それは爆弾を抱えてやってきた。
*
玄関前に出ると、そこには既に数名の屈強な男達が雁首揃えて睨みを利かせていた。
全員、揃いの紺の袢纏。左の胸元に鮭をくわえたいかついクマの染め抜き。
そして、揃いも揃った筋肉ガチムチ揃いな男衆を前にして、一番前で凄んでいるイガグリ頭の大柄な男に茜が神妙な面持ちで対峙していた。
「茜!やっと見つけたぞ!おら、さっさと帰るだ!」
浅黒い肌に、おにぎり型のたるんだ顔。やや垂れた頬肉を紅潮させてツバを飛ばす二メートル近い巨漢に対し、茜は動じもせずに「うるっせえ!」と荒々しい怒声を返す。
「こんなとこまで押しかけてきて、しつっこいんだよてめえは!帰るなら一人で帰りな、権太!お前いつからそんな偉そうな口聞けるようになった!自分一人で何も出来ないくせにっ!」
おにぎり頭の巨漢=茜の自称許嫁、荒巻権太は茜の無下な物言いに顔を白黒させて「むごぉ」と唸る。
「なな、んな事言っていいと思ってんのか茜よう!おお、俺の父ちゃんが折角お前の家助けてやるっつってんのによう!」
「そういうのを、自作自演って言うんだ!元はといえば、お前の父ちゃんがウチに難癖つけたりウチの取引先にいちゃもん付けたからだろうがよ!」
「し、知らねえなっ!んな事はどうでもええだ、俺とお前が結婚すりゃ、丸く収まるでねえかよ」
「だーかーら!!ボクはそれがイ・ヤ・なんだよ!どうせウチの蔵も使い捨てで潰すつもりのくせしやがってっ!」
「もう昔みたいな造り酒屋は古いんだっぺ!これからは何でも機械でやっちまやあええんだ!その方が楽だし、俺もあんま考えねえで済むし、どうせショーヒシャは味より安かったら食い付いてくるって父ちゃんも言ってたしよお」
「そうやってまたあのヒヒオヤジの言いなりかよ!だからてめえは駄目だっつってんのに…」
「だーっ!!うるせえ!!ともかく!さっさと帰って夫婦の杯するだ!今ならお前の家だって悪い事にはしねえ、ガキの頃からずっとお前にゃあオツムでも腕っ節でも歯が立たなかったけんど、金ならウチの家のが…」
権太が何事か言いかけた所で、彼の視線が玄関から出てきた三人を捉える。
彼の表情が険しくなったのを察して、茜を囲むように前へと歩み出る。
「なんだ?おめえら」
凄む権太と取り巻きの数人の目の前に、意外にも自ら敦が進んで歩み出た。
小柄な敦を上から目線で潰すような勢いの権太に、敦はむすっとしたまま胸を張ってみせる。
「すみません。…僕の家に何のご用事でしょうか。
お店は家の裏手です。買い物はあっちに回ってください」
「おめえ、ここの家のもんか?なら話は早え、お嬢…茜、返してもらおうか。どういう縁かは知らねえけんど、茜は俺のふぃあんせだかんな」
「その前に、何の挨拶も無しに人の家の庭先に上がり込んでおいて、その横柄な物言いはなんでしょうか。どなた様だろうと、ここでは冷やかしはお断りです!」
「なっ、てんめえ、俺を誰だと思ってる!俺は東北一の上場企業、荒巻酒造の息子、荒巻権太だぞっ!」
そうだそうだ、と囃す取り巻きに、敦は一言「そうですか」としれっと眉一つ動かさずに言い返す。
「申し訳ありませんが、ここは新潟です。
東北では有名かも知れませんが、僕はあまり存じてないものでして」
「んだとっ!」
「悪いんだけど、俺等も聞いた事ないな」
「同意。これだから、田舎の金持ちってタチ悪いよねぇ」
「だな。筋肉自慢のこいつがこんな嫌がってるからどんなもんかと思ってたけど、こんだけあからさまに頭悪かったら流石に誰でも引くわな」
「っちょ、てめえ誰がいつ筋肉自慢したよ!?」
困惑する茜の隣で、ねー、と顔を見合わせて苦笑を浮かべる大輔と晶の姿に、たちまち権太の眉間に青筋が浮かぶ。
「んだとコラア!…もうキレた、てめえらやっちまえ!力尽くでも茜連れ戻すだ!」
わあっ、と背後から飛びかかってきた取り巻きの一人が、権太の開口三秒で勢いよく後方へと吹っ飛ばされ「へえっ?」と誰かが情けない呻きを上げる。
そうかと思えば、次の瞬間には晶へ飛びかかった者は空中で弧を描いて庭先の合歓木へと投げ飛ばされて、一瞬で気絶し泡を吹く。
「…大輔さん、回し蹴り一発であそこまで良く飛ばせましたね」
頭上越えて玄関前まで行きましたよ、と晶が言うと、大輔は「久々だから、壁越えは無理だったなあ」と余裕しゃくしゃくでにやりと笑みを浮かべる。
「そういう晶、お前だって豪快に投げ決めてるし。柔道でもしてたのか?」
「いえ、合気道です。上手く手抜きしないと足腰立たなくしちゃうんで、少し力抜いてますけど。大輔さんのは極真です?」
「どっちかっつうと本来の琉球空手ベースな我流古武術。ウチに先祖代々伝わってる、蹴りと投げ技主体の武道でな。ケンカには使うなって言われてるけど、これは正当防衛だし、あばらの一本二本くらいはいいだろ」
「ですよねー」
ぽかーんとしている茜と敦を背中に、開始数秒でやる気満々な二人に、当初はいきり立っていた荒巻陣営も流石にたじろぎ後ずさる。
「おやおや、どうしたのかなあ?かかってこないの?」
へいへい、と掌で誘う晶に権太の顔色が赤くなったり蒼くなったりと目まぐるしく変わる。
「そこの顔の黒いお前さあ、そこのゴリラ女のなんとかだっけ?大仏じゃああるまいし、拳でもの申す気ならさっさと来いよ。
…口先だけか?」
大輔にも鼻で笑われ、権太の顔面が焼きおにぎり風憤怒の朱色に染まる。
「ぬぬぬっ…!」
「おう」
「おめーら誰だっぺ」
背後からいきなり声をかけられ、荒巻陣営の男衆が皆びくり、と身を強張らせて背後へ振り向く。
そこでは、既に先程大輔の回し蹴りで吹っ飛ばされ、だらしなく伸びている手下を怖々遠目に見つめる人垣が。
不審げにこちらを窺う視線の主たちは、自分たちと同じく五・六人なのだが、皆白髪交じりで、年を経た壮年のようである。しかし、汗ばんだ薄手のTシャツやポロシャツの下でも分かるほどに盛り上がった筋肉から、ただのオッサン集団でないのが見て取れ、権太たちをたじろがせる。
「あ、皆さん」
「おお、敦ぼっちゃん!お帰りだとは聞いてましたけど、こいつら誰です?」
オッサンの一人が、満面に笑みを浮かべて人垣の脇から顔を覗かせた敦へ手を振る。
敦は慌てて権太達の脇を擦り抜けると、おろおろと左右を見回す。
「す、すみません…今、取り込み中なんです。ちょっと揉めてまして…」
「何だ何だ?さっき実咲ちゃんから電話あった時にゃあ、あの天才君と行き違いになったって聞いてたが。サイン会やってるんだべか」
「いえ、先輩は今出てますし、そういうのじゃ…」
「おうおう、そこのチビ!てっめえ、俺等を無視して何を話してるんだ?」
「ぼっちゃんをチビ呼ばわりったあなんだ貴様は!この家を誰の家だと思うとるかあ!!」
空威張りで牽制しようとした権太は、オッサン集団の一人に一喝され思わず巨体をびくりと震わせる。
「んだんだ。新潟一の地主の跡取りさんになんつう物言いだっぺ!最近の若いのは口の利き方もなっちゃいねえ」
「敦ぼっちゃんはここの跡取りだあよ。地元じゃあ知らない奴はいねえ、一番の酒蔵のな!今は東京の偉い大学で勉強してんだ、見るからに頭の悪そうなおめえと一緒にすんな!」
「なっ、て、てめえらこそ何者だ!?」
「俺等はここで冬に働いてる蔵人だあけど、おめえこそ誰だ!?見かけねえ顔だし、よそもんか?」
「見た感じ、同業者っぽいが…ここいらで商売しようってのか?難癖ツケに来たなら帰れや!ぶっ潰して、畑の肥やしにされてえか!」
見かけによらず血の気の多いオッサン集団に気圧され、権太の顔色がみるみる険しくなっていく。
と、いきなり得心した様子でぽん、と手を打ち、太い肉厚な指を突きつけて敦を指差す。
「お、お前…まさか、まさかと思っちゃあいたが…本当にそうだなんて…しかもこんなモヤシみてえなのと…」
「ええ?」
ぽかんとなる敦に対し、権太はくそう、くそおう、と地団駄を踏んで悔しがる。
「昨日から、使いっぱしりに近況報告させてたが…茜!こいつと出来てるんだな!?」
「!!!?」
「お前を追っかけさせてた奴が報告してきたんだ!なんでも、地元じゃあ随分有名な酒蔵に逃げ込んだのを見たってよう!で、到着するなりやけに親しく話してたって言うじゃねえか?!俺と、俺というものがありながらっ」
「ばっ、権太!勘違いさせるような言い方すんなあ!!」
茜は顔を紅潮させながら叫ぶも、ぐるぐると脳みそを回転させる。
思い出される、おとといの晩…。
「おおっ、いたっ!悪ぃ、久しぶりでいきなり押し掛けて」
「茜さん!?茜さんじゃないですか!なんでここに?!」
「麻美とお前んとこのヒゲに聞いてここまで来たんだ!頼む、一生のお願いだ、少しの間だけでいいからかくまってくれ!」
「ええっ?え、ええええ!?どういう事ですか?!」
…これか?これが親しげに見えたとか?言われてみればそうかも知れないが。
しかし…予定通りの勘違いとはいえ、晶と大輔のみならず、さしもの茜にも緊張が走る。
…権太の形相が、まさしく憤怒の赤鬼と化したのが誰の目から見てもありありと分かったからだ。
身長差が楽に十センチ以上はある権太と敦であるが、敦は頭上から見下ろす権太の強烈な殺気にもひるむ事なく、毅然と見上げていた。
「…てんめえ、人のフィアンセに手を出すたあいい度胸でねえか」
「茜さんは茜さんのものです。物みたいな言い方は止めて下さいませんか」
「んだと!こんの泥棒猫が!茜はなあ、俺のお嬢はなあ、俺はずっとガキの頃からずーっっと思ってた相手だ!ソウシソウアイって奴だ!」
「それは互いに思い合っている状態です。一方通行では全然意味が違う」
「なあにい!」
権太の怒声に背後のオッサン集団=阿南酒造の蔵人ご一行様方のおじさん達が動こうと身構えるも、敦が無言でそれを制する。
芝居だ。
これは芝居だ。
だから、芝居らしく、僕が、この場を取り纏めるんだ。
庵先輩に任されたんだから。僕が、僕の力で、どうにかするんだ…!
「その、とおりです。…僕は、茜さんの、……婚約者です!!」
「!!!!!」
阿南酒造の庭に、戦慄と緊張が走る。
…権太は目を血走らせ、全身の筋肉をわなわなと怒りに震わせている…。
「僕は、偶然サークルのご友人と介して茜さんと知り合いました。とてもステキな方です。僕と違って自分の意見も意志も、学びたい事もきちんとされてる素晴らしい女性です。そんな自立した人を、あなたは自分の狭い見識とエゴで型に嵌めて不幸にしようとしている。
僕はそれが許せない!」
「!?」
初めて、おっとりと構えていた敦から反撃の言葉を喰らい、権太は顔を歪ませる。
敦は口調を緩めない。
「僕はいずれ、大学を卒業したら、経営も含めて父と共にこの蔵を支える気でいます。出来れば、茜さんと一緒に。茜さんの家とも共同で、何か大きな仕事も出来たらいいかもしれません。ともかく、調和させる努力も歩み寄りもなくして、全部を自分の都合良く考える貴方に、茜さんはふさわしくありません。だから、絶対に渡しません。絶対渡しません!」
…権太の血管が、ぶち、と音を立てた気がした。
「こんんのおお!盗人猛々しいたあこの事か!こいつっ、痛い目見してやろうかあ!」
なりふり構わず、権太が拳を振り上げた瞬間、拳を止める勢いで敦は「負けません!」と力一杯掠れた声で叫んだ。
「僕は負けません!絶対、負けません!(少なくとも)腕力は駄目でも、知識でなら、勝てる自信がありますっ!(ていうか、それくらいしか自信がないけど…)」
一応、日々の宅配や家業の手伝いで足腰を鍛えてはいるが、本格的な格闘技の心得もケンカもしたことがない自分だ。
もう、はったりでもなんでもかます他ない。
これ以上退く事が出来ないという覚悟が、敦を懸命に奮い立たせていた。
「…んだと?バカこくでねえ、俺は現役の●●大学生だぞっ!」
大学名に自信あり、だったのか胸をそらす権太に、申し訳なさそうに敦は「あー…」と少しだけ肩の力みが抜けるが分かった。
「●●大学…ですか」
「そいだ。すげーだろ?おめえどこさ行ってるんだ?調査報告じゃあ聞いた事ない大学だったはずだけんど」
「えーと、アーサー国際大学、です」
「だろ?東京のボンボン学校だ。俺は地元の有名大学行ってるんだ。どだ、すげーだろ?」
「えーと…すみません、ウチの大学、確かに出来て数年なんですが、バカじゃなくてむしろ偏差値…」
これこれこのくらいだと、口頭で権太に告げると、「?」と目を丸くする。
「…マジか」
「マジです。自慢じゃないですけど、僕も半年ほとんど寝ずに勉強してやっと受かりました」
ふん、と鼻を膨らませて胸を反らせる敦の姿に、権太も嘘でないと悟ったらしい。
「・・・俺が二浪してひいひい言ってやっと合格した大学より…」
権太が絶句して目を白黒させているのを見て、二人のやりとりをヒヤヒヤしながら静観していた茜は「バーカ」と眉をひそめる。
「その…あ、あつ、敦さんの行ってる大学、ボクの通ってるアナマリア女学院並に倍率高い高偏差値の大学なんだぞ。一昨年くらいからかな、この少子化で不景気なさなかに、六大学や隣町の瀬賀大と同じくらい人気が集まってる。未来の超名門校、なんて謳ってた雑誌もあったくらいだし」
「なんと、お嬢の通ってる大学レベルってか!!」
「そーだ!だから、ガキの頃から言ってるだろ!?ボクはとびきり賢くて優しい男がいいんだ!お前みたく、すぐに何でも力尽くで片付けようとする奴は婿にする気はないって!分かったら、このクソ暑い最中に立ちん坊でお前の茶番に振り回されてる皆さんに謝って、とっとと秋田帰りな!!」
「お、俺にそんな口聞いていいだか?お前の家…」
「ボクの家がどうしたって?てっめえいつからボクにそんな口聞けるようになった!?別にボクはいいけど?その代わり、お前の昔やらかしたアレやコレやを暴露してやるから!こうなりゃ死なばもろともだぜ!」
敦の対応に腹を据えたのか、唇を震わせて茜もはったりで応酬する。…実際の所、昔の子分を前に情けなくも心臓はバクバクしている。
自分の事で、家業を潰したくない一心でここまで来たのだから。
「いやいやいや、ちょおっと待った!!」
家の事を持ち出せば引き下がるだろうと思っていた茜の思わぬ反撃に、権太も流石に動揺したらしい。
おろおろと、蒸し暑さも加わって脂汗を顔面や脇下に暑苦しく滲ませながら「そんなら」と言葉を返す。
「本当に、そいつが頭がええか、試させてもらおうでねえか」
権太の意外な言葉に、茜も敦も目を丸くする。
「ええっ!?でもどうやって…」
「昨日、調査に出てた奴の報告だと、お前等クイズ研究サークルの連中なんだろ?有名人も居るって聞いたぞ」
「あ、ええ…安佐庵、先輩と後ろにおられる安住先輩の事ですね」
「んだんだ。俺はてっきりその安佐と茜お嬢が出来てるのかと思ってたが…そういやあいつどしたよ。どこさいる?」
「庵はどっか行っちゃったよ。元々猫みたいにきまぐれだし、神出鬼没。行動に関しても、自分にはきちんと理由があっても最後までちゃんと説明しない所があるから、何年も付き合ってる僕にも分からないね」
それっぽく苦虫かみ潰した表情を見せる晶のフォローに、抱えたトートバッグから色紙を出しかけていた権太は「なんだあ」と残念そうにそれをしまう。
「やっぱそれも目当てだったのか…」と、阿南酒造のおじさんたちと権太を交互に見つつ、大輔は心中苦笑いを浮かべる。
「それじゃあ、そこのお前と、後ろのハリセンと…ああ、そこの赤タマネギでええだ。俺と勝負しろや」
「ちょっ(ハリセン扱い?!)」
「(俺は赤タマネギか!…殺す、ぶっ殺す!)」
権太の不遜な物言いに背後からの殺気を感じつつ、おずおずと敦は聞き返す。
「勝負って、何ででしょう?」
「クイズだ!!」
「ほえええ?!」
「お嬢が毎日こまめに更新してるブログにあっただ!今、クイズゲームにはまってるって!ほれ、こんな画面の奴だ!お嬢の使ってるキャラが可愛くて、俺も同じキャラで始めて数ヶ月、今は毎日ゲーセンにやりに行ってるだ!!これなら、お前等なんかにゃ負けねえ!!」
そう言ってトートバックの中から今度はその当の茜がやっているというブログをプリントアウトしたらしい、インクジェット紙の紙束を取り出そうとする権太に、茜は顔を真っ赤にして絶叫する。
「やめろやめろよそういう事するのはあああ!!」
「なしてそんな事ばっか言うんだお嬢ぉぉぉ!!俺がどんだけお前の事を好きだか、証明するために四月分から全部プリントアウトさせて持ってきたっていうのにっ!!ほれ、そこのてめえ確認してみれえ!俺の愛!」
「おめえのそういうとこが、キ・ラ・イだって言ってんだろうがよぉぉぉぉぉ!!!ってうわああああああ!!」
「えっえっ?…えーと何々…」
手渡された敦の背後から、晶と大輔も顔を覗かせる。
「うわー読むな読むなー!」
天地が落ちてくるかのような必死の形相で叫ぶ茜は、敢えて無視。
【5月●日:今日も元気にアンサー♪してきちゃった☆ てへ☆ 今日は、五連勝アンサーゲット☆しちゃった~( *・ω・*)】
「・・・・・可愛い顔文字…」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
【6月●日:今日はSS残留トライだったんだけど…負けてしまいました~。・゚・(ノД`)・゚・。ウエエェェン 超悲しい~でも次頑張るよぉ~(*^_^*)だって、ここで諦めたら試合終了だもんね☆d(^-^)ネ!(^_^)v 超ファイトでいっくよ~♪】
どうやら、ケータイで撮影していた写真や試合画像もアップしていたらしい。
そこには(まあ、ゲーム演出の仕様なのだが)ノリノリなショートアバターの映像が何枚も。
ブログのテンプレートも、目にも鮮やかな苺ショート。どぎつい真っ赤なカラーと甘ったるい口調の日記が、ほぼ毎日更新されていたようだ。
「・・・・・(顔が真っ赤)」
「何と言えばいいのかな、これは」
「痛い」
「うるせえチクワ!!!黙れ黙れよこんちくしょおおおおお!!!」
頭を抱える大輔に沸騰寸前な赤面顔で叫ぶ茜に、敦も晶もコメントを差し控えたい気分である。
二人があっけに取られてる間に、大輔はちらり、と印字されたカウンター数を確認。プロフィールに「現役女子大生」「アナマリア女学院」の字が入っていたからかどうかは定かでないが、まずまずの客足のようである。
「(ま、俺のほどじゃないか…でもって、俺のリンク相手も無し、大丈夫だな…)」
それとなく、気になる点も把握し胸をなで下ろす。
「え、ええっと、これ何でしょう茜さん」
「え?あーと、ああっとだな、…立ち上げたばっかのクイズサークルの紹介にもなるし、アンサーアンサーの普及の一助になればと思ってやってたんだ!だからその、キャラとか、ちょっと取っつきやすいようにはしてるけど、別に悪くないだろっ!?」
「悪くはないですけど」「ちょっと目に痛い…」
「うるせえな!こんくらい可愛いのがいいと思ったんだよ!これでも色んなブログ参考にしたんだぞ!?元王者のブログとか!」
「も、元王者って?」
背後でやけに大輔がびくっ、と身を強張らせたような気がするが、敦は構わず尋ねる。
「アンサー系のブログっていったら、『ナンナル』さんのと『サツマハヤト』さんのが二大巨頭だろ?…だから、その二つを最初にちょろっと見てやり始めた。…ブログなんて初めてだったから、そんな目で見るなよ!」
「リンクは繋がないのか?言えばいいのにさ」
大輔の問いに、「バカ!」と茜は不用意にでかい声で怒鳴り返す。
「どっちも畏れ多くて出来るか!現王者の『QuO』さんも凄いけどさ、二人とも元王者だぞ?ボクみたいなハンパなのがなーと思って」
「へー…」
どうやら、ブログはナンだが茜も色々思うところあってのブログだったようだ。
にしても(目に)痛いが。
「どうだどうだお前?茜の彼氏のくせしてこんな事も知らなかったんだろう?彼氏失格だな!」
「・・・」
「ぐうの音もでねえか。だろな!どうせお前は都会でのアバンチュール相手だったって事さ。勝負以前に負けって事だったかな?」
「え?ああ、すみません。ブログの内容が凄すぎてコメントに窮してただけです。で、勝負はどうします?」
「…懲りねえなおめえも。いいだろ、ちょっと面貸せや。こてんぱんにしてやるっぺ」
「おらいくぞ!」と肩で風を切り、子分を引き連れずんずん表へと出て行く権太を見つつ、敦は「妙な事になったなあ…」とぽつりと洩らす。
「まあいいんじゃないのか?パンチングマシーンでも、格ゲーでも、俺がいればこてんぱんに仕返してやれるから、心配するな」
「頼もしいね大輔さん。僕もアンアンならなんとかなると思うから、力を貸すよ」
「有り難うございます、先輩、大輔さん…でも僕も、いえ、僕が一番に頑張ります。だって、僕がフィアンセ…やく…なんですから」
「フィアンセ」の後に消え入りそうな声で「役」と呟く敦の頬が、リンゴのように紅潮するのを見て、二人とも顔を見合わせる。
「んな、力まなくても平気だ」
権太が表に出て行ったのを確認して、茜がそっと三人に囁く。
「権太は力はハンパないけど、オツムは全然だから…あいつの連れも心配ないさ。でも良かった。暴力沙汰になったらどう詫びればいいかと思ってたから…」
「あ、茜さん」
「ボクも一緒に行く。いざとなったら、クイズで権太を負かして秋田に帰らせてやる!だから、それまでもう一芝居、悪いがよろしくな」
すまなそうに頭を下げる茜に「ああ」とか「はあ」とか口をもごもごさせてもじもじし通しな敦に、晶も大輔も「変なの」と首を傾げる。
「敦、何をそんな緊張してるんだか」
「なんつーか、まさか…」
「まさか、何です大輔さん」
「いや…まさかな。それはないない。じゃ、行こうか。とっと終わらせて、庵の帰りを待とうぜ。なっ、フィアンセ?」
ぽん、と肩を叩かれて、敦は「はいっ!」と甲高い声を上げ、慌てて表へと駆け出していった。
それを玄関前で見ている人影一つ。
「あいつ、大丈夫かね…」
父・繁はいつにない息子の動揺振りを、はらはらしながら遠巻きに眺めていた。
【7月22日・昼前・ひとまずゲーセンに移動】
玄関前に出ると、そこには既に数名の屈強な男達が雁首揃えて睨みを利かせていた。
全員、揃いの紺の袢纏。左の胸元に鮭をくわえたいかついクマの染め抜き。
そして、揃いも揃った筋肉ガチムチ揃いな男衆を前にして、一番前で凄んでいるイガグリ頭の大柄な男に茜が神妙な面持ちで対峙していた。
「茜!やっと見つけたぞ!おら、さっさと帰るだ!」
浅黒い肌に、おにぎり型のたるんだ顔。やや垂れた頬肉を紅潮させてツバを飛ばす二メートル近い巨漢に対し、茜は動じもせずに「うるっせえ!」と荒々しい怒声を返す。
「こんなとこまで押しかけてきて、しつっこいんだよてめえは!帰るなら一人で帰りな、権太!お前いつからそんな偉そうな口聞けるようになった!自分一人で何も出来ないくせにっ!」
おにぎり頭の巨漢=茜の自称許嫁、荒巻権太は茜の無下な物言いに顔を白黒させて「むごぉ」と唸る。
「なな、んな事言っていいと思ってんのか茜よう!おお、俺の父ちゃんが折角お前の家助けてやるっつってんのによう!」
「そういうのを、自作自演って言うんだ!元はといえば、お前の父ちゃんがウチに難癖つけたりウチの取引先にいちゃもん付けたからだろうがよ!」
「し、知らねえなっ!んな事はどうでもええだ、俺とお前が結婚すりゃ、丸く収まるでねえかよ」
「だーかーら!!ボクはそれがイ・ヤ・なんだよ!どうせウチの蔵も使い捨てで潰すつもりのくせしやがってっ!」
「もう昔みたいな造り酒屋は古いんだっぺ!これからは何でも機械でやっちまやあええんだ!その方が楽だし、俺もあんま考えねえで済むし、どうせショーヒシャは味より安かったら食い付いてくるって父ちゃんも言ってたしよお」
「そうやってまたあのヒヒオヤジの言いなりかよ!だからてめえは駄目だっつってんのに…」
「だーっ!!うるせえ!!ともかく!さっさと帰って夫婦の杯するだ!今ならお前の家だって悪い事にはしねえ、ガキの頃からずっとお前にゃあオツムでも腕っ節でも歯が立たなかったけんど、金ならウチの家のが…」
権太が何事か言いかけた所で、彼の視線が玄関から出てきた三人を捉える。
彼の表情が険しくなったのを察して、茜を囲むように前へと歩み出る。
「なんだ?おめえら」
凄む権太と取り巻きの数人の目の前に、意外にも自ら敦が進んで歩み出た。
小柄な敦を上から目線で潰すような勢いの権太に、敦はむすっとしたまま胸を張ってみせる。
「すみません。…僕の家に何のご用事でしょうか。
お店は家の裏手です。買い物はあっちに回ってください」
「おめえ、ここの家のもんか?なら話は早え、お嬢…茜、返してもらおうか。どういう縁かは知らねえけんど、茜は俺のふぃあんせだかんな」
「その前に、何の挨拶も無しに人の家の庭先に上がり込んでおいて、その横柄な物言いはなんでしょうか。どなた様だろうと、ここでは冷やかしはお断りです!」
「なっ、てんめえ、俺を誰だと思ってる!俺は東北一の上場企業、荒巻酒造の息子、荒巻権太だぞっ!」
そうだそうだ、と囃す取り巻きに、敦は一言「そうですか」としれっと眉一つ動かさずに言い返す。
「申し訳ありませんが、ここは新潟です。
東北では有名かも知れませんが、僕はあまり存じてないものでして」
「んだとっ!」
「悪いんだけど、俺等も聞いた事ないな」
「同意。これだから、田舎の金持ちってタチ悪いよねぇ」
「だな。筋肉自慢のこいつがこんな嫌がってるからどんなもんかと思ってたけど、こんだけあからさまに頭悪かったら流石に誰でも引くわな」
「っちょ、てめえ誰がいつ筋肉自慢したよ!?」
困惑する茜の隣で、ねー、と顔を見合わせて苦笑を浮かべる大輔と晶の姿に、たちまち権太の眉間に青筋が浮かぶ。
「んだとコラア!…もうキレた、てめえらやっちまえ!力尽くでも茜連れ戻すだ!」
わあっ、と背後から飛びかかってきた取り巻きの一人が、権太の開口三秒で勢いよく後方へと吹っ飛ばされ「へえっ?」と誰かが情けない呻きを上げる。
そうかと思えば、次の瞬間には晶へ飛びかかった者は空中で弧を描いて庭先の合歓木へと投げ飛ばされて、一瞬で気絶し泡を吹く。
「…大輔さん、回し蹴り一発であそこまで良く飛ばせましたね」
頭上越えて玄関前まで行きましたよ、と晶が言うと、大輔は「久々だから、壁越えは無理だったなあ」と余裕しゃくしゃくでにやりと笑みを浮かべる。
「そういう晶、お前だって豪快に投げ決めてるし。柔道でもしてたのか?」
「いえ、合気道です。上手く手抜きしないと足腰立たなくしちゃうんで、少し力抜いてますけど。大輔さんのは極真です?」
「どっちかっつうと本来の琉球空手ベースな我流古武術。ウチに先祖代々伝わってる、蹴りと投げ技主体の武道でな。ケンカには使うなって言われてるけど、これは正当防衛だし、あばらの一本二本くらいはいいだろ」
「ですよねー」
ぽかーんとしている茜と敦を背中に、開始数秒でやる気満々な二人に、当初はいきり立っていた荒巻陣営も流石にたじろぎ後ずさる。
「おやおや、どうしたのかなあ?かかってこないの?」
へいへい、と掌で誘う晶に権太の顔色が赤くなったり蒼くなったりと目まぐるしく変わる。
「そこの顔の黒いお前さあ、そこのゴリラ女のなんとかだっけ?大仏じゃああるまいし、拳でもの申す気ならさっさと来いよ。
…口先だけか?」
大輔にも鼻で笑われ、権太の顔面が焼きおにぎり風憤怒の朱色に染まる。
「ぬぬぬっ…!」
「おう」
「おめーら誰だっぺ」
背後からいきなり声をかけられ、荒巻陣営の男衆が皆びくり、と身を強張らせて背後へ振り向く。
そこでは、既に先程大輔の回し蹴りで吹っ飛ばされ、だらしなく伸びている手下を怖々遠目に見つめる人垣が。
不審げにこちらを窺う視線の主たちは、自分たちと同じく五・六人なのだが、皆白髪交じりで、年を経た壮年のようである。しかし、汗ばんだ薄手のTシャツやポロシャツの下でも分かるほどに盛り上がった筋肉から、ただのオッサン集団でないのが見て取れ、権太たちをたじろがせる。
「あ、皆さん」
「おお、敦ぼっちゃん!お帰りだとは聞いてましたけど、こいつら誰です?」
オッサンの一人が、満面に笑みを浮かべて人垣の脇から顔を覗かせた敦へ手を振る。
敦は慌てて権太達の脇を擦り抜けると、おろおろと左右を見回す。
「す、すみません…今、取り込み中なんです。ちょっと揉めてまして…」
「何だ何だ?さっき実咲ちゃんから電話あった時にゃあ、あの天才君と行き違いになったって聞いてたが。サイン会やってるんだべか」
「いえ、先輩は今出てますし、そういうのじゃ…」
「おうおう、そこのチビ!てっめえ、俺等を無視して何を話してるんだ?」
「ぼっちゃんをチビ呼ばわりったあなんだ貴様は!この家を誰の家だと思うとるかあ!!」
空威張りで牽制しようとした権太は、オッサン集団の一人に一喝され思わず巨体をびくりと震わせる。
「んだんだ。新潟一の地主の跡取りさんになんつう物言いだっぺ!最近の若いのは口の利き方もなっちゃいねえ」
「敦ぼっちゃんはここの跡取りだあよ。地元じゃあ知らない奴はいねえ、一番の酒蔵のな!今は東京の偉い大学で勉強してんだ、見るからに頭の悪そうなおめえと一緒にすんな!」
「なっ、て、てめえらこそ何者だ!?」
「俺等はここで冬に働いてる蔵人だあけど、おめえこそ誰だ!?見かけねえ顔だし、よそもんか?」
「見た感じ、同業者っぽいが…ここいらで商売しようってのか?難癖ツケに来たなら帰れや!ぶっ潰して、畑の肥やしにされてえか!」
見かけによらず血の気の多いオッサン集団に気圧され、権太の顔色がみるみる険しくなっていく。
と、いきなり得心した様子でぽん、と手を打ち、太い肉厚な指を突きつけて敦を指差す。
「お、お前…まさか、まさかと思っちゃあいたが…本当にそうだなんて…しかもこんなモヤシみてえなのと…」
「ええ?」
ぽかんとなる敦に対し、権太はくそう、くそおう、と地団駄を踏んで悔しがる。
「昨日から、使いっぱしりに近況報告させてたが…茜!こいつと出来てるんだな!?」
「!!!?」
「お前を追っかけさせてた奴が報告してきたんだ!なんでも、地元じゃあ随分有名な酒蔵に逃げ込んだのを見たってよう!で、到着するなりやけに親しく話してたって言うじゃねえか?!俺と、俺というものがありながらっ」
「ばっ、権太!勘違いさせるような言い方すんなあ!!」
茜は顔を紅潮させながら叫ぶも、ぐるぐると脳みそを回転させる。
思い出される、おとといの晩…。
「おおっ、いたっ!悪ぃ、久しぶりでいきなり押し掛けて」
「茜さん!?茜さんじゃないですか!なんでここに?!」
「麻美とお前んとこのヒゲに聞いてここまで来たんだ!頼む、一生のお願いだ、少しの間だけでいいからかくまってくれ!」
「ええっ?え、ええええ!?どういう事ですか?!」
…これか?これが親しげに見えたとか?言われてみればそうかも知れないが。
しかし…予定通りの勘違いとはいえ、晶と大輔のみならず、さしもの茜にも緊張が走る。
…権太の形相が、まさしく憤怒の赤鬼と化したのが誰の目から見てもありありと分かったからだ。
身長差が楽に十センチ以上はある権太と敦であるが、敦は頭上から見下ろす権太の強烈な殺気にもひるむ事なく、毅然と見上げていた。
「…てんめえ、人のフィアンセに手を出すたあいい度胸でねえか」
「茜さんは茜さんのものです。物みたいな言い方は止めて下さいませんか」
「んだと!こんの泥棒猫が!茜はなあ、俺のお嬢はなあ、俺はずっとガキの頃からずーっっと思ってた相手だ!ソウシソウアイって奴だ!」
「それは互いに思い合っている状態です。一方通行では全然意味が違う」
「なあにい!」
権太の怒声に背後のオッサン集団=阿南酒造の蔵人ご一行様方のおじさん達が動こうと身構えるも、敦が無言でそれを制する。
芝居だ。
これは芝居だ。
だから、芝居らしく、僕が、この場を取り纏めるんだ。
庵先輩に任されたんだから。僕が、僕の力で、どうにかするんだ…!
「その、とおりです。…僕は、茜さんの、……婚約者です!!」
「!!!!!」
阿南酒造の庭に、戦慄と緊張が走る。
…権太は目を血走らせ、全身の筋肉をわなわなと怒りに震わせている…。
「僕は、偶然サークルのご友人と介して茜さんと知り合いました。とてもステキな方です。僕と違って自分の意見も意志も、学びたい事もきちんとされてる素晴らしい女性です。そんな自立した人を、あなたは自分の狭い見識とエゴで型に嵌めて不幸にしようとしている。
僕はそれが許せない!」
「!?」
初めて、おっとりと構えていた敦から反撃の言葉を喰らい、権太は顔を歪ませる。
敦は口調を緩めない。
「僕はいずれ、大学を卒業したら、経営も含めて父と共にこの蔵を支える気でいます。出来れば、茜さんと一緒に。茜さんの家とも共同で、何か大きな仕事も出来たらいいかもしれません。ともかく、調和させる努力も歩み寄りもなくして、全部を自分の都合良く考える貴方に、茜さんはふさわしくありません。だから、絶対に渡しません。絶対渡しません!」
…権太の血管が、ぶち、と音を立てた気がした。
「こんんのおお!盗人猛々しいたあこの事か!こいつっ、痛い目見してやろうかあ!」
なりふり構わず、権太が拳を振り上げた瞬間、拳を止める勢いで敦は「負けません!」と力一杯掠れた声で叫んだ。
「僕は負けません!絶対、負けません!(少なくとも)腕力は駄目でも、知識でなら、勝てる自信がありますっ!(ていうか、それくらいしか自信がないけど…)」
一応、日々の宅配や家業の手伝いで足腰を鍛えてはいるが、本格的な格闘技の心得もケンカもしたことがない自分だ。
もう、はったりでもなんでもかます他ない。
これ以上退く事が出来ないという覚悟が、敦を懸命に奮い立たせていた。
「…んだと?バカこくでねえ、俺は現役の●●大学生だぞっ!」
大学名に自信あり、だったのか胸をそらす権太に、申し訳なさそうに敦は「あー…」と少しだけ肩の力みが抜けるが分かった。
「●●大学…ですか」
「そいだ。すげーだろ?おめえどこさ行ってるんだ?調査報告じゃあ聞いた事ない大学だったはずだけんど」
「えーと、アーサー国際大学、です」
「だろ?東京のボンボン学校だ。俺は地元の有名大学行ってるんだ。どだ、すげーだろ?」
「えーと…すみません、ウチの大学、確かに出来て数年なんですが、バカじゃなくてむしろ偏差値…」
これこれこのくらいだと、口頭で権太に告げると、「?」と目を丸くする。
「…マジか」
「マジです。自慢じゃないですけど、僕も半年ほとんど寝ずに勉強してやっと受かりました」
ふん、と鼻を膨らませて胸を反らせる敦の姿に、権太も嘘でないと悟ったらしい。
「・・・俺が二浪してひいひい言ってやっと合格した大学より…」
権太が絶句して目を白黒させているのを見て、二人のやりとりをヒヤヒヤしながら静観していた茜は「バーカ」と眉をひそめる。
「その…あ、あつ、敦さんの行ってる大学、ボクの通ってるアナマリア女学院並に倍率高い高偏差値の大学なんだぞ。一昨年くらいからかな、この少子化で不景気なさなかに、六大学や隣町の瀬賀大と同じくらい人気が集まってる。未来の超名門校、なんて謳ってた雑誌もあったくらいだし」
「なんと、お嬢の通ってる大学レベルってか!!」
「そーだ!だから、ガキの頃から言ってるだろ!?ボクはとびきり賢くて優しい男がいいんだ!お前みたく、すぐに何でも力尽くで片付けようとする奴は婿にする気はないって!分かったら、このクソ暑い最中に立ちん坊でお前の茶番に振り回されてる皆さんに謝って、とっとと秋田帰りな!!」
「お、俺にそんな口聞いていいだか?お前の家…」
「ボクの家がどうしたって?てっめえいつからボクにそんな口聞けるようになった!?別にボクはいいけど?その代わり、お前の昔やらかしたアレやコレやを暴露してやるから!こうなりゃ死なばもろともだぜ!」
敦の対応に腹を据えたのか、唇を震わせて茜もはったりで応酬する。…実際の所、昔の子分を前に情けなくも心臓はバクバクしている。
自分の事で、家業を潰したくない一心でここまで来たのだから。
「いやいやいや、ちょおっと待った!!」
家の事を持ち出せば引き下がるだろうと思っていた茜の思わぬ反撃に、権太も流石に動揺したらしい。
おろおろと、蒸し暑さも加わって脂汗を顔面や脇下に暑苦しく滲ませながら「そんなら」と言葉を返す。
「本当に、そいつが頭がええか、試させてもらおうでねえか」
権太の意外な言葉に、茜も敦も目を丸くする。
「ええっ!?でもどうやって…」
「昨日、調査に出てた奴の報告だと、お前等クイズ研究サークルの連中なんだろ?有名人も居るって聞いたぞ」
「あ、ええ…安佐庵、先輩と後ろにおられる安住先輩の事ですね」
「んだんだ。俺はてっきりその安佐と茜お嬢が出来てるのかと思ってたが…そういやあいつどしたよ。どこさいる?」
「庵はどっか行っちゃったよ。元々猫みたいにきまぐれだし、神出鬼没。行動に関しても、自分にはきちんと理由があっても最後までちゃんと説明しない所があるから、何年も付き合ってる僕にも分からないね」
それっぽく苦虫かみ潰した表情を見せる晶のフォローに、抱えたトートバッグから色紙を出しかけていた権太は「なんだあ」と残念そうにそれをしまう。
「やっぱそれも目当てだったのか…」と、阿南酒造のおじさんたちと権太を交互に見つつ、大輔は心中苦笑いを浮かべる。
「それじゃあ、そこのお前と、後ろのハリセンと…ああ、そこの赤タマネギでええだ。俺と勝負しろや」
「ちょっ(ハリセン扱い?!)」
「(俺は赤タマネギか!…殺す、ぶっ殺す!)」
権太の不遜な物言いに背後からの殺気を感じつつ、おずおずと敦は聞き返す。
「勝負って、何ででしょう?」
「クイズだ!!」
「ほえええ?!」
「お嬢が毎日こまめに更新してるブログにあっただ!今、クイズゲームにはまってるって!ほれ、こんな画面の奴だ!お嬢の使ってるキャラが可愛くて、俺も同じキャラで始めて数ヶ月、今は毎日ゲーセンにやりに行ってるだ!!これなら、お前等なんかにゃ負けねえ!!」
そう言ってトートバックの中から今度はその当の茜がやっているというブログをプリントアウトしたらしい、インクジェット紙の紙束を取り出そうとする権太に、茜は顔を真っ赤にして絶叫する。
「やめろやめろよそういう事するのはあああ!!」
「なしてそんな事ばっか言うんだお嬢ぉぉぉ!!俺がどんだけお前の事を好きだか、証明するために四月分から全部プリントアウトさせて持ってきたっていうのにっ!!ほれ、そこのてめえ確認してみれえ!俺の愛!」
「おめえのそういうとこが、キ・ラ・イだって言ってんだろうがよぉぉぉぉぉ!!!ってうわああああああ!!」
「えっえっ?…えーと何々…」
手渡された敦の背後から、晶と大輔も顔を覗かせる。
「うわー読むな読むなー!」
天地が落ちてくるかのような必死の形相で叫ぶ茜は、敢えて無視。
【5月●日:今日も元気にアンサー♪してきちゃった☆ てへ☆ 今日は、五連勝アンサーゲット☆しちゃった~( *・ω・*)】
「・・・・・可愛い顔文字…」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
【6月●日:今日はSS残留トライだったんだけど…負けてしまいました~。・゚・(ノД`)・゚・。ウエエェェン 超悲しい~でも次頑張るよぉ~(*^_^*)だって、ここで諦めたら試合終了だもんね☆d(^-^)ネ!(^_^)v 超ファイトでいっくよ~♪】
どうやら、ケータイで撮影していた写真や試合画像もアップしていたらしい。
そこには(まあ、ゲーム演出の仕様なのだが)ノリノリなショートアバターの映像が何枚も。
ブログのテンプレートも、目にも鮮やかな苺ショート。どぎつい真っ赤なカラーと甘ったるい口調の日記が、ほぼ毎日更新されていたようだ。
「・・・・・(顔が真っ赤)」
「何と言えばいいのかな、これは」
「痛い」
「うるせえチクワ!!!黙れ黙れよこんちくしょおおおおお!!!」
頭を抱える大輔に沸騰寸前な赤面顔で叫ぶ茜に、敦も晶もコメントを差し控えたい気分である。
二人があっけに取られてる間に、大輔はちらり、と印字されたカウンター数を確認。プロフィールに「現役女子大生」「アナマリア女学院」の字が入っていたからかどうかは定かでないが、まずまずの客足のようである。
「(ま、俺のほどじゃないか…でもって、俺のリンク相手も無し、大丈夫だな…)」
それとなく、気になる点も把握し胸をなで下ろす。
「え、ええっと、これ何でしょう茜さん」
「え?あーと、ああっとだな、…立ち上げたばっかのクイズサークルの紹介にもなるし、アンサーアンサーの普及の一助になればと思ってやってたんだ!だからその、キャラとか、ちょっと取っつきやすいようにはしてるけど、別に悪くないだろっ!?」
「悪くはないですけど」「ちょっと目に痛い…」
「うるせえな!こんくらい可愛いのがいいと思ったんだよ!これでも色んなブログ参考にしたんだぞ!?元王者のブログとか!」
「も、元王者って?」
背後でやけに大輔がびくっ、と身を強張らせたような気がするが、敦は構わず尋ねる。
「アンサー系のブログっていったら、『ナンナル』さんのと『サツマハヤト』さんのが二大巨頭だろ?…だから、その二つを最初にちょろっと見てやり始めた。…ブログなんて初めてだったから、そんな目で見るなよ!」
「リンクは繋がないのか?言えばいいのにさ」
大輔の問いに、「バカ!」と茜は不用意にでかい声で怒鳴り返す。
「どっちも畏れ多くて出来るか!現王者の『QuO』さんも凄いけどさ、二人とも元王者だぞ?ボクみたいなハンパなのがなーと思って」
「へー…」
どうやら、ブログはナンだが茜も色々思うところあってのブログだったようだ。
にしても(目に)痛いが。
「どうだどうだお前?茜の彼氏のくせしてこんな事も知らなかったんだろう?彼氏失格だな!」
「・・・」
「ぐうの音もでねえか。だろな!どうせお前は都会でのアバンチュール相手だったって事さ。勝負以前に負けって事だったかな?」
「え?ああ、すみません。ブログの内容が凄すぎてコメントに窮してただけです。で、勝負はどうします?」
「…懲りねえなおめえも。いいだろ、ちょっと面貸せや。こてんぱんにしてやるっぺ」
「おらいくぞ!」と肩で風を切り、子分を引き連れずんずん表へと出て行く権太を見つつ、敦は「妙な事になったなあ…」とぽつりと洩らす。
「まあいいんじゃないのか?パンチングマシーンでも、格ゲーでも、俺がいればこてんぱんに仕返してやれるから、心配するな」
「頼もしいね大輔さん。僕もアンアンならなんとかなると思うから、力を貸すよ」
「有り難うございます、先輩、大輔さん…でも僕も、いえ、僕が一番に頑張ります。だって、僕がフィアンセ…やく…なんですから」
「フィアンセ」の後に消え入りそうな声で「役」と呟く敦の頬が、リンゴのように紅潮するのを見て、二人とも顔を見合わせる。
「んな、力まなくても平気だ」
権太が表に出て行ったのを確認して、茜がそっと三人に囁く。
「権太は力はハンパないけど、オツムは全然だから…あいつの連れも心配ないさ。でも良かった。暴力沙汰になったらどう詫びればいいかと思ってたから…」
「あ、茜さん」
「ボクも一緒に行く。いざとなったら、クイズで権太を負かして秋田に帰らせてやる!だから、それまでもう一芝居、悪いがよろしくな」
すまなそうに頭を下げる茜に「ああ」とか「はあ」とか口をもごもごさせてもじもじし通しな敦に、晶も大輔も「変なの」と首を傾げる。
「敦、何をそんな緊張してるんだか」
「なんつーか、まさか…」
「まさか、何です大輔さん」
「いや…まさかな。それはないない。じゃ、行こうか。とっと終わらせて、庵の帰りを待とうぜ。なっ、フィアンセ?」
ぽん、と肩を叩かれて、敦は「はいっ!」と甲高い声を上げ、慌てて表へと駆け出していった。
それを玄関前で見ている人影一つ。
「あいつ、大丈夫かね…」
父・繁はいつにない息子の動揺振りを、はらはらしながら遠巻きに眺めていた。
【7月22日・昼前・ひとまずゲーセンに移動】
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