予期せぬ再会。
*
「フタ、バ…?」
「おじちゃん、おてつだいにきてくれたの?ありがとう」
予想していなかったとは言わないが、唐突な再会に戸惑う俺に、フタバは警戒するきらいも無く抱きつき甘えるように擦り寄ってきた。
ぞくっ、と背筋に寒気が走る。
比喩ではない。本当に寒かった…いや、冷たかったのだ。
フタバの身体は、まるで人の体温を感じさせない石か氷で出来ているような冷たさだったから。
俺を見上げて微笑む少年の顔は、あどけない天使そのもののはずなのに、血の気は全くなく真っ青で、顔のあちこちが白い粉で煤けている。
服だってぼろぼろだし、髪の毛だってまだ10年生きてもいないはずなのに白髪だらけになっている。
ただただ無邪気に笑っている少年の瞳が、視線が、俺は先ほどの死神より恐ろしく感じられた。
「フタバ…あのさ、さ、寒くないのか?身体…」
「うん!さむくないよ。ぼくはいいこだから」
「そ、そうか…えと、あの、その…」
「おとうさんのおてつだいにきてくれたんでしょ?おとうさんね、こっちにいるよ。つれていってあげる」
フタバは元気良く、抑揚の無い声色で答えると、少年の横に先ほどの木目の肌を持った美しい女性の幻影が現れる。
「いま、おともだちはわるいひとがこないようにそとにいるの。だからユキちゃんといっしょでいい?」
「ユキ、ちゃん?」
「うん、そう。このこはユキちゃんだよ。きれいでしょ。ぼくたち、おおきくなったらけっこんするんだ」
やくそくだもんね、とフタバが木目の女性に話しかけると、女性の幻影も応えるようにそっと少年の頭を優しく撫でる。
フタバはにこにこと嬉しそうに笑っている。木目の女性…自分のペルソナに向かって。
だがおかしい。
フタバのペルソナはオルフェウスだったはず。
以前、フィレモンと契約すれば複数のペルソナを召喚出来るようになると噂で聞いた。
だが、こんな年端のいかない、まだまだ精神的に未熟な子供にそんな有益な能力をおいそれと授けたのか…?
「ユキちゃん」と呼ばれたペルソナに手を引かれ、フタバはラボ奥の物々しい扉へと歩いていく。
俺も彼らのスローリーな歩調に合わせ、ごくゆっくりと付いていきながら周囲に目を走らせる。
ふふふ、うふふふ、ふふふ…。
嬉しそうなフタバの笑い声だけが、廊下内にこだます。
壁、床、匂い、空気…何も感じない。シミ一つ無く、また無臭で乾ききっている。ざらざらと細かい砂埃だけが、薄暗い非常灯にさらされて足下で舞い上がる。
薄暗い廊下を抜け、ステンレスの非常階段を上り、小さな扉の前に立つ。
ドアが開く。
粉埃が一瞬舞う。
煙った視界が開けると、そこは先ほどフタバが横たわっていた実験室の真上、研究監視用の小部屋だった。
薄暗かった室内に白電灯の明かりが煌々と灯ると、その中央に信じ難い代物があった。
「おとうさん」
久しく人が触れていない、ホコリを被った機材とパネル、ディスプレイ。誰もいない研究室の中央に、すっかり白けた革張りの椅子が一脚。
そこに、白衣を着たミイラがいた。
ミイラはうつむいて座ったまま、膝元でにこにこ微笑むフタバを見下ろしていた。
「おとうさん!おとうさん!おじちゃんがきてくれたよ!おとうさんのおてつだいしてくれるって」
「…」
ミイラは何も答えない。彼の傍らに立つ「ユキちゃん」も、何も言わずフタバの頭を撫でている。
「これでおかあさん、かえってくるよ。おじちゃん、まえにきかいのおかあさんつくったから、こんどはきっとうまくいくよ!ね、おとうさん…」
おとうさん、おとうさん、おとうさん…。
フタバはしばらくミイラに話しかけていたが、ふいに黙りこくると、茶色く黄ばんだミイラの白衣から手を放す。
「…そっか。おとうさん、かんがえごとしてたんだね。ごめんねじゃまして。でも、おこらないよね」
ほんの少し身を固くするのが分かる。だが、相手はミイラだ。何もしてくるはずが無い。
「…よかった。おとうさん、ゆるしてくれたんだね。たたかないおとうさん、ぼくだいすきだよ。ごめんねじゃまして」
「…フタバ」
「あ、おじちゃん。おとうさんね、いまかんがえごとしてつかれてるの。またあとでいい?」
「いや、フタバ、だから、これは…」
死んでいる。
お父さんは、いやお父さんなのかどうかすら、もはや分からないがこいつは死んでいるんだ。
ここにいるのは…。
口にしようとしながら舌が回らず言い淀んでいると、背後で先程と同じ寒気が走る。思わず身構えて振り返ると、そこにいたのは少年だった。
「フタバ、ただいま」
年の頃は7・8歳程度の容姿。黒い髪、黒い瞳、フタバと同じ白衣に身を包んだベリーショートの少年。
「おかえり」
フタバは微笑む。とても嬉しそうに、笑っている。
「外に悪い人たちが来ていたみたいだけど、追い払っておいたよ。これで安心してお勉強できるよね」
「うんっ」
「ユキちゃん」の気配が消え、フタバは少年の元に駆け寄りぎゅっ、と抱きつく。少年もまた、彼を慈しむように抱きしめる。
まるで雛が互いの傷を舐め合うような光景。
だが、俺は寒気よりも、嫌な予感と、目の前の少年の放つ濃厚な力の共鳴に身体中の筋肉が弛緩し、心臓は早鐘を打ち警鐘を鳴らしていた。
少年の放つ力の波長は、先程俺達を追いつめ惑わせた死神の気配そのものだった。
それはフタバと寄り添った瞬間、さらに濃く、深く部屋中に染みていくのが分かって、俺はそれとなくこちらを見つめる少年の目に釘付けになる。
左の目元に、小さなホクロ。
葛センパイと同じ位置の、小さな泣きぼくろ。
それを見つけた瞬間、悟ったように少年は俺に微笑みかけ、目を三日月のように細めた。
「フタ、バ…?」
「おじちゃん、おてつだいにきてくれたの?ありがとう」
予想していなかったとは言わないが、唐突な再会に戸惑う俺に、フタバは警戒するきらいも無く抱きつき甘えるように擦り寄ってきた。
ぞくっ、と背筋に寒気が走る。
比喩ではない。本当に寒かった…いや、冷たかったのだ。
フタバの身体は、まるで人の体温を感じさせない石か氷で出来ているような冷たさだったから。
俺を見上げて微笑む少年の顔は、あどけない天使そのもののはずなのに、血の気は全くなく真っ青で、顔のあちこちが白い粉で煤けている。
服だってぼろぼろだし、髪の毛だってまだ10年生きてもいないはずなのに白髪だらけになっている。
ただただ無邪気に笑っている少年の瞳が、視線が、俺は先ほどの死神より恐ろしく感じられた。
「フタバ…あのさ、さ、寒くないのか?身体…」
「うん!さむくないよ。ぼくはいいこだから」
「そ、そうか…えと、あの、その…」
「おとうさんのおてつだいにきてくれたんでしょ?おとうさんね、こっちにいるよ。つれていってあげる」
フタバは元気良く、抑揚の無い声色で答えると、少年の横に先ほどの木目の肌を持った美しい女性の幻影が現れる。
「いま、おともだちはわるいひとがこないようにそとにいるの。だからユキちゃんといっしょでいい?」
「ユキ、ちゃん?」
「うん、そう。このこはユキちゃんだよ。きれいでしょ。ぼくたち、おおきくなったらけっこんするんだ」
やくそくだもんね、とフタバが木目の女性に話しかけると、女性の幻影も応えるようにそっと少年の頭を優しく撫でる。
フタバはにこにこと嬉しそうに笑っている。木目の女性…自分のペルソナに向かって。
だがおかしい。
フタバのペルソナはオルフェウスだったはず。
以前、フィレモンと契約すれば複数のペルソナを召喚出来るようになると噂で聞いた。
だが、こんな年端のいかない、まだまだ精神的に未熟な子供にそんな有益な能力をおいそれと授けたのか…?
「ユキちゃん」と呼ばれたペルソナに手を引かれ、フタバはラボ奥の物々しい扉へと歩いていく。
俺も彼らのスローリーな歩調に合わせ、ごくゆっくりと付いていきながら周囲に目を走らせる。
ふふふ、うふふふ、ふふふ…。
嬉しそうなフタバの笑い声だけが、廊下内にこだます。
壁、床、匂い、空気…何も感じない。シミ一つ無く、また無臭で乾ききっている。ざらざらと細かい砂埃だけが、薄暗い非常灯にさらされて足下で舞い上がる。
薄暗い廊下を抜け、ステンレスの非常階段を上り、小さな扉の前に立つ。
ドアが開く。
粉埃が一瞬舞う。
煙った視界が開けると、そこは先ほどフタバが横たわっていた実験室の真上、研究監視用の小部屋だった。
薄暗かった室内に白電灯の明かりが煌々と灯ると、その中央に信じ難い代物があった。
「おとうさん」
久しく人が触れていない、ホコリを被った機材とパネル、ディスプレイ。誰もいない研究室の中央に、すっかり白けた革張りの椅子が一脚。
そこに、白衣を着たミイラがいた。
ミイラはうつむいて座ったまま、膝元でにこにこ微笑むフタバを見下ろしていた。
「おとうさん!おとうさん!おじちゃんがきてくれたよ!おとうさんのおてつだいしてくれるって」
「…」
ミイラは何も答えない。彼の傍らに立つ「ユキちゃん」も、何も言わずフタバの頭を撫でている。
「これでおかあさん、かえってくるよ。おじちゃん、まえにきかいのおかあさんつくったから、こんどはきっとうまくいくよ!ね、おとうさん…」
おとうさん、おとうさん、おとうさん…。
フタバはしばらくミイラに話しかけていたが、ふいに黙りこくると、茶色く黄ばんだミイラの白衣から手を放す。
「…そっか。おとうさん、かんがえごとしてたんだね。ごめんねじゃまして。でも、おこらないよね」
ほんの少し身を固くするのが分かる。だが、相手はミイラだ。何もしてくるはずが無い。
「…よかった。おとうさん、ゆるしてくれたんだね。たたかないおとうさん、ぼくだいすきだよ。ごめんねじゃまして」
「…フタバ」
「あ、おじちゃん。おとうさんね、いまかんがえごとしてつかれてるの。またあとでいい?」
「いや、フタバ、だから、これは…」
死んでいる。
お父さんは、いやお父さんなのかどうかすら、もはや分からないがこいつは死んでいるんだ。
ここにいるのは…。
口にしようとしながら舌が回らず言い淀んでいると、背後で先程と同じ寒気が走る。思わず身構えて振り返ると、そこにいたのは少年だった。
「フタバ、ただいま」
年の頃は7・8歳程度の容姿。黒い髪、黒い瞳、フタバと同じ白衣に身を包んだベリーショートの少年。
「おかえり」
フタバは微笑む。とても嬉しそうに、笑っている。
「外に悪い人たちが来ていたみたいだけど、追い払っておいたよ。これで安心してお勉強できるよね」
「うんっ」
「ユキちゃん」の気配が消え、フタバは少年の元に駆け寄りぎゅっ、と抱きつく。少年もまた、彼を慈しむように抱きしめる。
まるで雛が互いの傷を舐め合うような光景。
だが、俺は寒気よりも、嫌な予感と、目の前の少年の放つ濃厚な力の共鳴に身体中の筋肉が弛緩し、心臓は早鐘を打ち警鐘を鳴らしていた。
少年の放つ力の波長は、先程俺達を追いつめ惑わせた死神の気配そのものだった。
それはフタバと寄り添った瞬間、さらに濃く、深く部屋中に染みていくのが分かって、俺はそれとなくこちらを見つめる少年の目に釘付けになる。
左の目元に、小さなホクロ。
葛センパイと同じ位置の、小さな泣きぼくろ。
それを見つけた瞬間、悟ったように少年は俺に微笑みかけ、目を三日月のように細めた。
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