無欲、貪欲、私欲。
*
データ転送後から数十分、互いに無言のままホテルで時間を潰した後、幾月の黒いケータイが着信した。
「…データ、確かに確認させていただきました。まずは、予想通りの仕上がりとなったようです」
「そりゃ良かった。さあ、約束守ってもらおうか」
にんまりと笑みを隠さない幾月に連れられて、俺はホテル裏口から再びハイヤーに乗り込んだ。
後三十分で影時間。
着く頃にはきっとほどよい時間になっていますよと、幾月はいつもの寒いジョークを交えて俺に話しかけてきた。
「…影時間対応機器を揃えておいて良かった。後は下準備の完了と影時間の到来を待って、本実験が拝めます」
「よく、廃ビルに機材を持ち込めたな」
「海岸沿いにある商業ビルの跡地なのですが、近くに船着き場がありまして、そこからは影時間対策用の積み荷や原材料を桐条が秘密裏に荷下ろししているのです。今の学園理事になる前には、そうした資材や原料の買い付け、品定めに携わっていた事もあって、顔が利くのですよ」
今までの人生全てを肥やしにして私利私欲を満たそうとするバイタリティは、正直恐れ入る。
俺の場合は、自分の納得の行くように選んだつもりなのに、何一つとして手元に残ったものはない気がする。
「しかし、貴方も無欲な人だ…本当に『エウリュディケ』を手放しても良いのですか?」
「ああ、もう関わりたくない。好きに使えよ」
「そうですか。では、遠慮無く」
勝ち誇ったように幾月が鼻先で小さく笑った音だけを残して、車内は再び沈黙が広がった。
非常に重苦しいドライブの到着点は、小さな商業港の片隅だった。
すすけた埠頭に立ち並ぶレンガ造りの倉庫に紛れて、昭和の空気を残す三階建ての廃ビルが見えた。
「お待ちしておりました」
廃ビルの前に、恭しく俺達…もとい幾月の到着を待っていたのであろう黒服が数名畏まって最敬礼のお辞儀をして立っていた。
すぐその隣に、屈強な肉体の男達に囲まれて棒立ちになっている榎本も居た。
「あ…ど、…堂島さん」
奴の姿を見つけて駆け寄ると、榎本は冬の底冷えのせいか歯の根が合わないようで、普段のきょどった口調が酷くなっている。
「無事か」
「は、ははは、はい…」
「荷物は」
「あ、え?…えっと…あの、そ、その…」
黒服のトップらしき男に視線をくれると、無言でくたびれた革鞄を差し出す。
受け取ると、榎本を無視して中身を探る。
「ど、ど、どうじ、ま、さん…そ、それ僕の…」
「…無いな」
「え?な、何が…」
「…そこのお前か。おい、それも返せ…懐に仕舞ってるだろ?それはお前らには用の無い代物だ」
幾月に報告をしていた男は、一瞬迷ったように幾月の方へ視線を流す。
それで気がついたらしい、幾月は少し眉をひそめた後、あごをしゃくった。
男は渋々、懐に仕舞っていた「それ」を俺の差し出した掌に載せた。
「あ、召喚機…」
榎本に、成瀬の自宅から回収させた拳銃型ペルソナ召喚機。
すっかりテンぱっていて忘れていたらしい榎本とは対照的に、幾月は「よく気付かれましたね」と、しれっと言い放った。
「黄昏の羽が組み込まれているからな。あれはペルソナと同等のオーラを微弱ながら放出しているから、サーチすれば一発だ」
「…一応、彼に使ってもらおうかと思って取っておいたのですが」
「きっと必要ないさ。…おい榎本、お前持って帰っておけ。それはウチの備品だ」
「あれ?」と一瞬変な顔をしたものの、榎本は何か察したらしい、しおらしく「はい」と返事をして召喚機を懐へ仕舞う。
「(…成瀬の所へ行ってくれ。こっちは心配するな。頼んだぞ)」
「(あ…はい。ラジャっす)」
渡す際に小声で二言三言耳打ちすると、微かながらペルソナの能力で直接脳内に榎本の声が返ってくる。
能力が回復しているのを確認して、少し安心した。
「途中まで送らせましょうか?」
幾月の有り難い申し出を丁重に断ると、榎本の丸くなった背中が倉庫の影に消えるのを確認し、俺は幾月にCDを手渡した。
「これが影時間用の洗脳用プログラム…先の音楽で意識を眠らせたペルソナ能力者を、潜在意識下で支配するための音源だ」
「有難うございます。…これで死神が、我らの思うままに…」
「さて、どうなるかな?…俺も正直、ぶっつけ本番で自信がない。最後まで見届けさせてもらってもいいか?」
俺の何気ない申し出を幾月は快く了承し、廃ビルとは別の倉庫内へと俺を誘った。
データ転送後から数十分、互いに無言のままホテルで時間を潰した後、幾月の黒いケータイが着信した。
「…データ、確かに確認させていただきました。まずは、予想通りの仕上がりとなったようです」
「そりゃ良かった。さあ、約束守ってもらおうか」
にんまりと笑みを隠さない幾月に連れられて、俺はホテル裏口から再びハイヤーに乗り込んだ。
後三十分で影時間。
着く頃にはきっとほどよい時間になっていますよと、幾月はいつもの寒いジョークを交えて俺に話しかけてきた。
「…影時間対応機器を揃えておいて良かった。後は下準備の完了と影時間の到来を待って、本実験が拝めます」
「よく、廃ビルに機材を持ち込めたな」
「海岸沿いにある商業ビルの跡地なのですが、近くに船着き場がありまして、そこからは影時間対策用の積み荷や原材料を桐条が秘密裏に荷下ろししているのです。今の学園理事になる前には、そうした資材や原料の買い付け、品定めに携わっていた事もあって、顔が利くのですよ」
今までの人生全てを肥やしにして私利私欲を満たそうとするバイタリティは、正直恐れ入る。
俺の場合は、自分の納得の行くように選んだつもりなのに、何一つとして手元に残ったものはない気がする。
「しかし、貴方も無欲な人だ…本当に『エウリュディケ』を手放しても良いのですか?」
「ああ、もう関わりたくない。好きに使えよ」
「そうですか。では、遠慮無く」
勝ち誇ったように幾月が鼻先で小さく笑った音だけを残して、車内は再び沈黙が広がった。
非常に重苦しいドライブの到着点は、小さな商業港の片隅だった。
すすけた埠頭に立ち並ぶレンガ造りの倉庫に紛れて、昭和の空気を残す三階建ての廃ビルが見えた。
「お待ちしておりました」
廃ビルの前に、恭しく俺達…もとい幾月の到着を待っていたのであろう黒服が数名畏まって最敬礼のお辞儀をして立っていた。
すぐその隣に、屈強な肉体の男達に囲まれて棒立ちになっている榎本も居た。
「あ…ど、…堂島さん」
奴の姿を見つけて駆け寄ると、榎本は冬の底冷えのせいか歯の根が合わないようで、普段のきょどった口調が酷くなっている。
「無事か」
「は、ははは、はい…」
「荷物は」
「あ、え?…えっと…あの、そ、その…」
黒服のトップらしき男に視線をくれると、無言でくたびれた革鞄を差し出す。
受け取ると、榎本を無視して中身を探る。
「ど、ど、どうじ、ま、さん…そ、それ僕の…」
「…無いな」
「え?な、何が…」
「…そこのお前か。おい、それも返せ…懐に仕舞ってるだろ?それはお前らには用の無い代物だ」
幾月に報告をしていた男は、一瞬迷ったように幾月の方へ視線を流す。
それで気がついたらしい、幾月は少し眉をひそめた後、あごをしゃくった。
男は渋々、懐に仕舞っていた「それ」を俺の差し出した掌に載せた。
「あ、召喚機…」
榎本に、成瀬の自宅から回収させた拳銃型ペルソナ召喚機。
すっかりテンぱっていて忘れていたらしい榎本とは対照的に、幾月は「よく気付かれましたね」と、しれっと言い放った。
「黄昏の羽が組み込まれているからな。あれはペルソナと同等のオーラを微弱ながら放出しているから、サーチすれば一発だ」
「…一応、彼に使ってもらおうかと思って取っておいたのですが」
「きっと必要ないさ。…おい榎本、お前持って帰っておけ。それはウチの備品だ」
「あれ?」と一瞬変な顔をしたものの、榎本は何か察したらしい、しおらしく「はい」と返事をして召喚機を懐へ仕舞う。
「(…成瀬の所へ行ってくれ。こっちは心配するな。頼んだぞ)」
「(あ…はい。ラジャっす)」
渡す際に小声で二言三言耳打ちすると、微かながらペルソナの能力で直接脳内に榎本の声が返ってくる。
能力が回復しているのを確認して、少し安心した。
「途中まで送らせましょうか?」
幾月の有り難い申し出を丁重に断ると、榎本の丸くなった背中が倉庫の影に消えるのを確認し、俺は幾月にCDを手渡した。
「これが影時間用の洗脳用プログラム…先の音楽で意識を眠らせたペルソナ能力者を、潜在意識下で支配するための音源だ」
「有難うございます。…これで死神が、我らの思うままに…」
「さて、どうなるかな?…俺も正直、ぶっつけ本番で自信がない。最後まで見届けさせてもらってもいいか?」
俺の何気ない申し出を幾月は快く了承し、廃ビルとは別の倉庫内へと俺を誘った。
トラックバックURL↓
http://3373plugin.blog45.fc2.com/tb.php/54-19cf26f6
| ホーム |