たった一言を、あなたに。
*
2008年8月5日。
今日も晴天。
香川の空はちぎれ雲の間に間に青い夏空が見える、清々しい朝を迎えていた。
ニュースは先日の台風被害が最小限に抑えられた事で行政の取り組みを一定評価するという主旨の報道が淡々と流れ、次に今日のにゃんこへと画像が切り替わった。
外からは微かに水の跳ねる音。きっと誰かが水まきをしているのだろう。
「明日、香川から出発だ」
庵は昨日の深夜、寝床の上でそうみんなに告げると、次にまっすぐ全員の顔を見て、無言で頷いた。
それだけで、伝わる緊張感が初々しい。
あいのりのラブワゴンで仲間を見送る気分というのは、こんな感じなのかなと、晶は手荷物を夏彦のミニバンに積み込みながらぼんやりと思った。庵は香川に残らず、そのまま一緒に車へ乗って「九州王者」にこっそり大輔の伝手を頼って対戦しに行くつもりなようだが。
高校時代、そういえば庵は相手から熱烈に告白されて付き合いはじめたのだったっけ。
その時のお相手=和美にはこっぴどく振られたけど、思えば庵が自分から告るの初めてってか。そりゃまた、遅い初告白だなあ。
意味無く苦笑いが浮かぶ。
友の可愛げというか、普段何でも知っている自信家なクイズ王でも好きな子の気持ちは読み切れない、という事実が何だか可笑しい。
結局、東京からその照れ隠しの思いつきに便乗してきて、それでもまだまだ旅は続くようだけど、晶はそれを楽しんでいる自分もまた可笑しかった。
帰りたくなかった実家に帰ってしまい、気になる事も増えたけど、母さんの笑顔が見られたことだけは良かった気がしている。
不安や緊張の先には、割と高確率で良いことが待ってるような、そんな風に思えるようになったかも。
そう考えると、この半月彼女に出会うためにとびきり緊張してあれやこれやと言い訳や建前ばかり考えてきた腐れ縁の親友にも、何かとびきり良いこと起きればいいなと、そんな事を思える余裕すら生まれてる。
「がんばってね」
何故か振られてばかりの自分が言えた言葉ではないかもしれないけれど、さっきから落ち着かなさげにケータイの画面をいじってばかりの友人の背中に、そう呟かざるを得ない気分であった。
*
「出発か」
朝10時前。
うどん屋の開店前にお見送りしてやりたい、という安西夫妻の心遣いに応えて午前中に香川を発つこととなった。
のどかとも、ここでお別れである。
乗車前に、天を仰いで感慨深げに呟く大輔に「名残惜しいですねー」と答える敦に、大輔は「いいや」とそっけなく返す。
「俺はむしろ楽しみだがな。やっと九州帰れる訳だしそれに」
「それに?」
「道々、尾道ラーメン食いに行けるしな」
瀬戸内の小魚で取った出汁美味そうだよなーと満面の笑みで至極平然と答える大輔に、敦のみならず「粉ものじゃなくてやっぱり麺なんだ…」と心中密かにラーメン超人の笑顔に冷や汗をかくのであった。
車外では庵とのどかが互いに顔を合わせたまま立ち尽くしている。
既に暑さで他のメンバーは乗車しており、安西夫妻も開店前の準備だあれやこれやと一旦店の中に引っ込んで出てこない。
のどかの弟も、姿は見えない。が、多分どこから見ているのだろう。
後三十分もしない間に、ここの駐車場は客の自家用車でいっぱいになる。
それは、数日ここで寝泊まりしていた皆も知っている事だった。
「そろそろ出発だね」
「うん」
「えーっと…楽しかった?」
「うん、かなり」
「そっか、良かった」
製麺所のワゴンやトラックも既に配達で出払っており、がらんと開けた駐車場の中央で二人はお互いに言葉を探している。
少し離れた出入り口付近の車道脇では、男たちが静かに待っている。
誰も急かしはしない。
「九州着いたらメール、していい?」
「うん、いいよ」
「それと、何かお土産でも送る。お世話になったし」
「そ、そんなのいいよ。むしろお父さんとか話がたくさん出来て良かったって言ってたし、私も…」
「…」
アブラゼミの声が五月蠅いくらいなのに、羽音の輪唱が今は一服の清涼剤のように沈黙を和らげる。
日差しがきついのに、互いにさよならが言い出せない。
「庵君、昨日、楽しかったね」
「だな。もう足パンパンだけど、すっごい楽しかった!」
「ね!」
「ありがとな。本当にたくさん、ありがとね」
「うん、こっちこそ、藍ちゃんのこと有り難う。私、もう少し自分に自信が持てそうな気がした」
「そっか、良かった」
「…」
「じゃあ、俺、そろそろ行くね」
「あ…うん」
「うん、じゃあ」
遠巻きに車内から見ていた晶は、何事も起こさずこちらに来ようとしている庵に舌打ちする。
「今、絶好のタイミング逃してなかった?このまま助手席に来たらしばこうかな」
「俺は殴るな」
大輔も当たり前のように拳をゴキゴキ鳴らす。
二人の様子など気付くはずもない庵だが、車に駆け寄る途中で、ふと立ち止まりゆっくりと振り返る。
そこには、名残惜しそうに別れの手を振りかけてぎこちなく固まるのどかの姿。
庵は肩だけ見返した体勢のまま、彼もまた足を止めた。
互いに目があって、息を飲む。
庵は一瞬微かに口元に笑みを浮かべると、すう、と息を吸い込んで身体を翻し、「ののちゃん!」と叫んだ。
「はいっ!」とおっかなびっくりなのどかに、庵は続けざまに言葉を返す。
「俺、東京戻ってもまたこうしてたいんだけど!」
「えっ!??」
「東京帰っても、ゲーセンとかだけじゃなくって、図書館とか、美術館とか、とにかく一緒に好きな場所見つけて、そこへののちゃんと行きたいんだ!二人で!一緒に!」
「…」
「俺、ののちゃんと出来るだけの時間、少しでも一緒に居たい!共有した時間をたくさん持ちたいんだ!これからもずっと!俺と、一緒に居てくれないか?どう?ののちゃん」
目を見開いたままぽかんとしているのどかに、おそるおそる庵は「イヤかな?」と消え入りそうな声で聞き返す。
沈黙。
あっちゃーやったかなーと庵が頬を掻いて項垂れそうになったその時、のどかは既に庵の胸元へと飛び込んでいた。
思わぬ展開によろけそうになった庵だが、今日は咄嗟にふんばって彼女の身体を支えて踏みとどまった。
庵の胸からのどかが顔を上げる。目にはあふれ出る喜びと同様に涙が溢れ出しそうになっていた。
「ホント!?ホントに!?庵君、私、庵君と一緒に居てもいいの!?」
「えっ、…ああ、うん。俺、実はずっとそれ言いたくてここに…」
「!!!」
「ご、ごめんな俺こういう奴なんだよ…。いくじなくって、ずっと言えなくて」
「そんな、私こそずっと自信なかったの。だって私、庵君みたいにとっても頭が良い訳じゃないし、顔だって平凡だし…」
「ののちゃんすっごい可愛いよ。俺、最初からずっと好きだった。可愛くてたまらないくらいだった」
「やっ、やだっもう、無理にほめなくたっていいのに!…でも、有り難う…」
「無理でもお世辞でもないんだな、これが。…俺、ののちゃんの恋人だって、帰ったらみんなに触れ回ってもいい?そうしないと心配なくらいだもの。ののちゃん可愛いよ。それに優しい、温かい。俺大好きだ。もっと好きになってもいいかな?」
「!!!…は、はいっ!!私も庵君大好き!東京戻ったら、いっぱい、いっぱい、遊びに行こうね!約束だよっ!!」
「うん、約束!」
やったあ、と口から歓喜があふれ出る。
全身から喜びが押さえられず、そのままぎゅっとハグしあう。
思いが通じてる。触れ合ってる。それだけで奇跡。
それだけなのに、こんな幸せになっていいんだろうか。
庵はうれし泣きを堪えて顔を上げる。
と、製麺所の二階の窓からどこかで見た顔が。
ノブである。
彼は皮肉っぽく笑いながらも「おめでとー」と口パクで庵にそっと囁く。
声を出したらギリギリ聞こえそうな微妙な距離。ありがとう、と口パクで返すと、にかっとノブは歯を見せて笑い返す。
今幸せ絶頂な姉へと配慮するように、ノブはそっと窓を閉じて奥へと引っ込んでいった。
「(いい弟さんだな)」
のどかを胸に抱いたまま、しみじみそんな事を考えていた庵の背後で、唐突にクラクションのパッシング音が。
「おら行くぞ!!いつまで待たせる気だ!ナビがいねえと走れないだろうがっ!!」
助手席側の窓まで身を乗り出して、夏彦の大声が駐車場に響く。二人は我に帰ると、お互いに頬を真っ赤に染めて、そして互いに笑い合った。
「じゃあ、行ってきます」
「うん、いってらっしゃい。…九州着いたら、メールしてね!」
「分かった」
「東京で行きたいところ、全部調べておくね!」
「わかった!」
「いってらっしゃい!気をつけてね!」
笑顔で手を振って車へ駆け寄ると、今度は仲間たちからヒューヒューとあからさまな祝福を受け耳先までたこゆで状態になる。
が、恥ずかしくはなかった。
やっと出来た。やっと言えた。何ものよりも強い達成感で、庵は飛べそうなほどの夢見心地を噛み締める。
車に乗り込むと、庵はすぐに助手席の窓を開け、身を乗り出さんばかりの勢いで「じゃあねー!」と手をふった。
「じゃあねー!またね!」と、手を振り替えしてくれる誰かがいてくれる喜び。
その喜びと願いの詰まった愛おしい塊が、今手を振っていつまでもいつまでも自分の背中に声を掛け続けてくれる。
「ののちゃん、またね」
製麺所が見えなくなった車道の上で、庵は密かにそっと、香川の風に呟く。
それは願望でも妄想でもない、きっとの約束。
遠くない未来の休日を思い浮かべて、庵は胸が高鳴るのを感じた。
ここから。
ここから、またはじめられる。
大好きな人と、一緒に。
大きな幸福の余韻にひたる庵の背後、後部座席で晶たちはいつのタイミングで庵をからかってやろうかと、込み上げるニヤニヤを押さえつつ、庵の充実仕切った背中にタイミングを推し量るのであった。
【→告白終了 次回チェックポイント 博多】
2008年8月5日。
今日も晴天。
香川の空はちぎれ雲の間に間に青い夏空が見える、清々しい朝を迎えていた。
ニュースは先日の台風被害が最小限に抑えられた事で行政の取り組みを一定評価するという主旨の報道が淡々と流れ、次に今日のにゃんこへと画像が切り替わった。
外からは微かに水の跳ねる音。きっと誰かが水まきをしているのだろう。
「明日、香川から出発だ」
庵は昨日の深夜、寝床の上でそうみんなに告げると、次にまっすぐ全員の顔を見て、無言で頷いた。
それだけで、伝わる緊張感が初々しい。
あいのりのラブワゴンで仲間を見送る気分というのは、こんな感じなのかなと、晶は手荷物を夏彦のミニバンに積み込みながらぼんやりと思った。庵は香川に残らず、そのまま一緒に車へ乗って「九州王者」にこっそり大輔の伝手を頼って対戦しに行くつもりなようだが。
高校時代、そういえば庵は相手から熱烈に告白されて付き合いはじめたのだったっけ。
その時のお相手=和美にはこっぴどく振られたけど、思えば庵が自分から告るの初めてってか。そりゃまた、遅い初告白だなあ。
意味無く苦笑いが浮かぶ。
友の可愛げというか、普段何でも知っている自信家なクイズ王でも好きな子の気持ちは読み切れない、という事実が何だか可笑しい。
結局、東京からその照れ隠しの思いつきに便乗してきて、それでもまだまだ旅は続くようだけど、晶はそれを楽しんでいる自分もまた可笑しかった。
帰りたくなかった実家に帰ってしまい、気になる事も増えたけど、母さんの笑顔が見られたことだけは良かった気がしている。
不安や緊張の先には、割と高確率で良いことが待ってるような、そんな風に思えるようになったかも。
そう考えると、この半月彼女に出会うためにとびきり緊張してあれやこれやと言い訳や建前ばかり考えてきた腐れ縁の親友にも、何かとびきり良いこと起きればいいなと、そんな事を思える余裕すら生まれてる。
「がんばってね」
何故か振られてばかりの自分が言えた言葉ではないかもしれないけれど、さっきから落ち着かなさげにケータイの画面をいじってばかりの友人の背中に、そう呟かざるを得ない気分であった。
*
「出発か」
朝10時前。
うどん屋の開店前にお見送りしてやりたい、という安西夫妻の心遣いに応えて午前中に香川を発つこととなった。
のどかとも、ここでお別れである。
乗車前に、天を仰いで感慨深げに呟く大輔に「名残惜しいですねー」と答える敦に、大輔は「いいや」とそっけなく返す。
「俺はむしろ楽しみだがな。やっと九州帰れる訳だしそれに」
「それに?」
「道々、尾道ラーメン食いに行けるしな」
瀬戸内の小魚で取った出汁美味そうだよなーと満面の笑みで至極平然と答える大輔に、敦のみならず「粉ものじゃなくてやっぱり麺なんだ…」と心中密かにラーメン超人の笑顔に冷や汗をかくのであった。
車外では庵とのどかが互いに顔を合わせたまま立ち尽くしている。
既に暑さで他のメンバーは乗車しており、安西夫妻も開店前の準備だあれやこれやと一旦店の中に引っ込んで出てこない。
のどかの弟も、姿は見えない。が、多分どこから見ているのだろう。
後三十分もしない間に、ここの駐車場は客の自家用車でいっぱいになる。
それは、数日ここで寝泊まりしていた皆も知っている事だった。
「そろそろ出発だね」
「うん」
「えーっと…楽しかった?」
「うん、かなり」
「そっか、良かった」
製麺所のワゴンやトラックも既に配達で出払っており、がらんと開けた駐車場の中央で二人はお互いに言葉を探している。
少し離れた出入り口付近の車道脇では、男たちが静かに待っている。
誰も急かしはしない。
「九州着いたらメール、していい?」
「うん、いいよ」
「それと、何かお土産でも送る。お世話になったし」
「そ、そんなのいいよ。むしろお父さんとか話がたくさん出来て良かったって言ってたし、私も…」
「…」
アブラゼミの声が五月蠅いくらいなのに、羽音の輪唱が今は一服の清涼剤のように沈黙を和らげる。
日差しがきついのに、互いにさよならが言い出せない。
「庵君、昨日、楽しかったね」
「だな。もう足パンパンだけど、すっごい楽しかった!」
「ね!」
「ありがとな。本当にたくさん、ありがとね」
「うん、こっちこそ、藍ちゃんのこと有り難う。私、もう少し自分に自信が持てそうな気がした」
「そっか、良かった」
「…」
「じゃあ、俺、そろそろ行くね」
「あ…うん」
「うん、じゃあ」
遠巻きに車内から見ていた晶は、何事も起こさずこちらに来ようとしている庵に舌打ちする。
「今、絶好のタイミング逃してなかった?このまま助手席に来たらしばこうかな」
「俺は殴るな」
大輔も当たり前のように拳をゴキゴキ鳴らす。
二人の様子など気付くはずもない庵だが、車に駆け寄る途中で、ふと立ち止まりゆっくりと振り返る。
そこには、名残惜しそうに別れの手を振りかけてぎこちなく固まるのどかの姿。
庵は肩だけ見返した体勢のまま、彼もまた足を止めた。
互いに目があって、息を飲む。
庵は一瞬微かに口元に笑みを浮かべると、すう、と息を吸い込んで身体を翻し、「ののちゃん!」と叫んだ。
「はいっ!」とおっかなびっくりなのどかに、庵は続けざまに言葉を返す。
「俺、東京戻ってもまたこうしてたいんだけど!」
「えっ!??」
「東京帰っても、ゲーセンとかだけじゃなくって、図書館とか、美術館とか、とにかく一緒に好きな場所見つけて、そこへののちゃんと行きたいんだ!二人で!一緒に!」
「…」
「俺、ののちゃんと出来るだけの時間、少しでも一緒に居たい!共有した時間をたくさん持ちたいんだ!これからもずっと!俺と、一緒に居てくれないか?どう?ののちゃん」
目を見開いたままぽかんとしているのどかに、おそるおそる庵は「イヤかな?」と消え入りそうな声で聞き返す。
沈黙。
あっちゃーやったかなーと庵が頬を掻いて項垂れそうになったその時、のどかは既に庵の胸元へと飛び込んでいた。
思わぬ展開によろけそうになった庵だが、今日は咄嗟にふんばって彼女の身体を支えて踏みとどまった。
庵の胸からのどかが顔を上げる。目にはあふれ出る喜びと同様に涙が溢れ出しそうになっていた。
「ホント!?ホントに!?庵君、私、庵君と一緒に居てもいいの!?」
「えっ、…ああ、うん。俺、実はずっとそれ言いたくてここに…」
「!!!」
「ご、ごめんな俺こういう奴なんだよ…。いくじなくって、ずっと言えなくて」
「そんな、私こそずっと自信なかったの。だって私、庵君みたいにとっても頭が良い訳じゃないし、顔だって平凡だし…」
「ののちゃんすっごい可愛いよ。俺、最初からずっと好きだった。可愛くてたまらないくらいだった」
「やっ、やだっもう、無理にほめなくたっていいのに!…でも、有り難う…」
「無理でもお世辞でもないんだな、これが。…俺、ののちゃんの恋人だって、帰ったらみんなに触れ回ってもいい?そうしないと心配なくらいだもの。ののちゃん可愛いよ。それに優しい、温かい。俺大好きだ。もっと好きになってもいいかな?」
「!!!…は、はいっ!!私も庵君大好き!東京戻ったら、いっぱい、いっぱい、遊びに行こうね!約束だよっ!!」
「うん、約束!」
やったあ、と口から歓喜があふれ出る。
全身から喜びが押さえられず、そのままぎゅっとハグしあう。
思いが通じてる。触れ合ってる。それだけで奇跡。
それだけなのに、こんな幸せになっていいんだろうか。
庵はうれし泣きを堪えて顔を上げる。
と、製麺所の二階の窓からどこかで見た顔が。
ノブである。
彼は皮肉っぽく笑いながらも「おめでとー」と口パクで庵にそっと囁く。
声を出したらギリギリ聞こえそうな微妙な距離。ありがとう、と口パクで返すと、にかっとノブは歯を見せて笑い返す。
今幸せ絶頂な姉へと配慮するように、ノブはそっと窓を閉じて奥へと引っ込んでいった。
「(いい弟さんだな)」
のどかを胸に抱いたまま、しみじみそんな事を考えていた庵の背後で、唐突にクラクションのパッシング音が。
「おら行くぞ!!いつまで待たせる気だ!ナビがいねえと走れないだろうがっ!!」
助手席側の窓まで身を乗り出して、夏彦の大声が駐車場に響く。二人は我に帰ると、お互いに頬を真っ赤に染めて、そして互いに笑い合った。
「じゃあ、行ってきます」
「うん、いってらっしゃい。…九州着いたら、メールしてね!」
「分かった」
「東京で行きたいところ、全部調べておくね!」
「わかった!」
「いってらっしゃい!気をつけてね!」
笑顔で手を振って車へ駆け寄ると、今度は仲間たちからヒューヒューとあからさまな祝福を受け耳先までたこゆで状態になる。
が、恥ずかしくはなかった。
やっと出来た。やっと言えた。何ものよりも強い達成感で、庵は飛べそうなほどの夢見心地を噛み締める。
車に乗り込むと、庵はすぐに助手席の窓を開け、身を乗り出さんばかりの勢いで「じゃあねー!」と手をふった。
「じゃあねー!またね!」と、手を振り替えしてくれる誰かがいてくれる喜び。
その喜びと願いの詰まった愛おしい塊が、今手を振っていつまでもいつまでも自分の背中に声を掛け続けてくれる。
「ののちゃん、またね」
製麺所が見えなくなった車道の上で、庵は密かにそっと、香川の風に呟く。
それは願望でも妄想でもない、きっとの約束。
遠くない未来の休日を思い浮かべて、庵は胸が高鳴るのを感じた。
ここから。
ここから、またはじめられる。
大好きな人と、一緒に。
大きな幸福の余韻にひたる庵の背後、後部座席で晶たちはいつのタイミングで庵をからかってやろうかと、込み上げるニヤニヤを押さえつつ、庵の充実仕切った背中にタイミングを推し量るのであった。
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