ホラーな夜更け。
*
10日夜。
大輔の友人たち=チーム桜島メンバー運転の軽ワゴンに揺られ、クイズ談義と名物うまいもん話の内にあれよあれよとハウス・ネーデルランド・テンボス到着。
その名の通り中世オランダの臨海都市を模したレンガ作りのテーマパークは既に閉園時間を迎え、鈍い朱色をたたえた照明灯のみが煌々と古めかしい街の側面を照らす。正門前にて待っていたスタッフに誘導され、園内散策用の馬車型電気自動車に乗せられ、ガス灯を模した白熱灯の連なるレンガ敷きの街路を往く。昼間の歓声の気配のみが残るいたずらに静かなパーク内、しかも雰囲気たっぷり中世風と、夏の夜長に月の無い夜にはおあつらえむきにホラーテイストである。
肝試ししたら面白いかも、と敦は連日連夜の車移動で疲れ切った身体を座席に預けながら、ふとそんなどうでもいい事を思っていた。
*
深夜二十三時前。本日の宿泊先である園内宿泊施設「ホテル・エウロパ」到着。
近代的なハーバーを挟んで向かいには湖上のホテル「デルフト」の優美な青レンガ屋根が庭園からのライトアップに映える。
中世風、いわゆる西洋の城のような先方とうって変わって、「エウロパ」はむしろ現代的でスタイリッシュなシティホテルのようである。何で施設内に二個も三個もホテルがあるんだろう、と思うのは一般庶民の野暮な疑問なのかしらん、と敦は観光客よろしく暗がりの中をきょろきょろと見回す。大規模なリゾート・観光施設に来る機会すら今まで滅多になかった身である。他のメンバーも同じ様子で、閉園後の施設を物珍しげにキョロキョロと視線だけ動かしつつ、ひとまずホテルへ。
「いっやあああああああようこそおおおお!来てくださると思ってましたよお!!」
到着が深夜だったせいなのか、はたまた割とタイムリミットギリギリな日程で姿を現したせいか、やたらめったらハイテンションなアイアイのマネージャーにやたらとハイテンションな出迎えを受け、こちらはやたらにテンションだださげしつつも大学生一同はひとまずにっこりとスマイルを返す。
マネージャーの背後には会場であるネーデルスタッフの責任者らしき恰幅の良い男性の姿が。
一見して庵を見つけるなり「いやあこれはこれはどうもどうも」と早速擦り寄ってきて手揉み擦り寄り上目遣いのおべっか三段重ねである。
庵の鉄壁営業向けファニースマイルがなければ、他メンバーの凍り付くような殺意の波動で真意を気付かれてしまっていた事であろうが、ここは華麗にスルー完了。
営業部長であり、アイアイのマネージャーから今回の話を(あることないこと含めて言いくるめられて)持ちかけられた張本人らしく、「ウチもバブルの後はずっときついもんでしてねー」などと、クーラーの効いた園内ホテルロビーに案内される間中、今までの経営努力と苦労話をとくとくと聞かされお腹は苛立ちと気持ち悪さでもう満腹×865倍である。
「ちょっおまこんなグダグダの三流アイドル営業に吹かされてまんまとのっからないでほしいよむしろその営業努力を水泡に帰そうとしているような連中ですからそのエセアイドルどもは全くどうしてこの人たち分からなかったんだろうお人好しにもほどってもんが(以下自主規制)ああもうこのこのこの」と、晶は脳内でぼやきが止まらない。
そして、庵の笑顔を横目で見つつその笑顔の鉄仮面ぶりに戦慄と同時にある種の清々しさすら感じていた。ああ、あの天才頭脳でどれだけクソマネージャーに対する悪態が美辞麗句と共ににぎにぎしく並べられていることやら。想像するだに寒気と半笑いが止まらない。
何より、この幾つになっても童子の如き愛嬌を振りまくしたたかな天才青年を、彼らが自在に誘導している気になっていることが晶は一番滑稽でならない。どうせならこてんぱんにやってくれるといいなあと、秀才止まりな幼馴染みはほんのり期待せざるを得ないのであった。
「で、すみませんが明後日…いや正確にはもうそろそろ明日に迫るイベントの段取りなんですが明日のご予定を…」
「はい、その件に関して今日のうちにご提案を二・三致したく。あと、二・三どころではなく質問もありまして、出来れば速やかにどこかで小一時間ほどお話させていただきたいのですが」
「まあそうですかっ」と営業部長がリアクション過剰気味に驚いてみせたのに対し、アイアイマネージャーは「いや今日はお疲れでしょうからお部屋に」と苦笑いを浮かべ奥へ奥へと誘導したそうな及び腰である。
庵、すかさず「いえそう長くはかかりませんから」と鉄壁スマイルでロビー脇のラウンジ席に目線を送ると、ネーデルの営業部長はコレ幸いと「それでしたら!」と見事な食い付きっぷりを見せる。背後でマネージャーは「げっ」としかめっ面を見せるも、庵の背後にずらりと並んだ大学生集団の悪意に満ちた笑顔におそるおそる「へへ」と力無く笑みを返し、こっそり心中舌打ちをするに留まった。
「晶、大輔さんたちと先に行って休んでてくれ。俺がまとめて質問しておくから」
「そう?頼んでもいいの?」
「いいっていいって。それよりお前さ」
言いながら、庵はそっと後ろに楚々と控える杏奈に目を向ける。
「寝る前に、一声かけておいたらどうだ?上階のロビーからならネーデルテンボスと大村湾の夜景が見えるかもよ。ホテルのウリだってネットで見たぜ。オーシャンビューと美女ってよくね?」
「マジでっ!いいこと言うなあ庵…」
思わず肩を叩くふりをしつつ、顔を近づけ念押してくる晶に、庵は「決めてこいよ?」とこちらも念押し。
晶がここ一番でヘタレて振られるパターンはテンプレート化出来そうなほど見てきた腐れ縁である。
「それじゃあ、僕たちはお言葉に甘えて休ませてもらうね。
…あと、 よ ろ し く ☆」
「はいはーい☆」
毒を含んだ笑みを残して晶達がエレベーターに吸い込まれていくのを手をフリフリ見送ると、庵はくるりと振り返る。
その相の凶悪たること、悪意の権化のようであったと営業部長は後に述懐し、甘い話にはとんでもない裏があるということを今夜身を持って知ると同時に骨の髄まで心胆寒からしめられることとなり、後々まで部下達に当時の恐怖をとくとくと酒の席で語り聴かせることとなるのだが、それはまた、別の話。
【8月10~11日・ネーデル到着・今日は豪華ホテルでお泊まり・続く】
10日夜。
大輔の友人たち=チーム桜島メンバー運転の軽ワゴンに揺られ、クイズ談義と名物うまいもん話の内にあれよあれよとハウス・ネーデルランド・テンボス到着。
その名の通り中世オランダの臨海都市を模したレンガ作りのテーマパークは既に閉園時間を迎え、鈍い朱色をたたえた照明灯のみが煌々と古めかしい街の側面を照らす。正門前にて待っていたスタッフに誘導され、園内散策用の馬車型電気自動車に乗せられ、ガス灯を模した白熱灯の連なるレンガ敷きの街路を往く。昼間の歓声の気配のみが残るいたずらに静かなパーク内、しかも雰囲気たっぷり中世風と、夏の夜長に月の無い夜にはおあつらえむきにホラーテイストである。
肝試ししたら面白いかも、と敦は連日連夜の車移動で疲れ切った身体を座席に預けながら、ふとそんなどうでもいい事を思っていた。
*
深夜二十三時前。本日の宿泊先である園内宿泊施設「ホテル・エウロパ」到着。
近代的なハーバーを挟んで向かいには湖上のホテル「デルフト」の優美な青レンガ屋根が庭園からのライトアップに映える。
中世風、いわゆる西洋の城のような先方とうって変わって、「エウロパ」はむしろ現代的でスタイリッシュなシティホテルのようである。何で施設内に二個も三個もホテルがあるんだろう、と思うのは一般庶民の野暮な疑問なのかしらん、と敦は観光客よろしく暗がりの中をきょろきょろと見回す。大規模なリゾート・観光施設に来る機会すら今まで滅多になかった身である。他のメンバーも同じ様子で、閉園後の施設を物珍しげにキョロキョロと視線だけ動かしつつ、ひとまずホテルへ。
「いっやあああああああようこそおおおお!来てくださると思ってましたよお!!」
到着が深夜だったせいなのか、はたまた割とタイムリミットギリギリな日程で姿を現したせいか、やたらめったらハイテンションなアイアイのマネージャーにやたらとハイテンションな出迎えを受け、こちらはやたらにテンションだださげしつつも大学生一同はひとまずにっこりとスマイルを返す。
マネージャーの背後には会場であるネーデルスタッフの責任者らしき恰幅の良い男性の姿が。
一見して庵を見つけるなり「いやあこれはこれはどうもどうも」と早速擦り寄ってきて手揉み擦り寄り上目遣いのおべっか三段重ねである。
庵の鉄壁営業向けファニースマイルがなければ、他メンバーの凍り付くような殺意の波動で真意を気付かれてしまっていた事であろうが、ここは華麗にスルー完了。
営業部長であり、アイアイのマネージャーから今回の話を(あることないこと含めて言いくるめられて)持ちかけられた張本人らしく、「ウチもバブルの後はずっときついもんでしてねー」などと、クーラーの効いた園内ホテルロビーに案内される間中、今までの経営努力と苦労話をとくとくと聞かされお腹は苛立ちと気持ち悪さでもう満腹×865倍である。
「ちょっおまこんなグダグダの三流アイドル営業に吹かされてまんまとのっからないでほしいよむしろその営業努力を水泡に帰そうとしているような連中ですからそのエセアイドルどもは全くどうしてこの人たち分からなかったんだろうお人好しにもほどってもんが(以下自主規制)ああもうこのこのこの」と、晶は脳内でぼやきが止まらない。
そして、庵の笑顔を横目で見つつその笑顔の鉄仮面ぶりに戦慄と同時にある種の清々しさすら感じていた。ああ、あの天才頭脳でどれだけクソマネージャーに対する悪態が美辞麗句と共ににぎにぎしく並べられていることやら。想像するだに寒気と半笑いが止まらない。
何より、この幾つになっても童子の如き愛嬌を振りまくしたたかな天才青年を、彼らが自在に誘導している気になっていることが晶は一番滑稽でならない。どうせならこてんぱんにやってくれるといいなあと、秀才止まりな幼馴染みはほんのり期待せざるを得ないのであった。
「で、すみませんが明後日…いや正確にはもうそろそろ明日に迫るイベントの段取りなんですが明日のご予定を…」
「はい、その件に関して今日のうちにご提案を二・三致したく。あと、二・三どころではなく質問もありまして、出来れば速やかにどこかで小一時間ほどお話させていただきたいのですが」
「まあそうですかっ」と営業部長がリアクション過剰気味に驚いてみせたのに対し、アイアイマネージャーは「いや今日はお疲れでしょうからお部屋に」と苦笑いを浮かべ奥へ奥へと誘導したそうな及び腰である。
庵、すかさず「いえそう長くはかかりませんから」と鉄壁スマイルでロビー脇のラウンジ席に目線を送ると、ネーデルの営業部長はコレ幸いと「それでしたら!」と見事な食い付きっぷりを見せる。背後でマネージャーは「げっ」としかめっ面を見せるも、庵の背後にずらりと並んだ大学生集団の悪意に満ちた笑顔におそるおそる「へへ」と力無く笑みを返し、こっそり心中舌打ちをするに留まった。
「晶、大輔さんたちと先に行って休んでてくれ。俺がまとめて質問しておくから」
「そう?頼んでもいいの?」
「いいっていいって。それよりお前さ」
言いながら、庵はそっと後ろに楚々と控える杏奈に目を向ける。
「寝る前に、一声かけておいたらどうだ?上階のロビーからならネーデルテンボスと大村湾の夜景が見えるかもよ。ホテルのウリだってネットで見たぜ。オーシャンビューと美女ってよくね?」
「マジでっ!いいこと言うなあ庵…」
思わず肩を叩くふりをしつつ、顔を近づけ念押してくる晶に、庵は「決めてこいよ?」とこちらも念押し。
晶がここ一番でヘタレて振られるパターンはテンプレート化出来そうなほど見てきた腐れ縁である。
「それじゃあ、僕たちはお言葉に甘えて休ませてもらうね。
…あと、 よ ろ し く ☆」
「はいはーい☆」
毒を含んだ笑みを残して晶達がエレベーターに吸い込まれていくのを手をフリフリ見送ると、庵はくるりと振り返る。
その相の凶悪たること、悪意の権化のようであったと営業部長は後に述懐し、甘い話にはとんでもない裏があるということを今夜身を持って知ると同時に骨の髄まで心胆寒からしめられることとなり、後々まで部下達に当時の恐怖をとくとくと酒の席で語り聴かせることとなるのだが、それはまた、別の話。
【8月10~11日・ネーデル到着・今日は豪華ホテルでお泊まり・続く】
トラックバックURL↓
http://3373plugin.blog45.fc2.com/tb.php/581-d136fe72
| ホーム |