無為な思索と選択肢。
*
同日同時刻。
舞台裏での打ち合わせの後、サツマハヤト=大輔は、人の事情と内情含めて勝手知ったるチーム桜島のメンツとひっそりと合流し、ホテル前でアーサー大Q研メンバーと明日の挨拶を交わし健闘を誓いあうと、賑やかな夕食後に一人友人の輪を離れてホテル内の北欧風ガーデンを散策していた。
散水と手入れが行き届いた、夜の宵闇になお瑞々しい新緑の散歩道。
アーチを形作る藤棚とアイビーのコントラストが、既に暗い夜道にも映えている。
月明かりである程度は視認可能な、丘状から緩やかな弧を描く自然石を敷き詰めた砂利道を何の気なしにテクテク歩けば、ほの白く足下を照らす外灯に、灯りを求める羽虫が数匹たかって羽をばたつかせている。蚊はいないようで、散布された打ち水の気化熱のせいか、涼しい風が通り抜けていく。
良い風だ、と思ったら、潮の匂いを含んでいる。
薩南の高台にある、先祖代々祀っている神社に吹く風を思い出す。
むせるような熱気を凪ぐ、海からの心地よいさざなみの音。
大村湾が近いせいか。海はいい。
…ああ、くそ。
やけに鹿児島の家の事ばかり思い出す。緊張している証拠である。
明日で、遂に庵らに自分の「もう一つの顔」を晒すのかと思うと、ちょっとだけ、ほんの少しだけ全身に要らぬ力が巡って気がそぞろになるのである。
…別に「騙したな!」などと言われはしないだろうが、気恥ずかしさは否めない。
何より、庵がどんな顔をしたものか。
明日は勝つ気でいるが、既にガチのタイマン勝負で負けている身である。
どんな反応するのやら…。
~アンサー庵・反応シミュレート~
1・「うっそーマジで!対戦済んだら改めて俺と握手!」
2・「うっそーマジで?割と弱かったんだ…」
3・「うそだ!さんざん焦らしておいて、俺の期待とwktkを返して欲しいお!
<●><●>謝罪と賠償金を請求してやりますお!」
4・「ふーん」
「…1と3はともかく、2と4はむかつくな」
シミュレートしておいてなんだが、おそらく2の回答よりも4のがむかつく。
やはり、仮にも俺本当に全国王者だったんだぜーって告ってる訳だし、リアクション欲しいよなあと、何とも贅沢な事を考えている自分の自問自答に苦笑するほかない。
気恥ずかしくて耳まで熱い。
おそらく、顔面真っ赤になってる。
九州男児が情けない限りだが、そういうツラをチームメイトに見せたくなくて、こうして外をぶらぶらしている訳だ。
対人関係のいざこざから一年近くが過ぎ、昔と比べて随分丸くなったように思う。
それもまた、庵たちの影響…のような気がしている。
安佐庵、と言えば、同世代では知らない者はいない程の有名人であり、比肩する者とてない知恵者であった。
だが、実際の中身はといえばゆるゆるマイペース、クイズとなったら(本当に)時々本気の、のらりくらりっぷりな生活。
正直ギャップにびびった。高校時代よりも、大学生となってからの再会では更にマイペース度が増していて面食らった。
晶は随分苦労してるんじゃなかろうかと、要らぬ世話まで頭をかすめる。
なのだが、こうして一月近く一緒にいると、時折妙な不安を感じる事があった。
端的に言えば、「目が笑っていない」のである。
笑っていても、「それ本当に面白いのか?」…と、訊ねてみたくなる事が、僅かばかりだが、あった。
そういう時に、庵と己との、埋めがたい隔たりを感じる。
知性や頭脳を差し引いた後に残る、生まれついての「素養」に起因するような部分。
努力では決して覆ることのない優劣を、ふと感じ戦慄するのである。
そして、それこそが「天才」たるゆえんなのか、とも。
晶は慣れているのか、自覚して付き合っているのか分からないが、気にしていないようである。
敦は良くも悪くも庵を無心で敬愛しているようなところがある。
あの年にして無邪気なのは貴重というか純粋というか。
ヒゲの安藤先輩あたりなら、自分の感じた「違和感」の正体を酒の肴で語ってくれそうな気もするが、残念かな下戸のようであった。
幼馴染みが警戒していないとすれば、気にかける事もないのだろう。だが、なんとなくひっかかっていたのも事実だった。
その違和感。
それが、最後まで大輔にネタばらしをためらわせていた理由でもあった。
明快な答えのない問いを自問自答し続けるのは不毛だ。
後ろ頭を掻いて気を紛らわせると、部屋に戻るかと思い直す。
思い悩んだところで、現実は覆らないし変わりはしないのだから。
「………ん?」
庭園の奥、小さな噴水脇のテラスに誰かいるようである。
ふーんふーんふふんと鼻歌みたいな声が聞こえる。察するに子供か女性だ。
気付かれぬように、棚上の花壇の物影から気配の方へとそっと近寄る。
「(何だ、あいつか…)」
無意味に気を遣って、逆にがっくりと肩を落とす。何ということもない、見知った相手が腰をふりふり手をふりふり庭園の奥で何事か身振り手振りのダンスまがいな行為に耽っている。
…しばらく流れを観察するに、ステージの練習なのだろうか。
自前っぽいピンクストライプのキャミソールとカーキ色のカーゴパンツが夜の薄闇でちまちまと色気無く揺れる。鼻歌は歌の代わりらしい。
代わりにニコニコと笑顔と愛嬌たっぷりで明日のファンに向けての自主レッスン中と言う所か。
「何してんのお前」
部屋借りてすればいいじゃんよ、と見知った相手=アイアイに白けた面で声をかけたのがダメだったのか、花壇の脇から姿を現した大輔の姿にアイアイは練習の邪魔をされたせいかぶすっとむくれっツラをしてみせる。
「何だ~はなわだ~」
「うっせゴラァ!はなわって呼ぶなっつってんだろうが!」
「うるさいよぉ!アイアイは明日に向けてナイショで猛特訓中なんだからね~邪魔しないでほしいんだよ~」
ぶーぶー( ・3・)と唇を尖らせてブーイングなアイアイに、大輔は声をかけた事を猛烈に後悔する。
「…あっそ、まあいいけど。観客も無しで練習か?鏡もなしなら練習以前に悪いところも分からなくねえか?」
「…むっ、マネージャーさんと同じ事言うよぅ、意地悪いよぅ」
「正論だろうが!あのカママネージャーも一応マシなアドバイスはしてるんだな」
「むー!アイアイは出来る子なんだよー!今日だってアンアンが注意しまくるから調子上がらなかっただけで、本番はキチンと出来るもん!」
「練習で出来ない奴が本番で出来る訳ないだろ」
素人とはいえ、大輔にばっさり切り捨てられ、アイアイ途端にまた口ごもって涙を目に溜める。大輔も唐突に涙目になられた事でぎょっと目を剥いて「おいおい」と腰引け気味に手を振ってなだめようとする。
「…だって、だって!何でみんなアイアイ出来ない子って言うのよぅ!アイアイ出来るもん!出来る子だも…っ…うう…」
「あーもう!昨日みたいにマジ泣きされっと困るんだよ!俺そういう顔されるとどうしたもんか…ああそうだ、それなら俺の前で本気でステージ練習してみろよ。一般人の視聴に耐えられる代物かどうか見極めてやるから」
「………むう。はなわに分かるのかなあ~」
「だからはなわじゃねええええっって言ってるだろうがああ」
「じゃあちくわ~」
「・・・ああもういい、もう何でもいいからさっさと始めろよ。俺も蒸し暑くなってきたからとっとと部屋帰りたいし」
「ああん、どうしてもって言うんだったら、見せてあげてもいいよ~」
「いやどっちでも」
「…」
「はいはいどうぞどうしてもどうぞ。…期待されないと演技出来ないなんて、プロ失格じゃねえのか?ったく…」
「そっか~そこまで言うんならしょうがないな~うっふふ♪」
テラス脇の丁度良さそうな花壇のレンガに腰掛け、たった一人の観客としてアイアイオンステージに拍手を送ると、やっと気を良くしたのかエヘンとぺたんこな胸を張り、「それじゃ特別に~明日初公開の新曲聞かせちゃうよ~☆」と右手にマイクを持ったふりして左手で天を指差した。
口マネのイントロが始まると、お愛想程度に口笛を鳴らす。
相手も練習と割り切ってるとはいえ応えるように弾ける笑顔を向けられると、ほんの少しではあるが、ドキリとした。
一応はプロなのだなと思わせる笑顔に、大輔も自然と神妙な顔つきになる。
…が、歌が始まると共に、じょじょに眉間にシワが寄ってくるのを感じずにはおられなかった。
【8月11日深夜・アイアイ期待の新曲は次回・続く】
同日同時刻。
舞台裏での打ち合わせの後、サツマハヤト=大輔は、人の事情と内情含めて勝手知ったるチーム桜島のメンツとひっそりと合流し、ホテル前でアーサー大Q研メンバーと明日の挨拶を交わし健闘を誓いあうと、賑やかな夕食後に一人友人の輪を離れてホテル内の北欧風ガーデンを散策していた。
散水と手入れが行き届いた、夜の宵闇になお瑞々しい新緑の散歩道。
アーチを形作る藤棚とアイビーのコントラストが、既に暗い夜道にも映えている。
月明かりである程度は視認可能な、丘状から緩やかな弧を描く自然石を敷き詰めた砂利道を何の気なしにテクテク歩けば、ほの白く足下を照らす外灯に、灯りを求める羽虫が数匹たかって羽をばたつかせている。蚊はいないようで、散布された打ち水の気化熱のせいか、涼しい風が通り抜けていく。
良い風だ、と思ったら、潮の匂いを含んでいる。
薩南の高台にある、先祖代々祀っている神社に吹く風を思い出す。
むせるような熱気を凪ぐ、海からの心地よいさざなみの音。
大村湾が近いせいか。海はいい。
…ああ、くそ。
やけに鹿児島の家の事ばかり思い出す。緊張している証拠である。
明日で、遂に庵らに自分の「もう一つの顔」を晒すのかと思うと、ちょっとだけ、ほんの少しだけ全身に要らぬ力が巡って気がそぞろになるのである。
…別に「騙したな!」などと言われはしないだろうが、気恥ずかしさは否めない。
何より、庵がどんな顔をしたものか。
明日は勝つ気でいるが、既にガチのタイマン勝負で負けている身である。
どんな反応するのやら…。
~アンサー庵・反応シミュレート~
1・「うっそーマジで!対戦済んだら改めて俺と握手!」
2・「うっそーマジで?割と弱かったんだ…」
3・「うそだ!さんざん焦らしておいて、俺の期待とwktkを返して欲しいお!
<●><●>謝罪と賠償金を請求してやりますお!」
4・「ふーん」
「…1と3はともかく、2と4はむかつくな」
シミュレートしておいてなんだが、おそらく2の回答よりも4のがむかつく。
やはり、仮にも俺本当に全国王者だったんだぜーって告ってる訳だし、リアクション欲しいよなあと、何とも贅沢な事を考えている自分の自問自答に苦笑するほかない。
気恥ずかしくて耳まで熱い。
おそらく、顔面真っ赤になってる。
九州男児が情けない限りだが、そういうツラをチームメイトに見せたくなくて、こうして外をぶらぶらしている訳だ。
対人関係のいざこざから一年近くが過ぎ、昔と比べて随分丸くなったように思う。
それもまた、庵たちの影響…のような気がしている。
安佐庵、と言えば、同世代では知らない者はいない程の有名人であり、比肩する者とてない知恵者であった。
だが、実際の中身はといえばゆるゆるマイペース、クイズとなったら(本当に)時々本気の、のらりくらりっぷりな生活。
正直ギャップにびびった。高校時代よりも、大学生となってからの再会では更にマイペース度が増していて面食らった。
晶は随分苦労してるんじゃなかろうかと、要らぬ世話まで頭をかすめる。
なのだが、こうして一月近く一緒にいると、時折妙な不安を感じる事があった。
端的に言えば、「目が笑っていない」のである。
笑っていても、「それ本当に面白いのか?」…と、訊ねてみたくなる事が、僅かばかりだが、あった。
そういう時に、庵と己との、埋めがたい隔たりを感じる。
知性や頭脳を差し引いた後に残る、生まれついての「素養」に起因するような部分。
努力では決して覆ることのない優劣を、ふと感じ戦慄するのである。
そして、それこそが「天才」たるゆえんなのか、とも。
晶は慣れているのか、自覚して付き合っているのか分からないが、気にしていないようである。
敦は良くも悪くも庵を無心で敬愛しているようなところがある。
あの年にして無邪気なのは貴重というか純粋というか。
ヒゲの安藤先輩あたりなら、自分の感じた「違和感」の正体を酒の肴で語ってくれそうな気もするが、残念かな下戸のようであった。
幼馴染みが警戒していないとすれば、気にかける事もないのだろう。だが、なんとなくひっかかっていたのも事実だった。
その違和感。
それが、最後まで大輔にネタばらしをためらわせていた理由でもあった。
明快な答えのない問いを自問自答し続けるのは不毛だ。
後ろ頭を掻いて気を紛らわせると、部屋に戻るかと思い直す。
思い悩んだところで、現実は覆らないし変わりはしないのだから。
「………ん?」
庭園の奥、小さな噴水脇のテラスに誰かいるようである。
ふーんふーんふふんと鼻歌みたいな声が聞こえる。察するに子供か女性だ。
気付かれぬように、棚上の花壇の物影から気配の方へとそっと近寄る。
「(何だ、あいつか…)」
無意味に気を遣って、逆にがっくりと肩を落とす。何ということもない、見知った相手が腰をふりふり手をふりふり庭園の奥で何事か身振り手振りのダンスまがいな行為に耽っている。
…しばらく流れを観察するに、ステージの練習なのだろうか。
自前っぽいピンクストライプのキャミソールとカーキ色のカーゴパンツが夜の薄闇でちまちまと色気無く揺れる。鼻歌は歌の代わりらしい。
代わりにニコニコと笑顔と愛嬌たっぷりで明日のファンに向けての自主レッスン中と言う所か。
「何してんのお前」
部屋借りてすればいいじゃんよ、と見知った相手=アイアイに白けた面で声をかけたのがダメだったのか、花壇の脇から姿を現した大輔の姿にアイアイは練習の邪魔をされたせいかぶすっとむくれっツラをしてみせる。
「何だ~はなわだ~」
「うっせゴラァ!はなわって呼ぶなっつってんだろうが!」
「うるさいよぉ!アイアイは明日に向けてナイショで猛特訓中なんだからね~邪魔しないでほしいんだよ~」
ぶーぶー( ・3・)と唇を尖らせてブーイングなアイアイに、大輔は声をかけた事を猛烈に後悔する。
「…あっそ、まあいいけど。観客も無しで練習か?鏡もなしなら練習以前に悪いところも分からなくねえか?」
「…むっ、マネージャーさんと同じ事言うよぅ、意地悪いよぅ」
「正論だろうが!あのカママネージャーも一応マシなアドバイスはしてるんだな」
「むー!アイアイは出来る子なんだよー!今日だってアンアンが注意しまくるから調子上がらなかっただけで、本番はキチンと出来るもん!」
「練習で出来ない奴が本番で出来る訳ないだろ」
素人とはいえ、大輔にばっさり切り捨てられ、アイアイ途端にまた口ごもって涙を目に溜める。大輔も唐突に涙目になられた事でぎょっと目を剥いて「おいおい」と腰引け気味に手を振ってなだめようとする。
「…だって、だって!何でみんなアイアイ出来ない子って言うのよぅ!アイアイ出来るもん!出来る子だも…っ…うう…」
「あーもう!昨日みたいにマジ泣きされっと困るんだよ!俺そういう顔されるとどうしたもんか…ああそうだ、それなら俺の前で本気でステージ練習してみろよ。一般人の視聴に耐えられる代物かどうか見極めてやるから」
「………むう。はなわに分かるのかなあ~」
「だからはなわじゃねええええっって言ってるだろうがああ」
「じゃあちくわ~」
「・・・ああもういい、もう何でもいいからさっさと始めろよ。俺も蒸し暑くなってきたからとっとと部屋帰りたいし」
「ああん、どうしてもって言うんだったら、見せてあげてもいいよ~」
「いやどっちでも」
「…」
「はいはいどうぞどうしてもどうぞ。…期待されないと演技出来ないなんて、プロ失格じゃねえのか?ったく…」
「そっか~そこまで言うんならしょうがないな~うっふふ♪」
テラス脇の丁度良さそうな花壇のレンガに腰掛け、たった一人の観客としてアイアイオンステージに拍手を送ると、やっと気を良くしたのかエヘンとぺたんこな胸を張り、「それじゃ特別に~明日初公開の新曲聞かせちゃうよ~☆」と右手にマイクを持ったふりして左手で天を指差した。
口マネのイントロが始まると、お愛想程度に口笛を鳴らす。
相手も練習と割り切ってるとはいえ応えるように弾ける笑顔を向けられると、ほんの少しではあるが、ドキリとした。
一応はプロなのだなと思わせる笑顔に、大輔も自然と神妙な顔つきになる。
…が、歌が始まると共に、じょじょに眉間にシワが寄ってくるのを感じずにはおられなかった。
【8月11日深夜・アイアイ期待の新曲は次回・続く】
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