もう少しだけ、あと少しだけ。
*
台風後の後片付けは、風で飛ばされたゴミや枝木の片付けから始まる。
大きな枝やバケツ等の大振りなゴミから順にゴミ袋へ放り込み(夏彦は分別担当)、その後濡れ落ち葉を竹箒で掃き清める。
池の表面に大量に降り注いだ葉やゴミを熊手で掻き取り、仕上げに地ならしと水まき、水の入れ替え。
大量のゴミ袋を屋敷の裏手に運ぶと、次に駐車場から車を屋敷下のガレージ前へ移動させ、ホースを借りて泥まみれになった愛車を洗車してやる。
4人がかりでトランクに積んであった洗浄用品でごしごししてやりながら、細かなキズがついてないかのチェック。
昼前には全ての工程がつつがなく終了し、全員ほっと一段落。
縁側でよく冷えたようかんと麦茶をいただきながら、しばし休憩に入る。
「皆さん有り難うございました。お陰様で、とても早くお掃除が済みましたよ」
傍らでニコニコと微笑む晶母に、四人とも気恥ずかしそうに愛想笑いを返す。何というか、観音様にお茶請けしていただいてるみたいでこそばゆいのである。
晶は慣れた様子で「当然ですから」とにっこり笑い返すと、やはり親子で晶母はうふふ、と満足そうな笑顔を浮かべた。
「それで晶さん、今日はこれからどうされるんですか?」
「えっ…それは」
「どうせなら、もう少しゆっくりしてらしたらいかがかしら。お父さんも気兼ねなくとおっしゃられてましたし」
ニコニコと笑いかけられ、どう答えたものかと言い淀む晶の背後に「いよーう」と人影が。
「お手伝いさんたち、午後には戻ってこられるそうだ。みんな家も何とも無いとよ」
いつもの秘書姿に着替え、関係各所に電話をしていた聡文は晶の隣にどかっと割って入ると「玄関行ってみな」とそっと囁く。
「どうしたんですか?」
「ああ、いいから。さっさと行って済ませてきな」
どことなく歯切れの悪い兄の言い方に引っかかりつつ、サンダルを足に引っかけ玄関まで掛けていくと、その答えが一目で分かった。
いや、そこに居た。
「庵」
呼ばれて、玄関下の階段に腰掛けていた人影はもっさりと片腕を上げた。
足下には旅行用のカバンとノートPC入りのカバン。
出かける準備で来ているのが即座に見て取れた。
「ここまでどうやって来たの?」
「歩いて」
「山道を?」
「ん」
枝とか多くて困った、と言ったきりむっつりと黙りこくった庵の表情で、何となく心境を察して隣へ座る。
「…んもう、バカじゃないの?後で迎えに行ったのに」
「ごめん」
「どんだけ距離と高さあると思ってるんだよ」
「ごめん」
「…もー。分かってるくせに、自転車も無しの徒歩でとか!足パンパンじゃないの?それより熱は?頭痛は?体調どうなの」
「治った。腹へった。カロメ食ったけど足らんし」
「はいはい後で羊羹切ってあげるから。というか何時間登ってたの。きつかっただろうにさ」
沈黙。
たった数十秒の間、セミの鳴き声だけがしゃわしゃわと耳を揺する。
重い。
「…家居るよりまし」
「…おばさんに断り入れてから来た?」
「ん」
「ホント?なら良いけど。…後で電話してみていい?」
「頼む」
「分かった」
それだけで分かる、彼の現状。
それと、自分がどうするべきかも。
母に出かける旨、伝えなければならない。
悲しむ顔するだろうけど。
でも、仕方ない。僕がそうしたいのだし、そうしなければと思うのだ。
もう一泊くらいいいかも知れないけど、心配だ迷惑かけるだなんだと庵の母がここまで押しかけてくるのは目に見えてる。
そうすれば、庵はもっと追いつめられる。
これは彼のためでもあり。
そして、僕のためでもあり。
母の手元にも、兄の目の前にもない、自分自身を、どこかでみつけて来なければならない。
そのためのきっかけと手がかりが、出かけた先にあるとは限らないけれど、ここには確実に「それ」がない。
安全と安らぎはあっても、ここに「安住」し続ける訳にはいかないと小さい頃から既に知っていたのだ。
ならば、答えを探しに出かけなければ。
もう、間違えたくない。負けて誰かの優しさに甘えてしまいたくない。だから。
洗濯物、乾燥機で一気に乾かそうかなとぼんやり思いながら、晶は親友の手を取って屋敷の中へと引き寄せた。
【7月31日昼前・今日は快晴・続く】
台風後の後片付けは、風で飛ばされたゴミや枝木の片付けから始まる。
大きな枝やバケツ等の大振りなゴミから順にゴミ袋へ放り込み(夏彦は分別担当)、その後濡れ落ち葉を竹箒で掃き清める。
池の表面に大量に降り注いだ葉やゴミを熊手で掻き取り、仕上げに地ならしと水まき、水の入れ替え。
大量のゴミ袋を屋敷の裏手に運ぶと、次に駐車場から車を屋敷下のガレージ前へ移動させ、ホースを借りて泥まみれになった愛車を洗車してやる。
4人がかりでトランクに積んであった洗浄用品でごしごししてやりながら、細かなキズがついてないかのチェック。
昼前には全ての工程がつつがなく終了し、全員ほっと一段落。
縁側でよく冷えたようかんと麦茶をいただきながら、しばし休憩に入る。
「皆さん有り難うございました。お陰様で、とても早くお掃除が済みましたよ」
傍らでニコニコと微笑む晶母に、四人とも気恥ずかしそうに愛想笑いを返す。何というか、観音様にお茶請けしていただいてるみたいでこそばゆいのである。
晶は慣れた様子で「当然ですから」とにっこり笑い返すと、やはり親子で晶母はうふふ、と満足そうな笑顔を浮かべた。
「それで晶さん、今日はこれからどうされるんですか?」
「えっ…それは」
「どうせなら、もう少しゆっくりしてらしたらいかがかしら。お父さんも気兼ねなくとおっしゃられてましたし」
ニコニコと笑いかけられ、どう答えたものかと言い淀む晶の背後に「いよーう」と人影が。
「お手伝いさんたち、午後には戻ってこられるそうだ。みんな家も何とも無いとよ」
いつもの秘書姿に着替え、関係各所に電話をしていた聡文は晶の隣にどかっと割って入ると「玄関行ってみな」とそっと囁く。
「どうしたんですか?」
「ああ、いいから。さっさと行って済ませてきな」
どことなく歯切れの悪い兄の言い方に引っかかりつつ、サンダルを足に引っかけ玄関まで掛けていくと、その答えが一目で分かった。
いや、そこに居た。
「庵」
呼ばれて、玄関下の階段に腰掛けていた人影はもっさりと片腕を上げた。
足下には旅行用のカバンとノートPC入りのカバン。
出かける準備で来ているのが即座に見て取れた。
「ここまでどうやって来たの?」
「歩いて」
「山道を?」
「ん」
枝とか多くて困った、と言ったきりむっつりと黙りこくった庵の表情で、何となく心境を察して隣へ座る。
「…んもう、バカじゃないの?後で迎えに行ったのに」
「ごめん」
「どんだけ距離と高さあると思ってるんだよ」
「ごめん」
「…もー。分かってるくせに、自転車も無しの徒歩でとか!足パンパンじゃないの?それより熱は?頭痛は?体調どうなの」
「治った。腹へった。カロメ食ったけど足らんし」
「はいはい後で羊羹切ってあげるから。というか何時間登ってたの。きつかっただろうにさ」
沈黙。
たった数十秒の間、セミの鳴き声だけがしゃわしゃわと耳を揺する。
重い。
「…家居るよりまし」
「…おばさんに断り入れてから来た?」
「ん」
「ホント?なら良いけど。…後で電話してみていい?」
「頼む」
「分かった」
それだけで分かる、彼の現状。
それと、自分がどうするべきかも。
母に出かける旨、伝えなければならない。
悲しむ顔するだろうけど。
でも、仕方ない。僕がそうしたいのだし、そうしなければと思うのだ。
もう一泊くらいいいかも知れないけど、心配だ迷惑かけるだなんだと庵の母がここまで押しかけてくるのは目に見えてる。
そうすれば、庵はもっと追いつめられる。
これは彼のためでもあり。
そして、僕のためでもあり。
母の手元にも、兄の目の前にもない、自分自身を、どこかでみつけて来なければならない。
そのためのきっかけと手がかりが、出かけた先にあるとは限らないけれど、ここには確実に「それ」がない。
安全と安らぎはあっても、ここに「安住」し続ける訳にはいかないと小さい頃から既に知っていたのだ。
ならば、答えを探しに出かけなければ。
もう、間違えたくない。負けて誰かの優しさに甘えてしまいたくない。だから。
洗濯物、乾燥機で一気に乾かそうかなとぼんやり思いながら、晶は親友の手を取って屋敷の中へと引き寄せた。
【7月31日昼前・今日は快晴・続く】
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