*
乗船後、車両を降り船底からエスカレータで船内へ上がると、チロチロと水を吹き出す噴水を見て「こんなのあるんだ」と敦は感心する。目の前に波飛沫があるのに、船内にも潤いを求めるって寸法なのかなぁーと呟いていたら、ただ単にバブリーの名残じゃない?と苦笑いの晶。
開放的な広い窓に、船内前部にはクーラーの効いた座席スペースと売店。後方部は船室で開放的な作りになっている。
「あっ、ゲーセンあるぞ」
デッキ下の階段裏スペースに、筐体が8台背中合わせに据え付けてある。
「アンアンあります?」
「あるわけないだろっ!?どうやって海上にネット回線引っ張ってくるんだっつうの」
即座に大輔に的確なツッコミを返され、残念ですぅ、と敦ちょっとしょげるもすぐに復活。
「そうだ、僕デッキ上がってきます!」
「おお、行ってこい行ってこい。充分満喫してこいよ」
「はい!」
完全に観光客だなあ、と大輔と並んで、人数分で折半する運賃の精算と切符の確認をしていた夏彦は後輩のはしゃぎっぷりに目を細める。
「しかし、フェリーつっても遊べるもんなんだな。何があるんだここは?ずらっと脱衣麻雀ばっかりか?」
「裏側に普通のありますよ。
テトリスと格ゲーと…何か見覚えのないシューティングがあるけどなんだこれ?古い…
…あ、子育てクイズがあるっすよ」
「それだ!」
上階のデッキにあがると、全面瀬戸内のパノラマである。甲板の端にはご丁寧にコイン投入式の観光地用望遠鏡まで。
おおっ、と敦が声を出した数秒後。
「あっつい!足の裏あっつ!照り返しあっつ!」
「当たり前でしょう?今夏だもん、しかも真っ昼間なんだからデッキの上は灼熱だよ。しかも敦の靴底薄そうだしね。残念」
後ろからついてきた晶に苦笑いされ、敦やっと我に帰りてへへ、と照れ笑いを浮かべる。
「あれ、庵先輩は?ご一緒じゃあ」
「さっき船の端でケータイいじってた。メール確認してたんじゃない?」
鷲羽山でもこそこそ電話してたっぽいしね、とにやりと口の端を曲げる。
「上手く行くといいね」
「でっすねー」
これ以上日焼けしたらたまらない、とデッキから降りる。
二人が降りてきたのを確認すると、物影から庵がそそくさとデッキへと上がっていった。
*
… … …
『はい、安西です!』
普段よりもやや大きな彼女の声が耳に飛び込んでくる。何だろう、ちょっと緊張してるのかな?
ふふ、と妙な笑みが口の端からこぼれて消える。
大概俺も緊張してる。
「ののちゃん、今大丈夫?」
『う、うん!全然平気っ!』
「良かった。さっき打ったメールで連絡したけど、本当にいいの?大丈夫?」
『大丈夫だよっ!お父さんもお母さんも、いつ来るのかって楽しみにしてたし、もう支度も万全!いつでもオッケイって感じだから!』
時々うどん修行に来る料理人さんが住み込みで勉強していくから泊まる場所は充分にあるんだよー、と彼女が以前言ってたので、その好意に甘えさせていただくことにした。
勿論、不測の事態に備えて周囲の観光・宿泊施設は大体頭に入れてあるし、安全度・価格・利便性で脳内検索もすぐ出来るように準備だけはしておいた。
でないと、巻き込んだみんなにも悪いし、申し訳ない。最低限の礼儀だよね、と思う。
他人を巻き込むという事は、他人の時間を自分の都合で分けて貰っているという事。
それを忘れないでいたい。
思い出は、俺にとって永遠なのだから。
「ありがとね、ののちゃん」
『ううん、でもフェリー動いて良かった!電車は午後から瀬戸大橋線回復したみたい。道路はまだ風強くて規制してるみたいだから、そっちで正解だったかも』
「うん、良かった。ホントに」
これで、彼女に会いにいける。
いや、会って覚悟を決めないといけない。
たとえ、どんな結末が待っていたとしても。
『それじゃあ、フェリー乗り場で待ってるね!』
「うん、それじゃ、また後で」
携帯の電源を切る。
潮風が全身をはたく。身を焼くような熱気と日差し。
なのに顔をなぜる潮風は冷たく心地よい。
台風後で湿気が少ないせいかな、とぼんやり思う。
船上は蒸し暑さがない。空の青が、濃い。
目の前には海。無人島。時々漁船。
あと三十分もしたら、あの子がいる街が視界全体に広がってくるだろう。
高松市の全景と、港に立つ彼女の姿を思い描く。
それが怖くもあり、また胸が焼けるような焦燥と高鳴りを覚える。
奇妙な高揚感と、言いしえぬ緊張。
迷ってても仕方ないよな。
俺の答えは一つなのだから。
じゃあ、後は彼女の答えを聞きに行こうか。
潮風に向かって「いよっし」と呟くと、薄っぺらいナイロンカバンを手に船室へと降りた。
【7月31日昼過ぎ・車ごとフェリーへ・その頃ヒゲ先輩は大輔と子育て・続く】
乗船後、車両を降り船底からエスカレータで船内へ上がると、チロチロと水を吹き出す噴水を見て「こんなのあるんだ」と敦は感心する。目の前に波飛沫があるのに、船内にも潤いを求めるって寸法なのかなぁーと呟いていたら、ただ単にバブリーの名残じゃない?と苦笑いの晶。
開放的な広い窓に、船内前部にはクーラーの効いた座席スペースと売店。後方部は船室で開放的な作りになっている。
「あっ、ゲーセンあるぞ」
デッキ下の階段裏スペースに、筐体が8台背中合わせに据え付けてある。
「アンアンあります?」
「あるわけないだろっ!?どうやって海上にネット回線引っ張ってくるんだっつうの」
即座に大輔に的確なツッコミを返され、残念ですぅ、と敦ちょっとしょげるもすぐに復活。
「そうだ、僕デッキ上がってきます!」
「おお、行ってこい行ってこい。充分満喫してこいよ」
「はい!」
完全に観光客だなあ、と大輔と並んで、人数分で折半する運賃の精算と切符の確認をしていた夏彦は後輩のはしゃぎっぷりに目を細める。
「しかし、フェリーつっても遊べるもんなんだな。何があるんだここは?ずらっと脱衣麻雀ばっかりか?」
「裏側に普通のありますよ。
テトリスと格ゲーと…何か見覚えのないシューティングがあるけどなんだこれ?古い…
…あ、子育てクイズがあるっすよ」
「それだ!」
上階のデッキにあがると、全面瀬戸内のパノラマである。甲板の端にはご丁寧にコイン投入式の観光地用望遠鏡まで。
おおっ、と敦が声を出した数秒後。
「あっつい!足の裏あっつ!照り返しあっつ!」
「当たり前でしょう?今夏だもん、しかも真っ昼間なんだからデッキの上は灼熱だよ。しかも敦の靴底薄そうだしね。残念」
後ろからついてきた晶に苦笑いされ、敦やっと我に帰りてへへ、と照れ笑いを浮かべる。
「あれ、庵先輩は?ご一緒じゃあ」
「さっき船の端でケータイいじってた。メール確認してたんじゃない?」
鷲羽山でもこそこそ電話してたっぽいしね、とにやりと口の端を曲げる。
「上手く行くといいね」
「でっすねー」
これ以上日焼けしたらたまらない、とデッキから降りる。
二人が降りてきたのを確認すると、物影から庵がそそくさとデッキへと上がっていった。
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… … …
『はい、安西です!』
普段よりもやや大きな彼女の声が耳に飛び込んでくる。何だろう、ちょっと緊張してるのかな?
ふふ、と妙な笑みが口の端からこぼれて消える。
大概俺も緊張してる。
「ののちゃん、今大丈夫?」
『う、うん!全然平気っ!』
「良かった。さっき打ったメールで連絡したけど、本当にいいの?大丈夫?」
『大丈夫だよっ!お父さんもお母さんも、いつ来るのかって楽しみにしてたし、もう支度も万全!いつでもオッケイって感じだから!』
時々うどん修行に来る料理人さんが住み込みで勉強していくから泊まる場所は充分にあるんだよー、と彼女が以前言ってたので、その好意に甘えさせていただくことにした。
勿論、不測の事態に備えて周囲の観光・宿泊施設は大体頭に入れてあるし、安全度・価格・利便性で脳内検索もすぐ出来るように準備だけはしておいた。
でないと、巻き込んだみんなにも悪いし、申し訳ない。最低限の礼儀だよね、と思う。
他人を巻き込むという事は、他人の時間を自分の都合で分けて貰っているという事。
それを忘れないでいたい。
思い出は、俺にとって永遠なのだから。
「ありがとね、ののちゃん」
『ううん、でもフェリー動いて良かった!電車は午後から瀬戸大橋線回復したみたい。道路はまだ風強くて規制してるみたいだから、そっちで正解だったかも』
「うん、良かった。ホントに」
これで、彼女に会いにいける。
いや、会って覚悟を決めないといけない。
たとえ、どんな結末が待っていたとしても。
『それじゃあ、フェリー乗り場で待ってるね!』
「うん、それじゃ、また後で」
携帯の電源を切る。
潮風が全身をはたく。身を焼くような熱気と日差し。
なのに顔をなぜる潮風は冷たく心地よい。
台風後で湿気が少ないせいかな、とぼんやり思う。
船上は蒸し暑さがない。空の青が、濃い。
目の前には海。無人島。時々漁船。
あと三十分もしたら、あの子がいる街が視界全体に広がってくるだろう。
高松市の全景と、港に立つ彼女の姿を思い描く。
それが怖くもあり、また胸が焼けるような焦燥と高鳴りを覚える。
奇妙な高揚感と、言いしえぬ緊張。
迷ってても仕方ないよな。
俺の答えは一つなのだから。
じゃあ、後は彼女の答えを聞きに行こうか。
潮風に向かって「いよっし」と呟くと、薄っぺらいナイロンカバンを手に船室へと降りた。
【7月31日昼過ぎ・車ごとフェリーへ・その頃ヒゲ先輩は大輔と子育て・続く】
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