レオナ、宴の向こうに。(ちょい長いです)
*
その日の夜。
レオナワールドではほぼ撤収作業が終了し、機材を積み込んだトラック脇ではホテルへ帰着前のスタッフがワイワイと談笑しあっていた。
今までのイベント後にはない快い高揚感が、彼らの口と身体を軽くしていた訳だが、そんな彼らのすぐ側では。
「…来ちゃった」
ひっそりと近付く人影あり。
幼女体型によく目立つツインテールの少女。
アイアイである。
退院して直後、「今日は凄い観客だったそうですよ!」と興奮気味に速報を伝えて去っていったマネージャーが気になり、内緒でスタッフの様子を見に来たのであった。
…いや、スタッフと言うよりも、今日のイベントの残り香のようなものを。
…本当は病み上がりの身だ。
マネージャーに言いつけられた通り、ホテルで就寝していなければならないのだが、どうしても気にかかって止まらなかった。
マネージャーにもスタッフにも内緒で、そっとレオナワールドの関係者通用門前まで来たはいいが、何をしようと言う訳でもなく。
空気を感じたかっただけなのである。
ステージの前に広がる席が観客でいっぱいになる、そんな空間を少しだけでも。
アイドルになって、人気者になりたい。自慢の歌声でドームを満タンにしてみたい。
長野にいた頃からずっと夢に描いてきた、トップスターへの道。
だが、一念発起し上京して半年。
トントン拍子にアイドルにはなれたけれど、なっただけで、描いていた理想とはかけ離れた毎日。
ファンレターの来ない私書箱。
ステージの前はいつもガラガラ。
道を歩いていても、声をかけてくるのはキャッチセールスか、学習塾の「中学生の方ですか?」という失礼な勧誘ばかり。
アイドルは、なった後が大変なのだ。
それに気付いた時は、既に崖っぷちだった。
だから。
奇しくも、サークルの先輩たちにまでお願いし、どうにかステージを見てもらいたくて、ずっと頑張ってきた。
歌を聴いてもらえれば、きっと思いが伝わると信じて。
閉館前のレオナワールドに到着して、アイアイが一番最初に感じたのは「熱」であった。
昔、お小遣いをはたいて見に行ったライブイベントの後で、観客の残していった興奮が余韻となり、微かに残された跡。
それを久しぶりに肌で感じて、アイアイは「これだよぅ」と一人呟いていた。
足下にふと目をやると、くしゃくしゃになったチラシ。
手にとって開くと、おそらく衣装合わせの際に撮影したのを無断使用したのであろう、満面笑顔でこぶしを突き上げる庵の写真がでかでかと掲載され、上下左右にアメリカンテイストの星柄を散らしたバックに「緊急クイズ大会!」と銘打たれた派手なゴシック体の真っ赤なタイトルが踊っていた。
ただ単に捨てられたチラシなら気に留めなかったかもしれないが、くしゃくしゃになった表面には湿り気が乾いた跡が残っており、なおかつ丁寧に四つ折りした跡さえ見られた。きっと、持ち主は汗でびしょびしょになってしまったために捨ててしまったのだろうが、そうなるまでにこのチラシを見て、大事に取っておこうとした形跡が残されているのを見て取って、アイアイはしょんぼりと肩を落とした。
これまでの夏イベントで配ったチラシのどれだけが、一瞬でも大切にされただろうか。
ほとんどが、受け取られた数秒後に紙くずにされていたのではないか。
現に、そんな場面を手配りしながら何度も見てきたし…。
しかも、自分はずっとモノクロで安っぽい紙だったのに、今回だけはフルカラーでつるつるのコート紙を使っている。
自分と庵=アンアンとの格差がチラシ一枚で如実に浮き彫りになっている事実に、アイアイは悲しみを禁じ得ない。
ずっと自分の実力で体感したかったもの。
激しい熱を帯びた一体感と、目も眩むような幾千幾万の声援。
それを、我が身で実現させたいという素直な欲求が胸の中でむくむくと湧いてくる。力が湧いてくる。
だが、それをこの場所で演じたのは自分ではない。
そう思うと、アイアイの胸に寂しさもまた去来した。
そして、それを実現させた相手は、もはや芸能界に魅力を感じていないと言う事実も。
「勿体ないよう」
人を集め、なおかつ楽しませるのがどれだけ容易でないか、アイアイはこの半年間でひしひしと体験し尽くした。
自分の才能を疑う訳ではない。
だがそれ以上の事を、今では一般人として努力もレッスンもしていない庵が、ほとんど前準備も無しで難無くやってのけている。
その事実が、アイアイの表情をくすませた。
「はあ…アイアイ、もっと頑張ったらアンアンみたいにお客さんで一杯のステージで歌えるのかなあ…」
そんな日、いつか来るのだろうか。今はただがむしゃらに頑張るしかないのだけれど。
…さて、ここまで来たけれどどうしたものか。
一応、スタッフに迷惑かけたのだし、挨拶だけして帰ろうかと物影から様子を窺っていると、スタッフの話声がアイアイの耳に飛び込んできた。
「しかし、今日のステージはアイアイでなくて良かったかもなあ」
どきり、と胸が高鳴った。
しかも、他のスタッフもその言葉を否定するでもなく、すんなりと聞き流している…。
「そうねえ…正直、ウチとしてはアンアン来てくれて本当に良かったわ…。SIGA本社から興行の成績不振を随分言われ上げてたから、芸能事務所さんには申し訳ないけど藍子ちゃんじゃあもうダメだと思ってたのよね」
「そっか、主任最近顔元優れないと思ったら…でも、もう大丈夫ですよ!今回の大成功で、収入がっつり話題もばっちり、しかもナイスなジンクスまでついてくるんですから!」
「ん、なあに?ジンクスって」
「知らないです?
アンアンとクイズのジンクス。
何でも、『アンアン=アンサー庵が出演したクイズ番組は絶対にヒットする』って、ガチンコのラッキージンクスがあるんだそうですよ!」
「えええ?!いくら何でもそれはないっしょー!だって彼、昔幾つの番組に出演してたと…」
「そう、それの全てがことごとく視聴率20パーセント超え記録してたそうっすよ!…で、彼は高所恐怖症だから、回答席がアップダウンするクイズや早押しの無いクイズは出なかったそうなんですけど、こちらは逆にことごとく淘汰されていったそうです。
最近のでは、アカデミッククイズなんか分かりやすいですよ。
庵君が出場する前年まで視聴率が一桁に割り込んでたらしいのに、出場してからV字回復したってもっぱらの噂。大日本テレビじゃあ空白の一ヶ月事件さえなければ、ずっとゲストで呼び続けたかったらしいんすよー」
「あー分かる。今日痛感した。あれがスターだよね。全国回ってて、あんなに楽しかったイベント初めてだったかも」
「他の子たちもアシの子も頑張ってくれてたし、やっぱアイアイ一人じゃ限界かもな…次の九州はどうなってるの?」
「マネージャーの人が『九州王者』を引っ張ってくるとか言い切ってましたけど、あの人ハッタリ多いからもの凄く心配です。何でも、地元のプレイヤーさんの間ではかなりの有名人らしいんですけど、それでどこまでお客が来るやら…」
「もうやってる既存のヘビーユーザーだけ来てもなあ…新規客取り込みが目的なのに、また閑古鳥とか嫌だぜ俺」
「今日のあれ、見ちゃうと余計だよな…」
「ネットじゃあ今日のイベントが話題になってたそうだから、次でも一見さんの客が来てくれるといいけど。そして新規顧客になってくれたら万々歳」
「はあ、あんまり期待せずに頑張ろうよ。全日程消化して、何事もなく終わらせないと」
「だなー。…アイアイだしな。期待せずに頑張ろう、な」
「あの子、歌はそこそこだけど、パッとしないというか…」
「ロリにしても萌えとか可愛いというのとかとはベクトルがちょっと違うし、色々とセンスもピーだしなぁ。…天然系は最近多すぎて食傷気味だろ?あの子もちょっとお先が…なあ…」
ふう、とがっくり肩を落とすスタッフ。
じっと聞き入ったまま、アイアイは動けずにいた。
「アンサー庵、もう一回だけでいいから来てくれないかしら?テンボスとか…」
「今日、さっそく交渉失敗したらしいっすよ。無断で名前入れたチラシ配ったのが速攻ばれたらしくて」
「やっぱりあのマネージャーダメだ!ちくしょー、折角のチャンスだったのに!」
「だから、事務所のアイドルもあんなもんなんじゃん?仕方ないっすよー」
疲れきって乾いた笑いが、夏の夜に溶けていく。
アイアイもまた、自分の中の何かが足の先から溶け出していくような心境であった。
そうか。そうか。
…そんな風に思われていたんだ…。
病床でずっと気に掛けていた自分がバカみたいに思えて涙ぐんでいると、ふいに背後で砂利を踏む気配に背筋が強張る。
…おそるおそる振り返ると、そこには無表情のマネージャーが立っていた。
「…遂に、知ってしまいましたね。アイアイ」
「ま、マネージャーさん…」
「あれが、今の貴女の正当な評価だと思ってください。どれくらい現状が厳しいものか、ご理解いただけたと思います」
「う、うん…」
こぼれそうになる涙を必死にこらえ、顔を上げるとマネージャーは神妙な顔つきで「でもめげないでください」と言葉を重ねる。
「貴女は才能があります。それは私が一番良く知っています。
ただ、貴女に必要なものがたった一つ欠けている。それだけなのです」
「そ、それは…」
目を見開いて見つめるアイアイに、マネージャーは「チャンスです」と即断する。
「ちゃ、チャンス?」
「そうです。貴女をもっと世界に配信するための場所、それを手に入れることこそがスターダムへの近道。それさえ叶えば、後はきっとトントンに上手く行きます。しかし、最初のビッグバンが足りないのですよ…ですから」
「ですから?」
「…アンサー庵。彼を最大限に利用させていただきます。
彼の絶大な知名度、このまま本人の思惑通り腐らせてしまうには誠に惜しい!
今日確信いたしました。
ならば、それを貴女のためにフルに使いたく現在思案中なのですよ」
「そ、そんな事出来るの?マネージャーさん…それに、アンアンに迷惑かかるけど…」
「迷惑がなんだっていうのです」
「!?」
「アイアイ、このまま無名アイドルで終わってもいいの?貴女も半年間芸能界に入って分かったはず。綺麗事だけ続けて、どれだけの成果が現れてきた?大手事務所のように、金もコネもバーターも使えない、そんな状況でこれからもドサ周りを続ける気?そんな惨めな営業、こっちから願い下げですよ。私は貴女をプロデュースする。そして貴女をトップアイドルにする。貴女は頂点に立つための努力を行ってさえくださればいい。…泥に突っ込む覚悟だけ、お願いたしますけれども」
「泥に…」
「そう、弱肉強食の世界、そこに足を踏み入れる勇気を。
…なあに、彼の知名度を少し使わせていただくだけですよ。
貴女とて分かっているはずですよ。…ビッグネームの効果がどれだけ偉大なのかを」
「…」
それは、今痛いほどに知った。
そして、今立っているこの場所に残された熱気が、自分など及びもつかないほどに激しいものであったことも。
…そうか、こんな近くにトップアイドルへのチケットがあったなんて。
ずっと自分には関係ないと思ってたけど…。
でも、よくよく考えれば簡単なことだ。庵が嫌がっているというだけなのだから。
…しかし、そう考えると贅沢な悩みである。
アンアンは、何がつまらなくって芸能界を引退しちゃったのだろう。
嫌なことなんて、普通に暮らしていたってごちゃまんと起こるというのに。
クイズでなくても、お客さんはいっぱい来てくれそうなのほど、人気者だっていうのに。
ともかく、彼の力に頼らざるをえない。
もう、事態はそこまで深刻な状況になっていると、今わかったのだから。
アイアイはそう思い至り、ぐっと眉根を吊り上げてマネージャーを見やる。その目に、貪欲な意志を宿して。
「…マネージャーさん、アイアイどうしたらいいの?」
「…ご心配には及びません。既に、手は打っておきましたから。
…さ、ホテルに帰って作戦を立てましょうかね…」
【8月3日夕・マネージャー悪巧み・乗り気なアイアイ・続く】
その日の夜。
レオナワールドではほぼ撤収作業が終了し、機材を積み込んだトラック脇ではホテルへ帰着前のスタッフがワイワイと談笑しあっていた。
今までのイベント後にはない快い高揚感が、彼らの口と身体を軽くしていた訳だが、そんな彼らのすぐ側では。
「…来ちゃった」
ひっそりと近付く人影あり。
幼女体型によく目立つツインテールの少女。
アイアイである。
退院して直後、「今日は凄い観客だったそうですよ!」と興奮気味に速報を伝えて去っていったマネージャーが気になり、内緒でスタッフの様子を見に来たのであった。
…いや、スタッフと言うよりも、今日のイベントの残り香のようなものを。
…本当は病み上がりの身だ。
マネージャーに言いつけられた通り、ホテルで就寝していなければならないのだが、どうしても気にかかって止まらなかった。
マネージャーにもスタッフにも内緒で、そっとレオナワールドの関係者通用門前まで来たはいいが、何をしようと言う訳でもなく。
空気を感じたかっただけなのである。
ステージの前に広がる席が観客でいっぱいになる、そんな空間を少しだけでも。
アイドルになって、人気者になりたい。自慢の歌声でドームを満タンにしてみたい。
長野にいた頃からずっと夢に描いてきた、トップスターへの道。
だが、一念発起し上京して半年。
トントン拍子にアイドルにはなれたけれど、なっただけで、描いていた理想とはかけ離れた毎日。
ファンレターの来ない私書箱。
ステージの前はいつもガラガラ。
道を歩いていても、声をかけてくるのはキャッチセールスか、学習塾の「中学生の方ですか?」という失礼な勧誘ばかり。
アイドルは、なった後が大変なのだ。
それに気付いた時は、既に崖っぷちだった。
だから。
奇しくも、サークルの先輩たちにまでお願いし、どうにかステージを見てもらいたくて、ずっと頑張ってきた。
歌を聴いてもらえれば、きっと思いが伝わると信じて。
閉館前のレオナワールドに到着して、アイアイが一番最初に感じたのは「熱」であった。
昔、お小遣いをはたいて見に行ったライブイベントの後で、観客の残していった興奮が余韻となり、微かに残された跡。
それを久しぶりに肌で感じて、アイアイは「これだよぅ」と一人呟いていた。
足下にふと目をやると、くしゃくしゃになったチラシ。
手にとって開くと、おそらく衣装合わせの際に撮影したのを無断使用したのであろう、満面笑顔でこぶしを突き上げる庵の写真がでかでかと掲載され、上下左右にアメリカンテイストの星柄を散らしたバックに「緊急クイズ大会!」と銘打たれた派手なゴシック体の真っ赤なタイトルが踊っていた。
ただ単に捨てられたチラシなら気に留めなかったかもしれないが、くしゃくしゃになった表面には湿り気が乾いた跡が残っており、なおかつ丁寧に四つ折りした跡さえ見られた。きっと、持ち主は汗でびしょびしょになってしまったために捨ててしまったのだろうが、そうなるまでにこのチラシを見て、大事に取っておこうとした形跡が残されているのを見て取って、アイアイはしょんぼりと肩を落とした。
これまでの夏イベントで配ったチラシのどれだけが、一瞬でも大切にされただろうか。
ほとんどが、受け取られた数秒後に紙くずにされていたのではないか。
現に、そんな場面を手配りしながら何度も見てきたし…。
しかも、自分はずっとモノクロで安っぽい紙だったのに、今回だけはフルカラーでつるつるのコート紙を使っている。
自分と庵=アンアンとの格差がチラシ一枚で如実に浮き彫りになっている事実に、アイアイは悲しみを禁じ得ない。
ずっと自分の実力で体感したかったもの。
激しい熱を帯びた一体感と、目も眩むような幾千幾万の声援。
それを、我が身で実現させたいという素直な欲求が胸の中でむくむくと湧いてくる。力が湧いてくる。
だが、それをこの場所で演じたのは自分ではない。
そう思うと、アイアイの胸に寂しさもまた去来した。
そして、それを実現させた相手は、もはや芸能界に魅力を感じていないと言う事実も。
「勿体ないよう」
人を集め、なおかつ楽しませるのがどれだけ容易でないか、アイアイはこの半年間でひしひしと体験し尽くした。
自分の才能を疑う訳ではない。
だがそれ以上の事を、今では一般人として努力もレッスンもしていない庵が、ほとんど前準備も無しで難無くやってのけている。
その事実が、アイアイの表情をくすませた。
「はあ…アイアイ、もっと頑張ったらアンアンみたいにお客さんで一杯のステージで歌えるのかなあ…」
そんな日、いつか来るのだろうか。今はただがむしゃらに頑張るしかないのだけれど。
…さて、ここまで来たけれどどうしたものか。
一応、スタッフに迷惑かけたのだし、挨拶だけして帰ろうかと物影から様子を窺っていると、スタッフの話声がアイアイの耳に飛び込んできた。
「しかし、今日のステージはアイアイでなくて良かったかもなあ」
どきり、と胸が高鳴った。
しかも、他のスタッフもその言葉を否定するでもなく、すんなりと聞き流している…。
「そうねえ…正直、ウチとしてはアンアン来てくれて本当に良かったわ…。SIGA本社から興行の成績不振を随分言われ上げてたから、芸能事務所さんには申し訳ないけど藍子ちゃんじゃあもうダメだと思ってたのよね」
「そっか、主任最近顔元優れないと思ったら…でも、もう大丈夫ですよ!今回の大成功で、収入がっつり話題もばっちり、しかもナイスなジンクスまでついてくるんですから!」
「ん、なあに?ジンクスって」
「知らないです?
アンアンとクイズのジンクス。
何でも、『アンアン=アンサー庵が出演したクイズ番組は絶対にヒットする』って、ガチンコのラッキージンクスがあるんだそうですよ!」
「えええ?!いくら何でもそれはないっしょー!だって彼、昔幾つの番組に出演してたと…」
「そう、それの全てがことごとく視聴率20パーセント超え記録してたそうっすよ!…で、彼は高所恐怖症だから、回答席がアップダウンするクイズや早押しの無いクイズは出なかったそうなんですけど、こちらは逆にことごとく淘汰されていったそうです。
最近のでは、アカデミッククイズなんか分かりやすいですよ。
庵君が出場する前年まで視聴率が一桁に割り込んでたらしいのに、出場してからV字回復したってもっぱらの噂。大日本テレビじゃあ空白の一ヶ月事件さえなければ、ずっとゲストで呼び続けたかったらしいんすよー」
「あー分かる。今日痛感した。あれがスターだよね。全国回ってて、あんなに楽しかったイベント初めてだったかも」
「他の子たちもアシの子も頑張ってくれてたし、やっぱアイアイ一人じゃ限界かもな…次の九州はどうなってるの?」
「マネージャーの人が『九州王者』を引っ張ってくるとか言い切ってましたけど、あの人ハッタリ多いからもの凄く心配です。何でも、地元のプレイヤーさんの間ではかなりの有名人らしいんですけど、それでどこまでお客が来るやら…」
「もうやってる既存のヘビーユーザーだけ来てもなあ…新規客取り込みが目的なのに、また閑古鳥とか嫌だぜ俺」
「今日のあれ、見ちゃうと余計だよな…」
「ネットじゃあ今日のイベントが話題になってたそうだから、次でも一見さんの客が来てくれるといいけど。そして新規顧客になってくれたら万々歳」
「はあ、あんまり期待せずに頑張ろうよ。全日程消化して、何事もなく終わらせないと」
「だなー。…アイアイだしな。期待せずに頑張ろう、な」
「あの子、歌はそこそこだけど、パッとしないというか…」
「ロリにしても萌えとか可愛いというのとかとはベクトルがちょっと違うし、色々とセンスもピーだしなぁ。…天然系は最近多すぎて食傷気味だろ?あの子もちょっとお先が…なあ…」
ふう、とがっくり肩を落とすスタッフ。
じっと聞き入ったまま、アイアイは動けずにいた。
「アンサー庵、もう一回だけでいいから来てくれないかしら?テンボスとか…」
「今日、さっそく交渉失敗したらしいっすよ。無断で名前入れたチラシ配ったのが速攻ばれたらしくて」
「やっぱりあのマネージャーダメだ!ちくしょー、折角のチャンスだったのに!」
「だから、事務所のアイドルもあんなもんなんじゃん?仕方ないっすよー」
疲れきって乾いた笑いが、夏の夜に溶けていく。
アイアイもまた、自分の中の何かが足の先から溶け出していくような心境であった。
そうか。そうか。
…そんな風に思われていたんだ…。
病床でずっと気に掛けていた自分がバカみたいに思えて涙ぐんでいると、ふいに背後で砂利を踏む気配に背筋が強張る。
…おそるおそる振り返ると、そこには無表情のマネージャーが立っていた。
「…遂に、知ってしまいましたね。アイアイ」
「ま、マネージャーさん…」
「あれが、今の貴女の正当な評価だと思ってください。どれくらい現状が厳しいものか、ご理解いただけたと思います」
「う、うん…」
こぼれそうになる涙を必死にこらえ、顔を上げるとマネージャーは神妙な顔つきで「でもめげないでください」と言葉を重ねる。
「貴女は才能があります。それは私が一番良く知っています。
ただ、貴女に必要なものがたった一つ欠けている。それだけなのです」
「そ、それは…」
目を見開いて見つめるアイアイに、マネージャーは「チャンスです」と即断する。
「ちゃ、チャンス?」
「そうです。貴女をもっと世界に配信するための場所、それを手に入れることこそがスターダムへの近道。それさえ叶えば、後はきっとトントンに上手く行きます。しかし、最初のビッグバンが足りないのですよ…ですから」
「ですから?」
「…アンサー庵。彼を最大限に利用させていただきます。
彼の絶大な知名度、このまま本人の思惑通り腐らせてしまうには誠に惜しい!
今日確信いたしました。
ならば、それを貴女のためにフルに使いたく現在思案中なのですよ」
「そ、そんな事出来るの?マネージャーさん…それに、アンアンに迷惑かかるけど…」
「迷惑がなんだっていうのです」
「!?」
「アイアイ、このまま無名アイドルで終わってもいいの?貴女も半年間芸能界に入って分かったはず。綺麗事だけ続けて、どれだけの成果が現れてきた?大手事務所のように、金もコネもバーターも使えない、そんな状況でこれからもドサ周りを続ける気?そんな惨めな営業、こっちから願い下げですよ。私は貴女をプロデュースする。そして貴女をトップアイドルにする。貴女は頂点に立つための努力を行ってさえくださればいい。…泥に突っ込む覚悟だけ、お願いたしますけれども」
「泥に…」
「そう、弱肉強食の世界、そこに足を踏み入れる勇気を。
…なあに、彼の知名度を少し使わせていただくだけですよ。
貴女とて分かっているはずですよ。…ビッグネームの効果がどれだけ偉大なのかを」
「…」
それは、今痛いほどに知った。
そして、今立っているこの場所に残された熱気が、自分など及びもつかないほどに激しいものであったことも。
…そうか、こんな近くにトップアイドルへのチケットがあったなんて。
ずっと自分には関係ないと思ってたけど…。
でも、よくよく考えれば簡単なことだ。庵が嫌がっているというだけなのだから。
…しかし、そう考えると贅沢な悩みである。
アンアンは、何がつまらなくって芸能界を引退しちゃったのだろう。
嫌なことなんて、普通に暮らしていたってごちゃまんと起こるというのに。
クイズでなくても、お客さんはいっぱい来てくれそうなのほど、人気者だっていうのに。
ともかく、彼の力に頼らざるをえない。
もう、事態はそこまで深刻な状況になっていると、今わかったのだから。
アイアイはそう思い至り、ぐっと眉根を吊り上げてマネージャーを見やる。その目に、貪欲な意志を宿して。
「…マネージャーさん、アイアイどうしたらいいの?」
「…ご心配には及びません。既に、手は打っておきましたから。
…さ、ホテルに帰って作戦を立てましょうかね…」
【8月3日夕・マネージャー悪巧み・乗り気なアイアイ・続く】
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