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ゲーム二次創作中心ブログ。 更新まったり。作品ぼちぼち。

晶の不安と庵の沈黙。
*

夕食後にフルーツまでいただき、お腹がはちきれそうなほどになった所で順番に風呂→寝床の準備と、手際よく粛々と夜の支度が調っていく。
先程の居間と隣室の畳六畳の部屋で各二名ずつ別れて寝ることとなり、じゃんけんの結果夏彦と大輔、晶と敦のペアで休むこととなった。

午後九時過ぎ。
風呂上がりに気になって、晶は庵母に「庵、夕食は」と訊ねると、今まで元気だった庵母の表情がしゅん、とくすむ。
「ダメだねえ。ノックしても返事がないから切った桃も持って下りたよ。哲平君から果物もらっただろうから、それでいいのかもしんないけど」
心配だねえ、と溜息混じりに庵母は肩をすくめてみせる。
「上がって良いです?」と断りをいれ、そっと狭い階段から二階へと上がる。
上がってすぐの部屋。扉の木目は所々壊れた穴を塞いだ継ぎ目の跡が見受けられる。
色々とあったであろう、庵の葛藤の痕跡。

コンコン、とノックし「起きてる?」とドア越しに声を掛ける。
すると、少し間をおいて「うん」と気怠い返事が返って来た。
開けようと思ったが、ドア越しに「そこでいいか?」と庵の声が聞こえ、ドアノブから手を離した。

「大丈夫?」
『うん、平気。顔むくんでるっぽいけど。不細工が更にぶっさいくなのは見せたくないんよ』
「またそんな事言って。おばさん、桃いいのかって」
『哲平くれたからいい。カバンの中にウエットティッシュ入れておいて良かった。皮剥いて食ったけど汁バリバリだった』
「美味しかったね」
『ん』

「…庵」
『んー』
「…おばさんと、ちょっとくらい話出来そう?明日くらい」
『んー…』
気のない鼻声だけが聞こえる。まだ本調子じゃないのも分かる。

『晶、心配しすぎ。おかん体格通り図太いから心配いらんよ』
「そう、か。ゴメン。起こした?」
『いや、寝てばっかいたから少し起きてる。もう少ししたら、また寝るよ。ペットボトルで水もあるし、薬飲んだし、俺は大丈夫。晶ごめんな。ゆっくり休んでくれ』
「うん、分かった」

やっぱり、まだしこりがあるのかな。
高校時代、父親が不慮の事故で亡くなるまで庵は家の中で父親と葛藤があったのは知る事が出来たが、その影響か母親や姉とも未だに見えざる一線を引いて過ごしているような気がしてならない。
庵の母も自分にばかり電話をかけてくる。
庵は頑として電話に出ないから、らしい。
訊ねてもいつもこう。
「んー」と、曖昧な返事のまま話題を変えていく。追求すると、表情が消え失せる。

だから聞けない。
突き詰めていったら、庵がまた「あの日」のような「無貌」に戻ってしまうんじゃないかと思えて恐ろしいから。
庵の父がかつて彼にしたように、今度は僕が感情の奈落へと突き落としてしまうんじゃないかと思うと、限りなく怖いから。

高校三年生の秋。
「空白の一ヶ月事件」の後、庵が一週間東京の病院で検査入院に入っていた時の事。
最初は三日間だと言われ、それが五日になり、次には一週間経っても帰ってこなくて。
たまらず父に無理を言って、受験する大学の下見と称して一時上京し、内密に庵の病室へと見舞いに行った。

お腹空かせてるだろうと思って菓子箱片手に訪ねた病室で見たのは、窓の外をぼんやりと眺める無表情の庵だった。
快活で、明るくて、屈託無いはずの彼の横顔は白くて、病室の白いカベ、白いシーツ、殺風景な室内の一部のようになった魂の無い抜け殻。
僕の気配に気付いてゆっくりと、ゆっくりと振り向いた彼の顔は、目だけが爛々と見開かれ顔の筋肉が弛緩しきっていた。
心理の奥底、ドロドロの暗い感情を煮詰めた穴の底だけを見ているような暗い目。目と言う形容もしたくないほどの、生気の抜け落ちた穴が二つ、僕を見ていた。
僕を見て、彼は二度まばたきをして、「あぁ」と呻いた。
「やあ」と言ったのかも知れなかったけど、それは呻き声にしか聞こえなかった。
無実の罪に胸を潰された囚人。その真似事をしてるんだと訴えようとして、失敗している三流役者のようだった。

そして、彼は笑った。口の端だけを曲げて、笑った。にっこりと。

「あきら?」
はは、と口の端から何か声が零れた。彼は疲れ切っていた。
不器用な愛想笑いすら、不気味なほどに。

「久しぶり。げんき?」
彼はもう一度笑った。今度は、とても上手に。歯を見せて笑った。

あんなに恐ろしい表情は、僕は知らない。
想像してもらえるだろうか。黒い穴の底だけを何の意志も感動もなく見ている穴ぼこの目を。
笑えと、誰に言われてもいないのに強制されていると思いこんでいる哀れな子供の唇を。
人は人形になれるのだと、あの時漠然と思った。人形のマネでなく、誰かの望む人形役に。心を潰して磨り減らされても、庵はここに居ない誰か…父親の顔を僕の顔越しに見ている。それを、一瞬で理解し背筋が凍った。

人が生きながら狂気に触れている瞬間を、まざまざと見せつけられ、僕は軽口はおろか単調な見舞いの言葉すら絞り出せなくなった。
その後、何の話をしたかすら、はっきりと覚えていない。手みやげを渡すと早々に部屋を辞した。
二週間後、退院後に学校で会ったときは既に普段の明るい彼に戻っていたのでホッとしたが、「菓子ちょーうまかった。病院食って単調だから助かったぜ」とうっすら笑みを浮かべながら軽口混じりな礼を聞かされ、あれはやっぱり夢じゃなかったんだと認識し、それ以来庵に対し気配りを怠らないようにした。
彼が薄ら笑いを浮かべる度、あの日の救いきれない闇を、その口端に感じるから。
万一、庵が狂気にとらわれたら…二度と戻ってこないような、そんな気がして。

階段を下りながら、晶がぼんやりとそんな事を考えていたのと同じ頃。
晶の足音が階下に消えたと同時に、二階の室内ではパソコンのタッチ音だけが静かな室内に黙々と響いていた。

【7月29日夜・これから就寝・続く】












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