触れる勇気と立ち去る背中。
*
翌14日。
今日は一日雑誌の取材を受ける運びとなっていた。
マスコミ嫌いな庵であったが、杏奈の名誉とアイアイのせっぱ詰まった事情の手前、チラシ印刷の時点で既に取材契約を済ませていた地元の有力情報誌だけという条件で、クイズ大会の優勝チームとして「ネーデルテンボス再発見!長崎美人とぐるり観光(仮)」に全員で参加する…はずだったのだが。
「ごめん、俺インタビューだけでいいかな…」
青い顔をした庵が、集合場所のホテルロビーで取材スタッフに申し訳なさそうに頭を下げたのが、今朝の九時。
当然庵をメインに据えて、と考えていた取材スタッフ五名は「ええっ!」と短い悲鳴を上げた。
「ど、どうしたんですか?まさか二日酔い…」
今日一番のビップ扱いな庵に、スタッフがおそるおそる問いかけるも逆に恐縮した様子で庵は「ううん違う」と頭を振る。
「ちょっと頑張りすぎた。水分多めに摂ってたんだけど…」
「気分悪い?眩暈は?疲れが出たかな」
背中を心配そうにさする晶に、庵は「偏頭痛」と、最低限口をもそもそ開いて答える。
「司会とか、久しぶりだったからまた出たっぽい」
「また?…ちょっとひどいな。こないだもそれでいきなり倒れたし」
「持病か何かなんですか?」
不安げに顔を覗き込んでくる取材スタッフの女性に、「ごめんなさい」と庵は消え入りそうな声で詫び入る。
「…小さい頃から、あんまり疲れると時々なって…でも今日はまだ動けるからマシな方です。ここ来てから美味しいものたくさん食べたからかな?…屋内なら、多分平気。でも、こないだも車内で意識失ったから、外歩き回る自信、ない」
「あー…困ったなあ。メインの被写体は杏奈さんになってもらうとして、お相手役は」
「アキ君で一つ」
庵の鶴の一声で、スタッフ陣とアン大メンズが「おっ」と顔を上げたのを察すると、庵は「じゃあよろすく」と晶の肩を叩いてそそくさとエレベーターホールへと踵を返した。
「あっ、ちょっと待っ…」
そんな急に、と晶は庵を引き留めようと肩に手をかけるも、逆にぐっと顔を引き寄せられて「しっかりやれよ」と耳打ちされた。顔面が紅潮し二の句をもたついていると、「調子悪いのはホントだ」と言葉を重ねられ、反論を飲み込む。庵は小さく頷き、微かに微笑むと手を振って去っていった。
「(柄にもないことを…)」
こんなポイントで空気読むのかよ、と皮肉の一つも言いたくなったが言葉を飲み込んで振り返る。
「…すみません、あの、ボクでもいいでしょうか…」
問われて、スタッフは一瞬キョトンとなるも「えっ、ああいいですよ!むしろお願いします!」と、そりゃもう庵君のご指名ですしとか、晶君の方が背が高くて見栄えいいしとか、割と無神経な褒め言葉もいただきつつ、硬直した場の空気が緩むのを感じてホッと胸を撫で下ろす。
ゆっくりと顔を上げると杏奈と視線がぶつかり、彼女は目を丸くしてきょとんとこちらを見つめていた。
「杏奈さん、えと、僕じゃイヤですか」
「えっ?いえ!そんなことありません!…その、よろしくお願いします!」
そっと近付いて、彼女の小さな細い手を取るとそっと自分の掌で包み込む。
ひんやりと感じる彼女の指先に、壊れ物のように優しく愛おしく力を込めると、彼女がそっと「ナビは任せてくださいね」と微笑む。
ああ、通じた。
そう思うと、心の震えは収まっていた。
「よろしいみたいですね。では、皆さん衣装の着付けを向こうのフィッティングルームで行いますので」
今日も真夏日になるそうですので他の方も体調不良はすぐに教えてくださいね、と淡々と説明するスタッフの声が、BGMのように自然と耳を擦り抜けていく。
敦と夏彦がニヤリと笑いかけるのをそしらぬ顔で背を向けるも、晶の口元は自然と弧を描いていた。
その手は杏奈の手を取ったまま、二人並んでスタッフの後をついていった。
【8月14日・庵取材後再びダウン・晶心臓バクバク・夏彦と敦熱中症の危機・その頃大輔はレジ打ちしていた・続く】
翌14日。
今日は一日雑誌の取材を受ける運びとなっていた。
マスコミ嫌いな庵であったが、杏奈の名誉とアイアイのせっぱ詰まった事情の手前、チラシ印刷の時点で既に取材契約を済ませていた地元の有力情報誌だけという条件で、クイズ大会の優勝チームとして「ネーデルテンボス再発見!長崎美人とぐるり観光(仮)」に全員で参加する…はずだったのだが。
「ごめん、俺インタビューだけでいいかな…」
青い顔をした庵が、集合場所のホテルロビーで取材スタッフに申し訳なさそうに頭を下げたのが、今朝の九時。
当然庵をメインに据えて、と考えていた取材スタッフ五名は「ええっ!」と短い悲鳴を上げた。
「ど、どうしたんですか?まさか二日酔い…」
今日一番のビップ扱いな庵に、スタッフがおそるおそる問いかけるも逆に恐縮した様子で庵は「ううん違う」と頭を振る。
「ちょっと頑張りすぎた。水分多めに摂ってたんだけど…」
「気分悪い?眩暈は?疲れが出たかな」
背中を心配そうにさする晶に、庵は「偏頭痛」と、最低限口をもそもそ開いて答える。
「司会とか、久しぶりだったからまた出たっぽい」
「また?…ちょっとひどいな。こないだもそれでいきなり倒れたし」
「持病か何かなんですか?」
不安げに顔を覗き込んでくる取材スタッフの女性に、「ごめんなさい」と庵は消え入りそうな声で詫び入る。
「…小さい頃から、あんまり疲れると時々なって…でも今日はまだ動けるからマシな方です。ここ来てから美味しいものたくさん食べたからかな?…屋内なら、多分平気。でも、こないだも車内で意識失ったから、外歩き回る自信、ない」
「あー…困ったなあ。メインの被写体は杏奈さんになってもらうとして、お相手役は」
「アキ君で一つ」
庵の鶴の一声で、スタッフ陣とアン大メンズが「おっ」と顔を上げたのを察すると、庵は「じゃあよろすく」と晶の肩を叩いてそそくさとエレベーターホールへと踵を返した。
「あっ、ちょっと待っ…」
そんな急に、と晶は庵を引き留めようと肩に手をかけるも、逆にぐっと顔を引き寄せられて「しっかりやれよ」と耳打ちされた。顔面が紅潮し二の句をもたついていると、「調子悪いのはホントだ」と言葉を重ねられ、反論を飲み込む。庵は小さく頷き、微かに微笑むと手を振って去っていった。
「(柄にもないことを…)」
こんなポイントで空気読むのかよ、と皮肉の一つも言いたくなったが言葉を飲み込んで振り返る。
「…すみません、あの、ボクでもいいでしょうか…」
問われて、スタッフは一瞬キョトンとなるも「えっ、ああいいですよ!むしろお願いします!」と、そりゃもう庵君のご指名ですしとか、晶君の方が背が高くて見栄えいいしとか、割と無神経な褒め言葉もいただきつつ、硬直した場の空気が緩むのを感じてホッと胸を撫で下ろす。
ゆっくりと顔を上げると杏奈と視線がぶつかり、彼女は目を丸くしてきょとんとこちらを見つめていた。
「杏奈さん、えと、僕じゃイヤですか」
「えっ?いえ!そんなことありません!…その、よろしくお願いします!」
そっと近付いて、彼女の小さな細い手を取るとそっと自分の掌で包み込む。
ひんやりと感じる彼女の指先に、壊れ物のように優しく愛おしく力を込めると、彼女がそっと「ナビは任せてくださいね」と微笑む。
ああ、通じた。
そう思うと、心の震えは収まっていた。
「よろしいみたいですね。では、皆さん衣装の着付けを向こうのフィッティングルームで行いますので」
今日も真夏日になるそうですので他の方も体調不良はすぐに教えてくださいね、と淡々と説明するスタッフの声が、BGMのように自然と耳を擦り抜けていく。
敦と夏彦がニヤリと笑いかけるのをそしらぬ顔で背を向けるも、晶の口元は自然と弧を描いていた。
その手は杏奈の手を取ったまま、二人並んでスタッフの後をついていった。
【8月14日・庵取材後再びダウン・晶心臓バクバク・夏彦と敦熱中症の危機・その頃大輔はレジ打ちしていた・続く】
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