夏バテ注意。
*
庵とのどかは強面と化したマネージャーにタクシーへとしぶしぶ乗せられホテルへと連行と相成った。
「唐突で申し訳ないと思ってますよ」
と、目線を前に据えたまま、助手席のマネージャーは後部座席で黙り込んだままの二人に詫びる。
「でもね、これはもう神様が与えてくれたチャンスとしか私には思えない…だから、思いっきり謝りもします。お詫びもいたします。だから、どうか話だけでも邪険にせず聞いて帰ってください」
のどかは時々アイアイ=後輩の藍子から「マネージャーはオカマさんなんだよねー」と聞かされていたが、確かに線の細そうな人物である。
きゃしゃでのっぽ、まるでひょろ長い、葉の落ちきった枯れ木の枝のような細っこい外見にいわゆるオネエ口調。ただ、その割に物言いがしっかりしているので、ちゃんとした営業なのだなと思わせる雰囲気があった。
「失礼ながら、お食事は」
「俺はいいです。のどかさんに」
普段と違い、下の名前を呼ばれて一瞬胸がどきりとなったのどかだったが、庵の横顔が既に「私」の顔から「公」の顔になっているのに気付いて胸が痛んだ。
「わ、私も大丈夫です」
慌てて言い添えて、ちらと隣でゆったりと座る庵の様子をうかがう。
自分を静かに押さえた庵の横顔は、無感動で能面のようであったが、独特の緊張感と男性としての仄かな色香を含んで精悍ささえ感じるのに。
こんな怖い顔した庵君、初めて見る。
何故だか良からぬざわつきで心が落ち着かなくなるものの、何も出来ぬままホテルへと車は滑っていくようだった。
*
ホテルに到着し、すぐに地下駐車場からエレベーターで上階のシングルルームの一室へ通された。
「入りますよ」とノックもそこそこにマネージャーの先導で室内に招き入れられると、そこは一般用のシングルルーム。
簡素な作りながらベッドはダブルサイズらしい。デュベスタイルの夏用羽毛布団の下で、ベッドサイズに似つかわしくないほどに小さい人影がすっぽりと埋もれていた。
「アイアーイ、生きてます?」
「ふぁーい…」
ひょこ、と軽くてふわふわの羽毛布団の隅っこから黒々とした可愛い頭部がのぞく。
額に、でかでかと冷却シートを張った姿で。
「藍ちゃん、どしたのそれ?たんこぶ…じゃないね、顔色真っ青…」
「あ、ののちゃんら~…ごめんえ、ごめんえ、アイアイもうらめかもしんらい~…」
普段の舌っ足らずな口調に輪を掛けて、呂律の回らない弱々しい声がアイアイの口元からヘロヘロとこぼれる。
布団から出てきた顔を覗き込むと…真っ赤を通り越して真っ青である。
頬ばかりが赤くなり顔面蒼白、肌寒いほどのクーラーが効いた室内で額の生え際から汗をダラダラ流している。
どう見ても重症だ。
「どういうことなんでしょう」
「…ちょっと、神戸以降無理しすぎましてね」
マネージャーは、アイアイの額に手を押しやり体調を気にしながら口を開く。
「神戸での興業は、今までで一番の客入りで成功を収めました。しかし、それまでの業績がよろしくなかった。神戸入りの数日前に決定した岡山・広島でのイベント中止を聞きつけて香川での開催予定地だったウドンゲ会館香川ホールの主催者まで中止の申し入れをされてしまって…」
「それで?」
「アイアイね~いっぱいお願いしにいったんだよー…四国でイベントしたくってー…」
「幸いと言いますか台風で開催予定日がずれ込んだので、その間につてを頼って様々なプロモーターや地元企業、また協賛するはずだった企業にお願いしに行ったのですが、結果はからぶり続き。やっとの思いでレオナワールドさんにオーケーをいただいた矢先に、アイアイに営業疲れがどばっと出て倒れてしまいまして」
「お医者さん、うごいちゃらめらってー…でも明後日まで寝てらんないろに~…はふぅ」
「過労だけ?」
「夏風邪も併発してるそうです。医者曰く、熱とだるさが主で喉の炎症はないので日曜まで絶対安静、月曜に再診して問題なければ九州での公演も大丈夫だろうと。…うーん、あまり熱下がってませんね。薬はちゃんと飲みましたか?アイアイ」
「のんら~」
「はい、それならいいでしょう。後は私がお話しておきますから、休んで一刻も早く元気になってくださいまし」
「は~~~い…」
視線のおぼつかないアイアイは促されるまま瞳を閉じ、そのまま寝入ったようである。
そっと物音を立てぬよう、マネージャーに連れられ隣室へと二人は招き入れられると、ソファへ向き合って座ったまま神妙な面持ちで対面した。
【8月1日・本題はこれから・続く】
庵とのどかは強面と化したマネージャーにタクシーへとしぶしぶ乗せられホテルへと連行と相成った。
「唐突で申し訳ないと思ってますよ」
と、目線を前に据えたまま、助手席のマネージャーは後部座席で黙り込んだままの二人に詫びる。
「でもね、これはもう神様が与えてくれたチャンスとしか私には思えない…だから、思いっきり謝りもします。お詫びもいたします。だから、どうか話だけでも邪険にせず聞いて帰ってください」
のどかは時々アイアイ=後輩の藍子から「マネージャーはオカマさんなんだよねー」と聞かされていたが、確かに線の細そうな人物である。
きゃしゃでのっぽ、まるでひょろ長い、葉の落ちきった枯れ木の枝のような細っこい外見にいわゆるオネエ口調。ただ、その割に物言いがしっかりしているので、ちゃんとした営業なのだなと思わせる雰囲気があった。
「失礼ながら、お食事は」
「俺はいいです。のどかさんに」
普段と違い、下の名前を呼ばれて一瞬胸がどきりとなったのどかだったが、庵の横顔が既に「私」の顔から「公」の顔になっているのに気付いて胸が痛んだ。
「わ、私も大丈夫です」
慌てて言い添えて、ちらと隣でゆったりと座る庵の様子をうかがう。
自分を静かに押さえた庵の横顔は、無感動で能面のようであったが、独特の緊張感と男性としての仄かな色香を含んで精悍ささえ感じるのに。
こんな怖い顔した庵君、初めて見る。
何故だか良からぬざわつきで心が落ち着かなくなるものの、何も出来ぬままホテルへと車は滑っていくようだった。
*
ホテルに到着し、すぐに地下駐車場からエレベーターで上階のシングルルームの一室へ通された。
「入りますよ」とノックもそこそこにマネージャーの先導で室内に招き入れられると、そこは一般用のシングルルーム。
簡素な作りながらベッドはダブルサイズらしい。デュベスタイルの夏用羽毛布団の下で、ベッドサイズに似つかわしくないほどに小さい人影がすっぽりと埋もれていた。
「アイアーイ、生きてます?」
「ふぁーい…」
ひょこ、と軽くてふわふわの羽毛布団の隅っこから黒々とした可愛い頭部がのぞく。
額に、でかでかと冷却シートを張った姿で。
「藍ちゃん、どしたのそれ?たんこぶ…じゃないね、顔色真っ青…」
「あ、ののちゃんら~…ごめんえ、ごめんえ、アイアイもうらめかもしんらい~…」
普段の舌っ足らずな口調に輪を掛けて、呂律の回らない弱々しい声がアイアイの口元からヘロヘロとこぼれる。
布団から出てきた顔を覗き込むと…真っ赤を通り越して真っ青である。
頬ばかりが赤くなり顔面蒼白、肌寒いほどのクーラーが効いた室内で額の生え際から汗をダラダラ流している。
どう見ても重症だ。
「どういうことなんでしょう」
「…ちょっと、神戸以降無理しすぎましてね」
マネージャーは、アイアイの額に手を押しやり体調を気にしながら口を開く。
「神戸での興業は、今までで一番の客入りで成功を収めました。しかし、それまでの業績がよろしくなかった。神戸入りの数日前に決定した岡山・広島でのイベント中止を聞きつけて香川での開催予定地だったウドンゲ会館香川ホールの主催者まで中止の申し入れをされてしまって…」
「それで?」
「アイアイね~いっぱいお願いしにいったんだよー…四国でイベントしたくってー…」
「幸いと言いますか台風で開催予定日がずれ込んだので、その間につてを頼って様々なプロモーターや地元企業、また協賛するはずだった企業にお願いしに行ったのですが、結果はからぶり続き。やっとの思いでレオナワールドさんにオーケーをいただいた矢先に、アイアイに営業疲れがどばっと出て倒れてしまいまして」
「お医者さん、うごいちゃらめらってー…でも明後日まで寝てらんないろに~…はふぅ」
「過労だけ?」
「夏風邪も併発してるそうです。医者曰く、熱とだるさが主で喉の炎症はないので日曜まで絶対安静、月曜に再診して問題なければ九州での公演も大丈夫だろうと。…うーん、あまり熱下がってませんね。薬はちゃんと飲みましたか?アイアイ」
「のんら~」
「はい、それならいいでしょう。後は私がお話しておきますから、休んで一刻も早く元気になってくださいまし」
「は~~~い…」
視線のおぼつかないアイアイは促されるまま瞳を閉じ、そのまま寝入ったようである。
そっと物音を立てぬよう、マネージャーに連れられ隣室へと二人は招き入れられると、ソファへ向き合って座ったまま神妙な面持ちで対面した。
【8月1日・本題はこれから・続く】
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