黒衣の美女。
*
その頃。
新潟空港のロビーの一角。
「着いた~♪」
約一時間の地獄のフライトから解放され、庵は手荷物片手に鼻歌交じりで空港の床を力強く踏みしめ、生きる喜びを噛み締めていた。
「はーい、お疲れ様!…そんなに飛行機怖かったの?」
庵のあまりなハイテンション振りに同行の麻美も苦笑を隠せない。
「鉄の塊が空飛ぶんだぜ。おっかないよ」
「至極ごもっともだけど、私は好きだな。離陸直後のお腹がすーっとなる感じとか。将来は通訳目指してるから、四六時中飛行機生活でもいいくらい」
「変わってるなあ」
「そう?庵君も相当だけどな。機内では別人みたいにお地蔵さん状態だったくせに」
「恥ずかしさで一杯であります(;´ω`)」
照れくさそうに頭をかく庵を、「こっちから正面玄関に行くよ」と麻美は誘導する。
「あとはタクシーで移動するだけね。お腹すいた?」
「すきますた」
「何食べる?何でもいいよ。今日はパトロンついてるから」
「おお!太っ腹だなあ~…それじゃあ」
「おおっ、庵君じゃないか」
唐突に声をかけられ振り返ると、手を振り返す男性の顔を見て庵も「ああ!」とにっこり笑い返す。
「どなた?」と訊ねる麻美に、庵は「ゲーセンのおっちゃん」とだけ答えて相手に駆け寄る。
相手と言えば、「おっちゃん」というには若く、また青年というのも微妙な、中肉中背の線目のサラリーマンである。
「こんなとこで偶然だねえ~今日は彼女と一緒なの?」
「うんにゃ、ちょっとバイト行ってたんだ。この人は朝宮さん。そんで俺のセンパイの彼女候補さん」
「へえ」
おずおずと麻美が歩み寄ると、男性は「初めまして」とサラリーマンらしく丁寧に会釈を交わし、自然な動作で懐から名刺を取り出す。
「私はこういうものです。以後、お見知りおきを」
「へえ、クオさん」
「名前の通り狐っぽい顔でしょ?その連想で覚えていただければと」
逆に、そうでも言わないと全然顔覚えてもらえなくって、とスーツの男性=九尾は苦笑を浮かべる。
「この人、昼間にいっつも大学町の『ピンポンDASH』でアンアンやってるんだ。俺、午後の講義ないとよく行くから、時々店内対戦して遊ぶんだ」
「あらやだ、優良上場企業の営業マンがさぼってていいんですか?」
「嫌だなあお嬢さん、たまたま、たまたま!営業回りでキャンセルが入ったり、先方からの指定時間調整で空きが出来た時に覗いてるだけですってば」
「またまたそんな事言ってさ~、早くカード作ればいいのに!強いクセにいっつもゲストプレイばっかりしてるんだぜこのおっちゃん」
庵に茶化され、九尾氏は「貧乏性なんだよねー」と笑って誤魔化す。
「んでおっちゃん、今日は出張?」
「うんそうそう。済んだから一旦帰社するとこ。八月にはこのクソ熱い中に九州遠征だよ~」
夏物スーツ新調しないと汗だっくだくでさあ、と悲しげに眉を潜める九尾に、ご愁傷さま~と庵も苦笑い。
「君らは?」
「俺達は、これから友達のとこ行きます。ちょっと人助け」
「へえ…」
九尾が何か言いかけた所で、庵達の背後から「麻美さん」と物々しい女性の声色が聞こえた。
声の主を見て、九尾はぎょっと目を剥く。
艶やか、というには存在感のくっきりし過ぎた、黒衣の和装を見事に着こなした熟女。
手にはヴィトンの鞄、髪は珊瑚のかんざし。口元のホクロが色っぽい。爪先から髪の毛一本に至るまで「存在」の行き届いた絶世の美女。
目尻や口元に刻まれた細かな皺で辛うじて妙齢なのが見て取れるが、周囲を沈黙させる、得も言えぬ色香と迫力を醸すこの女性は一体。
ただ、どっかで見たことあるような…
「え、ええっとこの方は…」
「母です」
麻美の即答に、「うおっ?!」と珍しく九尾は声を出して驚いた。
「この人と、一緒に秋田の偽なまはげを倒しに行くんだ」
そう言って、庵は自信有り!にニヤリと微笑む。
挨拶もそこそこに去っていった庵達の背中を見送って、心中九尾は「(やっぱり、フライトギリギリまで伸ばせば良かった…)」と、陰善に事後を任せて出てきた事をフライト中激しく後悔したのであった…。
【庵・新潟空港 同行者:セミロング母・四女】
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