同じ背中を見ている二人。
*
第二試合の早押し連想では意外な事態が起こった。
20対20の競り合いで、分水嶺の五問目をサツマが僅差で奪取。遂に1ラウンド勝利を収めたのである。
どっと観衆から声が沸き立つ。
歓声と、動揺と、そして歓喜がさまざまに入り交じった人々の熱狂が聞こえる。
ただ、そこには善と悪の対決のような良い悪いの尺はすでに無く、あるのは勝者と敗者が決定する瞬間を待つ人々の熱のみであった。
これでまた五分五分。
試合はもはや二人だけのものだった。
壇上にいながら、チームA大Q研とチーム桜島の面々、杏奈、アイアイ、その他スタッフ、そして観客、みな興奮を押し殺しながら食い入るように二人の攻防を遠巻きに眺めていた。
これだけその場にいる全員が集中している様は客観的に見れば異常だろうが、内に入ってしまうと理解出来てしまう。
中途半端に煽ることさえためらわれるような、バカらしいほどに真剣な真っ向勝負。
サッチャンサッチャンと騒いでいた誰かも、アンサー庵!と叫んでいた声も今はささやかなざわつきに消えている。
熱気のこもった視線の先には巨大スクリーン。
壇上にいると、その視線の鋭利さにおののいてしまうほどだ。
「(…しっかし、まあ…なんつう高速試合してるんだかこいつらは)」
固唾を飲んで試合を見守るメンバーから一歩下がって、夏彦はわずかに引いた視線で試合経過を見守っていた。
昼から始まったアンサーアンサーイベントももう五時過ぎ、普通なら客だってだれてくる時間のはずだが、帰ろうとする客は見渡す限り全くいない。客の足が地に釘付けられているかのように動きがないのは、ここから見ていれば一目瞭然だ。それだけ、この試合が見応えのあるのもそうだが、試合のテンポが先ほどの倍速に感じられるせいもあるだろう。
ゲームに手慣れたプレイヤーたちの大会模様が温くかんじられるほどに、押すタイミングが速すぎる。問題が表示されてる間もないってのに、あれで客は満足するのかと心配にさえなってくる。
「(いやだって、客も問題を自分で解いて楽しんでるだろうに、あれでは全ての問題がポロロッカ+解答への導線及び説明一切無し状態じゃあねえの、とか思ってたんだが…)」
どうやら杞憂らしい。
自分で解こうという気さえ起こらないレベルだからか。それなら得心もいく。
運営スタッフも考えたようで、問題レベルが第二試合から一気に引き上げられている。見たことのない初見問題ばかりになったので、庵も戸惑ったのだろう。それでもせっせと接戦に持ち込むのだから、あいつはやはり凄腕だ。
いつから試合のテンポを速く感じるようになったっけか。
大輔と晶の勝負後くらいからだから…庵が出てきてからか。
やはり、押し込みの次元が違う。
今も目の前で、コンマ下二桁の秒速を争う胃の痛くなるような押し合いをしている後輩の背中は、会場の熱気と反して益々冴え、氷で研がれたナイフにも似た鋭い気配を放っている。画面の向こう側の「サツマハヤト」なる誰かも、きっと同じ顔をしているのだ。くそ真面目な顔で、くそ真面目に目を見開いて指先と視線の先に尖った意志を突きつけようしている様が、ありありと眼前に浮かぶようだ。
大輔の知り合いだというから、きっとよく似たやつなんだろう。
どんな奴か、今から夜の飲み会が楽しみだ。
…痛飲だけはちょいと勘弁してもらいたいが。
夏彦の口元が我知らず緩やかに弧を描く脇で、晶は心中複雑な思いに駆られていた。
「(何で、僕ここにいるんだろう)」
今目の前で真剣にクイズに興じる友人の背中に、ふと奇妙な畏れを感じて晶は我に帰る。
「(何で、今、庵はここに座ってるんだ)」
今年の春、あの日あの時庵がののちゃんと出会ってから。
あれだけ引き離そうと思っていたクイズに、庵は自らの意志で戻っていった。
抑止力になるかと思っていた大学側も彼の行動を容認してしまったせいで、せいぜいひきずられやすい幼馴染みの自分では注意するどころか自分まで引っ張り込まれてしまった形で、今に至っている。
それは別に構わない。
大学に入ってからも、しばらく以前のように素直に振る舞えずに窮屈さを感じているのは、すぐそばにいた自分が一番よく分かっていた。ゼミの学友にも、同期の友人にも好かれる大人しいキャラを演じている一方で、時折ふと見せる無表情さが怖かった。
虚ろ。
まさしく言葉通りの、魂をどこかへ抜け落としてしまった横顔が、僕は怖かった。
だから、クイズばっかりしてて才能を食い潰すんじゃないかという不安もあったけど、それ以上に精神的な負荷が少しでも楽になればと思って、あえてそのまま止めずにいたけれど。
今こうして猛者と十二分に渡り合い、なおかつ観衆を惹き付けている天賦の才を羨む気持ちがないと言えば嘘になる。
座っているだけで様になる。早押しするだけで観衆が沸く。そんな奴、普通はすぐ隣に住んでる訳がないし。
何より、自分もそれなりに、いやかなり真剣にやってたりするクイズでさえ、最初から勝負にならない相手だと改めて思い知らされるのは屈辱。それ以上に、参りましたという気持ちと、彼には敵わないという諦観の方がずっと勝るのではあるけど。
本当にわずかな嫉妬。でも、それは別の理由もあって。
…彼女の視線が、庵の背中に向いているだけで心中穏やかじゃなくなる。ちゃんとした彼女もいるって分かってるのに。
自分の器の小ささを思い知る。同時に、…今そこにいる庵の背中に、消しがたい「虚ろ」を感じるのは何でだ。
クイズは庵を満たすものだったはずなのに。
知識欲、勝負の駆け引き、胸を躍らせる試合展開。
彼は欲していた全てを今まさにむさぼるように吸収しているはずなのに、彼の背中に目を背けがたいほどの空洞を感じる。
うつろ。虚ろ。空ろ。洞ろ。
何故だ。何故。
何故、僕はこんな事を考えている。
庵は、今どこにいる。
今ここにいる庵は
「しあいしゅ~~~りょ~~~!!」
アイアイの大きなアナウンスで我に帰って、晶はハッと身を強張らせた。
世界が歓声と勝者への惜しみない賞賛で色と音を取り戻す。真夏の夕焼けが世界を朱色に染め、また彼の背中をも赤く染めていた。
そこに虚ろな空洞は既に無く、「いつもの庵」が苦笑いで振り返るのが見えた。
【8月12日夕方・終了です・さて勝者は・続く】
第二試合の早押し連想では意外な事態が起こった。
20対20の競り合いで、分水嶺の五問目をサツマが僅差で奪取。遂に1ラウンド勝利を収めたのである。
どっと観衆から声が沸き立つ。
歓声と、動揺と、そして歓喜がさまざまに入り交じった人々の熱狂が聞こえる。
ただ、そこには善と悪の対決のような良い悪いの尺はすでに無く、あるのは勝者と敗者が決定する瞬間を待つ人々の熱のみであった。
これでまた五分五分。
試合はもはや二人だけのものだった。
壇上にいながら、チームA大Q研とチーム桜島の面々、杏奈、アイアイ、その他スタッフ、そして観客、みな興奮を押し殺しながら食い入るように二人の攻防を遠巻きに眺めていた。
これだけその場にいる全員が集中している様は客観的に見れば異常だろうが、内に入ってしまうと理解出来てしまう。
中途半端に煽ることさえためらわれるような、バカらしいほどに真剣な真っ向勝負。
サッチャンサッチャンと騒いでいた誰かも、アンサー庵!と叫んでいた声も今はささやかなざわつきに消えている。
熱気のこもった視線の先には巨大スクリーン。
壇上にいると、その視線の鋭利さにおののいてしまうほどだ。
「(…しっかし、まあ…なんつう高速試合してるんだかこいつらは)」
固唾を飲んで試合を見守るメンバーから一歩下がって、夏彦はわずかに引いた視線で試合経過を見守っていた。
昼から始まったアンサーアンサーイベントももう五時過ぎ、普通なら客だってだれてくる時間のはずだが、帰ろうとする客は見渡す限り全くいない。客の足が地に釘付けられているかのように動きがないのは、ここから見ていれば一目瞭然だ。それだけ、この試合が見応えのあるのもそうだが、試合のテンポが先ほどの倍速に感じられるせいもあるだろう。
ゲームに手慣れたプレイヤーたちの大会模様が温くかんじられるほどに、押すタイミングが速すぎる。問題が表示されてる間もないってのに、あれで客は満足するのかと心配にさえなってくる。
「(いやだって、客も問題を自分で解いて楽しんでるだろうに、あれでは全ての問題がポロロッカ+解答への導線及び説明一切無し状態じゃあねえの、とか思ってたんだが…)」
どうやら杞憂らしい。
自分で解こうという気さえ起こらないレベルだからか。それなら得心もいく。
運営スタッフも考えたようで、問題レベルが第二試合から一気に引き上げられている。見たことのない初見問題ばかりになったので、庵も戸惑ったのだろう。それでもせっせと接戦に持ち込むのだから、あいつはやはり凄腕だ。
いつから試合のテンポを速く感じるようになったっけか。
大輔と晶の勝負後くらいからだから…庵が出てきてからか。
やはり、押し込みの次元が違う。
今も目の前で、コンマ下二桁の秒速を争う胃の痛くなるような押し合いをしている後輩の背中は、会場の熱気と反して益々冴え、氷で研がれたナイフにも似た鋭い気配を放っている。画面の向こう側の「サツマハヤト」なる誰かも、きっと同じ顔をしているのだ。くそ真面目な顔で、くそ真面目に目を見開いて指先と視線の先に尖った意志を突きつけようしている様が、ありありと眼前に浮かぶようだ。
大輔の知り合いだというから、きっとよく似たやつなんだろう。
どんな奴か、今から夜の飲み会が楽しみだ。
…痛飲だけはちょいと勘弁してもらいたいが。
夏彦の口元が我知らず緩やかに弧を描く脇で、晶は心中複雑な思いに駆られていた。
「(何で、僕ここにいるんだろう)」
今目の前で真剣にクイズに興じる友人の背中に、ふと奇妙な畏れを感じて晶は我に帰る。
「(何で、今、庵はここに座ってるんだ)」
今年の春、あの日あの時庵がののちゃんと出会ってから。
あれだけ引き離そうと思っていたクイズに、庵は自らの意志で戻っていった。
抑止力になるかと思っていた大学側も彼の行動を容認してしまったせいで、せいぜいひきずられやすい幼馴染みの自分では注意するどころか自分まで引っ張り込まれてしまった形で、今に至っている。
それは別に構わない。
大学に入ってからも、しばらく以前のように素直に振る舞えずに窮屈さを感じているのは、すぐそばにいた自分が一番よく分かっていた。ゼミの学友にも、同期の友人にも好かれる大人しいキャラを演じている一方で、時折ふと見せる無表情さが怖かった。
虚ろ。
まさしく言葉通りの、魂をどこかへ抜け落としてしまった横顔が、僕は怖かった。
だから、クイズばっかりしてて才能を食い潰すんじゃないかという不安もあったけど、それ以上に精神的な負荷が少しでも楽になればと思って、あえてそのまま止めずにいたけれど。
今こうして猛者と十二分に渡り合い、なおかつ観衆を惹き付けている天賦の才を羨む気持ちがないと言えば嘘になる。
座っているだけで様になる。早押しするだけで観衆が沸く。そんな奴、普通はすぐ隣に住んでる訳がないし。
何より、自分もそれなりに、いやかなり真剣にやってたりするクイズでさえ、最初から勝負にならない相手だと改めて思い知らされるのは屈辱。それ以上に、参りましたという気持ちと、彼には敵わないという諦観の方がずっと勝るのではあるけど。
本当にわずかな嫉妬。でも、それは別の理由もあって。
…彼女の視線が、庵の背中に向いているだけで心中穏やかじゃなくなる。ちゃんとした彼女もいるって分かってるのに。
自分の器の小ささを思い知る。同時に、…今そこにいる庵の背中に、消しがたい「虚ろ」を感じるのは何でだ。
クイズは庵を満たすものだったはずなのに。
知識欲、勝負の駆け引き、胸を躍らせる試合展開。
彼は欲していた全てを今まさにむさぼるように吸収しているはずなのに、彼の背中に目を背けがたいほどの空洞を感じる。
うつろ。虚ろ。空ろ。洞ろ。
何故だ。何故。
何故、僕はこんな事を考えている。
庵は、今どこにいる。
今ここにいる庵は
「しあいしゅ~~~りょ~~~!!」
アイアイの大きなアナウンスで我に帰って、晶はハッと身を強張らせた。
世界が歓声と勝者への惜しみない賞賛で色と音を取り戻す。真夏の夕焼けが世界を朱色に染め、また彼の背中をも赤く染めていた。
そこに虚ろな空洞は既に無く、「いつもの庵」が苦笑いで振り返るのが見えた。
【8月12日夕方・終了です・さて勝者は・続く】
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