまーに!
…あのな、「あの事件」はお前もあいつも悪い訳じゃない。
たまたま運が悪かっただけだ。
それなのに、お前がウダウダ言って一時プレイを止めたりしたから、あいつも気に病んでるんじゃないのか?それだったら、あいつからは連絡しづらいだろうが逆に』
「…」
『全く、女々しいったらねえ!それでも九州男児か?薩摩隼人の名が泣くぞ!』
薩摩隼人、のくだりで、我知らず大輔の全身がびくり、と強張る。
『…なあ大輔、最近またプレー再開して思わなかったか?
昔以上に礼儀を知らないプレーヤーが増えて、俺は鬱憤が溜まってるんだよ。
ルールに明記されてないとか、別に違反じゃないとか言いくさって、たかがトップテン斬りほしさに遅答やダイブ連発してくるクソな連中相手にしたくて、俺はアンアンやってるんじゃねえよってんだ!』
「せ、先輩ヒートアップしすぎですって…」
気持ちはすっげー分かりますけどと答えると、「そりゃそうだったな、スマン」と至極普通な返事が返ってくる。
『まあ、説教はこのくらいにしといてやるさ。大会は無事済んだぞ。
…とはいえ、ランカーが俺一人だと飛び込みも来ないし、ちいとばかしつまらんかったかな』
「圧勝すか」
『勿論。…だからお前を呼びたかったんだ。
お前の「昔の」カードで、前の東京遠征みたくやりあってみたかったかな』
昔のカード。
最初のロケテ時代から、ずっと使い続けた、現在カード六代目の「相棒」。
今も大事に、ポーチの底にしまっている、過去の密かな栄光とたくさんの思い出。
そして苦い経験。
「あれは…もう封印のままでも、いいかなって、思ってます。やっぱり」
『本当か?』
「………」
本当か、と問いかける先輩の声が、反語的に「そうじゃないだろ?」と耳の奥に囁きかける。
それを、否定出来ない事実。
『俺的には、復活してくれると有難いかな。現王者の「QuO」さんもそんな事言ってたぞ。いつまでもサブカのバットと対戦するのもつまらないつって』
「中身は同じなんすけど」
『気は心ってもんよ。第一積んだGPどんだけ差があるんだよってーの!』
一時、歴地社とスポーツのジャンマス兼任してたくせしてよぉー、と呑気な笑い声が聞こえる。
つられてなのか、幾分血の気が戻ってきたようだ。頭が軽くなった気がする。
「「QuO」さん、今九州なんすか」
『いんや、大会前に東京帰社して、次は甲信越の方へ仕事で二・三日行くって言ってたぞ。店対してもらったがやっぱ強いわあの人』
「マジすか。新潟じゃないですよね…あの人すぐ店対店対って言うから、アン大のダチにばれたらと思うとヒヤヒヤしっぱなしなんですよ。しかも、俺も勝った事ないですし。流石、リアルクイズの猛者だけはあると思いますね」
『あれ、アン大のダチって…安佐庵の事か?そうか、ブログでも書いてたな。あいつらには教えてなかったんだっけか』
「あ…はい」
自然と、電話に語りかける声音が、小さくなる。
「…庵とか晶とか、昔散々マスコミにギャンギャン言われたせいでネットの…特に掲示板とか全然見ないみたいなんです。だから、俺の過去も『高校生クイズの大会出場者で、元クイズサークル主催者』くらいにしか、認識はしてないと思います」
『…四月に、店対で勝ったら言うつもりだったんだっけ?で、負けるとかお前どんだけー(笑)』
「言わないでくださいっすよ!…でも、今思えば言わなくて正解だったと思います。本当、こっ恥ずかしい…」
『サブカに金割くくらいなら、もっとホントのカードでパワー積めばいいのにさ』
「いやあ、サブももうSSに乗っけましたし、週に二・三度遊ぶくらいならあれでもういいですよ。…ホントですってば!」
『ならば何故、お前は新潟にいるのかなあ?かなかな?』
「うううう…」
うそつけよー、と電話の向こうでニヤニヤ笑っている声が聞こえる。本当に、この気さくさがあるから先輩は憎めない。
『でだな大輔よ。
そんなお前のために、俺はステキなプレゼントを仕込んでやったぞ。感謝しろよ』
「??」
『今、アンサーアンサーの大規模なキャンペーンやってるのは知ってるな』
それは知っている。
例の宇宙人…アナマリア女学院大在籍のツインテールなロリアイドル、アイアイこと相田藍子がキャンペーンガールを務める「アンサーアンサー全国民プレイ普及キャンペーン」である。
ゲーセンが不景気なこのご時世において、豪儀とも取れる大規模なこのキャンペーンでは、回線を搭載した特注のトレーラーに乗せた特別仕様の回答台を全国各地に持ち込んで、大都市8カ所でゲームのPRを行う予定だと聞いている。
初回の北海道では既に一週間前に大会が行われ、今日は仙台の特設イベント会場にて大会が行われているはずだ。
「知ってます。公式サイトで告知もしてましたし、テレビでも(ちんまりと)特集してましたし」
『そうそれ。それがな、八月に九州来るらしい。
…で、その大会に出ないかと、正式にウチのチームとお前にオファーが来た。
…勿論、お前は「昔の名前」でな』
「んなっ!!?えっ、まさか先輩それ…」
『オッケーしたぞ。
…いいだろう?折角の大会ドタキャンしやがったんだから、そんくらい付き合えよ!いいな?』
「むぐう…わ、分かりました…顔、出さなくて良いんなら…」
『むむ、まだそここだわるのか?ま、じゃあ考えておいてやるか。
…オホン、つう訳でだな。正式に申し入れさせてもらおうか。
…八月までに九州へ戻ってこい。
とりあえず、お前のかあちゃんにはもう連絡してあるから、福岡の実家戻ったら俺に電話入れろ。追って連絡する。戻れない際は、俺にその旨電話連絡かブログで書き込んでおいてくれればこっちで考える。
…今のとこ、以上だな。
…正直、お前みたいな真っ向勝負好きなのが、然るべきポジションに戻るべきだと思うがね』
「トップテンランカーのオレゴンさんに言われると非常に恐縮ですよー(棒読み)」
『心にもねえことを(笑)』
散々対戦でカモってたくせによく言うぜと、声を殺して笑うのが聞こえた。
『それじゃあな大輔。帰ってきたら、チームみんなで呑み行こうや。そっちに美味そうな米焼酎あったら貢いでくれると有難いぞ』
「焼酎は芋一択っすよ」
『だよな!!了解、んじゃな。ちゃんと「インゼント」に筋通してきな』
着信を切ると、大輔は怒濤のような先輩の小野田=トップテン6位アンサーの「オレゴン」=の勢いにいつしか言いくるめられている自分にかっくりと頭を垂れる。
と、共に、気分も体調も不安定な時の気の置けない誰かの声は、非常に身体に染み渡る。
気分が大分軽くなったのを感じ、やはり持つべきものは友人だとしみじみ思った。
さて、改めて思うまでもなく、「筋を通す」のは道理だろう。
やはり、どうにか連絡取ってみるか…。
CN:インゼントという名のとあるアンサーに、半年前のツケを返すために。
ポーチにケータイをしまうと、代わりに財布の中からカードを取り出し、掌でくるくると弄ぶ。
四方の隅がこすれて汚れた、アンサーアンサーのICカード。その裏面には大きくマーカーで「封」の字が書かれていた。
「…お前も、そろそろ出陣したいか」
ずっとお蔵入りのままだと、確かに可哀想かもな。
…あんだけバイト代突っ込んだ、色んな意味でも思い出深いカードだし。
だが、それ以上に思う事もある。
…庵に「このカード」を見せたらどうなるだろうか、と。
その時に「勝負だ!」とでも言われたら、きっと自分は喜び勇んでダサい黒眼鏡を装備し直し、鼻息も荒く回答席に着いてしまうだろう…。
…結局、コンタクトケースは見つからずじまいで、今枕元にそのダサ眼鏡を置いている訳だが…。
あのトラブル以降、二度と使うまいと決めていたのに。
四月に偶然庵に再会してからというものの、ずっと頭の隅にその考えがもたげていた事は否定出来なかった。
はてさて、どうしたものか。
…風の音だけが、庭を凪ぐ。
答えなど、どこにもない。
ふいに、側で廊下の板目をきしらせる音が聞こえ、我に帰り顔を起こす。
「…おう、お前九州野郎か」
寝ぼけた声。顔を上げるとそこにはTシャツ短パン姿の茜の姿があった。
色気のない、胸元にドクロマークがプリントされた黒地のTシャツ、芥子色のパンツ姿。
悩ましい太股が丈短かな短パンの下から丸見えなのだが、気にしていないようである。
この色気皆無な態度さえなければ、ぐっと人目を引くだろうにと大輔は思うが言いはしない。
もう昼過ぎているというのに、今起きた風で腫れぼったい瞼をこすって短い前髪をかきあげる。
何故だか、目の周りが赤く腫れてるのは気のせいだろうか…。
「何だお前、今起きたのか」
「そうだよ悪いかよ。…お前こそ何だよ、酒くっさい」
「うるっせえ」
悪態を吐く茜から視線を逸ら…そうとしかけて、大輔の視線が「ある箇所」で釘付けになる。
「あのさ、ここのご主人のおじさんどこか知らないか?昨日押しかけてこのままってのも何だし…」
「…いや、その前にお前…」
「…?」
「…の、あの、お前…ノーブラじゃ、ないか…?」
一応、指さしはしたが、大輔は目を伏せた。
伏せたつもりだったが、茜には「鼻の下を伸ばしている」と取られたらしい。
その三秒後。茜の「うわあああああ!!!!見るなコラアアアア!!」という叫び声に慌てて駆けつけた庵・晶・敦が見たモノは、茜の平手打ちで吹っ飛び縁側で伸びている哀れな大輔の有様であった。
「うわああああ!大輔さんどうしたんですか!」
「わっ、悪い!ついカッとなっちまった!わりぃ、ボクはちょっと部屋に…」
「あっ、茜さ…あーあ、二日酔いなのに…あっちゃあこりゃ駄目だ。敦そっち持って、部屋に布団敷いて寝かせようよ」
「は、はい晶先輩…一体、大輔さん何したんだろう…」
えっちらおっちら室内へ担ぎ込まれる大輔の手から、ICカードがこぼれ落ち、縁側の下で二・三度回ってパタリと倒れる。
数十分後。
それを見ていた視線の主は、部屋から客人が出て行くのを確認すると、そのカードをこっそりと拾い上げ、そそくさと自室へと戻っていった。
【7月21日・海の日昼間・大輔再びダウン・茜はブラ装着中】
他の三人が電話をかけていたその頃。
九州男児・穴輪大輔は奥座敷の縁側寄りに寝そべって、小さくも立派な夏のお庭を眺めながら「おぇぇぇぇ…」とぐらぐらする頭の鈍痛に悩まされていた。
前日、敦の父・繁と酒を飲み交わし、日本酒と「ご近所からのもらいもん」だと言っていた米焼酎もガバガバ飲んだせいで不覚にも酔い潰れ、一人他のメンバーに苦笑いされた後、部屋でタオルケットをかけてもらい横になっていた。
一応、春の飲み会で二日酔いになりかけたため、ウコンも服用していたが思うように効かなかったようである。
クーラー要らずの涼しい山風を受けながら、大輔はアルコールが抜けきるのをじっと待っていた…。
「気持ち悪ぃ…うえっぷ」
いや、正直なところ、結構やばかったりする。
しかし、匂いからして畳を代えたばかりっぽい人様の家の座敷にナニする訳にもいかないし、かといって朝飯も食えなくなるほどに米の酒がパンチがあると思っていなかったのだ。
今は立ち上がるのもきつい。
…ああ、飲んべえを自覚していたはずなのに…不覚過ぎる。
「…」
気晴らしにケータイのゲームでもするかと、普段腰につけているウエストポーチ(今は枕元に置いている)から、ごそごそとケータイを取り出すと、丁度良く誰からか着信が入った。
「…あい」
『おお、悪いな大輔。俺だ。…起き抜けか?眠そうな声だが』
聞き覚えのある、耳に馴染む声。先輩の小野田のようだ。
「あ、いや…大丈夫れす」
『なんだ、酔ってるだけか。新潟って事はポン酒だな。どーだ?美味いか』
「美味すぎて潰されますた。…何だかんだ言って、芋焼酎が一番ですけど、酒蔵の直出しは結構いけますねー…」
『情けねーなおい(笑)!そんなんじゃ、こっち戻ってきたらヤバイぞお前』
「サーセン」
電話の向こうで、先輩が豪快に笑う声が聞こえる。
人の良い、先輩の無精ヒゲな面構えが思い浮かんで、ちょっとだけ気分が良くなった。
『でだ、お前…ブログ読んだぞ。ケータイから打ってるから改行変なのはまあいい。理由も把握した』
「あい。…大会すんませんした」
『いや、まあそれはいいさ。しかしやっぱ、気にしてたんだな…無理もないが。で、“あいつ”とは連絡取れたか?』
「………いや、まだ…」
何やってんだよっ、と二日酔いの最中には厳しいくらいのでかい地声が鼓膜に突き刺さる。
「せ、先輩声でっかい…」
『大きくもなるっつーの。
おま、こっちの大会キャンセルしたのは“インゼント”に会って、一月の事件で詫び入れて筋通しておくためだったんじゃなかったのか?
…それが、電話してみりゃ飲んだくれて潰れてるし、何やってんだって思うに決まってるだろうがよ』
「…サーセン」
横になっていたままの身体を起こすと、ふう、と浅く息を吐く。
「…いや、あいつブログまだ見てるみたいだし、何か連絡来ないかなとか思って…どうも、ケンカした訳じゃないんですけど、何となく連絡しづらくて」
『何イジイジしてんだよ。小学生の連れションじゃあるまーに!
…あのな、「あの事件」はお前もあいつも悪い訳じゃない。
たまたま運が悪かっただけだ。
それなのに、お前がウダウダ言って一時プレイを止めたりしたから、あいつも気に病んでるんじゃないのか?それだったら、あいつからは連絡しづらいだろうが逆に』
「…」
『全く、女々しいったらねえ!それでも九州男児か?薩摩隼人の名が泣くぞ!』
薩摩隼人、のくだりで、我知らず大輔の全身がびくり、と強張る。
『…なあ大輔、最近またプレー再開して思わなかったか?
昔以上に礼儀を知らないプレーヤーが増えて、俺は鬱憤が溜まってるんだよ。
ルールに明記されてないとか、別に違反じゃないとか言いくさって、たかがトップテン斬りほしさに遅答やダイブ連発してくるクソな連中相手にしたくて、俺はアンアンやってるんじゃねえよってんだ!』
「せ、先輩ヒートアップしすぎですって…」
気持ちはすっげー分かりますけどと答えると、「そりゃそうだったな、スマン」と至極普通な返事が返ってくる。
『まあ、説教はこのくらいにしといてやるさ。大会は無事済んだぞ。
…とはいえ、ランカーが俺一人だと飛び込みも来ないし、ちいとばかしつまらんかったかな』
「圧勝すか」
『勿論。…だからお前を呼びたかったんだ。
お前の「昔の」カードで、前の東京遠征みたくやりあってみたかったかな』
昔のカード。
最初のロケテ時代から、ずっと使い続けた、現在カード六代目の「相棒」。
今も大事に、ポーチの底にしまっている、過去の密かな栄光とたくさんの思い出。
そして苦い経験。
「あれは…もう封印のままでも、いいかなって、思ってます。やっぱり」
『本当か?』
「………」
本当か、と問いかける先輩の声が、反語的に「そうじゃないだろ?」と耳の奥に囁きかける。
それを、否定出来ない事実。
『俺的には、復活してくれると有難いかな。現王者の「QuO」さんもそんな事言ってたぞ。いつまでもサブカのバットと対戦するのもつまらないつって』
「中身は同じなんすけど」
『気は心ってもんよ。第一積んだGPどんだけ差があるんだよってーの!』
一時、歴地社とスポーツのジャンマス兼任してたくせしてよぉー、と呑気な笑い声が聞こえる。
つられてなのか、幾分血の気が戻ってきたようだ。頭が軽くなった気がする。
「「QuO」さん、今九州なんすか」
『いんや、大会前に東京帰社して、次は甲信越の方へ仕事で二・三日行くって言ってたぞ。店対してもらったがやっぱ強いわあの人』
「マジすか。新潟じゃないですよね…あの人すぐ店対店対って言うから、アン大のダチにばれたらと思うとヒヤヒヤしっぱなしなんですよ。しかも、俺も勝った事ないですし。流石、リアルクイズの猛者だけはあると思いますね」
『あれ、アン大のダチって…安佐庵の事か?そうか、ブログでも書いてたな。あいつらには教えてなかったんだっけか』
「あ…はい」
自然と、電話に語りかける声音が、小さくなる。
「…庵とか晶とか、昔散々マスコミにギャンギャン言われたせいでネットの…特に掲示板とか全然見ないみたいなんです。だから、俺の過去も『高校生クイズの大会出場者で、元クイズサークル主催者』くらいにしか、認識はしてないと思います」
『…四月に、店対で勝ったら言うつもりだったんだっけ?で、負けるとかお前どんだけー(笑)』
「言わないでくださいっすよ!…でも、今思えば言わなくて正解だったと思います。本当、こっ恥ずかしい…」
『サブカに金割くくらいなら、もっとホントのカードでパワー積めばいいのにさ』
「いやあ、サブももうSSに乗っけましたし、週に二・三度遊ぶくらいならあれでもういいですよ。…ホントですってば!」
『ならば何故、お前は新潟にいるのかなあ?かなかな?』
「うううう…」
うそつけよー、と電話の向こうでニヤニヤ笑っている声が聞こえる。本当に、この気さくさがあるから先輩は憎めない。
『でだな大輔よ。
そんなお前のために、俺はステキなプレゼントを仕込んでやったぞ。感謝しろよ』
「??」
『今、アンサーアンサーの大規模なキャンペーンやってるのは知ってるな』
それは知っている。
例の宇宙人…アナマリア女学院大在籍のツインテールなロリアイドル、アイアイこと相田藍子がキャンペーンガールを務める「アンサーアンサー全国民プレイ普及キャンペーン」である。
ゲーセンが不景気なこのご時世において、豪儀とも取れる大規模なこのキャンペーンでは、回線を搭載した特注のトレーラーに乗せた特別仕様の回答台を全国各地に持ち込んで、大都市8カ所でゲームのPRを行う予定だと聞いている。
初回の北海道では既に一週間前に大会が行われ、今日は仙台の特設イベント会場にて大会が行われているはずだ。
「知ってます。公式サイトで告知もしてましたし、テレビでも(ちんまりと)特集してましたし」
『そうそれ。それがな、八月に九州来るらしい。
…で、その大会に出ないかと、正式にウチのチームとお前にオファーが来た。
…勿論、お前は「昔の名前」でな』
「んなっ!!?えっ、まさか先輩それ…」
『オッケーしたぞ。
…いいだろう?折角の大会ドタキャンしやがったんだから、そんくらい付き合えよ!いいな?』
「むぐう…わ、分かりました…顔、出さなくて良いんなら…」
『むむ、まだそここだわるのか?ま、じゃあ考えておいてやるか。
…オホン、つう訳でだな。正式に申し入れさせてもらおうか。
…八月までに九州へ戻ってこい。
とりあえず、お前のかあちゃんにはもう連絡してあるから、福岡の実家戻ったら俺に電話入れろ。追って連絡する。戻れない際は、俺にその旨電話連絡かブログで書き込んでおいてくれればこっちで考える。
…今のとこ、以上だな。
…正直、お前みたいな真っ向勝負好きなのが、然るべきポジションに戻るべきだと思うがね』
「トップテンランカーのオレゴンさんに言われると非常に恐縮ですよー(棒読み)」
『心にもねえことを(笑)』
散々対戦でカモってたくせによく言うぜと、声を殺して笑うのが聞こえた。
『それじゃあな大輔。帰ってきたら、チームみんなで呑み行こうや。そっちに美味そうな米焼酎あったら貢いでくれると有難いぞ』
「焼酎は芋一択っすよ」
『だよな!!了解、んじゃな。ちゃんと「インゼント」に筋通してきな』
着信を切ると、大輔は怒濤のような先輩の小野田=トップテン6位アンサーの「オレゴン」=の勢いにいつしか言いくるめられている自分にかっくりと頭を垂れる。
と、共に、気分も体調も不安定な時の気の置けない誰かの声は、非常に身体に染み渡る。
気分が大分軽くなったのを感じ、やはり持つべきものは友人だとしみじみ思った。
さて、改めて思うまでもなく、「筋を通す」のは道理だろう。
やはり、どうにか連絡取ってみるか…。
CN:インゼントという名のとあるアンサーに、半年前のツケを返すために。
ポーチにケータイをしまうと、代わりに財布の中からカードを取り出し、掌でくるくると弄ぶ。
四方の隅がこすれて汚れた、アンサーアンサーのICカード。その裏面には大きくマーカーで「封」の字が書かれていた。
「…お前も、そろそろ出陣したいか」
ずっとお蔵入りのままだと、確かに可哀想かもな。
…あんだけバイト代突っ込んだ、色んな意味でも思い出深いカードだし。
だが、それ以上に思う事もある。
…庵に「このカード」を見せたらどうなるだろうか、と。
その時に「勝負だ!」とでも言われたら、きっと自分は喜び勇んでダサい黒眼鏡を装備し直し、鼻息も荒く回答席に着いてしまうだろう…。
…結局、コンタクトケースは見つからずじまいで、今枕元にそのダサ眼鏡を置いている訳だが…。
あのトラブル以降、二度と使うまいと決めていたのに。
四月に偶然庵に再会してからというものの、ずっと頭の隅にその考えがもたげていた事は否定出来なかった。
はてさて、どうしたものか。
…風の音だけが、庭を凪ぐ。
答えなど、どこにもない。
ふいに、側で廊下の板目をきしらせる音が聞こえ、我に帰り顔を起こす。
「…おう、お前九州野郎か」
寝ぼけた声。顔を上げるとそこにはTシャツ短パン姿の茜の姿があった。
色気のない、胸元にドクロマークがプリントされた黒地のTシャツ、芥子色のパンツ姿。
悩ましい太股が丈短かな短パンの下から丸見えなのだが、気にしていないようである。
この色気皆無な態度さえなければ、ぐっと人目を引くだろうにと大輔は思うが言いはしない。
もう昼過ぎているというのに、今起きた風で腫れぼったい瞼をこすって短い前髪をかきあげる。
何故だか、目の周りが赤く腫れてるのは気のせいだろうか…。
「何だお前、今起きたのか」
「そうだよ悪いかよ。…お前こそ何だよ、酒くっさい」
「うるっせえ」
悪態を吐く茜から視線を逸ら…そうとしかけて、大輔の視線が「ある箇所」で釘付けになる。
「あのさ、ここのご主人のおじさんどこか知らないか?昨日押しかけてこのままってのも何だし…」
「…いや、その前にお前…」
「…?」
「…の、あの、お前…ノーブラじゃ、ないか…?」
一応、指さしはしたが、大輔は目を伏せた。
伏せたつもりだったが、茜には「鼻の下を伸ばしている」と取られたらしい。
その三秒後。茜の「うわあああああ!!!!見るなコラアアアア!!」という叫び声に慌てて駆けつけた庵・晶・敦が見たモノは、茜の平手打ちで吹っ飛び縁側で伸びている哀れな大輔の有様であった。
「うわああああ!大輔さんどうしたんですか!」
「わっ、悪い!ついカッとなっちまった!わりぃ、ボクはちょっと部屋に…」
「あっ、茜さ…あーあ、二日酔いなのに…あっちゃあこりゃ駄目だ。敦そっち持って、部屋に布団敷いて寝かせようよ」
「は、はい晶先輩…一体、大輔さん何したんだろう…」
えっちらおっちら室内へ担ぎ込まれる大輔の手から、ICカードがこぼれ落ち、縁側の下で二・三度回ってパタリと倒れる。
数十分後。
それを見ていた視線の主は、部屋から客人が出て行くのを確認すると、そのカードをこっそりと拾い上げ、そそくさと自室へと戻っていった。
【7月21日・海の日昼間・大輔再びダウン・茜はブラ装着中】
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