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ゲーム二次創作中心ブログ。 更新まったり。作品ぼちぼち。

天才、朝までヒゲと生対談。
*

その日の夜。

書斎のドアをノックする音で一瞬途絶えていた意識が覚醒し、夏彦は慌てて寝よだれをくりながら「おう」とドアの向こうに返事を返す。
時計を見ると、深夜二時前。丑三つ時に訪問する物好きは誰かと思いきや、「失礼していいです?」と言う控えめな声を聞いて「ああ」と何故か得心した。

「いーぞ、半分寝てたし」
「どーもです」
入ってきた人影の手には、ソーダバーが二本。

「おい安佐、ソーダバーまだ残ってたか?食っていいとは言ったが、あれを切らしてると兄貴が不機嫌になるんだよ」
「大丈夫ですよ、まだ二本入ってました。棚に入ってたチューチューの凍らせた奴じゃダメなんですか?」
「あれは紀香ちゃん用だ」
悪いな、と庵の手からソーダバーを受け取ると、夏彦は手を休め椅子をくるりと卓の反対側に向ける。庵は「週間ベースボール」と「サイエンス」に埋もれかかっていたスペアのシステムチェアに腰掛けてソーダバーの外装をビリビリと破くと、ゴミ箱へぽいと投げ込む。

「それはこっちだ」
夏彦はおもむろにアイスの外装、プラマーク付きのナイロンをつまみ上げると足下のゴミ箱へ入れ直す。

「徹底してますね先輩」
「まあな。この研究始めてから、どうしても気になるようになっちまって」
部屋の半分が専門書と辞書、スポーツ雑誌で埋まっており、しかも六畳にも満たないスペースにシステムデスクが入っているとどうしようもない狭苦しさが漂う。
これで最新式のクーラーがなかったら本棚付きサウナと化していただろう。男二人の体温で自然と室温が上がる中、鼻と鼻がぶつかりそうな密着加減でしばしアイスを頬張る音だけが部屋の中に染みる。

「この部屋、英語の原書がかなり入ってますね。しかもまだ日本で未翻訳のビジネス書に、面白そうな小説ばっかりだ。これ、先輩のチョイスです?センス良すぎ」
「いいや、兄貴だ。英語の勉強がてら読んでるんだと。独学で原書読めるとかすげえよな…それに比べて俺は…」
「先輩?」
「や、何でもねえ…で、何の用だ安佐?洋書読みたいなら読めばいい。汚さなければ兄貴も咎めないだろう」
「それ嬉しいですね。俺の脳内図書館にインプットさせてもらえれば、後でぼちぼち翻訳しながら脳内読書しますんで。多分一冊十分もあればいけるかな?でも、それより先に先輩に話聞きたくて」
「俺にか?」
他に話すような事あったけなあ、と首を傾げる夏彦に、庵は「さっきの続きですよ」と鼻の穴を膨らませる。
「先輩の研究してること」
「それか。確かにお前さんならついてこれるかも知れんが…さっきの説明以外は、割とつまらん専門知識ばっかりだぞ?大学の講義みたくなっちまう」
「それが聞きたいんですよ。学長…もといアーサーから先輩のレポート、幾つかこっそり見せてもらったけど、超面白かったです」
「ばっ、アレ読んだのか!?知ってて聞いてたのかお前!てかあれを閲覧出来るって、一体どういうことだ!?」
庵の肩をがっちり掴み、恥ずかしさで顔を赤青させて詰め寄る夏彦に庵は冷や汗混じりに「機会があったもので」とおそるおそる答える。
「いやなんて言いますか、アーサーが『別の特待生の研究が実を結びそうなんだよー』って嬉しそうに言うから、じゃあどんなのって聞いたらレポート読んだ方が早いよって。見せてくれた」
「がくちょおおおおおお…おお、もう…俺の拙い文章をよりにもよって後輩のお前に見られたのかと思うとクソ恥ずかしいんだが。つうか読むな勝手に!」
「うわっとすみません、知識欲と好奇心にかられて…でも先輩すっごい読みやすかったですよ?ケミカルの話はあんまり明るくない俺でもすんなり読めて理解出来ましたし」
「お世辞はいいよ、俺には文才なんざねえって…ああもう、もう、教授も教授だぜ!何でそんなとこにまで渡って…て、ああそうか、パトロンだもんな…」
庵の肩から手を離すと、夏彦は赤面したまま天井を仰いでどさりとシステムチェアに体重を沈める。

「ホントにいいと思ったから来たのに」
「嘘言いなってお前さんは…でもまあ、興味持ったのは確かなようだな。
…それは、少し嬉しいかね」
憮然とした様子で、だがどこか照れくさそうに夏彦はささやかな声で庵にそう言った。

「ならちょいと聞くが、学長は俺と俺の研究について何か言ってたか?」
「アーサー曰く、真面目な学生だって。見慣いなさいなって」
「学長をアーサーと呼び捨てしてるってことは…お前さん、相当学長に気に入られてるな」

アーサー国際大学では、特待生は学校側の援助を受ける代わりに幾つかの「義務」を言い渡される。

その一つが、「学長への面会」である。
定期的に学内の事務から呼び出しの通達が入るので、指定された日時に研究棟奥の学長室へと赴き今現在の研究及び学業の成果を学長に報告するだけなのだが、学長アーサー・ミンツは脳科学の権威であり、老いてなお畏敬をもって称えられる有能な識者である。普通の学生なら名前を聞くだけで緊張しきりなはずだが、庵にかかれば老学者も好々爺という訳か。

「先輩は親しくしてないの?あんなに話が分かるおじいちゃん、なかなかいないのに」
「バカ言えよ、生きる権威だぞ?しかも世界的な特許を幾つも持ってる発明王で資産もバリバリに持ってる。おっかなくて研究以外の話題つっても何話せばいいんだか」
「でも、アーサーは先輩の事高く買ってたよ。必ず世界に必要な技術になるだろうって。油化だけじゃなくって、ゴミ処理にかかる費用や環境保護まで見越してよくやってるよって」
「モノにならなけりゃなんにもならん。五年がまるまる徒労に終わるだけかも知れん」
「そんなことないっすよ」
「あるさ。
…いいか、もう石油で動く燃料の自動車は終焉の時期を迎えている。
次は水素燃料か、さもなければ燃料電池か…正式に採用されてインフラが進めば、あと数年もすれば俺のやってる研究は無駄になるかもしれんよ。プラも別の形でのリサイクルが主となれば、俺の発想は前時代的という事になるだろう。そうなる前に、世に出してやりたいが…」
「出せばいいのに」
「簡単に言うなって。環境への配慮にまだ懸念があってな。プラスチックは熱処理・圧縮処理する際に発生する未知の化学物質が厄介なんだ。これを出来る限り低減・分解させる努力をしないと、将来処理施設を建設する際に周囲の同意が得られん。従来の、充分に理解を得られないままのブラックボックス的システムではダメなんだ。ちゃんと目に見えてわかり、安全だと言い切れるものを作らないと、長続きせん」
「徹底してるなあ先輩。俺よりずっと凄いよ」
真実感心している様子の庵に、夏彦は困惑しつつも首を振る。

「凄かない。
今だって、兄貴に散々迷惑かけどおしだ。
やっとここまでこぎ着けたが、本当はもっと早く形にしたかった。
俺の考案したリサイクルオイルでウチの車が動く日が見たいって、いつも言ってくれてっけど俺はそこまで辿り着けるかどうか…」
珍しく弱気な夏彦の様子に、庵は食べ終わったアイスの棒をくわえたまましれっと「行けますって」と言い切る。

「ウチの学長がいける、と太鼓判押したもので、今まで世に出なかったものは一つもなかったんですよ先輩。Sランク特待生が何を弱気な」
最後の言葉に、夏彦は目を剥いて「知ってたのか!?」と大声を張り上げそうになってすぐさま声を落とす。

大学内の特待生は現在十二名おり、援助内容によってS~Bランクに分けられている。
今現在、学費全免除・寮費・光熱費免除というSランク特待生は庵しかいないと学内では噂されていた。

「クイズ研究サークルの話したとき、先輩の名前出したらそう言ってましたよ。『やっぱり同じような子が集まるね』って。何で隠してるんです?」
普段、聞かれれば夏彦は自分の事を「Bランク特待生」だと答えていた。特典は学費一部免除と、寮費免除。
それでも充分優秀な証拠であり、実際彼は学部内でも教授の覚えもめでたく特典を受けるには申し分のない成績だったが、それでも庵は腑に落ちない様子である。夏彦はうなだれて、言い出しにくそうに「研究に集中するためだった」と答えた。

「性分の問題だ。お前も家で色々苦労があったと思うが、俺んちも貧乏だった。
本当に、どうしようもないくらいに…。
特に金の事では嫌な思いばかりしてな。
それで、どうしても『タダで学校に行ってる』と思われるのが嫌だったんだ。
自分の努力を評価してもらえてると思いつつも、どこかで後ろ指さされてるような気がして集中出来なくてな。それで、わざとああしたんだ。姑息だとは思ったが、少しでも金を入れてると思ってもらえれば、幾分気が楽になった。
…神経質だと思うかも知れんが、察してもらえれば嬉しいよ」
無論、ゆくゆくは何らかの形で大学には貢献したいのだがな、と夏彦は強調するように付け加える。

「そうですか…でもこれだけ努力してるなら、もっと堂々としてればいいのに」

「俺はお前とは違う。努力してやっと水準の人間だ。
お前だって天才なりに努力はしてると思うが、俺はそもそもの出発が低すぎた。

…なあ安佐、この書斎の書物の量、どう思う?

これの大半は、兄貴の所蔵だ。
ツン読じゃあない、ここにあるのは読み終わったのばっかりなんだ。
和書洋書問わずな。兄貴はさ、俺なんかよりずっと優秀だった。
夢だってあった。なのに、ウチのオヤジがクソ過ぎたばっかりに…」

夏彦の、棒を握った拳が震えている。
先輩、と声を掛けようとして庵は言葉を飲み込んだ。
夏彦は必死に泣くのを堪えていた。
しばらく大きく肩が震え、上下した後「すまん」と掠れた声が聞こえた。

「…いかんな、籠もりっぱなしで本格的に湿っぽくなってやがる」
「先輩…何かあったんですか?さっきから何だかおかしいですよ。焦ってるように見えるし」
短い沈黙が、夏彦の溜息で途切れる。
「ちょっとな」とだけ呟いて、夏彦は疲労の滲んだ顔を上げた。

「…聞いてくれるか」
「…はい」
「…俺のオヤジは、優秀な大工だったそうだ。
だった、というのは、俺が三歳までのことだから、俺は覚えてなくてさ…ある日、仕事場で三階の高さから落ちて、腰やっちまって、後はお決まりだ。仕事が生き甲斐だったせいで仕事出来なくなって、飲んだくれになっちまった。金は全部アルコールになった。ギャンブルしない代わりに、真面目にアル中になっちまって、ウチは金がなくなった。文字通りすっからかんで、借金ばっかりで、俺も兄貴も新聞配達や牛乳配達で小遣い稼いだが、それでも給食費払ってギリギリくらいの生活だった。周りは酒飲んで暴れるオヤジにすっかり辟易して近寄らなくなるし、誰も助けてくれなかった。親戚も離れていった。お袋は仕事かけもちで家に滅多に帰れなくて、俺の面倒見てくれてたのは兄貴だけだった…」
「…」
「兄貴は元々英語が得意だった。
苦労して入った高校で英文のスピーチコンクールがあって、そのまま全国大会で優勝したこともある。オーラルの外人教師にべた褒めされたって言ってた事もあったな。だから、将来は語学の勉強したいっつってたのにさ…兄貴が十八、俺が十三の時にオヤジは肝硬変、お袋は過労で一気にバタバタっと死んで、俺等は二人っきりになった。
あんまり不憫だったみたいで、親戚の一人が借金まとめて、俺ら引き取る代わりに島根の家の土地売って残りは肩代わりしてくれたけど、流石に子供二人分の学費は無理だった。
兄貴は親戚に頼み込んで、弟だけでも大学へ行かせたい、あいつはまだ中学生なのにこないだ科学の論文で立派な賞取ったんです、自分は代わりに働くから家借りるまで住まわせてくれって言い出して…兄貴、もう既に進路決まってたんだ。奨学生として、特別推薦で受験する大学も決めてたのに、全部諦めたんだよ。

全部オヤジの残した借金と…俺のせいだ。

お前の学費は、俺が全部稼いでやるからって。自分の分まで頑張って、社会に貢献出来る人物になれってさ…」
「そんなことが…でも、それ先輩には非はないんじゃ」
「兄貴もそう言ってくれはするが…でも、この部屋見てたらさ。どうにもやりきれねえよ。俺中卒でも別に良かったんじゃねえのって。身内犠牲にしてまで、俺何してるんだろうってさ…大学行っててつくづく思う。学ぶには指導者が居た方が絶対に良い。独学では、幾ら優秀でも限界がある」
「それで、先輩普段からあんなに熱心に研究してたんですね」
「勿論だ。それだけが、俺の恩返しの形だからさ。…とはいえ、正直に言えば潤いがなくてキュウキュウしてたのも事実だ。クイズサークルは良い清涼剤になってるよ」
内心を吐き出した事で落ち着いたのか、幾分夏彦の面持ちに生気が戻る。それを見て、庵の口元にも僅かに笑みが浮かんだ。

「ねえ先輩」
「ん?」
「俺にも、その研究の詳細教えてよ。何か役に立てるなら、手伝うし」
「お前が?…と、言いたいが、確かに今詰めの作業しててネコの手も借りたいくらいではある。しかし、お前が幾ら天才だっていっても、専門の知識は足りないだろうし」
「そのための『ライブラリ』ですよ。興味があったんで、必要な資料と冊子の類は叩き込んでおいたんです。計算式や化学式とか俺大好きだし、多分ついていけるかなーとか」
やけに自信満々な庵に、最初は訝しげであった夏彦も口元にニヤリと不敵な笑みをこぼす。

「自信あり!な態度だな。けしからんね。…俺の研究が知りたいと言ってたな。どれだけついてこれるか、試してやろうじゃねえか」
「そうこなくっちゃ!俺、ああいう理系な話好きなんですよ。よろしくお願いしますね先輩」
「簡単に言うなあお前!むかつくね、やりこめてやる」
「負けないっすよ!」

男たちは理解し合い、新たな第一歩を踏み出した。
二人は互いに流れる、背負った過去で互いを分かり合ったのである。
話し合いはその後明け方五時半まで及び、二人とも短い仮眠の後、寝ぼけ眼でバイトに向かったのであった。

【7月26~27日深夜・ビスコで雑談・扉の向こうに人の気配】












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