荷物片手にもう一人。
*
「そういえば晶君、さっき哲平君とすれちがったよ。そろそろ来るんじゃない?」
「え?そうなんで…」
言い終わらぬ間に、今度は再び玄関の方から「ちゃーっす!」と威勢の良い男の声が。
「おいーーっすおばちゃーん!持ってきたよーーーっ!…おおアキ久しぶりー!垢抜けたなあ!」
「わー哲平久しぶりー!真っ黒じゃない、今日も家の手伝い?」
「モチよ、俺んちのカーチャン息子を酷使しまくりだぜー!もう渋川行くまでもねえくらい焼けた!でさ、庵、上か?熱っていつものあれ?」
そろっと敦が居間から顔を出すと、三和土に晶と並んで立つ、やけに背の高い屈強な色黒の男が。
営業用の五分袖シャツにパンツ、シャツの袖から覗く二の腕は筋肉が太く固そうである。首からタオルを下げた顔元は彫りが深く、人懐っこい笑顔を浮かべている。
哲平と呼ばれた青年はもじゃもじゃの天然パーマをかきむしって「いよう」と敦に気付いて手を振る。と、その横をいそいそと庵母が「ありがとぉー」と財布片手に滑り抜けていった。
「はーいこれ。おつりはいいから、アイス食べてらっしゃいな。お荷物そこでいいからね」
「いつもどもっす。いや、庵に会いたいんであがらせてもらっていいすか?ついでに台所まで担いで行きますって」
「あらありがとー!あの子上にいるけど、寝てるかも」
「ほいほい、じゃあ枕元にバナナとリンゴそなえて帰りますんで」
腕に引っかけていた果物入りのビニールを玄関脇の段ボールに入れ、ひょいと持ち上げると廊下を慣れた足取りで進む。
どすっ、と重みのある音の後で足音だけが階段の上へと消えていった。
「せんぱーい」
「ん?何、敦」
「さっきの人は」
「ああ、哲平?友達だよ。元柳哲平、家は商店街で青果店してる。中学までずっと一緒だったんだ。庵とはもっと付き合い長いよ」
「何せ保育器の中からの友達だもんねえ哲平君って」
唐突に、ニコニコ顔の庵母が「麦茶お代わり要るかい?」とひょっこり居間を覗き返す。
「あっ、いえいいです!お腹いっぱいです!」
「あらそうかい?遠慮しなくていいからね~」
ささっと庵母が盆とグラスを回収していった後、居間に戻ろうとした晶の背後から明日香も続けて入ってくる。
座るスペースを確保しようと慌てて脇に避けようとすると、「いいよすぐ出る」と立ったまま彼女はそっけなく答える。
「天気みたいんだけど、チャンネルどこ?」
「リモコンか?ここに」
夏彦を一瞥して、「そうそれ」とリモコンを指差し、次にテレビを指し示す。
「悪いけどNHKつけて。明日午前中練習出来るかどうか連絡回さないといけないから」
「練習?」
「高校でソフトボール教えてるの。後輩相手だから気楽なバイトだけど、見習いコーチは雑用多いんだよね」
「はあ」
言われるままに、リモコンでチャンネルを操作する。丁度良く気象情報が流れる間、居間は奇妙な沈黙に包まれる。
「あのさ」
空気に逆らうように、明日香が口を開く。
「晶君分かってると思うけど、母さんの話は話半分で聞いておいてね」
「えっ…」
「特にそこのボク。何となくすぐに騙されそうな顔してるから言っておくけど、あの人、庵の話は誇張しまくるから。半分以下に聞いておいて丁度いいよ」
「は、はあ」
わざわざご丁寧に指名され、敦の顔にあからさまな動揺が浮かびあがる。
とげとげしさはないものの、どことなくぎこちない空気がアナウンサーの無機質な朗読と並行して室内に満ちる。
「さっきの保育器の話、どうせ後で晩ご飯の時にペラペラ喋るんだろうから先に言っておくとね。
哲平君と庵、保育園の頃から大の仲良しなんだけどさ。
保育園の時、あいつ、隣に座ってた哲平君が名前呼ばれたの聞いて「お前、どこそこの病院にいついつ頃いなかったか」って聞いたんですって。で、それが合ってるから哲平君のお母さんが訊ねたら、あいつが「だったら俺は隣にいたんだ、お前の父ちゃんが毎日てっぺい、てっぺいって保育器覗いて言ってたの聞いてたから覚えてる」って言ったんだって。庵も未熟児だったから保育器入ってたけど、その隣なんて普通覚えてないっての。ぶっちゃけありえないって」
「(マジか)」
「(嘘でも信じるなそれは)」
「(先輩ならあり得るから困ります)」
「それ僕も知ってます。おばさんから何度聞いたし…別にいいんじゃ」
「いやだってアキ君、そこのボク見てたらあからさまにあいつの情報目当てな顔に見えたから、つい。さっきからキョロキョロして挙動が怪しいもの」
「ギクッ」
図星だったのか、敦の顔元に更に動揺が増す。
「当ててあげよっか?…庵のクイズでもらった賞状とか、トロフィーとか、そういうの、もうウチにはないよ。多すぎて置き場所喰うから、引っ越すときにあいつ自分で全部処分しちゃったのよ。貴重品だったのかもしんないけど、所詮テレビの景品だしね。自分でオークションに出すような代物でもないし、あっても役に立たないし。と言う訳で残念でした」
「えー!勿体ない…(父さんは全部蔵にキープしてるのにっ!)」
「ほらやっぱり」
「はうっ!」
何とも言えない沈黙が深まる。
察して、明日香は鬱陶しげに頭をかきむしって溜息をついた。
「あーもう、あんたたちも庵の信者?晶君、もうちょっと友達選びなよ」
「そ、そんなっ」
困惑する晶の表情を見て取って、明日香の顔元がくすむ。
「…ゴメン、また私言い過ぎたね。晩ご飯、適当に外で食べてくる。ついでに友達の家泊まるから、くつろいでってよ。無害そうなのは分かったから」
「え、でも」
「台風でしょ?まだ大丈夫だよ。一人暮らししてる友達ってこう言うとき心細ーいってウザイメール送ってくるから、その子のアパートでも行ってくる。明日は流石に母さん心配だから戻るけど。それまでよろしくね」
んじゃ、とさらっと一言残し、台所の母親に「ご飯いいから」と告げると、明日香は玄関から出て行ってしまった。
「本当に」
「微妙なんだな…」
誰ともなく、口には出さないまでも、晶を除く三人ともが同様の感想を抱いて遠のいた足音を見送った。
【7月29日夕方・そろそろご飯時・庵は二階で友達と談話中・続く】
「そういえば晶君、さっき哲平君とすれちがったよ。そろそろ来るんじゃない?」
「え?そうなんで…」
言い終わらぬ間に、今度は再び玄関の方から「ちゃーっす!」と威勢の良い男の声が。
「おいーーっすおばちゃーん!持ってきたよーーーっ!…おおアキ久しぶりー!垢抜けたなあ!」
「わー哲平久しぶりー!真っ黒じゃない、今日も家の手伝い?」
「モチよ、俺んちのカーチャン息子を酷使しまくりだぜー!もう渋川行くまでもねえくらい焼けた!でさ、庵、上か?熱っていつものあれ?」
そろっと敦が居間から顔を出すと、三和土に晶と並んで立つ、やけに背の高い屈強な色黒の男が。
営業用の五分袖シャツにパンツ、シャツの袖から覗く二の腕は筋肉が太く固そうである。首からタオルを下げた顔元は彫りが深く、人懐っこい笑顔を浮かべている。
哲平と呼ばれた青年はもじゃもじゃの天然パーマをかきむしって「いよう」と敦に気付いて手を振る。と、その横をいそいそと庵母が「ありがとぉー」と財布片手に滑り抜けていった。
「はーいこれ。おつりはいいから、アイス食べてらっしゃいな。お荷物そこでいいからね」
「いつもどもっす。いや、庵に会いたいんであがらせてもらっていいすか?ついでに台所まで担いで行きますって」
「あらありがとー!あの子上にいるけど、寝てるかも」
「ほいほい、じゃあ枕元にバナナとリンゴそなえて帰りますんで」
腕に引っかけていた果物入りのビニールを玄関脇の段ボールに入れ、ひょいと持ち上げると廊下を慣れた足取りで進む。
どすっ、と重みのある音の後で足音だけが階段の上へと消えていった。
「せんぱーい」
「ん?何、敦」
「さっきの人は」
「ああ、哲平?友達だよ。元柳哲平、家は商店街で青果店してる。中学までずっと一緒だったんだ。庵とはもっと付き合い長いよ」
「何せ保育器の中からの友達だもんねえ哲平君って」
唐突に、ニコニコ顔の庵母が「麦茶お代わり要るかい?」とひょっこり居間を覗き返す。
「あっ、いえいいです!お腹いっぱいです!」
「あらそうかい?遠慮しなくていいからね~」
ささっと庵母が盆とグラスを回収していった後、居間に戻ろうとした晶の背後から明日香も続けて入ってくる。
座るスペースを確保しようと慌てて脇に避けようとすると、「いいよすぐ出る」と立ったまま彼女はそっけなく答える。
「天気みたいんだけど、チャンネルどこ?」
「リモコンか?ここに」
夏彦を一瞥して、「そうそれ」とリモコンを指差し、次にテレビを指し示す。
「悪いけどNHKつけて。明日午前中練習出来るかどうか連絡回さないといけないから」
「練習?」
「高校でソフトボール教えてるの。後輩相手だから気楽なバイトだけど、見習いコーチは雑用多いんだよね」
「はあ」
言われるままに、リモコンでチャンネルを操作する。丁度良く気象情報が流れる間、居間は奇妙な沈黙に包まれる。
「あのさ」
空気に逆らうように、明日香が口を開く。
「晶君分かってると思うけど、母さんの話は話半分で聞いておいてね」
「えっ…」
「特にそこのボク。何となくすぐに騙されそうな顔してるから言っておくけど、あの人、庵の話は誇張しまくるから。半分以下に聞いておいて丁度いいよ」
「は、はあ」
わざわざご丁寧に指名され、敦の顔にあからさまな動揺が浮かびあがる。
とげとげしさはないものの、どことなくぎこちない空気がアナウンサーの無機質な朗読と並行して室内に満ちる。
「さっきの保育器の話、どうせ後で晩ご飯の時にペラペラ喋るんだろうから先に言っておくとね。
哲平君と庵、保育園の頃から大の仲良しなんだけどさ。
保育園の時、あいつ、隣に座ってた哲平君が名前呼ばれたの聞いて「お前、どこそこの病院にいついつ頃いなかったか」って聞いたんですって。で、それが合ってるから哲平君のお母さんが訊ねたら、あいつが「だったら俺は隣にいたんだ、お前の父ちゃんが毎日てっぺい、てっぺいって保育器覗いて言ってたの聞いてたから覚えてる」って言ったんだって。庵も未熟児だったから保育器入ってたけど、その隣なんて普通覚えてないっての。ぶっちゃけありえないって」
「(マジか)」
「(嘘でも信じるなそれは)」
「(先輩ならあり得るから困ります)」
「それ僕も知ってます。おばさんから何度聞いたし…別にいいんじゃ」
「いやだってアキ君、そこのボク見てたらあからさまにあいつの情報目当てな顔に見えたから、つい。さっきからキョロキョロして挙動が怪しいもの」
「ギクッ」
図星だったのか、敦の顔元に更に動揺が増す。
「当ててあげよっか?…庵のクイズでもらった賞状とか、トロフィーとか、そういうの、もうウチにはないよ。多すぎて置き場所喰うから、引っ越すときにあいつ自分で全部処分しちゃったのよ。貴重品だったのかもしんないけど、所詮テレビの景品だしね。自分でオークションに出すような代物でもないし、あっても役に立たないし。と言う訳で残念でした」
「えー!勿体ない…(父さんは全部蔵にキープしてるのにっ!)」
「ほらやっぱり」
「はうっ!」
何とも言えない沈黙が深まる。
察して、明日香は鬱陶しげに頭をかきむしって溜息をついた。
「あーもう、あんたたちも庵の信者?晶君、もうちょっと友達選びなよ」
「そ、そんなっ」
困惑する晶の表情を見て取って、明日香の顔元がくすむ。
「…ゴメン、また私言い過ぎたね。晩ご飯、適当に外で食べてくる。ついでに友達の家泊まるから、くつろいでってよ。無害そうなのは分かったから」
「え、でも」
「台風でしょ?まだ大丈夫だよ。一人暮らししてる友達ってこう言うとき心細ーいってウザイメール送ってくるから、その子のアパートでも行ってくる。明日は流石に母さん心配だから戻るけど。それまでよろしくね」
んじゃ、とさらっと一言残し、台所の母親に「ご飯いいから」と告げると、明日香は玄関から出て行ってしまった。
「本当に」
「微妙なんだな…」
誰ともなく、口には出さないまでも、晶を除く三人ともが同様の感想を抱いて遠のいた足音を見送った。
【7月29日夕方・そろそろご飯時・庵は二階で友達と談話中・続く】
トラックバックURL↓
http://3373plugin.blog45.fc2.com/tb.php/448-9e6fcbbf
| ホーム |