話は中高生時代へと。
*
中学三年生の春の事。
「ええっ、庵は白凌高行くんじゃないの?学内トップなんだから、私立でも特待生で入れそうなのに」
「冗談言うなよぉ~、あそこ隣市の端っこで遠いし、行くとなったら寮だぜ?俺やだよ。それに」
「それに?」
「あそこ白の詰め襟だぞ?俺もう詰め襟着たくねーし、現物だっさいぞあれ!オープンスクールで行って見て「無いわ」と思ったね」
「うーわ、学生服で学校選べるなんてどんだけ余裕なんだよー…羨ましいなあ、もう」
「ええっ、そこは重要だろ!?だから俺、高校はブレザーの所に行くよ。この黒いダサ詰め襟ともおさらばすんの。でもってチャリで通えるギリの範囲でそこそこゆるそうなとこで決めてさっき進路届け出してきた」
「どこ」
「相仁第九。あそこのネイビーブルーのブレザーマジかっこいいよなー!」
「本当に!?一緒なの?マジで、冗談でなく?第一志望?」
「へえっ?!お前こそ、旭ヶ丘じゃねえの!?意外だな…つか、俺単願だから。私立の滑り止めは金かかるし、そもそもいらねえし」
「ふーん、そうなんだ。…時に庵君庵君」
「うんにゃ、何だね晶君」
「同じ高校受けるなら、受験対策の範囲も同じだよね」
「だーな。傾向と対策とかも相仁高向けの範囲押さえておかないとな。俺はもうちゃっちゃとさらえておくくらいにして、本読みまくるけど」
「ねえ、だったら庵…提案なんだけど、さ」
「ほいほい」
「受験勉強 いっしょに や ら な い か ? 僕の家なら幾らでもごろごろ読書してていいから、その代わり、勉強…教えてくれるとすっごい助かるん、だけど…お茶出すよ?お菓子も付くよ?受かった暁には庵の大好きな『あんちゃん』のお好み焼き、スペシャルミックスモダン特大おごっちゃうけどどうかな」
「えっ、俺が?お前に?…そりゃいいけど、カテキョとか来ないのか?」
「受験に関しては効果が見込めないもんでして。知ってるでしょ?僕がどんだけ本番に弱いのか」
「あー…それで、俺と」
「うんそう…実は、庵が白凌行くなら諦めようと思ってたんだよ。あそこは最難関だから…だけど、そうでないなら一緒に勉強誘おうかと狙ってたんだ。何て言うんだろう、庵天才だから、御利益ありそうで。今まだ5月だし、これから本格的に勉強しようと思ってて」
「なるほどなー。色々と買いかぶってるような気がしないでもないが…よっし、他ならぬお前の頼みだし、引き受けてやってもいいぜ!ただし、俺がどんだけ教えるの下手か分かって言ってるんだよな?」
「知ってて言ってる。当たり前じゃない!その上で、お願いしてるよ。君、数学とか答案見れば一発で間違い分かるじゃないか。それだけでも助かるし」
「おっし了解。それならガンガンコーチしてやんよー」
「やったあ!よし、一緒に頑張ろうね!」
こんな感じで庵に受験勉強の特訓をお願いして、中学三年生の一年間はずっと家に帰れば勉強漬けの毎日だった。
放課後はまっすぐ帰って僕の家で勉強。夏は自宅で自主的に夏期講習。ずっと庵は図書館の貸し本や分厚い洋書片手にゴロゴロ寝ころんで読書しながら、僕の勉強に付き合ってくれた。
「なあ晶、なんで模擬テストの時だけこんな間違うの?この数学ありえないとこでミスってるし」
「何で採点する前から分かるの?!答えのページ見てないよね?」
「いや、見るまでもなく公式ずれてるから。数式被ってないから。目の前浮かんでる数字とここまでずれてたら誰でも分かるぞ?」
「いやその前に、数字見えてるの君だけだから。…ああ、その体質すっごい羨ましいよ~」
「受験票、俺の番号『4649』だって。よろしくーって感じだよな♪」
「…僕の番号、『4646』…よろよろ…ヨロヨロ…」
「なしてそう何でも不吉な響きにするかねアキ君は。天才様がついてんのよ?どーんと行こうぜー」
「…ああぁ、受験は明後日か…ううっ…」
もう最後の一週間なんて泣き言ばかりで、ずっと庵を困らせてたような気がする。
その度、いつものまったり口調で大丈夫大丈夫って言って励ましてもらって。
だから、受かった時にはもう小躍りするくらい嬉しかった。お互いに抱き合ってワンワン泣いて。
後で聞いたら、僕は成績二位だったって。一位は勿論、庵。
あれだけ遊んでて、それでも一位なんだから庵はやっぱり凄かったんだ。いや、今でも凄いけど。
約束通り、二人でお好み焼きをつついてささやかなお祝いして、家にも初めてめでたくサクラ咲くの報告が出来て。
実力とはいえないまでも、緊張せずに力を出し尽くせたのは庵のおかげだったと思ってる。
だから、大学受験の合格発表のあの日。
僕はその日の事を思い出して、「バチが当たったんだ」と思った。
自分が優秀なんだと勘違いして、すぐ隣にいた親友の事を置き去りにした罰だと。
庵はセンター試験を一応受けはしたものの、受験の内情はもう決まった、としか言わなかった。
当時はどこの大学へ行くのかとか、詳細は口をつぐんで話そうとしなかった。脳科学の権威に対し研究協力と引き替えの推薦合格だったから、実験台と思われるのがイヤだったみたいで。それを知ったのは今の大学に通い始めてからの事。
あの頃はそれだけじゃなく、学校でもプライベートでも、表面上は平気そうにしてたけど肝心な所では押し黙る事が多かった。
学校にも来なくなって、気になってはいたけど彼の家に行くのもためらわれて。
報道のせいもあって、周囲の目が未だ無数の針山みたいに庵の家を取り囲んでて、マスコミの視線に疲れてた僕はその針山を庵に押しつけるようにして関わるのを控えていたように思う。家族がチクチクとイヤミの対象として囁かれるのもイヤだったけど…何よりも、受験を目前にしてこれ以上精神的な負荷を背負えなくなってた。
…言い訳なのは分かってる。
僕は心のどこかで、この騒ぎは庵が起こしたものだから、もうあまり関わりたくないとさえ思ってた。
庵の心労を気にしながら、どこかで庵は責任を取ってる状態なんだから下手に関わってごちゃごちゃさせない方がいいとか、適当な建前さえ自己防衛のために作って心の中に持ち歩いていた。
イヤな奴だと思う。最低だよね…。
そのせいか、庵はいよいよ僕も周囲も遠ざけていった。
「お前はお前の事に集中しろよ」と庵が弱々しい笑顔を浮かべて僕を励ましてくれた言葉を、裏の思いを薄々感じながら無視し続け、僕は不安を抱えたまま大学受験を迎えた。
暗い顔をしていると分かっていながら。
受験とか体裁と関係なしに、言いたい事、吐き出したい事がたくさんあったはずなのに。
受験した大学は超有名私立。
担任も、家族も、お前なら平気だろうと楽観視さえしていた。
そう、普通に受けていられれば大丈夫だったのかもしれない。
だけど。
ダメだった。
僕の手にしていた紙切れと同じ数字の羅列は、掲示板の隅から隅まで探しても、遂に見つからなかった。
全身の力が抜けきって、立ち上がれないほどに打ちのめされて。
気がついたら、高校二年の思い出の場所…お台場の暗い冬の海の傍らに僕は座っていた。
【7月31日深夜・重い沈黙の後、続く】
中学三年生の春の事。
「ええっ、庵は白凌高行くんじゃないの?学内トップなんだから、私立でも特待生で入れそうなのに」
「冗談言うなよぉ~、あそこ隣市の端っこで遠いし、行くとなったら寮だぜ?俺やだよ。それに」
「それに?」
「あそこ白の詰め襟だぞ?俺もう詰め襟着たくねーし、現物だっさいぞあれ!オープンスクールで行って見て「無いわ」と思ったね」
「うーわ、学生服で学校選べるなんてどんだけ余裕なんだよー…羨ましいなあ、もう」
「ええっ、そこは重要だろ!?だから俺、高校はブレザーの所に行くよ。この黒いダサ詰め襟ともおさらばすんの。でもってチャリで通えるギリの範囲でそこそこゆるそうなとこで決めてさっき進路届け出してきた」
「どこ」
「相仁第九。あそこのネイビーブルーのブレザーマジかっこいいよなー!」
「本当に!?一緒なの?マジで、冗談でなく?第一志望?」
「へえっ?!お前こそ、旭ヶ丘じゃねえの!?意外だな…つか、俺単願だから。私立の滑り止めは金かかるし、そもそもいらねえし」
「ふーん、そうなんだ。…時に庵君庵君」
「うんにゃ、何だね晶君」
「同じ高校受けるなら、受験対策の範囲も同じだよね」
「だーな。傾向と対策とかも相仁高向けの範囲押さえておかないとな。俺はもうちゃっちゃとさらえておくくらいにして、本読みまくるけど」
「ねえ、だったら庵…提案なんだけど、さ」
「ほいほい」
「受験勉強 いっしょに や ら な い か ? 僕の家なら幾らでもごろごろ読書してていいから、その代わり、勉強…教えてくれるとすっごい助かるん、だけど…お茶出すよ?お菓子も付くよ?受かった暁には庵の大好きな『あんちゃん』のお好み焼き、スペシャルミックスモダン特大おごっちゃうけどどうかな」
「えっ、俺が?お前に?…そりゃいいけど、カテキョとか来ないのか?」
「受験に関しては効果が見込めないもんでして。知ってるでしょ?僕がどんだけ本番に弱いのか」
「あー…それで、俺と」
「うんそう…実は、庵が白凌行くなら諦めようと思ってたんだよ。あそこは最難関だから…だけど、そうでないなら一緒に勉強誘おうかと狙ってたんだ。何て言うんだろう、庵天才だから、御利益ありそうで。今まだ5月だし、これから本格的に勉強しようと思ってて」
「なるほどなー。色々と買いかぶってるような気がしないでもないが…よっし、他ならぬお前の頼みだし、引き受けてやってもいいぜ!ただし、俺がどんだけ教えるの下手か分かって言ってるんだよな?」
「知ってて言ってる。当たり前じゃない!その上で、お願いしてるよ。君、数学とか答案見れば一発で間違い分かるじゃないか。それだけでも助かるし」
「おっし了解。それならガンガンコーチしてやんよー」
「やったあ!よし、一緒に頑張ろうね!」
こんな感じで庵に受験勉強の特訓をお願いして、中学三年生の一年間はずっと家に帰れば勉強漬けの毎日だった。
放課後はまっすぐ帰って僕の家で勉強。夏は自宅で自主的に夏期講習。ずっと庵は図書館の貸し本や分厚い洋書片手にゴロゴロ寝ころんで読書しながら、僕の勉強に付き合ってくれた。
「なあ晶、なんで模擬テストの時だけこんな間違うの?この数学ありえないとこでミスってるし」
「何で採点する前から分かるの?!答えのページ見てないよね?」
「いや、見るまでもなく公式ずれてるから。数式被ってないから。目の前浮かんでる数字とここまでずれてたら誰でも分かるぞ?」
「いやその前に、数字見えてるの君だけだから。…ああ、その体質すっごい羨ましいよ~」
「受験票、俺の番号『4649』だって。よろしくーって感じだよな♪」
「…僕の番号、『4646』…よろよろ…ヨロヨロ…」
「なしてそう何でも不吉な響きにするかねアキ君は。天才様がついてんのよ?どーんと行こうぜー」
「…ああぁ、受験は明後日か…ううっ…」
もう最後の一週間なんて泣き言ばかりで、ずっと庵を困らせてたような気がする。
その度、いつものまったり口調で大丈夫大丈夫って言って励ましてもらって。
だから、受かった時にはもう小躍りするくらい嬉しかった。お互いに抱き合ってワンワン泣いて。
後で聞いたら、僕は成績二位だったって。一位は勿論、庵。
あれだけ遊んでて、それでも一位なんだから庵はやっぱり凄かったんだ。いや、今でも凄いけど。
約束通り、二人でお好み焼きをつついてささやかなお祝いして、家にも初めてめでたくサクラ咲くの報告が出来て。
実力とはいえないまでも、緊張せずに力を出し尽くせたのは庵のおかげだったと思ってる。
だから、大学受験の合格発表のあの日。
僕はその日の事を思い出して、「バチが当たったんだ」と思った。
自分が優秀なんだと勘違いして、すぐ隣にいた親友の事を置き去りにした罰だと。
庵はセンター試験を一応受けはしたものの、受験の内情はもう決まった、としか言わなかった。
当時はどこの大学へ行くのかとか、詳細は口をつぐんで話そうとしなかった。脳科学の権威に対し研究協力と引き替えの推薦合格だったから、実験台と思われるのがイヤだったみたいで。それを知ったのは今の大学に通い始めてからの事。
あの頃はそれだけじゃなく、学校でもプライベートでも、表面上は平気そうにしてたけど肝心な所では押し黙る事が多かった。
学校にも来なくなって、気になってはいたけど彼の家に行くのもためらわれて。
報道のせいもあって、周囲の目が未だ無数の針山みたいに庵の家を取り囲んでて、マスコミの視線に疲れてた僕はその針山を庵に押しつけるようにして関わるのを控えていたように思う。家族がチクチクとイヤミの対象として囁かれるのもイヤだったけど…何よりも、受験を目前にしてこれ以上精神的な負荷を背負えなくなってた。
…言い訳なのは分かってる。
僕は心のどこかで、この騒ぎは庵が起こしたものだから、もうあまり関わりたくないとさえ思ってた。
庵の心労を気にしながら、どこかで庵は責任を取ってる状態なんだから下手に関わってごちゃごちゃさせない方がいいとか、適当な建前さえ自己防衛のために作って心の中に持ち歩いていた。
イヤな奴だと思う。最低だよね…。
そのせいか、庵はいよいよ僕も周囲も遠ざけていった。
「お前はお前の事に集中しろよ」と庵が弱々しい笑顔を浮かべて僕を励ましてくれた言葉を、裏の思いを薄々感じながら無視し続け、僕は不安を抱えたまま大学受験を迎えた。
暗い顔をしていると分かっていながら。
受験とか体裁と関係なしに、言いたい事、吐き出したい事がたくさんあったはずなのに。
受験した大学は超有名私立。
担任も、家族も、お前なら平気だろうと楽観視さえしていた。
そう、普通に受けていられれば大丈夫だったのかもしれない。
だけど。
ダメだった。
僕の手にしていた紙切れと同じ数字の羅列は、掲示板の隅から隅まで探しても、遂に見つからなかった。
全身の力が抜けきって、立ち上がれないほどに打ちのめされて。
気がついたら、高校二年の思い出の場所…お台場の暗い冬の海の傍らに僕は座っていた。
【7月31日深夜・重い沈黙の後、続く】
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