立ち上がれ遠征アンサー。
*
「…庵さんたちが来るなら、多分優勝は間違いないと思って承諾したんです。皆さんならお話相手にも安心ですから」
「本当は絶対嫌だ、って言ってたんだよ杏奈ちゃん。
でも、アンアン来るならアンアンがどうせぶっちぎりだろうし、東京での話も聞いてて君たちなら安全かなって私たちも」
不安げな鳥海に、曙も「雑誌の取材に記者も来るそうだけど、正直不快な思いしやしないかって心配だよね」と付け足す。
「杏奈ちゃんって美人じゃない?だから高校の頃からナンパとかで散々嫌な思いしてるし、見知らぬ男五人といきなりデートとかなったら私が身を挺して守ってあげなきゃなんないじゃないのよ」
スタッフに止められても付き添いに行ってやるんだから、と曙は鼻息を荒くする。
「断れないの?」
「もうそのつもりで打ち合わせも済ませましたし、チラシも何千枚と刷った後でお断りしたら色んな方にご迷惑が…そんなの、私には…」
俯く杏奈。
凍り付くアーサー大クイズ研究部メンバー。
顔を見合わせる女性陣。
杏奈の表情たるや、みるみるうちに曇ってゆくのが分かる。
庵はアーサー大Q研三人の顔を交互に見比べ、最後に晶と目を合わせる。
晶もまた、同じ事を思っているようであった。
「庵…」
「これは、まずいな…」
ちくしょう、と言葉を飲み込むと、大輔がえらく渋い顔をして戻ってきた。
「やられた」
「どうしたの?」
「小野田先輩が仕事で数日ネット離れてた間に、掲示板で香川大会の様子が歪曲して書き込まれたみたいだ。他のチームメイトやってるダチが今朝になってネット巡回で見つけて、慌てて打ち消そうとしたみたいだけど、どうも副賞が…」
「園内デート」
「聞いたのか?それ目当てにもてないオタゲーマー連中がやっきになってるらしい。杏奈さんの写真がネットに流出して、それ見た奴らは逆に『庵がマジで出ないなら美人とデートのチャンスキタコレ』と真偽そっちのけで盛り上がってて話にならないそうだ。そうした理由で俺は出る。俺のいるチーム桜島の奴らは女に下手な手出しするような連中じゃないからな。隙をついてヤル気満々なゲスも徒党を組んでネットに下品な書き込みしてるらしいし、そういうアホ童貞は清く正しくクイズでぶちのめしてやらんと俺の気がすまん!」
「だ、大輔さん…」
「という訳で庵、心配無用だ。
お前まで宇宙人アイドルのバカなトラップに引っかかってやる義理はない。俺も話聞いてたら杏奈さんの貞操が心配でならん。ついでにあのアホ宇宙人も一発喝入れてくる!先輩を何だと思っていやがるんだあのガキは!ったく、話を思い出すだにむかつく…」
どっかと座席に座り直すと、大輔はささっと杏奈の手を握り「大丈夫ですからね」と目を見て強い口調で頷く。
普段シャイな大輔からは予想外な行動に、杏奈も珍しくポッ、と頬を染めて「はい」と小さく囁き返す。
「あ、有り難うございます、穴輪さん」
「大輔でいいっすよ。もう他のチームメンバーもそれで一致団結してますので、大船に乗ったつもりでどんと」
「は、はい。有り難うございます…」
その様子に、少なからず動揺する者一人。
視線を察したのか、大輔は「お前もいいぞ別に」と、杏奈の手を握ったままそれとなく晶に呟く。
「えっと何の事でしょう大輔さん」
「お前は庵たちと一緒に観光してこい。大会中はどっかゲーセン外でなりをひそめておいた方がいいだろ?グラバー園でも熊本城でもどこでも行ってこいって。車あるんだしさ」
いつになくキリッとした表情の大輔に言われたのがカチンときたらしい。
思わず、晶の口から強い口調で言葉が飛び出す。
「いつ出ないって言いました?」
「んだと?」
「僕だって、出ようと思ったら出られますよ」
「誰と?今回は残念ながら個人戦じゃなくチーム戦だ。
頭数が五人要る。もう九州のアンサープレイヤーで出場表明してる奴は全員チームに加入してて、大物は既に他チームで出場登録してる。今から即席で五人集めるのか?勝てるような腕の奴はもう残ってやしないぞ」
第一アンサーアンサーで九州の知り合いいるのかよ、と問われて、晶はうっ、と口ごもる。
周囲に目配せすると、途端、鳥海が「私はダメ!」と早くも白旗宣言を掲げる。
「私、まだプロテストも受かってないんだよ!しかも五回も落ちてるし、早押し系のクイズは全然勝てないし!」
「私も別チームで出るから無理よ。懇意にしてるマイミクさんのチームだから、早々に足抜けとか出来ないわ」
実力者の曙にも断られ、頭数に入れようとしていた晶も「ぬぬっ…」と押し黙ってしまう。
「という訳だ。早々に万策尽きたな」
残念だったな、とどこかカッコつけ気味にキメる大輔の横顔に晶の眉間がヒクヒクし始めたところで、ふう、と庵が氷水を飲み干して溜息をついた。
「俺が出る、って言ったら多少のわがままも許してくれるんじゃないの?」
「庵?」
その言葉に、晶も杏奈も目を見開いて庵を見つめる。
「で、でも庵さん、ご迷惑なんじゃ…」
「それよりも不安そうな杏奈をそのままにして観光とか俺には無理だし。寝心地悪くなるような行動しない主義なの。という訳で大輔さん、一緒にお姫様を守りましょうよ」
「庵…お前いいのか?絶対あいつらそれだけじゃ済まさない気がするぞ?」
杏奈の事は横に置いておいて、本当に身を案じてくれている大輔の様子に一瞬庵は胸が痛むも、同じくらいに杏奈と腐れ縁な親友の思いが痛いくらいに伝わってくるのが分かって「いいですよ、のっかります」と答える。
「それにさ、丁度いいんじゃない?俺等と杏奈さんで五人になるじゃないか」
「あ…!」
その場にいた全員が息を飲んだ。
「スタッフが是が非でも俺等を巻き込むつもりなら、どうせだしこっちからスタッフ側に乗り込んで大金まきあげてやった方がまだマシだよね」
「なぬっ?!」
「どうするんですか先輩!」
読めない状況に動揺する夏彦と敦に、庵は「企画持ち込んで殴り込みする」と涼しい顔で答える。
【8月11日昼・大輔沸点臨界点・晶そわそわ・珍しくクールな庵・続く】
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