密室の中で。
*
堂島が新幹線内でうたたねをしていた頃。
その日、双葉がおかしいなと思ったのは、昼過ぎからシーサーがいなくなった時だった。
ぼんやりしているといつも傍らにいてくれたのに、今日に限って呼んでも部屋の隅々を見て回っても姿が無くて、どうしたものかとまごまごしていると玄関でブザー音がした。
『すみませーん、クール宅急便ですがぁ』
玄関前のインターフォンで画像を確認すると、確かにストライプのポロシャツに帽子姿の男が、大きな段ボールを抱えて立っている。
「いい?誰か来ても無視すればいいから。ここ、オートロックで集配ボックスもあるから宅配なんて来ないし、来たら泥棒と思っていいからね!」
榎本さんにはそう言い含められていたけど、正直、居留守は居心地が悪い。
それに、榎本さんちに居候させてもらってるのに、わざわざ後で集配を頼むような二度手間をさせていいのかな、という思いがチラリと頭をよぎる。
前に、「実家の母が宅配を送り返すなとうるさい」なんて言ってたし、もしナマモノだったらどうしよう。
僕のせいで嫌な思いさせるの、やだな。
そう思い、双葉はモニタ越しに「はーい」と軽く返事をすると、おそるおそる玄関のドアを開けた。
久方ぶりに榎本以外の人間と会うため緊張していた双葉の前に現れたのは、白い歯を見せて笑う宅配の笑顔だった。
「すみませーん、福岡から関サバとフグちりセットの詰め合わせをお届けに来ました!」
「…あ、そうですか。すみません、僕留守番なんですけど、判子どこにあるのか…」
「ああ、サインで結構ですよ。ではここに…」
そう言うと、宅配の男は玄関の土間に上がり、段ボールを足下に置くと、ウエストポーチの中をごそごそする。
安心して、ほっとする双葉の視線が段ボールへ逸れた瞬間、男はポーチの中から小さな「何か」を引き抜いた。
「え?」
双葉がそれに気付いた瞬間、自分の胸元を強烈な痛みが貫き、視界が一瞬真っ白になった。
「(…なに…こ、れ…)」
目の前が真っ黒になる。大声も出せず、その場に崩れ落ちると、誰か室内に入ってくる足音と扉が閉められる音だけが聞こえた。
力が入らない。息が詰まって、頭がクラクラする…。
「…」
「…どうだ?」
「…意識混濁確認。ペルソナ反応消失。…効果てきめんだな」
「流石、南条の…ぎじゅ…くは…ごいな」
「おい……いじにあつ…えよ…そのかけらは………んぎ…す…ぴー…さいごの…」
「わかって…」
バシ。
僕の頭の側で、何かが割れる音がした。
「おっと……これ……ぽっど…?」
「かまわ……ほっ………こいつを………」
身体が持ち上げられる。
うっすら目を開けると、視界がぐるぐる、ぐるぐる回って…。
あ。
おとうさんの、iPod…こな、ごなに、なっ て …。
だめ だ………あた ま… き ぶん … わ る い … 。
とー さん。
お とー さん …。
*
「…帰還後、あなたは部下の狗神君から聞いていたはずだ。島内で隠して持ち帰った、極秘のVTRがあったことを」
「あいつが独断でやったことだ。…誰に頼まれたかは知らんがな」
横目で様子を伺うと、幾月は静かに微笑んでいる。
「…正直に答えろ幾月。
お前は日向の実験の一端を奴の実験開始当初から知っていたはず。そうだな」
「何を根拠に?」
「日向の日記に、極秘に非合法の物資を調達する「誰か」の存在が記されていた。その男はペルソナに長じ、まだ開発段階だったペルソナの制御剤や簡易召喚用の器具を提供しただけでなく、特定のペルソナの素養を持つ子供をも調達してきた、とあった。
それだけの情報や物資、手元に集めてなおかつ失敬できる人間なんぞ、数えるまでもない」
「それが僕、だとでも?フフ、だが推論だけで何の証拠も無しとは、貴方らしくもない」
「だからこそ、今まであえて貴様を野放しにしておいた。その結果が、これだ。…やはり、その忌々しい首根っこを切り落としておくべきだった」
「おお、怖い怖い。デタラメの推論で首が飛ばされては困りますな」
大袈裟に肩をすくめて見せる幾月を睨み返すと、奴もそれなりにこちらの感情を察したらしい。「理事長」としての慎ましい表情が失せ、代わりに「研究者」としての冷たい視線が浮かび上がる。
「…何故成瀬を狙った」
「餌、ですよ」
「餌…?」
「貴方を誘い出すための、エサ。丁度、日向が事故の間際に妻を騙りメールであの愚かな主任殿をおびき寄せたように、ね」
「きっ…さま!」
腕を振り上げかかった俺の眼前に、幾月はすかさず自分の携帯電話の画面を手早く開いて見せる。
そこには、安楽椅子に縛り付けられ、口枷をはめられた少年の姿があった。
黒く長い前髪に埋もれて覗く面差しは、8年前に見たラボの少年の横顔そのままだった。
「これ、は…」
「苦労しましたよ。8年…やっと、手中に収めました。今は部下が見張っています。貴方はトンボ返りするには実に都合の良い口実を作ってくださった」
「榎本は…」
「ご心配なく。彼はホテルの一室で貴方を待って頂いています。子供の世話にかまけて、尾行にすら気付かなかったとはね。でも、お陰で難無くご協力願えましたし、ご自宅のカードキーも拝借することが出来ましたが。…ああ、そうそう。成瀬さんの元にも、部下を一人残しています。万が一、誰もいないときに容態が急変したら大変ですからね」
「…くっ」
振り上げた拳をやむなく降ろすと、俺は席に座り直す。
幾月が、鼻先で小さく笑ったのが聞こえた。
「狗神君が持ち帰ってくれた資料、あれはとても興味深いものでした。後は、その技術と、それに見合う素体さえ有れば、私の夢も実現にぐっと近づく。…何の事か、おわかりですね?」
「『宣告者』…。
…複数のペルソナを移植し、制御する方法。
…なおかつ、ペルソナ能力者自身のみによる召喚だけでなく、他者の制御で召喚・ペルソナ能力の使用・制御を意のままに操る事の出来る、いわばペルソナ能力者のリモートコントロールシステム…。
…日向のねじ曲がった頭脳が創り出した、究極の人体兵器、そして洗脳システム…」
「百点満点ですね。やはり、あなたは最後まで見ていた」
幾月の素の笑顔が覗く。
生のカエルを踏みつぶして快楽を得ているかのような、は虫類を思わせる冷酷な笑みが。
堂島が新幹線内でうたたねをしていた頃。
その日、双葉がおかしいなと思ったのは、昼過ぎからシーサーがいなくなった時だった。
ぼんやりしているといつも傍らにいてくれたのに、今日に限って呼んでも部屋の隅々を見て回っても姿が無くて、どうしたものかとまごまごしていると玄関でブザー音がした。
『すみませーん、クール宅急便ですがぁ』
玄関前のインターフォンで画像を確認すると、確かにストライプのポロシャツに帽子姿の男が、大きな段ボールを抱えて立っている。
「いい?誰か来ても無視すればいいから。ここ、オートロックで集配ボックスもあるから宅配なんて来ないし、来たら泥棒と思っていいからね!」
榎本さんにはそう言い含められていたけど、正直、居留守は居心地が悪い。
それに、榎本さんちに居候させてもらってるのに、わざわざ後で集配を頼むような二度手間をさせていいのかな、という思いがチラリと頭をよぎる。
前に、「実家の母が宅配を送り返すなとうるさい」なんて言ってたし、もしナマモノだったらどうしよう。
僕のせいで嫌な思いさせるの、やだな。
そう思い、双葉はモニタ越しに「はーい」と軽く返事をすると、おそるおそる玄関のドアを開けた。
久方ぶりに榎本以外の人間と会うため緊張していた双葉の前に現れたのは、白い歯を見せて笑う宅配の笑顔だった。
「すみませーん、福岡から関サバとフグちりセットの詰め合わせをお届けに来ました!」
「…あ、そうですか。すみません、僕留守番なんですけど、判子どこにあるのか…」
「ああ、サインで結構ですよ。ではここに…」
そう言うと、宅配の男は玄関の土間に上がり、段ボールを足下に置くと、ウエストポーチの中をごそごそする。
安心して、ほっとする双葉の視線が段ボールへ逸れた瞬間、男はポーチの中から小さな「何か」を引き抜いた。
「え?」
双葉がそれに気付いた瞬間、自分の胸元を強烈な痛みが貫き、視界が一瞬真っ白になった。
「(…なに…こ、れ…)」
目の前が真っ黒になる。大声も出せず、その場に崩れ落ちると、誰か室内に入ってくる足音と扉が閉められる音だけが聞こえた。
力が入らない。息が詰まって、頭がクラクラする…。
「…」
「…どうだ?」
「…意識混濁確認。ペルソナ反応消失。…効果てきめんだな」
「流石、南条の…ぎじゅ…くは…ごいな」
「おい……いじにあつ…えよ…そのかけらは………んぎ…す…ぴー…さいごの…」
「わかって…」
バシ。
僕の頭の側で、何かが割れる音がした。
「おっと……これ……ぽっど…?」
「かまわ……ほっ………こいつを………」
身体が持ち上げられる。
うっすら目を開けると、視界がぐるぐる、ぐるぐる回って…。
あ。
おとうさんの、iPod…こな、ごなに、なっ て …。
だめ だ………あた ま… き ぶん … わ る い … 。
とー さん。
お とー さん …。
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「…帰還後、あなたは部下の狗神君から聞いていたはずだ。島内で隠して持ち帰った、極秘のVTRがあったことを」
「あいつが独断でやったことだ。…誰に頼まれたかは知らんがな」
横目で様子を伺うと、幾月は静かに微笑んでいる。
「…正直に答えろ幾月。
お前は日向の実験の一端を奴の実験開始当初から知っていたはず。そうだな」
「何を根拠に?」
「日向の日記に、極秘に非合法の物資を調達する「誰か」の存在が記されていた。その男はペルソナに長じ、まだ開発段階だったペルソナの制御剤や簡易召喚用の器具を提供しただけでなく、特定のペルソナの素養を持つ子供をも調達してきた、とあった。
それだけの情報や物資、手元に集めてなおかつ失敬できる人間なんぞ、数えるまでもない」
「それが僕、だとでも?フフ、だが推論だけで何の証拠も無しとは、貴方らしくもない」
「だからこそ、今まであえて貴様を野放しにしておいた。その結果が、これだ。…やはり、その忌々しい首根っこを切り落としておくべきだった」
「おお、怖い怖い。デタラメの推論で首が飛ばされては困りますな」
大袈裟に肩をすくめて見せる幾月を睨み返すと、奴もそれなりにこちらの感情を察したらしい。「理事長」としての慎ましい表情が失せ、代わりに「研究者」としての冷たい視線が浮かび上がる。
「…何故成瀬を狙った」
「餌、ですよ」
「餌…?」
「貴方を誘い出すための、エサ。丁度、日向が事故の間際に妻を騙りメールであの愚かな主任殿をおびき寄せたように、ね」
「きっ…さま!」
腕を振り上げかかった俺の眼前に、幾月はすかさず自分の携帯電話の画面を手早く開いて見せる。
そこには、安楽椅子に縛り付けられ、口枷をはめられた少年の姿があった。
黒く長い前髪に埋もれて覗く面差しは、8年前に見たラボの少年の横顔そのままだった。
「これ、は…」
「苦労しましたよ。8年…やっと、手中に収めました。今は部下が見張っています。貴方はトンボ返りするには実に都合の良い口実を作ってくださった」
「榎本は…」
「ご心配なく。彼はホテルの一室で貴方を待って頂いています。子供の世話にかまけて、尾行にすら気付かなかったとはね。でも、お陰で難無くご協力願えましたし、ご自宅のカードキーも拝借することが出来ましたが。…ああ、そうそう。成瀬さんの元にも、部下を一人残しています。万が一、誰もいないときに容態が急変したら大変ですからね」
「…くっ」
振り上げた拳をやむなく降ろすと、俺は席に座り直す。
幾月が、鼻先で小さく笑ったのが聞こえた。
「狗神君が持ち帰ってくれた資料、あれはとても興味深いものでした。後は、その技術と、それに見合う素体さえ有れば、私の夢も実現にぐっと近づく。…何の事か、おわかりですね?」
「『宣告者』…。
…複数のペルソナを移植し、制御する方法。
…なおかつ、ペルソナ能力者自身のみによる召喚だけでなく、他者の制御で召喚・ペルソナ能力の使用・制御を意のままに操る事の出来る、いわばペルソナ能力者のリモートコントロールシステム…。
…日向のねじ曲がった頭脳が創り出した、究極の人体兵器、そして洗脳システム…」
「百点満点ですね。やはり、あなたは最後まで見ていた」
幾月の素の笑顔が覗く。
生のカエルを踏みつぶして快楽を得ているかのような、は虫類を思わせる冷酷な笑みが。
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