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ゲーム二次創作中心ブログ。 更新まったり。作品ぼちぼち。

二人暮らし。


*

1度目の引っ越しを済ませてから数日後。
築三十年以上の和式ボロアパートに移り住んでまもなくぐらいだったと思う。
深夜、双葉が、自分用にあてがってやった小さな隣部屋から、自分の枕と毛布を握って俺の部屋にやってきた事があった。
その時、俺は戸口に背を向けていたから、ヒトの動く気配と、襖のわずかな開け閉め音だけ聞いてそのまま寝ていた。

瞼は閉じておいたが、意識は一応開いておいた。
リアクションか、もしくは小声でも何でも掛け声を待ちながら、うつらうつらしていると、
双葉は、無言のまま、枕を俺の背後にポン、とおいて、俺の背中を見つめるような形で横になり、布の擦れる音で、毛布にくるまったのを感じた。

「…双葉、入っていいぞ」
背後に横たわる小学生の側に向き直ると、あいつは暗い表情のまま、くるまった毛布に顔を埋める。

「冬場に毛布一枚だと風邪引くっつうの…ほら、ここんでも入っとけ」
「………」
至極のろのろとした動作で、双葉は枕と毛布を持って、俺の薄っぺらい布団へ潜り込む。
「………」
俺のパジャマ代わりのトレーナーの裾をきつく握ると、目を固く閉じて、その小さな身体をさらに小さく丸める。壊れ物を抱くようにそっと、肩に手を回して頭をなで、あやすように抱きしめると、すぐに泣き出した。

「ごめんなさい」

あの時の掠れた涙声を、時折古傷の痛みのように思い出すのは、何故なのだろう。
あいつが悪いわけではない。悪いのは、あいつの中の「死神」だと、分かっているはずなのに。

*

双葉との生活を始めてから、数年が経つ。
あいつも、今年で中学生になった。
他の学生に比べればまだまだ小柄だったが、身体も人並みに成長し、性格も生意気な盛りに入ったようだ。
「あ、おとーさんおかえりー」
いつものボロアパートに帰宅すると、フライパンとおたまを握って、タートルネックにジーンズ使い古したマイエプロン姿で台所から顔を出してくる。
「今日も早かったね」
「おん、最近仕事が少なくてな…で、今日の晩飯は」
「うん、かに玉」
「またかよ!」
ここ一週間、近所のスーパーで卵が馬鹿みたいに安いからと、卵料理ばかり食わされている。
しかも、このところ2・3日は同じく安売りだったという「かに玉の元」を使ったかに玉ばかりの朝夕飯である。
飽きる。ものすごい勢いで、かに玉は、飽きた。
「なあおい、何でかに玉なんだよ!昨日もおとといもかに玉だったじゃ…」
「だって、元を使い切らないともったいないもん」
「いやだから…そんなの中身は一回分ずつ個包装だろ?ストックして置いておけば…」
「残念。6人分が一つの袋に入ってるから無理。で、取説見て作ると馬鹿でかくなるし卵の個数も増えるから計算して数日で使い切らないと傷む。しかも賞味期限あさってまでだし」
「おお、もう…いくら安いからってそんなの何個も嬉しげに買ってくるなよ!飽きた!俺はかに玉以外が食いたいんだよ!」
「…それなら自分で作って食べればいいのに。言っておくけど、カップ麺はもう無いよ。冷凍のチャーハンも無い!なんてったって、…給、料、前、なんだからね…ねえー、おとうさん…今月、どれぐらい厳しいか、もう一回説明した方が良い?」
普段冷静な双葉のこめかみにうっすらと青筋が浮いたのを感じて、俺はしょんぼりと食卓に着くことにした。

悲しいかな、俺には家事の才能がない。
大学時代に一人暮らしを始めた時に、最初の三日で痛感した。
炊事洗濯掃除に家計簿。
俺はまさしく「テキトー」を地でいく生活ぶりだった。
食事はカップ麺かファーストフード、もしくはコンビニ。
懐具合が少なければ、手元不如意と己に言い聞かせ、空きっ腹を水でふくらます。
洗濯なんか色柄物も白地もまとめてコインランドリーにぽい、である。
部屋に来るのは野郎ばかりだったから、自然と室内は薄茶色のゴミだめ状態、その真ん中に万年床で高いびきの毎日。
よく、こんな男が子供を引き取ろうと思ったものだ。
いや、子供が出来たら少しは変わるかなと、自分はその時思ったのだ。
…思っただけで、変わらなかったんだが。

一緒に暮らし始めて数日後の事だ。
さすがに育ち盛りの子供に、毎日買ってきた菓子パンやサンドイッチばかりではまずかろうと、久々に料理をしてみた。
何かの映画で見た、キャベツのコンソメ煮。
文字通り、ぶつ切りにしたキャベツを、コンソメスープで煮るだけ。
非常に簡単に出来たので、俺は内心得意げだったと思う。
もちろん、味はコンソメだけだったから、味見はしなかった。

皿にてんこ盛りのキャベツが出てきた時の、
おそるおそる、一口それを口に含んだ際の、
双葉のしょっぱいしかめっツラを、俺は忘れられない。

それから後、双葉は成長と共に家事の一切を請け負った。
もとい、俺には任せられないと、強く感じたのだろう。
申し訳ないとは思うが、俺は家計も含めてあいつに一任している。
何せ、あいつに任せておけば、何事も間違いなく粛々と片付けられたのだから。
毎日炊事洗濯のために六時に起き、毎週日曜日の午前中は家の掃除をしてから買い物に出かける。
放課後は夕方のタイムセールに直行し、まっすぐ帰宅。
洗濯物を取り込み、夕食の支度、食後は家計簿をつけ、今日の宿題と復習をし、テレビを少し見て就寝。
これだけの雑務をこなして学年トップの成績だというのだから恐れ入る。

「部活はしなくていいのか」と聞いたら、「道具買うお金も練習時間も惜しいからいい。第一、家事が気になるからどうでもいい」と言われ、養父ながら己の情けなさに涙がちょちょぎれました。すまんな、俺が薄給なばっかりに…。
葛センパイ、双葉はやっぱり貴女の息子のようです。
優秀すぎて、俺には眩しいくらいですよ…。

「おとーさん、はいこれサラダ。ちゃんと食べてね」
「いや要らねえって…お前食っていいから。生野菜は俺の天敵だって何度言ったら」
「単なる好き嫌いじゃないか。ほら、キュウリとレタス。マヨネーズも」
「いいって!俺は口の中がもさもさする食い物は嫌えなんだって…分かった、分かった食えばいいんだろ…んな怖い顔するなって…」
「はい、よろし。…残さず食べてね」
「へーへ」
結局、この後さらに数日間、俺と双葉は給料日がやってくるまでかに玉を食べ続けることになった。












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