※ほんのり浮上中…。
モンゴル系ヒゲ運転手とロン毛系政治家秘書。
モンゴル系ヒゲ運転手とロン毛系政治家秘書。
*
数十分後。
朝食後の御礼もそこそこに、「まあ早いお迎えだこと!」とニコニコ笑顔の庵母にお見送りされ、庵と夏彦を除く三人はリムジンへ強制連行させられた。
夏彦は、聡文の好意で山頂の安住家邸宅内にある駐車場へと乗用車を停めてもらえることになったため、一人自動車でリムジンの後を追う事になった。
玄関を出る前、晶は一人食卓でもそもそとゆで卵を食べていた庵に声をかけた。
顔元は悪くない。
むしろ良いのだが、相変わらず表情が薄い。
その能面が、このまますんなりと出て行く事をためらわせた。
視線を卵の皮むきに向けたままの庵の横に立つと、庵は「んじゃな」と感慨なく答えた。
「庵」
「ん。分かってんよ。いってら」
「ん…」
言い淀む晶に、庵は卵半分をつるっと丸呑みするとコップの水を含んで「行けって」とようやく口元に僅かな微笑を見せた。
「俺も本調子じゃないし。寝泊まりだけだったらお前のウチの方が広いし面白いもんあるだろうし。敦君に古備前でも見せてやんなよ。茶の間のでかい皿とか」
「そりゃまあ、そうだけど…」
「俺ももう二十歳よ晶。お前もだけど。…だから、何があってももう大丈夫。大丈夫にならないといけないと、思うんだぜ俺」
「…」
「いつまでもお前に頼ってたら、お前のかあちゃんに悪いしね。たまには、俺に食わせてるような飯、食べさせてやんなよ」
「…」
何故だか分からない。
分からないが、ふいに晶は熱いものが込み上げてきて大きく息を吐き出す。
「おいおい泣くなって。お前んちの父ちゃん怖くないじゃん」
「…違うよ」
「何が」
「そうやって先回りして良いこと言うから…」
「…」
「…心配になるんじゃん」
庵も察したようで、困ったように眉を下げると肩をすくめて「ばーか」と笑った。
「俺を誰だと思ってんの?日本一の天才様よ?…な?じゃあ、おまえんとこのオヤジさんとおふくろさんによろしく。後、ついでにバカ兄貴にもブラコン乙って言っといてくれろ」
「無茶言わないでよ無理無理」
「やっぱり?」
そこでやっと笑いあう。
庵の洗ってない汗ばんだ髪をぐしゃぐしゃ掻き回す。
やめろって、と庵も身をよじって手を払いながらキャッキャッと声を出して笑う。
笑いあったお互いの目尻に、小さな雫が浮かんで消えた。
*
「ご準備出来ましたようですな」
運転席から降りてきた、堂々たる巨躯のモンゴル系ヒゲ黒服・帯刀にずずい、とにじり寄られ、敦はひっ、と短い悲鳴を上げそうになる。
間近で見ると、百九十以上…つまり二メートルくらいあるんじゃなかろうかと言う威圧的な体格である。しかもスーツ下で隆々に盛り上がる筋肉の太さに、無意識ながら冷や汗が背中を伝う。大輔も同様の考えらしく、分の悪そうな相手の体格にひるみはしないまでも警戒を強めているように見える。
慣れているはずの晶でさえ、数年ぶりに会う父の付き人の姿に困惑の色を隠せずにいるようで、ろくに整頓もせず突っ込んだままに膨れたカバンを背負ってむっつりと俯いている。
「…久しぶりです、晶さん」
「うん、久しぶり」
沈黙。晶は目を伏せたままボソリと呟く。
「父は何と」
「午後から仕事があるので早めにお会いしたいと」
俯いたままの晶の眉間に、細かなシワが畳まれる。
「…分かった。じゃあ、こちらに拒否権はないね。わざわざ時間作ってくれてるんだし」
「そういう事です。さあ、どうぞ」
「うん」
うやうやしく開かれたドアに、なんのてらいもなく優雅に乗り込む姿を見て、夏彦は改めて「晶はやっぱりいいとこのぼっちゃんだなぁ」としみじみと思っていた。
よく出自やらネタみたいなハリセン芸人のそぶりでぼかされているが、立ち居振る舞いそのものが既に上品なのである。言葉遣いにせよ、一挙手一投足にせよ、無駄がなく迷いもない。ごく自然に、下品な成金とは違う涼しげな品格が現れているのにそれをわざわざ隠すのが、当人のおくゆかしさと言うべきか、若さ故と言うべきなのだろうか。
ボンボンと思われるのがイヤなだけだろうが、それこそもっと表向きにすればもてるだろうにと、いつまでたってもがさつが抜けないヒゲ先輩は入らぬ世話を考えるのであった。
「あ、あの」
「はい」
「この車土足…」
「で、構いません」
「あ、そうですか…」
小市民らしい敦の質問にニコリともせず答える帯刀に促され、周囲の視線も気になるところなのでさっさと乗り込む。
中は対面式で運転席と座席が間仕切りされている特注仕様になっていた。既に乗車済みの晶は腕組みをしたまま口を一文字に結んで目を閉じている。
「あ、晶先輩…」
「大丈夫か?」
「平気。ごめんね」
まあ、かけてと促されて座席に座ると、ふかふかな座り心地が妙な感触で二人とも腰の下を浮わつかせる。
堅苦しい空気のまま晶と敦・大輔で向かい合わせに座ると「よっ!」と聡文が颯爽と晶の隣へと乗り込み勢いドアを閉めた。
「ちょっ、兄さ…!」
乗り込んだ勢いで聡文に肩へ腕を回され、咄嗟にはねつけようとするも車のエンジンがかかり振動で体勢を崩しかけ、そのままがっちりと固定されてしまう。
苦虫噛み潰したような表情で見上げると、兄はやはりにやりと満足げに口端を曲げて微笑んでいた。
「よし、帯刀出してくれ!」
「了解」
派手なエンジン音を響かせて発進したリムジンを追って、背後からそろそろと夏彦の車も移動を始める。
兄の過剰なスキンシップに辟易する晶の視界の端で、スモークガラス越しに庵が自宅二階からのんびり手を振っているのが見えた。
晶も、また運転席でそれに気付いた夏彦も、それが何故だか無性に嬉しかった。
【7月30日・聡文兄さん上機嫌・晶涙目・庵は卵と水だけ食べて就寝・続く】
数十分後。
朝食後の御礼もそこそこに、「まあ早いお迎えだこと!」とニコニコ笑顔の庵母にお見送りされ、庵と夏彦を除く三人はリムジンへ強制連行させられた。
夏彦は、聡文の好意で山頂の安住家邸宅内にある駐車場へと乗用車を停めてもらえることになったため、一人自動車でリムジンの後を追う事になった。
玄関を出る前、晶は一人食卓でもそもそとゆで卵を食べていた庵に声をかけた。
顔元は悪くない。
むしろ良いのだが、相変わらず表情が薄い。
その能面が、このまますんなりと出て行く事をためらわせた。
視線を卵の皮むきに向けたままの庵の横に立つと、庵は「んじゃな」と感慨なく答えた。
「庵」
「ん。分かってんよ。いってら」
「ん…」
言い淀む晶に、庵は卵半分をつるっと丸呑みするとコップの水を含んで「行けって」とようやく口元に僅かな微笑を見せた。
「俺も本調子じゃないし。寝泊まりだけだったらお前のウチの方が広いし面白いもんあるだろうし。敦君に古備前でも見せてやんなよ。茶の間のでかい皿とか」
「そりゃまあ、そうだけど…」
「俺ももう二十歳よ晶。お前もだけど。…だから、何があってももう大丈夫。大丈夫にならないといけないと、思うんだぜ俺」
「…」
「いつまでもお前に頼ってたら、お前のかあちゃんに悪いしね。たまには、俺に食わせてるような飯、食べさせてやんなよ」
「…」
何故だか分からない。
分からないが、ふいに晶は熱いものが込み上げてきて大きく息を吐き出す。
「おいおい泣くなって。お前んちの父ちゃん怖くないじゃん」
「…違うよ」
「何が」
「そうやって先回りして良いこと言うから…」
「…」
「…心配になるんじゃん」
庵も察したようで、困ったように眉を下げると肩をすくめて「ばーか」と笑った。
「俺を誰だと思ってんの?日本一の天才様よ?…な?じゃあ、おまえんとこのオヤジさんとおふくろさんによろしく。後、ついでにバカ兄貴にもブラコン乙って言っといてくれろ」
「無茶言わないでよ無理無理」
「やっぱり?」
そこでやっと笑いあう。
庵の洗ってない汗ばんだ髪をぐしゃぐしゃ掻き回す。
やめろって、と庵も身をよじって手を払いながらキャッキャッと声を出して笑う。
笑いあったお互いの目尻に、小さな雫が浮かんで消えた。
*
「ご準備出来ましたようですな」
運転席から降りてきた、堂々たる巨躯のモンゴル系ヒゲ黒服・帯刀にずずい、とにじり寄られ、敦はひっ、と短い悲鳴を上げそうになる。
間近で見ると、百九十以上…つまり二メートルくらいあるんじゃなかろうかと言う威圧的な体格である。しかもスーツ下で隆々に盛り上がる筋肉の太さに、無意識ながら冷や汗が背中を伝う。大輔も同様の考えらしく、分の悪そうな相手の体格にひるみはしないまでも警戒を強めているように見える。
慣れているはずの晶でさえ、数年ぶりに会う父の付き人の姿に困惑の色を隠せずにいるようで、ろくに整頓もせず突っ込んだままに膨れたカバンを背負ってむっつりと俯いている。
「…久しぶりです、晶さん」
「うん、久しぶり」
沈黙。晶は目を伏せたままボソリと呟く。
「父は何と」
「午後から仕事があるので早めにお会いしたいと」
俯いたままの晶の眉間に、細かなシワが畳まれる。
「…分かった。じゃあ、こちらに拒否権はないね。わざわざ時間作ってくれてるんだし」
「そういう事です。さあ、どうぞ」
「うん」
うやうやしく開かれたドアに、なんのてらいもなく優雅に乗り込む姿を見て、夏彦は改めて「晶はやっぱりいいとこのぼっちゃんだなぁ」としみじみと思っていた。
よく出自やらネタみたいなハリセン芸人のそぶりでぼかされているが、立ち居振る舞いそのものが既に上品なのである。言葉遣いにせよ、一挙手一投足にせよ、無駄がなく迷いもない。ごく自然に、下品な成金とは違う涼しげな品格が現れているのにそれをわざわざ隠すのが、当人のおくゆかしさと言うべきか、若さ故と言うべきなのだろうか。
ボンボンと思われるのがイヤなだけだろうが、それこそもっと表向きにすればもてるだろうにと、いつまでたってもがさつが抜けないヒゲ先輩は入らぬ世話を考えるのであった。
「あ、あの」
「はい」
「この車土足…」
「で、構いません」
「あ、そうですか…」
小市民らしい敦の質問にニコリともせず答える帯刀に促され、周囲の視線も気になるところなのでさっさと乗り込む。
中は対面式で運転席と座席が間仕切りされている特注仕様になっていた。既に乗車済みの晶は腕組みをしたまま口を一文字に結んで目を閉じている。
「あ、晶先輩…」
「大丈夫か?」
「平気。ごめんね」
まあ、かけてと促されて座席に座ると、ふかふかな座り心地が妙な感触で二人とも腰の下を浮わつかせる。
堅苦しい空気のまま晶と敦・大輔で向かい合わせに座ると「よっ!」と聡文が颯爽と晶の隣へと乗り込み勢いドアを閉めた。
「ちょっ、兄さ…!」
乗り込んだ勢いで聡文に肩へ腕を回され、咄嗟にはねつけようとするも車のエンジンがかかり振動で体勢を崩しかけ、そのままがっちりと固定されてしまう。
苦虫噛み潰したような表情で見上げると、兄はやはりにやりと満足げに口端を曲げて微笑んでいた。
「よし、帯刀出してくれ!」
「了解」
派手なエンジン音を響かせて発進したリムジンを追って、背後からそろそろと夏彦の車も移動を始める。
兄の過剰なスキンシップに辟易する晶の視界の端で、スモークガラス越しに庵が自宅二階からのんびり手を振っているのが見えた。
晶も、また運転席でそれに気付いた夏彦も、それが何故だか無性に嬉しかった。
【7月30日・聡文兄さん上機嫌・晶涙目・庵は卵と水だけ食べて就寝・続く】
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