アイドル神戸に立つ。
*
時を戻して、7月26日午前中。
庵達がバイトに精を出していた頃。
神戸市某所・一流ホテルの一室では、真夏の日差しが照りつける眼下の光景を見下ろしながら、一人の少女が溜息を漏らしていた。
耳の下でくくったツインテール、くりくりっと大きな瞳、空に向かって張った胸元は、ノースリーブワンピでも色気の欠片もないほどぺったんこ。
絵に描いたような幼児体型だが、これでも来年は成人式を迎える歳なのだから驚きである。
「ふう…明日はこの炎天下で一日お仕事、明後日は移動。アイドルは休む暇無しだよぅ~」
折角、大学は夏休みなのになぁ~と、時間とスケジュールに拘束された我が身を嘆きつつも、どこか声色は明るい。
「アイアイ、そんな大層な愚痴こぼしちゃって…まだまだ貴女は駆け出しアイドル、どんどん仕事もらわなくっちゃ!」
日差しを嫌って、部屋の奥でスケジュール手帳と睨めっこをしていたマネージャーの叱咤に、アイアイこと「未来のスーパーアイドル」相田藍子は「分かってるよぅ!」と大きな声で強気に言い返す。
「だからSIGAさんのキャンペーン、なんとしても成功させてテレビレギュラーゲットだよっ!どんどん、マスコミ露出してチャンスもゲットする!」
「そうその意気よアイアイ、貴女ならそれが出来る!なんといっても、ウチの一番の稼ぎ頭なんですから頑張ってもらわないと!今日はこの後明日の段取り説明、午後にはアシスタントさんとの打ち合わせがあるから、そろそろ会場に行く準備してちょうだいね」
「は~い!今日も明日も頑張るよぉ~!ああそうだマネージャーさん、明日のアシスタントさん、来たらすぐに教えてね☆一緒にお話したいから!」
「心得てます。何と言っても、アイアイがわざわざ声をかけてくれた美人姉妹さんですものね。丁重にご案内しますから。じゃあ、よろしくお願いしますよ!」
はーい、と元気だけは良い返事を背に、マネージャーは担当アイドルの部屋を辞するとそそくさと一階のカフェテラスに赴き、アイスコーヒーを片手に短いリラックスタイムを満喫する。
「とは言っても…」
手帳片手に、マネージャーは不安を禁じ得ない。
アイアイは確かによく頑張る子だ。
多少、ドジだし天然でぼけるし、思考が全く読めない時もあるが、素質は「ある」と思っている。
何より、今時珍しく歌唱力が高い。
そもそもの才能なのかもしれない。
身びいきでなく、事務所の社長ともどもそう思うのだ。
ガッツもある。
向上心も、熱意も、努力だって真面目に人一倍も二倍もやってる。
担当の自分が一番よく知っている。この子の努力する姿を。
しかし、アイアイには未だそれを認められるためのチャンスと場がない。
今請け負っているSIGAの仕事がなくなれば、その後の予定表は白紙。つまり、仕事がない。全くのゼロになり、実質休業状態になってしまう。
それだけはどうしても避けたいところであるが、単発で請け負った仕事の後もテレビやマスコミ関連からは全くと言っていいほど反応がなく、後に続かないのである。あれやこれやと手を打ってはみるが、所詮は弱小芸能事務所。大手の子が相手では、オーディションもさっぱり落選続き。
こんな状況の全てを真実としてぶっちゃけて伝える事も出来ず、半ばうやむやにしたまま当のマネージャーは身をくねらせてお悩み真っ最中であった。
言えばいいのかも知れないが…あんな天然の性格に反して、アイアイが随分と繊細で傷つきやすいことを、マネージャーは薄々感づいていたせいもある。
笑っている影で、付き人の自分にすら涙を見せない子なのだ。言っていい事と悪い事のボーダーラインが非常に厳しい子を、叱咤激励のつもりが仕事前に落ち込ませる訳にもいかず。
「あーもう、安佐庵が出演してくれたらなあ…そうしたら、アイアイのステージも、もっとたくさんの人目に公開出来るでしょうに!ネットで検索してもはっきりとは位置が分からないし、アイアイなんか顔見知りなのにケー番も知らないって言うし…はあ、ひょっこり出てきてくれないかなー…勢いででも彼がアイアイをテレビカメラの前でポロッと紹介なんかしてくれたら、すっごい助かるんだけどなー…」
安佐庵。
かつて「日本一のクイズ王」と呼ばれ、あらゆるクイズ番組で脚光を浴びた彼の名前が、ここ数週間でネットの片隅を賑わせるようになっていた。
理由は、アイアイがキャンペーンを努めるオンライン型クイズゲーム「アンサー×アンサー」を彼もプレイしているというもの。
多くのユーザーは彼の超人的な頭脳をブラウン管越しに把握していたため対戦を望む声が多く、彼の居場所と対戦日時・普段のプレイ時刻や目撃情報が注目されるようになっていた。皆「天才に挑戦してみたい」のである。
そんな中、彼が大学の夏休み期間を利用して日本各地を回っているらしいとの噂が巨大掲示板で上がり、新潟で大会に出場した事実が流されると「自分の地元ゲーセンに来ないものか」「次はどこの県に行ってるのか」としきりに動向に注目するお尋ね書き込みがスレッドを流れていった。
だがその裏で、マスメディアの業界通ではネット内における情報網を利用した、テレビ局員の情報操作の疑惑も囁かれ始めていた。
背景には、昨今のテレビ番組におけるクイズ番組ブームに乗っかる形で、なんとか庵の所在を見つけ番組に出演させ、視聴率大幅アップを狙う意図があった。テレビ局側としては、引退して且つ未だに人気を誇る庵のネームバリューにあやかりたいようであったが、彼がアカデミッククイズでの事件以降マスコミを敬遠している事もあり、熱狂的なファンによる抗議を怖れる反面、それ故の希少価値による視聴率アップ見込みとの天秤勘定もあり、暗黙の内にどこも手が出せずにまごついていたのである。
大日本テレビの二の舞となることを忌避して表だっては言わないが、水面下ではどこのテレビ局も庵の出演交渉を狙っていた。
風の噂では、大日本テレビではかつて高ギャラ故に遠ざけた福盛アナを司会に据えた、アカデミッククイズ以外での新しいクイズ番組を検討中だという。彼が庵と以前から親しかったため、縁故で庵を引っ張ってきてメインに据える作戦を考えているとかいないとか…。
以前の事件で局自体が絶縁状態になったための苦肉の策だともとんだ笑い話とも囁かれているが、この企画の噂自体が、現在も続く庵の人気ぶりとクイズ関係者の注目度を物語っているとも言えた。
勿論、彼らとSIGAのスタッフもまた、血眼で安佐庵を捜索中である。
ただでさえ低い「アンサー×アンサー」の知名度と世間へのアピールに四苦八苦している現状を打開したいのだが、今現在展開している「夏のキャンペーン」も反応はどこもイマイチである。庵が近場のモーターショーで売り子をしていた、なんて眉唾物の情報書き込みもありスタッフが現地へ直に確かめに赴いたが結局発見できず空振り。彼らは予想を下回る集客状況に頭を悩ませていたのであった…。
【7月26日昼前・アイアイはこれからお仕事です】
時を戻して、7月26日午前中。
庵達がバイトに精を出していた頃。
神戸市某所・一流ホテルの一室では、真夏の日差しが照りつける眼下の光景を見下ろしながら、一人の少女が溜息を漏らしていた。
耳の下でくくったツインテール、くりくりっと大きな瞳、空に向かって張った胸元は、ノースリーブワンピでも色気の欠片もないほどぺったんこ。
絵に描いたような幼児体型だが、これでも来年は成人式を迎える歳なのだから驚きである。
「ふう…明日はこの炎天下で一日お仕事、明後日は移動。アイドルは休む暇無しだよぅ~」
折角、大学は夏休みなのになぁ~と、時間とスケジュールに拘束された我が身を嘆きつつも、どこか声色は明るい。
「アイアイ、そんな大層な愚痴こぼしちゃって…まだまだ貴女は駆け出しアイドル、どんどん仕事もらわなくっちゃ!」
日差しを嫌って、部屋の奥でスケジュール手帳と睨めっこをしていたマネージャーの叱咤に、アイアイこと「未来のスーパーアイドル」相田藍子は「分かってるよぅ!」と大きな声で強気に言い返す。
「だからSIGAさんのキャンペーン、なんとしても成功させてテレビレギュラーゲットだよっ!どんどん、マスコミ露出してチャンスもゲットする!」
「そうその意気よアイアイ、貴女ならそれが出来る!なんといっても、ウチの一番の稼ぎ頭なんですから頑張ってもらわないと!今日はこの後明日の段取り説明、午後にはアシスタントさんとの打ち合わせがあるから、そろそろ会場に行く準備してちょうだいね」
「は~い!今日も明日も頑張るよぉ~!ああそうだマネージャーさん、明日のアシスタントさん、来たらすぐに教えてね☆一緒にお話したいから!」
「心得てます。何と言っても、アイアイがわざわざ声をかけてくれた美人姉妹さんですものね。丁重にご案内しますから。じゃあ、よろしくお願いしますよ!」
はーい、と元気だけは良い返事を背に、マネージャーは担当アイドルの部屋を辞するとそそくさと一階のカフェテラスに赴き、アイスコーヒーを片手に短いリラックスタイムを満喫する。
「とは言っても…」
手帳片手に、マネージャーは不安を禁じ得ない。
アイアイは確かによく頑張る子だ。
多少、ドジだし天然でぼけるし、思考が全く読めない時もあるが、素質は「ある」と思っている。
何より、今時珍しく歌唱力が高い。
そもそもの才能なのかもしれない。
身びいきでなく、事務所の社長ともどもそう思うのだ。
ガッツもある。
向上心も、熱意も、努力だって真面目に人一倍も二倍もやってる。
担当の自分が一番よく知っている。この子の努力する姿を。
しかし、アイアイには未だそれを認められるためのチャンスと場がない。
今請け負っているSIGAの仕事がなくなれば、その後の予定表は白紙。つまり、仕事がない。全くのゼロになり、実質休業状態になってしまう。
それだけはどうしても避けたいところであるが、単発で請け負った仕事の後もテレビやマスコミ関連からは全くと言っていいほど反応がなく、後に続かないのである。あれやこれやと手を打ってはみるが、所詮は弱小芸能事務所。大手の子が相手では、オーディションもさっぱり落選続き。
こんな状況の全てを真実としてぶっちゃけて伝える事も出来ず、半ばうやむやにしたまま当のマネージャーは身をくねらせてお悩み真っ最中であった。
言えばいいのかも知れないが…あんな天然の性格に反して、アイアイが随分と繊細で傷つきやすいことを、マネージャーは薄々感づいていたせいもある。
笑っている影で、付き人の自分にすら涙を見せない子なのだ。言っていい事と悪い事のボーダーラインが非常に厳しい子を、叱咤激励のつもりが仕事前に落ち込ませる訳にもいかず。
「あーもう、安佐庵が出演してくれたらなあ…そうしたら、アイアイのステージも、もっとたくさんの人目に公開出来るでしょうに!ネットで検索してもはっきりとは位置が分からないし、アイアイなんか顔見知りなのにケー番も知らないって言うし…はあ、ひょっこり出てきてくれないかなー…勢いででも彼がアイアイをテレビカメラの前でポロッと紹介なんかしてくれたら、すっごい助かるんだけどなー…」
安佐庵。
かつて「日本一のクイズ王」と呼ばれ、あらゆるクイズ番組で脚光を浴びた彼の名前が、ここ数週間でネットの片隅を賑わせるようになっていた。
理由は、アイアイがキャンペーンを努めるオンライン型クイズゲーム「アンサー×アンサー」を彼もプレイしているというもの。
多くのユーザーは彼の超人的な頭脳をブラウン管越しに把握していたため対戦を望む声が多く、彼の居場所と対戦日時・普段のプレイ時刻や目撃情報が注目されるようになっていた。皆「天才に挑戦してみたい」のである。
そんな中、彼が大学の夏休み期間を利用して日本各地を回っているらしいとの噂が巨大掲示板で上がり、新潟で大会に出場した事実が流されると「自分の地元ゲーセンに来ないものか」「次はどこの県に行ってるのか」としきりに動向に注目するお尋ね書き込みがスレッドを流れていった。
だがその裏で、マスメディアの業界通ではネット内における情報網を利用した、テレビ局員の情報操作の疑惑も囁かれ始めていた。
背景には、昨今のテレビ番組におけるクイズ番組ブームに乗っかる形で、なんとか庵の所在を見つけ番組に出演させ、視聴率大幅アップを狙う意図があった。テレビ局側としては、引退して且つ未だに人気を誇る庵のネームバリューにあやかりたいようであったが、彼がアカデミッククイズでの事件以降マスコミを敬遠している事もあり、熱狂的なファンによる抗議を怖れる反面、それ故の希少価値による視聴率アップ見込みとの天秤勘定もあり、暗黙の内にどこも手が出せずにまごついていたのである。
大日本テレビの二の舞となることを忌避して表だっては言わないが、水面下ではどこのテレビ局も庵の出演交渉を狙っていた。
風の噂では、大日本テレビではかつて高ギャラ故に遠ざけた福盛アナを司会に据えた、アカデミッククイズ以外での新しいクイズ番組を検討中だという。彼が庵と以前から親しかったため、縁故で庵を引っ張ってきてメインに据える作戦を考えているとかいないとか…。
以前の事件で局自体が絶縁状態になったための苦肉の策だともとんだ笑い話とも囁かれているが、この企画の噂自体が、現在も続く庵の人気ぶりとクイズ関係者の注目度を物語っているとも言えた。
勿論、彼らとSIGAのスタッフもまた、血眼で安佐庵を捜索中である。
ただでさえ低い「アンサー×アンサー」の知名度と世間へのアピールに四苦八苦している現状を打開したいのだが、今現在展開している「夏のキャンペーン」も反応はどこもイマイチである。庵が近場のモーターショーで売り子をしていた、なんて眉唾物の情報書き込みもありスタッフが現地へ直に確かめに赴いたが結局発見できず空振り。彼らは予想を下回る集客状況に頭を悩ませていたのであった…。
【7月26日昼前・アイアイはこれからお仕事です】
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